【陸ノ陸】

ー/ー



 茜は青い顔をして、つぶやくようにそう言った。

「へ、見たって……美玲の家から? え? ……どゆこと?」

 んもう!
 と隣の女の子はじれったそうにいらいらとする。

「いい? 美玲が昨日から来なくなったんだよ? その前の一昨日に、美玲の家から出てきた人がいた。それが、あのベルベッチカだったってわけ!」

 と、いうことは。ようやく翔にも話が見えてきた。

「わかった、美玲になんかあったってわけだ」

 彼女がいうには、こうだ。

 ……

 その日は美玲に会いに行く約束をしていた。「チェーンソー・ヤイバ」の第二部をずっと借りっぱなしで、ゆうが読むからそろそろ返して、と美玲から学校で言われていたそうだ。それすらも忘れていて夕方遅くにやっと思い出したそうだ。それで、山道を歩いて美玲の家に向かったらしい。
 返し忘れてたのも、それを返しに行くことも忘れてたのも、茜らしいなあと翔はほっこりしながら聞いていた。けれども彼女の顔色は、どんどん悪くなるだけだった。

「もうあたりは暗くて、着いた時は真っ暗だった。で美玲んちも、真っ暗だったんだよ。晩ごはん時なのに、さ。美玲のお父さんもお母さんも自宅で働いてる人だから夜も居るはずだし、平日だったから夜出かけるのも変だなあって思ったんだ。それで、電柱の影から様子を見てたんだ。そしたらなんかさ……」

 少女の目に涙が浮かぶ。

「血……みたいな嫌な臭いがしてさ。……アタシなんでか、最近すごく鼻がいいんだよね。だからすぐ血の臭いだってわかった」

 あれ……
 と翔も思い当たるフシがあった。最近、鼻がよく利くのだ。かあちゃんが作る料理は家に入る前からわかっちゃったし、クラスメイトが校庭で転ぶと、やけに血の臭いが鼻についた。

「怖かったけど、なんとか逃げないで、美玲んちを見てたんだ。そしたら……出てきたんだ。がちゃりってドアを開けて」
「ベルベッチカが……?」

 うん、とうなづくその子の顔色はほんとに悪い。にぶい翔でもわかるくらい。

「だれかと電話してるみたいに、ぶつぶつ、話しながら」
「なんて言ってた?」
「覚えてないよ……えと、確か……『なるべく苦しませたくなかったんだ』とか『おおかみになった』とか……そんなこと言ってた」

 ……

 角田屋の前に着いた。

「ばあちゃん、ソーダ二本! ……ほら、おごってやるからさ。食えよ」

 ぺりぺりと、セロハンをはがした。翔の、精一杯の友達を気遣う気持ちの表明だった。

「大丈夫だよ、茜」

 そう声をかけると、茜はアイスを受け取った。

「おれ、茜の味方だからさ。怖くなったらまたアイス、おごってやるからさ……だから……泣くなよ……」

 彼女は、泣いていることに気がついていなかった。

「しょーちゃん……しょーちゃん……! アタシ……アタシ……」

 えええん……翔にすがりついてアイスを持ちながら、茜は大粒の涙をこぼした。溶けたアイスが翔のTシャツに付いた。でもどうしてか、そんなこと気にならなかった。
 翔は、泣いてる女の子の肩を寄せる。とても暖かで、柔らかくて。いい、匂いがした。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 【陸ノ漆】


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 茜は青い顔をして、つぶやくようにそう言った。
「へ、見たって……美玲の家から? え? ……どゆこと?」
 んもう!
 と隣の女の子はじれったそうにいらいらとする。
「いい? 美玲が昨日から来なくなったんだよ? その前の一昨日に、美玲の家から出てきた人がいた。それが、あのベルベッチカだったってわけ!」
 と、いうことは。ようやく翔にも話が見えてきた。
「わかった、美玲になんかあったってわけだ」
 彼女がいうには、こうだ。
 ……
 その日は美玲に会いに行く約束をしていた。「チェーンソー・ヤイバ」の第二部をずっと借りっぱなしで、ゆうが読むからそろそろ返して、と美玲から学校で言われていたそうだ。それすらも忘れていて夕方遅くにやっと思い出したそうだ。それで、山道を歩いて美玲の家に向かったらしい。
 返し忘れてたのも、それを返しに行くことも忘れてたのも、茜らしいなあと翔はほっこりしながら聞いていた。けれども彼女の顔色は、どんどん悪くなるだけだった。
「もうあたりは暗くて、着いた時は真っ暗だった。で美玲んちも、真っ暗だったんだよ。晩ごはん時なのに、さ。美玲のお父さんもお母さんも自宅で働いてる人だから夜も居るはずだし、平日だったから夜出かけるのも変だなあって思ったんだ。それで、電柱の影から様子を見てたんだ。そしたらなんかさ……」
 少女の目に涙が浮かぶ。
「血……みたいな嫌な臭いがしてさ。……アタシなんでか、最近すごく鼻がいいんだよね。だからすぐ血の臭いだってわかった」
 あれ……
 と翔も思い当たるフシがあった。最近、鼻がよく利くのだ。かあちゃんが作る料理は家に入る前からわかっちゃったし、クラスメイトが校庭で転ぶと、やけに血の臭いが鼻についた。
「怖かったけど、なんとか逃げないで、美玲んちを見てたんだ。そしたら……出てきたんだ。がちゃりってドアを開けて」
「ベルベッチカが……?」
 うん、とうなづくその子の顔色はほんとに悪い。にぶい翔でもわかるくらい。
「だれかと電話してるみたいに、ぶつぶつ、話しながら」
「なんて言ってた?」
「覚えてないよ……えと、確か……『なるべく苦しませたくなかったんだ』とか『おおかみになった』とか……そんなこと言ってた」
 ……
 角田屋の前に着いた。
「ばあちゃん、ソーダ二本! ……ほら、おごってやるからさ。食えよ」
 ぺりぺりと、セロハンをはがした。翔の、精一杯の友達を気遣う気持ちの表明だった。
「大丈夫だよ、茜」
 そう声をかけると、茜はアイスを受け取った。
「おれ、茜の味方だからさ。怖くなったらまたアイス、おごってやるからさ……だから……泣くなよ……」
 彼女は、泣いていることに気がついていなかった。
「しょーちゃん……しょーちゃん……! アタシ……アタシ……」
 えええん……翔にすがりついてアイスを持ちながら、茜は大粒の涙をこぼした。溶けたアイスが翔のTシャツに付いた。でもどうしてか、そんなこと気にならなかった。
 翔は、泣いてる女の子の肩を寄せる。とても暖かで、柔らかくて。いい、匂いがした。