【漆ノ陸】

47/72





『オリジンの追撃がくるぞっ! 立て、立つんだ愛しいきみ! 立って!』 「がっ……は……ごほっ」  夕暮れの遅い時間。真っ暗なスギ林の中で、ゆうは倒れている。  ささくれ立ったスギの木に、上半身裸で打ち付けられたのだ。一センチくらいの太さの枝が三本、弓矢で射られたかのように、胴体を貫通している。 「ごほっ、ごほっ」  それを認識するや否や、激痛がゆうの未発達な脳を焼き尽くした。 「うあああああっ……」 『大丈夫だ、二本は急所を外している。一本は……うん、なんとかしばらくはまだ生存出来そうだ。新月の力が目覚めている。痛みを意識から外すんだ』  十一年間ただの子供として生きてきたゆうには、とても出来そうにない。 「はあっ、はあっ……うああっ……」 『刺さったままでいい、立って、歩くんだ。二十秒以内にオリジンが来るぞ』  ゆうは到底出来る訳のない指示を受けて、気が遠くなりそうになる。 「いっ……いいいっ……たたた……」  悲鳴にならない声で痛みを必死で耐えながら、立ち上がる。 「う、うえぇぇえっ」  しかし、立ち上がった瞬間、せり上ってきた血を吐いた。 『来るぞ、急いで』 「……エレオノーラ……」 「はあっ、はあっ!」  こんなに強いなんて。様はない、と心の中で悪態をつきながら、なんとか急斜面をよじ登る。 『言っただろ。オリジンには絶対勝てないって』 (痛い痛い痛い痛い……)  むせながら、血を吐きながら、なんとか道路まで出た。アスファルトにはいつくばっていると、ベルが急かす。 『三十メートル後ろにいる。いそげ、大祇神社まで走れ!』 「ぜえっ……ぜえっ……ごほっごほっ!」  ベルが無茶を言う。立ち上がるのですら困難を極めるというのに。  ずるっ、ずるっ……裸足でスギ林を歩いたから、切り傷だらけだ。でも、そんなの気にならないくらい、激痛が嵐のように身体の中をむさぼる。  上半身が裸で木の枝の刺さった女の子を見たら、みんなどう思うのかな。そんなどうでもいい考えが頭をよぎる。というか、そんなことでも考えてないと痛みでどうにかなりそうだ。 『二十メートル。急げ、きみ』 「……エレオノーラ……」 (さっきは流暢にしゃべってたのに、なんで離れるとエレオノーラしか言わないんだよ) 『あれはね、本当はなにも声を発してないんだ。オリジンの私たちを捕捉する気配が、だけなんだ。君が見たのもね、あゆみ先生とは限らない。見た記憶を改ざんされている可能性がある。本当はこどもかもしれないし、おじいさんかもしれない』  もはや人知すら超えた敵の万能さに、痛い以上に言葉が出ない。 『可能なんだよ、オリジンなら……って、おい、大丈夫かっ』  ゆうはばったりと倒れた。角田屋を過ぎた、田んぼの真ん中だ。 『きみ、愛しいきみ、オリジンが接近している。がんばれ』 (もう……一歩も……動けない……)  ちりんちりん。 「そこの子、どうした……ゆうかっ? どうした? ゆうっ」  ああ……ゆうは心の底から安堵した。だって、学校の先生が来てくれたから。だって、その先生は、お父さんだったから。  いつの間にかオリジンの気配は消えていた。  ゆうの意識も、泥の中に沈んでいった。 「しずか……」  ゆうを背負ったお父さんが、そう言ったように聞こえた。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


前のエピソード 【漆ノ伍】

【漆ノ陸】

47/72

『オリジンの追撃がくるぞっ! 立て、立つんだ愛しいきみ! 立って!』 「がっ……は……ごほっ」  夕暮れの遅い時間。真っ暗なスギ林の中で、ゆうは倒れている。  ささくれ立ったスギの木に、上半身裸で打ち付けられたのだ。一センチくらいの太さの枝が三本、弓矢で射られたかのように、胴体を貫通している。 「ごほっ、ごほっ」  それを認識するや否や、激痛がゆうの未発達な脳を焼き尽くした。 「うあああああっ……」 『大丈夫だ、二本は急所を外している。一本は……うん、なんとかしばらくはまだ生存出来そうだ。新月の力が目覚めている。痛みを意識から外すんだ』  十一年間ただの子供として生きてきたゆうには、とても出来そうにない。 「はあっ、はあっ……うああっ……」 『刺さったままでいい、立って、歩くんだ。二十秒以内にオリジンが来るぞ』  ゆうは到底出来る訳のない指示を受けて、気が遠くなりそうになる。 「いっ……いいいっ……たたた……」  悲鳴にならない声で痛みを必死で耐えながら、立ち上がる。 「う、うえぇぇえっ」  しかし、立ち上がった瞬間、せり上ってきた血を吐いた。 『来るぞ、急いで』 「……エレオノーラ……」 「はあっ、はあっ!」  こんなに強いなんて。様はない、と心の中で悪態をつきながら、なんとか急斜面をよじ登る。 『言っただろ。オリジンには絶対勝てないって』 (痛い痛い痛い痛い……)  むせながら、血を吐きながら、なんとか道路まで出た。アスファルトにはいつくばっていると、ベルが急かす。 『三十メートル後ろにいる。いそげ、大祇神社まで走れ!』 「ぜえっ……ぜえっ……ごほっごほっ!」  ベルが無茶を言う。立ち上がるのですら困難を極めるというのに。  ずるっ、ずるっ……裸足でスギ林を歩いたから、切り傷だらけだ。でも、そんなの気にならないくらい、激痛が嵐のように身体の中をむさぼる。  上半身が裸で木の枝の刺さった女の子を見たら、みんなどう思うのかな。そんなどうでもいい考えが頭をよぎる。というか、そんなことでも考えてないと痛みでどうにかなりそうだ。 『二十メートル。急げ、きみ』 「……エレオノーラ……」 (さっきは流暢にしゃべってたのに、なんで離れるとエレオノーラしか言わないんだよ) 『あれはね、本当はなにも声を発してないんだ。オリジンの私たちを捕捉する気配が、だけなんだ。君が見たのもね、あゆみ先生とは限らない。見た記憶を改ざんされている可能性がある。本当はこどもかもしれないし、おじいさんかもしれない』  もはや人知すら超えた敵の万能さに、痛い以上に言葉が出ない。 『可能なんだよ、オリジンなら……って、おい、大丈夫かっ』  ゆうはばったりと倒れた。角田屋を過ぎた、田んぼの真ん中だ。 『きみ、愛しいきみ、オリジンが接近している。がんばれ』 (もう……一歩も……動けない……)  ちりんちりん。 「そこの子、どうした……ゆうかっ? どうした? ゆうっ」  ああ……ゆうは心の底から安堵した。だって、学校の先生が来てくれたから。だって、その先生は、お父さんだったから。  いつの間にかオリジンの気配は消えていた。  ゆうの意識も、泥の中に沈んでいった。 「しずか……」  ゆうを背負ったお父さんが、そう言ったように聞こえた。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!