【拾壱ノ弐】

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(新月の目……全開。新月の爪……発動。新月の瞬足……駆動準備完了)  今こそ雌雄を決する時だ。ゆうはお母さんを見る。新月の目が、満月の目の気配を探知する。……お母さんが、こちらの動きをうかがっている。 (なら、こっちから!)  瞬きの百分の一の速度で、お母さんまでの五メートルを詰め、斜め上から飛行機のプロペラより速い速度で爪を振り下ろした。どすっ……鈍い音がする。いつもあゆみ先生が立つ教卓が、バターのように柔らかく切り取られた。刹那……妊娠しているとは思えない速さで身体を大きく逸らし爪を回避したお母さんのハイキックが、ゆうの頭を直撃する。ゆうは首の骨を折りながら、くるくるとまるでスクリューのように回転しながら、教室の机を弾き飛ばして反対側の壁に激突した。  シャッ。お母さんが短く息を吐く。  一秒後。しゅうう……こきっぱきっ……  へし折られた頚椎を修復しながら、ゆうが立ち上がる。 「原子レベルでバラバラにしないと、ゆうちゃんには勝てない……ってとこかしら?」  お母さんが笑う。 「さあ? 僕の中のベルが、勝手にやってくれるんだ」  ぴきぴき……と、お母さんの満月の爪が開放される。 「じゃあ、こういうのはどうかしら?」  お母さんが見えなくなる。一秒の千分の一より短い時間で、ゆうの周囲三百六十度全方位から、爪をあらゆる方向から振り下ろす離れ業を演じた。それは、ゆうの知覚を大きく離れた超神速だったが、新月の目は五十四連撃全てを防ぎきった。  あまりの速さの攻撃に、五十四の衝突音は、常人には一回しか聞こえないだろう。  お母さんの左肩から噴水のような血が吹き出す。お母さんは不思議そうにそれを眺めた。 「あら。血ってこういう風に出て、これくらい痛いのね」  そして、ほっぺたを両手で押さえて笑った。 「ふふふ。あはははは! ……なんだ、ゆうちゃん、やれば出来るじゃない! お母さんすごく怖かったけど、ゆうちゃんここまでやってくれるなら、計画しなくてもよかったかもね!」 「それ、なに? お母さんが、最強のお姉さんが恐れていることって、なんなの?」 「しりたい?」  お母さんは瞬間移動で顔を五センチ前まで近付けた。  まるで、愛するこどものおでこにキスをするみたいに。  みぞおちを一トン以上の力で殴打されたゆうは、新幹線より速い速度で五年生の教室の壁に激突し、壁を破って、四年生の教室になだれ込んで机を巻き込みながら、床に叩きつけられた。左手が千切れたが、直後に瞬間的に再生した。 「知りたいことは人に聞かないで、自分で調べるの」  お母さんも壁を破ってゆうの目の前に接近し、ひざ蹴りで立ち上がったゆうをひとつ上の階の社会科室まで蹴り上げた。社会科室の天井に当たったゆうは、そのまままた落ちて、お母さんの目の前に這いつくばった。 「それが、おとなってものよ」  お母さんはにっこり笑った。



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(新月の目……全開。新月の爪……発動。新月の瞬足……駆動準備完了)  今こそ雌雄を決する時だ。ゆうはお母さんを見る。新月の目が、満月の目の気配を探知する。……お母さんが、こちらの動きをうかがっている。 (なら、こっちから!)  瞬きの百分の一の速度で、お母さんまでの五メートルを詰め、斜め上から飛行機のプロペラより速い速度で爪を振り下ろした。どすっ……鈍い音がする。いつもあゆみ先生が立つ教卓が、バターのように柔らかく切り取られた。刹那……妊娠しているとは思えない速さで身体を大きく逸らし爪を回避したお母さんのハイキックが、ゆうの頭を直撃する。ゆうは首の骨を折りながら、くるくるとまるでスクリューのように回転しながら、教室の机を弾き飛ばして反対側の壁に激突した。  シャッ。お母さんが短く息を吐く。  一秒後。しゅうう……こきっぱきっ……  へし折られた頚椎を修復しながら、ゆうが立ち上がる。 「原子レベルでバラバラにしないと、ゆうちゃんには勝てない……ってとこかしら?」  お母さんが笑う。 「さあ? 僕の中のベルが、勝手にやってくれるんだ」  ぴきぴき……と、お母さんの満月の爪が開放される。 「じゃあ、こういうのはどうかしら?」  お母さんが見えなくなる。一秒の千分の一より短い時間で、ゆうの周囲三百六十度全方位から、爪をあらゆる方向から振り下ろす離れ業を演じた。それは、ゆうの知覚を大きく離れた超神速だったが、新月の目は五十四連撃全てを防ぎきった。  あまりの速さの攻撃に、五十四の衝突音は、常人には一回しか聞こえないだろう。  お母さんの左肩から噴水のような血が吹き出す。お母さんは不思議そうにそれを眺めた。 「あら。血ってこういう風に出て、これくらい痛いのね」  そして、ほっぺたを両手で押さえて笑った。 「ふふふ。あはははは! ……なんだ、ゆうちゃん、やれば出来るじゃない! お母さんすごく怖かったけど、ゆうちゃんここまでやってくれるなら、計画しなくてもよかったかもね!」 「それ、なに? お母さんが、最強のお姉さんが恐れていることって、なんなの?」 「しりたい?」  お母さんは瞬間移動で顔を五センチ前まで近付けた。  まるで、愛するこどものおでこにキスをするみたいに。  みぞおちを一トン以上の力で殴打されたゆうは、新幹線より速い速度で五年生の教室の壁に激突し、壁を破って、四年生の教室になだれ込んで机を巻き込みながら、床に叩きつけられた。左手が千切れたが、直後に瞬間的に再生した。 「知りたいことは人に聞かないで、自分で調べるの」  お母さんも壁を破ってゆうの目の前に接近し、ひざ蹴りで立ち上がったゆうをひとつ上の階の社会科室まで蹴り上げた。社会科室の天井に当たったゆうは、そのまままた落ちて、お母さんの目の前に這いつくばった。 「それが、おとなってものよ」  お母さんはにっこり笑った。



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