【拾壱ノ壱】
66/72
ベルベッチカだったチリは、吹き消されて消滅した。 三十二歳。スレンダーで、黒髪のポニーテールに白のTシャツ、細身のジーパンが良く似合う。左目の火傷のあとは、遊郭に火を放った時のものだ。おかげで百年以上屋敷にこもることになった。 「姉」は……いや、相原静は深いため息をついた。 (やはり、私の望みなど、叶うことは無いのね。……永久に) 恐れていたことが現実になり、その事に深く絶望した。 それならばやることはひとつ。ぴきぴきぴきぴき……右手を、日本刀ですら切断する爪に変形させる。そして、催眠をかけられ虚ろな目をする沙羅の首筋に当てた。 「ごめんね、沙羅ちゃん。大好きだったのよ」 爪がくい込み、白い肌に一筋、赤い線が引かれる。 「あっちでも、ゆうちゃんと、仲良くね」 あとは、この爪を十五センチ横に引くだけ。それで噴水みたいに血を吹いて、この子は死ぬ。 それだけ。それだけなのに。 (なぜ。なぜ、出来ない? ……私はオリジン。おおかみたちを束ねる最強の始祖。私に成し遂げられないことなど、ないはず) 静は、逡巡していた。 数瞬後、夕暮れの教室の中で風が吹き始めた。窓を見る……きちんと閉まっている。 と、いうことは。静は、すぐにピンと来た。 ごおおおっ! 風はたちまち黒い竜巻になり、教室の壁に貼られた習字の紙がちぎれ飛ぶ。 静は、右手の衝撃波で、ベルベッチカの身体を原子レベルで消し飛ばした。文字通りチリに還したのだ。だがそれが今、チリから最大出力の再生が始まっている。そんな芸当が出来るのは、たった一人しかいない。 ベルベッチカの力を得た、静の息子、ただ一人である。 ごおおおおおおお──! 竜巻はやがてひとりのヒトの形を得て、ゆっくりと立ち上がる。 「そうよ……そうよゆうちゃん! それでこそ私が育てあげた、破壊と破滅のこどもだわっ!」 数万ボルトの稲妻のような、腰まであるブロンドヘア。深海を見てきたかのような、深い青い色の瞳。ベルベッチカがいつも着ていた、水色のリボンの白いワンピース。 その姿は、新たに生まれ変わったベルベッチカ・リリヰそのもの。 相原ゆうはベルベッチカの全てを受け継いで、チリから再生し、そして復活した。 「お母さん。今戻ったよ」 「うふふ。おかえり、ゆうちゃん」 静はまるで学校から帰ってきたこどもに声をかけるかのように、ごく穏やかに、ごく自然に声をかける。だが内心は、喜びに溢れていた。 (これから。これから私の願いは、叶うのね) 「お母さん。いや、お姉さんのオリジン。倒すよ。あなたを」 「いいわ。それでいいのよ。……さあ。さあ!」 静は両手を広げて叫んだ。 「最後の戦いよ。倒してみなさい。お母さんを」 とても、とても嬉しそうに、笑った。
新着コメント
コメントはありません。投稿してみようっ!
エピソード情報
文字数
公開日
最終更新日
1206文字
2024年06月29日 12時00分
2024年06月29日 02時20分
エピソード情報
【拾壱ノ壱】
文字数
1206文字
公開日
2024年06月29日 12時00分
最終更新日
2024年06月29日 02時20分