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100 祝福

ー/ー



 ビスタークとソレムの二人は四日かけて飛翔神の町(リフェイオス)へと戻ってきた。友神の町(フリアンス)では、今まで家族と一緒にしたことのなかった買い物や旅を楽しんだ。悪いことをして神殿の家族に迷惑をかけたのにこんなに楽しんで良いのかと思いながら。
 
「あ、悪ガキが帰ってきた。お帰り、ビスターク。お父さんもおつかれさま」

 馬車を返してから飛翔神の神殿に帰るとニアタが笑って出迎えてくれた。自分の背が伸びたためニアタも小さくなったように思えた。マフティロがニアタと一緒にいなかったので少しほっとした。気まずいので顔を合わせたくなかったのだ。きっと神官の仕事で忙しいのだろう。

「私が結婚しちゃうのが悲しかったんだって聞いたよー。いつも憎まれ口叩いてるくせに可愛いやつめ」

 ニアタが腕を伸ばして背の高くなったビスタークの頭を撫でようとする。

「ちげーし。やめろ」

 照れくさくて抵抗し、ニアタの腕を痛くない程度に軽くはたき落とす。しかしニアタはめげずにビスタークの顔を両手で掴んだ。

「心配したんだよ」

 がっしりと頬を抑え、目をしっかり合わせて真剣にそう伝えてきた。

「……悪かったよ」

 申し訳なさから目をそらして謝った。死んだような目をしていたのがソレムとニアタのおかげでだいぶ元に戻ってきていた。血は繋がっていなくてもやはり家族なのだ。

「じゃあ、ビスタークも帰ってきたことだし。今度は私たちが水の都(シーウァテレス)に出かけるから、後はよろしくね」

 ニアタはビスタークの気持ちを察してなのか、話題を変えた。

「え、そうなのか。いつ?」
「全然準備してないから……三日くらいしたらかな」
「二人で結婚の挨拶とか?」
「うん、そういう感じの。気が重いんだけどね。向こうの人たちに何言われるかなあ……怖いなあ……」

 ため息をつきながら言う。

「相手方親族への結婚の挨拶なんてみんなそんなもんじゃよ。遠いからそう何度も会うわけでもないんじゃし、そこまで気負わんでも大丈夫じゃろう」

 ソレムがそう励ました。ビスタークも同意する。

「まあ、平気じゃねえの。都の大神官なら人格者だろうし、前に送られてきた手紙も逆に息子が迷惑かけてすまない、みたいな感じだったし」
「そうだといいけどね。でも向こうのお義父さんはいいとしても、マフティロ君がここに来る前に宣言してきたっていう他の関係者からどんな目で見られるのかと思うと……はあ……」

 ニアタは気が重そうだった。マフティロの母親もまた流行り病で亡くなっており、主な親族は大神官の父親と優秀だという従姉たちなのでそのあたりの挨拶は問題ないと思われる。
 しかし他の普通の神官たちに都の大神官の座を譲ってまで婿入りしたという相手はどんな女性なのかと好奇の目で見られるのは間違いないだろう。おそらくマフティロが庇ってくれるとは思うが、聞いてもいない惚気話を全員に延々としそうでもあるとも思った。そうなったらニアタは逆に大変だねと同情されるかもなと思った。もしかしたら、そのほうがいいのかもしれない。

「あーあ。俺も水の都(シーウァテレス)に行きたかったな」

 つい本音を漏らしたビスタークにソレムが釘を刺す。

「お前の巡礼は当分無しじゃ。あんな事をしなければそろそろ行かせてもよかったんじゃがのう。反省せいよ。今すぐに巡礼に出したら眼神の町(アークルス)神衛(かのえ)に体裁が悪いしの。二年くらいは我慢じゃな」
「はあ……そうだよな……仕方ねえか……」

 もっともな理由であるし、この件は全面的に自分が悪いので大人しく従うことにした。

「そのかわり、ここで見習いとして神衛の仕事をしっかりやってもらうからの。もう、鎧の大きさも身体に合うじゃろ?」
「! それって……」
「反省しとるかどうかは働きぶりで判断するからの。こんな小さな町じゃあ地味な仕事しか無いからのう、罰としてはちょうどええじゃろ」

 巡礼は延期されたがソレムの計らいで神衛兵の仕事は出来るようになった。ビスタークは心からソレムに感謝した。


 半年ぶりに神殿へ戻ってきたので、ビスタークはレアフィールへ祈りを捧げるために神殿奥の聖堂へと赴いた。
 聖堂のある洞窟へ友神の町(フリアンス)で買った果物を供物に持って祈りに入ると、三年前この場所でレアフィールとの別れの時に言われた言葉を思い出した。
 
「ビスターク、自分の中の暗い感情に負けるなよ。あと、俺がいなくなっても訓練も勉強もさぼるなよ? あっちから全部見てるからな」

 暗い感情に一度負けてしまった。別の神の町だがそれでも向こうから見られていたのだろうか。その点はわからないが、心が苦しくなった。訓練はさぼらなかったが、勉強用の本など持っていかなかったのでやっていなかった。巡礼までの二年の間に遅れを取り戻さなくてはな、と決意した。

 レアフィールは今の自分を見てどう思っているだろうか。性格的にいって怒ってはいないと考える。おそらく悲しんで心配し、そばにいてやれなかったことを悔やんでいるのではないかと思う。
 
 供物を捧げて跪き、謝罪、反省、これからの目標など色々なことを祈っていると聖堂へ供物の酒を持ってマフティロが現れた。あまり会いたくなかったが、ここにいる限り必ず顔を合わせるのはわかっていたので覚悟はしていた。

「お帰り。ニアタが心配してたよ」
「……知ってる。ただいま」

 祈りを終えて立ち上がり、マフティロの顔の位置が以前より下になっていることに優越感を覚える。色々と言いたいことはあるのだが、言い出すタイミングがつかめない。とりあえず、向こうが祈りを終えるのを待とうと思い、祈りの場所から退いた。

「背が伸びたね。僕より高くなった」
「ああ、そうだな」

 マフティロは少し笑ってそう言うと同じように酒を供物として備え跪き祈りを捧げた。ビスタークはそれを黙って見ていた。

「……」

 マフティロは祈りを終えてビスタークが何か言いたそうにしている様子に気付くとこう言った。

「何か、僕に用があるんじゃないか?」

 ビスタークは少し躊躇したが、今言わないともう言えなくなると思い言うことにした。

「あー……うん。前から聞こうと……いや、忠告かな、しておこうと思って。その、結婚するってのにこんなこと言うのはどうかと思うんだけどな……」

 言いづらいので慎重に言葉を選びながら話す。

「いいよ、なんでも言ってくれて」

 マフティロが言葉を受け止めようとしてくれたので一度深く息を吸い込んでから思い切って言い放った。
 
「ニア姉が一番好きなのは、たぶんずっとレア兄だと思う。しかもその相手に一生仕えるんだぞ。本当にお前はそれでもいいのか?」

 マフティロはビスタークに真剣さ感じ、それを正面から向き合って答えた。
 
「……そりゃあ妬けるけどしょうがないね」

 一度考えるような様子で間をあけてから再度言葉を繋ぐ。

「僕はね、飛翔神と、お義父さん、君の次の四番目に好きでも構わないんだ。彼女の隣に居させてくれるならそれでいいんだよ」

 少し諦めたような笑みを浮かべて続ける。

「だって、ニアタのことを好きなんだから、仕方がないよ。ニアタに嫌われてないなら、それでいいんだ」

 こんなにも人を好きになれるものなのか。マフティロの真っ直ぐな想いが眩しく思えた。この男になら姉を任せても大丈夫だ、そう思えた。

「そうか。安心した。ニア姉をよろしく頼む。あと……結婚おめでとう。あ、でもマフ兄とは呼ばねえからな」
「わかってるよ。あれは冗談だ」

 そのとたん、たくさんの反力石(リーペイト)が聖堂に降臨した。

「はは、レア兄はちゃんと見てるんだな。祝福されてるぜ」

 マフティロは改めて跪き祈りを捧げる。

「ニアタやこの町のことは僕がみんなと一緒に守っていきます。これからもよろしくお願いいたします」

 ビスタークももう一度マフティロと一緒に祈った。


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 ビスタークとソレムの二人は四日かけて|飛翔神の町《リフェイオス》へと戻ってきた。|友神の町《フリアンス》では、今まで家族と一緒にしたことのなかった買い物や旅を楽しんだ。悪いことをして神殿の家族に迷惑をかけたのにこんなに楽しんで良いのかと思いながら。
「あ、悪ガキが帰ってきた。お帰り、ビスターク。お父さんもおつかれさま」
 馬車を返してから飛翔神の神殿に帰るとニアタが笑って出迎えてくれた。自分の背が伸びたためニアタも小さくなったように思えた。マフティロがニアタと一緒にいなかったので少しほっとした。気まずいので顔を合わせたくなかったのだ。きっと神官の仕事で忙しいのだろう。
「私が結婚しちゃうのが悲しかったんだって聞いたよー。いつも憎まれ口叩いてるくせに可愛いやつめ」
 ニアタが腕を伸ばして背の高くなったビスタークの頭を撫でようとする。
「ちげーし。やめろ」
 照れくさくて抵抗し、ニアタの腕を痛くない程度に軽くはたき落とす。しかしニアタはめげずにビスタークの顔を両手で掴んだ。
「心配したんだよ」
 がっしりと頬を抑え、目をしっかり合わせて真剣にそう伝えてきた。
「……悪かったよ」
 申し訳なさから目をそらして謝った。死んだような目をしていたのがソレムとニアタのおかげでだいぶ元に戻ってきていた。血は繋がっていなくてもやはり家族なのだ。
「じゃあ、ビスタークも帰ってきたことだし。今度は私たちが|水の都《シーウァテレス》に出かけるから、後はよろしくね」
 ニアタはビスタークの気持ちを察してなのか、話題を変えた。
「え、そうなのか。いつ?」
「全然準備してないから……三日くらいしたらかな」
「二人で結婚の挨拶とか?」
「うん、そういう感じの。気が重いんだけどね。向こうの人たちに何言われるかなあ……怖いなあ……」
 ため息をつきながら言う。
「相手方親族への結婚の挨拶なんてみんなそんなもんじゃよ。遠いからそう何度も会うわけでもないんじゃし、そこまで気負わんでも大丈夫じゃろう」
 ソレムがそう励ました。ビスタークも同意する。
「まあ、平気じゃねえの。都の大神官なら人格者だろうし、前に送られてきた手紙も逆に息子が迷惑かけてすまない、みたいな感じだったし」
「そうだといいけどね。でも向こうのお義父さんはいいとしても、マフティロ君がここに来る前に宣言してきたっていう他の関係者からどんな目で見られるのかと思うと……はあ……」
 ニアタは気が重そうだった。マフティロの母親もまた流行り病で亡くなっており、主な親族は大神官の父親と優秀だという従姉たちなのでそのあたりの挨拶は問題ないと思われる。
 しかし他の普通の神官たちに都の大神官の座を譲ってまで婿入りしたという相手はどんな女性なのかと好奇の目で見られるのは間違いないだろう。おそらくマフティロが庇ってくれるとは思うが、聞いてもいない惚気話を全員に延々としそうでもあるとも思った。そうなったらニアタは逆に大変だねと同情されるかもなと思った。もしかしたら、そのほうがいいのかもしれない。
「あーあ。俺も|水の都《シーウァテレス》に行きたかったな」
 つい本音を漏らしたビスタークにソレムが釘を刺す。
「お前の巡礼は当分無しじゃ。あんな事をしなければそろそろ行かせてもよかったんじゃがのう。反省せいよ。今すぐに巡礼に出したら|眼神の町《アークルス》の|神衛《かのえ》に体裁が悪いしの。二年くらいは我慢じゃな」
「はあ……そうだよな……仕方ねえか……」
 もっともな理由であるし、この件は全面的に自分が悪いので大人しく従うことにした。
「そのかわり、ここで見習いとして神衛の仕事をしっかりやってもらうからの。もう、鎧の大きさも身体に合うじゃろ?」
「! それって……」
「反省しとるかどうかは働きぶりで判断するからの。こんな小さな町じゃあ地味な仕事しか無いからのう、罰としてはちょうどええじゃろ」
 巡礼は延期されたがソレムの計らいで神衛兵の仕事は出来るようになった。ビスタークは心からソレムに感謝した。
 半年ぶりに神殿へ戻ってきたので、ビスタークはレアフィールへ祈りを捧げるために神殿奥の聖堂へと赴いた。
 聖堂のある洞窟へ|友神の町《フリアンス》で買った果物を供物に持って祈りに入ると、三年前この場所でレアフィールとの別れの時に言われた言葉を思い出した。
「ビスターク、自分の中の暗い感情に負けるなよ。あと、俺がいなくなっても訓練も勉強もさぼるなよ? あっちから全部見てるからな」
 暗い感情に一度負けてしまった。別の神の町だがそれでも向こうから見られていたのだろうか。その点はわからないが、心が苦しくなった。訓練はさぼらなかったが、勉強用の本など持っていかなかったのでやっていなかった。巡礼までの二年の間に遅れを取り戻さなくてはな、と決意した。
 レアフィールは今の自分を見てどう思っているだろうか。性格的にいって怒ってはいないと考える。おそらく悲しんで心配し、そばにいてやれなかったことを悔やんでいるのではないかと思う。
 供物を捧げて跪き、謝罪、反省、これからの目標など色々なことを祈っていると聖堂へ供物の酒を持ってマフティロが現れた。あまり会いたくなかったが、ここにいる限り必ず顔を合わせるのはわかっていたので覚悟はしていた。
「お帰り。ニアタが心配してたよ」
「……知ってる。ただいま」
 祈りを終えて立ち上がり、マフティロの顔の位置が以前より下になっていることに優越感を覚える。色々と言いたいことはあるのだが、言い出すタイミングがつかめない。とりあえず、向こうが祈りを終えるのを待とうと思い、祈りの場所から退いた。
「背が伸びたね。僕より高くなった」
「ああ、そうだな」
 マフティロは少し笑ってそう言うと同じように酒を供物として備え跪き祈りを捧げた。ビスタークはそれを黙って見ていた。
「……」
 マフティロは祈りを終えてビスタークが何か言いたそうにしている様子に気付くとこう言った。
「何か、僕に用があるんじゃないか?」
 ビスタークは少し躊躇したが、今言わないともう言えなくなると思い言うことにした。
「あー……うん。前から聞こうと……いや、忠告かな、しておこうと思って。その、結婚するってのにこんなこと言うのはどうかと思うんだけどな……」
 言いづらいので慎重に言葉を選びながら話す。
「いいよ、なんでも言ってくれて」
 マフティロが言葉を受け止めようとしてくれたので一度深く息を吸い込んでから思い切って言い放った。
「ニア姉が一番好きなのは、たぶんずっとレア兄だと思う。しかもその相手に一生仕えるんだぞ。本当にお前はそれでもいいのか?」
 マフティロはビスタークに真剣さ感じ、それを正面から向き合って答えた。
「……そりゃあ妬けるけどしょうがないね」
 一度考えるような様子で間をあけてから再度言葉を繋ぐ。
「僕はね、飛翔神と、お義父さん、君の次の四番目に好きでも構わないんだ。彼女の隣に居させてくれるならそれでいいんだよ」
 少し諦めたような笑みを浮かべて続ける。
「だって、《《僕が》》ニアタのことを好きなんだから、仕方がないよ。ニアタに嫌われてないなら、それでいいんだ」
 こんなにも人を好きになれるものなのか。マフティロの真っ直ぐな想いが眩しく思えた。この男になら姉を任せても大丈夫だ、そう思えた。
「そうか。安心した。ニア姉をよろしく頼む。あと……結婚おめでとう。あ、でもマフ兄とは呼ばねえからな」
「わかってるよ。あれは冗談だ」
 そのとたん、たくさんの|反力石《リーペイト》が聖堂に降臨した。
「はは、レア兄はちゃんと見てるんだな。祝福されてるぜ」
 マフティロは改めて跪き祈りを捧げる。
「ニアタやこの町のことは僕がみんなと一緒に守っていきます。これからもよろしくお願いいたします」
 ビスタークももう一度マフティロと一緒に祈った。