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020 憂悶

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 その頃、自宅の店ではジーニェルとホノーラが黙って仕事をしていた。全く何もしない状態では思考が暗くなるばかりだとわかっていた。何かしていたほうが現実を誤魔化せると思ったのだ。  しかし、やはり想いを共有したくなり、ホノーラが口を開いた。 「私ね、ずっと不安に思っていたことがあるの……」 「……うん」  ジーニェルは言葉少なく相槌をうつ。   「あの子は……リューナは突然やって来た子だったから……」  ホノーラの身体は震えていた。   「ある日、突然いなくなってしまうんじゃないかって……!」  泣き叫ぶような気持ちで、しかし声を押さえながら身体の奥から声を絞り出した。 「それが今、まさか、本当になるなんて……」  言葉に出してしまうと一緒に涙も出てきてしまう。止まらない。 「……ごめんなさい、取り乱して」 「謝ることないさ」  ジーニェルもつらそうに言葉を重ねる。 「俺だって……二度と会えなくなるなんて……嫁にだってやりたくないってのに……」  これから、リューナに悟られないよう普通に過ごすことなどできるのだろうか。顔を見ただけで泣いてしまいそうだ。そう思い、二人は暗い気持ちで仕事をしながら話を続ける。 「リューナが来た時に聖堂でお祈りしたら、反力石リーペイトがたくさん出てきたでしょう。私は外から来た子だけど神様に祝福されたと、受け入れてくれたと思ってたの」 「俺だって、そう思ってたさ」 「大変な人生を歩まなきゃならないから、神様はその応援にたくさん石をくれたのかしら」 「さあな……」  今思えば神の子だったから、それを伝えるために通常の石の降臨量ではなかったのかもしれない。 「……フォスターが最近変だったのはこの事を知っていたからなのね」 「それに俺達がフォスターの行動だと思ってたのがビスタークだったこともあったんだな」  今までの不可解だったフォスターの行動に納得することができた。独り言を言ったり、酒を飲んだり、急に怒鳴ったり、いつものフォスターならしないことばかりだ。  ホノーラはフォスターの気持ちを想像しながらこう言った。 「……一人でどうしようかと悩んでいたでしょうね。あの子は優しいから……」 「あいつは何でも一人で抱え込む癖があるからな。言いづらかっただろうしな……」    夫婦二人でそんな会話をしていると、フォスター達が店に帰ってきた。まだリューナの姿でいるビスタークを見てホノーラが言った。 「ビスタークよね? 表情が全然違うからわかるわ。まだリューナの中に入ってるの? いい加減離れなさいよ!」 「しょうがねえだろ。まだ意識が戻ってねえんだから。寝たまま運んだら目立つだろ」  ジーニェルも文句を言った。   「リューナの姿でお前の声がするのは気持ち悪いんだよ」 「わかったよ。ベッドに寝かせたら離れてやるから」  ビスタークはやれやれといった感じでそう言うと、今度は真剣な様子で二人に向き直した。 「……だがその前に忠告しておく」  そして真面目な顔をして二人に告げた。 「あまりにこいつを、神の子を手放さないようなら、今の破壊神から強引に記憶を消される恐れがある。娘のことを覚えていたいなら協力したほうがいい……」  流石に言いづらいのか、段々声が小さくなっていった。   「……………………!」  ビスタークはジーニェルとホノーラは絶句した。何も、考えられなかった。 「忘れたほうが楽だとは思うが……覚えていたいだろ?」    ビスタークには何か思うところがある様子だった。そしてそう言ってから一呼吸置いて空気を変えるようにビスタークが言葉を続ける。 「そうだ。そういえば、あの時転移石エイライト拾ってなかったか?」 「転移石エイライト? ああ、リューナが攫われそうになったときあの男が落とした石か。後で神殿に届けようと思ってそのまま忘れてたな」 「それだ。もらっていいか?」 「どこに仕舞ったっけな……」  ジーニェルが棚の引出しを開けて探す。 「しっかり探せよ。それがあれば必ず一度は帰って来れるからな」  二人に、少しの希望を与えた。    店から家へのドアを通り階段を上る。ビスタークは上りながら不透明な空色の転移石エイライトを放り投げては掴んでいた。 「よし。良いもん手に入れた。今はどうか知らないが、前は高かったんだよな、これ」  ビスタークは満足そうに言った。  転移石エイライトは空の大神エイルスパスの石である。便宜上「空」と言っているが実際は「空間」を司る神である。 「空の都エイルスパスで何かあったらしくてな。石の供給が止まってたんだ。それで高騰してた」  神に遣える神官や神衛兵かのえへい等に倫理的な問題があると神の石の供給が止まる。神はそれぞれの町を見ているのだ。それがあるから住民は神殿を信頼できる。神の石の供給が無くなると神殿に対する民の信頼が根底から揺らいでしまう。それは誰かが問題行動をしている証拠なのだ。 「この町じゃ見たこと無いからな。それどうやって使うんだ?」 「教えてやるからお前の部屋ちょっと貸せ。本当は二つあったほうがいいんだけどな」  フォスターの部屋へ入り、転移石エイライトをチョークのように使い床に空色の線を書いていく。四角く囲って線を繋いだ。 「よし。これで額に石を当てて、ここを思い浮かべればこの部屋に帰ってこれる」 「へえ……便利だな」 「ただ、一方通行だからな。もう一つ手に入れて旅先で書いておかないと、またここからやり直しになっちまう。それに一度使うと線も消えるから、使う度に書き直さなきゃならない。四角じゃなくて丸でも三角でも、形は何でもいいんだ。ちゃんと線を繋げばな。床板の繋ぎ目くらいなら気にしなくても平気だが」  フォスターが思い付いたように言う。   「! ザイスがここに転移石エイライトの跡を残してたらすぐにやって来るんじゃないか!?」 「それは大丈夫だ。家の中を確認したが跡は無かった。まああったとしても線を消したり上に大きな物を置いておけば転移して来れないしな」 「ならいいけど……」  そう会話しながらフォスターの部屋を出て隣にあるリューナの部屋へと入った。ベッドにリューナの身体を横たえながらビスタークが話す。 「……あいつらには悪いことをしたと思ってる。本当はあの時、神殿に預けるつもりだったんだ。神殿の奴らなら、神の子がいずれいなくなることを知っているからな」  自分の宿る帯をリューナの手で外してフォスターに渡す。フォスターの手に渡ったとたんリューナの身体から力が抜けた。ビスタークの支配から身体が解放されたのだ。 『だが、もうギリギリでな……神殿までの階段を上りきれずに死ぬと思ったからお前に託すことにしたんだ。遺言状でも書いとけばよかったと思ったが後の祭りだったな。まさか自分が死ぬなんてあの時は考えてなかったからな』  フォスターは帯を握ったまま話す。   「……昨日、その時の夢を見たよ。あの時は辛かったな。あんな小さい時に目の前で死にやがって」 『悪かったな。俺もそうだったから、わかる』 「えっ、そうなのか?」 『お前周りから聞いてないのか? ……そうか。なら、いい。忘れてくれ……』  ビスタークは言葉を濁した。何か聞かれたく無いことがあるようだったので、聞くのはやめておいた。  フォスターはリューナの部屋の椅子をベッドの脇に寄せ、椅子の背をリューナ側に向け、その背に腕を組んで乗せるように座った。  本当は畑に行ったり訓練をしたり、朝からほぼ何も食べていないので食事をしたり、やることは色々あったのだが今はリューナの側にいてやりたかった。何か出来るわけでも無いのだが、起きた時に一人きりだとつらいのではないかと思ったのだ。  フォスターは色々考えているうちに気疲れからか椅子の背に突っ伏すような格好で眠ってしまった。  ビスタークはフォスターが眠っている間に握られたままだった帯を額に巻いておいた。息子がなかなか帯を巻こうとしないからだ。身体を勝手に使われるのが嫌だからだと知ってはいるが、いざという時の備えとして身体に入りやすくしておきたかった。 『自覚が無い神の子とその身内は厄介だな……。レリア、レア兄、俺はどうすればいいのか教えてくれ……』  ビスタークはビスタークで今後どうするのが一番いい方法なのか悩んでいた。



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 その頃、自宅の店ではジーニェルとホノーラが黙って仕事をしていた。全く何もしない状態では思考が暗くなるばかりだとわかっていた。何かしていたほうが現実を誤魔化せると思ったのだ。  しかし、やはり想いを共有したくなり、ホノーラが口を開いた。 「私ね、ずっと不安に思っていたことがあるの……」 「……うん」  ジーニェルは言葉少なく相槌をうつ。   「あの子は……リューナは突然やって来た子だったから……」  ホノーラの身体は震えていた。   「ある日、突然いなくなってしまうんじゃないかって……!」  泣き叫ぶような気持ちで、しかし声を押さえながら身体の奥から声を絞り出した。 「それが今、まさか、本当になるなんて……」  言葉に出してしまうと一緒に涙も出てきてしまう。止まらない。 「……ごめんなさい、取り乱して」 「謝ることないさ」  ジーニェルもつらそうに言葉を重ねる。 「俺だって……二度と会えなくなるなんて……嫁にだってやりたくないってのに……」  これから、リューナに悟られないよう普通に過ごすことなどできるのだろうか。顔を見ただけで泣いてしまいそうだ。そう思い、二人は暗い気持ちで仕事をしながら話を続ける。 「リューナが来た時に聖堂でお祈りしたら、反力石リーペイトがたくさん出てきたでしょう。私は外から来た子だけど神様に祝福されたと、受け入れてくれたと思ってたの」 「俺だって、そう思ってたさ」 「大変な人生を歩まなきゃならないから、神様はその応援にたくさん石をくれたのかしら」 「さあな……」  今思えば神の子だったから、それを伝えるために通常の石の降臨量ではなかったのかもしれない。 「……フォスターが最近変だったのはこの事を知っていたからなのね」 「それに俺達がフォスターの行動だと思ってたのがビスタークだったこともあったんだな」  今までの不可解だったフォスターの行動に納得することができた。独り言を言ったり、酒を飲んだり、急に怒鳴ったり、いつものフォスターならしないことばかりだ。  ホノーラはフォスターの気持ちを想像しながらこう言った。 「……一人でどうしようかと悩んでいたでしょうね。あの子は優しいから……」 「あいつは何でも一人で抱え込む癖があるからな。言いづらかっただろうしな……」    夫婦二人でそんな会話をしていると、フォスター達が店に帰ってきた。まだリューナの姿でいるビスタークを見てホノーラが言った。 「ビスタークよね? 表情が全然違うからわかるわ。まだリューナの中に入ってるの? いい加減離れなさいよ!」 「しょうがねえだろ。まだ意識が戻ってねえんだから。寝たまま運んだら目立つだろ」  ジーニェルも文句を言った。   「リューナの姿でお前の声がするのは気持ち悪いんだよ」 「わかったよ。ベッドに寝かせたら離れてやるから」  ビスタークはやれやれといった感じでそう言うと、今度は真剣な様子で二人に向き直した。 「……だがその前に忠告しておく」  そして真面目な顔をして二人に告げた。 「あまりにこいつを、神の子を手放さないようなら、今の破壊神から強引に記憶を消される恐れがある。娘のことを覚えていたいなら協力したほうがいい……」  流石に言いづらいのか、段々声が小さくなっていった。   「……………………!」  ビスタークはジーニェルとホノーラは絶句した。何も、考えられなかった。 「忘れたほうが楽だとは思うが……覚えていたいだろ?」    ビスタークには何か思うところがある様子だった。そしてそう言ってから一呼吸置いて空気を変えるようにビスタークが言葉を続ける。 「そうだ。そういえば、あの時転移石エイライト拾ってなかったか?」 「転移石エイライト? ああ、リューナが攫われそうになったときあの男が落とした石か。後で神殿に届けようと思ってそのまま忘れてたな」 「それだ。もらっていいか?」 「どこに仕舞ったっけな……」  ジーニェルが棚の引出しを開けて探す。 「しっかり探せよ。それがあれば必ず一度は帰って来れるからな」  二人に、少しの希望を与えた。    店から家へのドアを通り階段を上る。ビスタークは上りながら不透明な空色の転移石エイライトを放り投げては掴んでいた。 「よし。良いもん手に入れた。今はどうか知らないが、前は高かったんだよな、これ」  ビスタークは満足そうに言った。  転移石エイライトは空の大神エイルスパスの石である。便宜上「空」と言っているが実際は「空間」を司る神である。 「空の都エイルスパスで何かあったらしくてな。石の供給が止まってたんだ。それで高騰してた」  神に遣える神官や神衛兵かのえへい等に倫理的な問題があると神の石の供給が止まる。神はそれぞれの町を見ているのだ。それがあるから住民は神殿を信頼できる。神の石の供給が無くなると神殿に対する民の信頼が根底から揺らいでしまう。それは誰かが問題行動をしている証拠なのだ。 「この町じゃ見たこと無いからな。それどうやって使うんだ?」 「教えてやるからお前の部屋ちょっと貸せ。本当は二つあったほうがいいんだけどな」  フォスターの部屋へ入り、転移石エイライトをチョークのように使い床に空色の線を書いていく。四角く囲って線を繋いだ。 「よし。これで額に石を当てて、ここを思い浮かべればこの部屋に帰ってこれる」 「へえ……便利だな」 「ただ、一方通行だからな。もう一つ手に入れて旅先で書いておかないと、またここからやり直しになっちまう。それに一度使うと線も消えるから、使う度に書き直さなきゃならない。四角じゃなくて丸でも三角でも、形は何でもいいんだ。ちゃんと線を繋げばな。床板の繋ぎ目くらいなら気にしなくても平気だが」  フォスターが思い付いたように言う。   「! ザイスがここに転移石エイライトの跡を残してたらすぐにやって来るんじゃないか!?」 「それは大丈夫だ。家の中を確認したが跡は無かった。まああったとしても線を消したり上に大きな物を置いておけば転移して来れないしな」 「ならいいけど……」  そう会話しながらフォスターの部屋を出て隣にあるリューナの部屋へと入った。ベッドにリューナの身体を横たえながらビスタークが話す。 「……あいつらには悪いことをしたと思ってる。本当はあの時、神殿に預けるつもりだったんだ。神殿の奴らなら、神の子がいずれいなくなることを知っているからな」  自分の宿る帯をリューナの手で外してフォスターに渡す。フォスターの手に渡ったとたんリューナの身体から力が抜けた。ビスタークの支配から身体が解放されたのだ。 『だが、もうギリギリでな……神殿までの階段を上りきれずに死ぬと思ったからお前に託すことにしたんだ。遺言状でも書いとけばよかったと思ったが後の祭りだったな。まさか自分が死ぬなんてあの時は考えてなかったからな』  フォスターは帯を握ったまま話す。   「……昨日、その時の夢を見たよ。あの時は辛かったな。あんな小さい時に目の前で死にやがって」 『悪かったな。俺もそうだったから、わかる』 「えっ、そうなのか?」 『お前周りから聞いてないのか? ……そうか。なら、いい。忘れてくれ……』  ビスタークは言葉を濁した。何か聞かれたく無いことがあるようだったので、聞くのはやめておいた。  フォスターはリューナの部屋の椅子をベッドの脇に寄せ、椅子の背をリューナ側に向け、その背に腕を組んで乗せるように座った。  本当は畑に行ったり訓練をしたり、朝からほぼ何も食べていないので食事をしたり、やることは色々あったのだが今はリューナの側にいてやりたかった。何か出来るわけでも無いのだが、起きた時に一人きりだとつらいのではないかと思ったのだ。  フォスターは色々考えているうちに気疲れからか椅子の背に突っ伏すような格好で眠ってしまった。  ビスタークはフォスターが眠っている間に握られたままだった帯を額に巻いておいた。息子がなかなか帯を巻こうとしないからだ。身体を勝手に使われるのが嫌だからだと知ってはいるが、いざという時の備えとして身体に入りやすくしておきたかった。 『自覚が無い神の子とその身内は厄介だな……。レリア、レア兄、俺はどうすればいいのか教えてくれ……』  ビスタークはビスタークで今後どうするのが一番いい方法なのか悩んでいた。



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