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001 遺品

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 フォスターは――配達に来ただけなのにどうしてこうなった――と溜め息をついた。  家の仕事である供物用の酒を配達するため神殿に来たとたん、女性神官のニアタにこう言われたのだ。   「あ、フォスター、ちょうど良かった。ビスタークの遺品を綺麗にしたところだからちょっと寄って行って」  フォスターの父親ビスタークは小さい頃に赤ん坊だった妹リューナを連れてきて、そのまま死んだ。本人としてはその時の記憶しか無いので父親に対しての思い出など何もない。 「ちょっとこれ着けてみて! マントだけは汚れが酷かったから新調したんだけど、きっと大きさもちょうどいいと思うのよ」    紅茶色の長い髪を後ろで一纏めにし飛翔神の紋章が大きく書かれた円筒状の帽子をかぶっている神官のニアタがそう言って見せてきたのは神衛兵かのえへいの鎧と長い頭用の帯だった。  これは良くない流れだ、と思ったが、押しに弱いフォスターは神官達に着せ替え人形扱いされることとなった。腰、脚、腕等の鎧、表が濃紺色で裏は紫がかった灰色のマントのついた上半身の鎧、用途のよくわからない銀色の薄い金属がついた二の腕用のベルト、額に濃紺色をした長い帯を着けさせられた。    現在、町民の集会場としても利用される礼拝堂の隅で藤色とくすんだ水色の神官服に身を包んだ三人と他一人に囲まれている。そして、この礼拝堂の正面のパイプオルガンの上に飾られている神話画に描かれた神衛兵かのえへいとほぼ同じ格好をさせられているが、何故か兜だけは無い。 「やっぱりビスタークにそっくりねぇ。よく似合ってるわよ、ね、お父さん」 「うむ、よう似とる。ここはやはり神衛かのえに……」 「普段は店で働いて、何か問題が起こったときだけ神衛として働けばいいんじゃないかな」 「神殿一家で囲んで勧誘するのやめてもらえますか」  フォスターは予測していた通り、白髪で口髭が特徴の大神官ソレム、その娘のニアタ、焦げ茶色の短い髪と太い眉毛に四角い眼鏡をかけている娘婿のマフティロに囲まれて神衛兵かのえへいの勧誘を受けた。大神官のソレムだけ帽子が縦に長いが、それでも背が低いため帽子込みでも他の二人より小さい。  神衛兵かのえへいとは、各町の自警団や警察、兵隊のようなものである。    ここ飛翔神リフェイオスの町は神話の頃の罰として、世界の果てに町をかまえている。  世界は平坦であり、その端には高くそびえ立つ絶壁がある。上の方は霞んで見えず、崖を登った先には神の世界がある。人には決してたどり着けないが。  神の領域に近くとも、人間に何か恩恵があるわけでもなく、この町は過疎化していた。  他の町では立派な職となるはずの神衛兵もこの町ではフォスターの父親ビスタークを最後に誰も成り手がいない状況になっていた。 「こんな平和な田舎町に神衛なんて必要無いでしょ。仕事が無くてヒマなだけだと思いますよ」  フォスターは自分と妹のリューナを育ててくれた今の養父母が細々と経営している酒場兼食堂を継ぐつもりでいる。父親は神殿で育ったから神衛兵になったのかもしれないが、自分には関係ないと思っている。  父親のビスタークは大神官ソレムを父親代わり、ニアタを姉代わりに育った。そのため神官達にとってフォスターは甥っ子のような存在だ。子どもの頃は神官といえば学校の先生でもあったし、今は仕事でよく訪れるためだいぶ気安い間柄である。 「いいじゃないか。鎧なんてなかなか着ける機会ないんだから。うらやましいよ。俺も一度こういうの作ってみたいなあ」 「なんでお前もいるんだ?」  何故か斜向かいに住んでいる幼なじみのカイルまでいた。カイルの家、というより親族たちは鍛冶や修理等を他のあちこちの町から請け負ったり色々な道具を作る仕事をしている。それぞれの職人達は腕が良いらしく、辺境の町にしては仕事が多い。 「仕事だよ。この鎧、お前が着けてみてサイズが合わないところを調整するように頼まれた」 「……」  外堀を埋められていくとはこういうことだろうか。カイルがいるのも不可解だが、本当は神官などは子どもたちの授業を行う時間だ。わざわざ教室を抜け出してきたことに本気を感じた。 「ビスタークよりちょっとだけ細い……かのう?」 「髪が紫で長いところ以外まんまそっくりよねえ」 「悪い話ばっかり聞いてきた父親に似てるって言われても全っ然嬉しくないんですけど」  客の酔っぱらいから散々ビスタークの女性関係や暴力系の悪い話を聞かされてきたので、似ていると言われるのは不快であった。 「そんな悪いとこばかりじゃあなかったぞ。なあ、ニアタ」 「えっ?」  父親である大神官ソレムに急に話を振られ、ニアタはしばし考え込んだ。 「無かったんですね?」 「えっ、いや、そんなことは! ……ええと……結婚した後はレリアさんのこと大事にして、浮気しなかったみたいよ」 「そんなの当たり前じゃないですか」  レリアというのはフォスターを産んだ後すぐに死んでしまった母親の名前だ。 「嫁さん亡くなった後すぐに町を出て妹作って帰ってきたがの」 「お義父さん、余計なことは言わないほうが」 「……もういいです」  ――もういないと思って好き勝手なこと言いやがって。  フォスターは頭の中で聞きなれない声を聞いた気がした。 「カイル、何か言ったか?」  膝をついた格好で鎧の隙間を測ってメモをとっているカイルに聞いてみた。 「へ? 独り言は言ってたと思うけど?」  ブツブツと鎧をチェックしながら独り言を言っていたのはわかっていたが、そうではない。  カイルはフォスターの疑問には構わず神官達に話をふる。 「これ、何の金属ですか? すごい軽いけど」 「反力石リーペイトを溶かして何か他の金属を混ぜたものらしい。大昔は作れたようじゃが、今は作れる者がおらんよ」  反力石リーペイトとは、この町の飛翔神の石である。神官が神殿奥の聖堂で神に祈りを捧げることで降臨する。濃紺色をしておりこの町の人間は必ずひとつ以上持っている。この石に触れて理力を流すと身体が空中に浮く。鎧の金属はこの石を溶かして重さを軽減しているらしい。   「反力石リーペイトって溶けるの!? ていうか、神の石溶かして罰当たらないの? ……加工する時に穴開けたりするし、いいのかな。だったら色々研究しがいがあるな……」 「大変だ!」  そう叫んだカイルの父親クワインが神殿に入ってきたのは、カイルが自分の趣味に没頭しはじめた時だった。  神殿は崖沿いにあり、長い階段を上らなければならない。「大変だ!」と言ったはいいが、呼吸が少し落ち着くまでうまく喋れない。 「父ちゃん、どうしたんだ? そんなにあわてて」  父親と同じ黄緑色の髪をしたカイルがきょとんとした顔で尋ねる。 「リュ、リューナが、知らない男に捕まって……」 「はあ!?」  血相を変えたフォスターが走り出した。リューナとは、フォスターの妹のことである。全盲のため、家族皆が少々過保護になっている。  知らない男に捕まったというのは訳がわからないが、体が勝手に動いた。子どもの頃から妹のリューナに何かあった時はすぐに駆けつけていた。過保護なのは今も変わっていない。鎧を着けたままで外へと駆け出す。カイルも後を追う。  階段を駆け降りずに走った勢いのまま跳んだ。反力石リーペイトがあるので地面に足が着く前に空中で停止することができる。この町の子どもがよくやる遊びだ。駆け降りるよりずっと速い。  いつも首から下げて服の中に入れている反力石リーペイトのペンダントではなく、鎧の腹部分についている石を使う。二回ほど着地、跳ぶを繰り返して階段下に着く。  正面の広い道沿いにある自宅前へ人が集まっていた。馬車が六台以上並べるほどの広さがあるので、人が集まっていると言っても元々の人口が少ないこともあり混んでいるわけではない。  よく見ると、育ての父親であるジーニェルが肩を押さえてうずくまっている。その後ろに育ての母親ホノーラもいる。  その反対側にリューナを捕まえ剣をジーニェルに突き出している鎧を着た知らない男がいた。どこかの町の神衛兵のような感じだが、見たことの無い鎧なので近隣の町では無いと思われる。  しかし神衛兵だからといって、リューナが捕まる理由なんて無いはずだ。彼女は町から出たことなど数えるほどしかない。全く意味がわからなかった。 「リューナ!!」    考える間も無くフォスターは走り出していた。



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 フォスターは――配達に来ただけなのにどうしてこうなった――と溜め息をついた。  家の仕事である供物用の酒を配達するため神殿に来たとたん、女性神官のニアタにこう言われたのだ。   「あ、フォスター、ちょうど良かった。ビスタークの遺品を綺麗にしたところだからちょっと寄って行って」  フォスターの父親ビスタークは小さい頃に赤ん坊だった妹リューナを連れてきて、そのまま死んだ。本人としてはその時の記憶しか無いので父親に対しての思い出など何もない。 「ちょっとこれ着けてみて! マントだけは汚れが酷かったから新調したんだけど、きっと大きさもちょうどいいと思うのよ」    紅茶色の長い髪を後ろで一纏めにし飛翔神の紋章が大きく書かれた円筒状の帽子をかぶっている神官のニアタがそう言って見せてきたのは神衛兵かのえへいの鎧と長い頭用の帯だった。  これは良くない流れだ、と思ったが、押しに弱いフォスターは神官達に着せ替え人形扱いされることとなった。腰、脚、腕等の鎧、表が濃紺色で裏は紫がかった灰色のマントのついた上半身の鎧、用途のよくわからない銀色の薄い金属がついた二の腕用のベルト、額に濃紺色をした長い帯を着けさせられた。    現在、町民の集会場としても利用される礼拝堂の隅で藤色とくすんだ水色の神官服に身を包んだ三人と他一人に囲まれている。そして、この礼拝堂の正面のパイプオルガンの上に飾られている神話画に描かれた神衛兵かのえへいとほぼ同じ格好をさせられているが、何故か兜だけは無い。 「やっぱりビスタークにそっくりねぇ。よく似合ってるわよ、ね、お父さん」 「うむ、よう似とる。ここはやはり神衛かのえに……」 「普段は店で働いて、何か問題が起こったときだけ神衛として働けばいいんじゃないかな」 「神殿一家で囲んで勧誘するのやめてもらえますか」  フォスターは予測していた通り、白髪で口髭が特徴の大神官ソレム、その娘のニアタ、焦げ茶色の短い髪と太い眉毛に四角い眼鏡をかけている娘婿のマフティロに囲まれて神衛兵かのえへいの勧誘を受けた。大神官のソレムだけ帽子が縦に長いが、それでも背が低いため帽子込みでも他の二人より小さい。  神衛兵かのえへいとは、各町の自警団や警察、兵隊のようなものである。    ここ飛翔神リフェイオスの町は神話の頃の罰として、世界の果てに町をかまえている。  世界は平坦であり、その端には高くそびえ立つ絶壁がある。上の方は霞んで見えず、崖を登った先には神の世界がある。人には決してたどり着けないが。  神の領域に近くとも、人間に何か恩恵があるわけでもなく、この町は過疎化していた。  他の町では立派な職となるはずの神衛兵もこの町ではフォスターの父親ビスタークを最後に誰も成り手がいない状況になっていた。 「こんな平和な田舎町に神衛なんて必要無いでしょ。仕事が無くてヒマなだけだと思いますよ」  フォスターは自分と妹のリューナを育ててくれた今の養父母が細々と経営している酒場兼食堂を継ぐつもりでいる。父親は神殿で育ったから神衛兵になったのかもしれないが、自分には関係ないと思っている。  父親のビスタークは大神官ソレムを父親代わり、ニアタを姉代わりに育った。そのため神官達にとってフォスターは甥っ子のような存在だ。子どもの頃は神官といえば学校の先生でもあったし、今は仕事でよく訪れるためだいぶ気安い間柄である。 「いいじゃないか。鎧なんてなかなか着ける機会ないんだから。うらやましいよ。俺も一度こういうの作ってみたいなあ」 「なんでお前もいるんだ?」  何故か斜向かいに住んでいる幼なじみのカイルまでいた。カイルの家、というより親族たちは鍛冶や修理等を他のあちこちの町から請け負ったり色々な道具を作る仕事をしている。それぞれの職人達は腕が良いらしく、辺境の町にしては仕事が多い。 「仕事だよ。この鎧、お前が着けてみてサイズが合わないところを調整するように頼まれた」 「……」  外堀を埋められていくとはこういうことだろうか。カイルがいるのも不可解だが、本当は神官などは子どもたちの授業を行う時間だ。わざわざ教室を抜け出してきたことに本気を感じた。 「ビスタークよりちょっとだけ細い……かのう?」 「髪が紫で長いところ以外まんまそっくりよねえ」 「悪い話ばっかり聞いてきた父親に似てるって言われても全っ然嬉しくないんですけど」  客の酔っぱらいから散々ビスタークの女性関係や暴力系の悪い話を聞かされてきたので、似ていると言われるのは不快であった。 「そんな悪いとこばかりじゃあなかったぞ。なあ、ニアタ」 「えっ?」  父親である大神官ソレムに急に話を振られ、ニアタはしばし考え込んだ。 「無かったんですね?」 「えっ、いや、そんなことは! ……ええと……結婚した後はレリアさんのこと大事にして、浮気しなかったみたいよ」 「そんなの当たり前じゃないですか」  レリアというのはフォスターを産んだ後すぐに死んでしまった母親の名前だ。 「嫁さん亡くなった後すぐに町を出て妹作って帰ってきたがの」 「お義父さん、余計なことは言わないほうが」 「……もういいです」  ――もういないと思って好き勝手なこと言いやがって。  フォスターは頭の中で聞きなれない声を聞いた気がした。 「カイル、何か言ったか?」  膝をついた格好で鎧の隙間を測ってメモをとっているカイルに聞いてみた。 「へ? 独り言は言ってたと思うけど?」  ブツブツと鎧をチェックしながら独り言を言っていたのはわかっていたが、そうではない。  カイルはフォスターの疑問には構わず神官達に話をふる。 「これ、何の金属ですか? すごい軽いけど」 「反力石リーペイトを溶かして何か他の金属を混ぜたものらしい。大昔は作れたようじゃが、今は作れる者がおらんよ」  反力石リーペイトとは、この町の飛翔神の石である。神官が神殿奥の聖堂で神に祈りを捧げることで降臨する。濃紺色をしておりこの町の人間は必ずひとつ以上持っている。この石に触れて理力を流すと身体が空中に浮く。鎧の金属はこの石を溶かして重さを軽減しているらしい。   「反力石リーペイトって溶けるの!? ていうか、神の石溶かして罰当たらないの? ……加工する時に穴開けたりするし、いいのかな。だったら色々研究しがいがあるな……」 「大変だ!」  そう叫んだカイルの父親クワインが神殿に入ってきたのは、カイルが自分の趣味に没頭しはじめた時だった。  神殿は崖沿いにあり、長い階段を上らなければならない。「大変だ!」と言ったはいいが、呼吸が少し落ち着くまでうまく喋れない。 「父ちゃん、どうしたんだ? そんなにあわてて」  父親と同じ黄緑色の髪をしたカイルがきょとんとした顔で尋ねる。 「リュ、リューナが、知らない男に捕まって……」 「はあ!?」  血相を変えたフォスターが走り出した。リューナとは、フォスターの妹のことである。全盲のため、家族皆が少々過保護になっている。  知らない男に捕まったというのは訳がわからないが、体が勝手に動いた。子どもの頃から妹のリューナに何かあった時はすぐに駆けつけていた。過保護なのは今も変わっていない。鎧を着けたままで外へと駆け出す。カイルも後を追う。  階段を駆け降りずに走った勢いのまま跳んだ。反力石リーペイトがあるので地面に足が着く前に空中で停止することができる。この町の子どもがよくやる遊びだ。駆け降りるよりずっと速い。  いつも首から下げて服の中に入れている反力石リーペイトのペンダントではなく、鎧の腹部分についている石を使う。二回ほど着地、跳ぶを繰り返して階段下に着く。  正面の広い道沿いにある自宅前へ人が集まっていた。馬車が六台以上並べるほどの広さがあるので、人が集まっていると言っても元々の人口が少ないこともあり混んでいるわけではない。  よく見ると、育ての父親であるジーニェルが肩を押さえてうずくまっている。その後ろに育ての母親ホノーラもいる。  その反対側にリューナを捕まえ剣をジーニェルに突き出している鎧を着た知らない男がいた。どこかの町の神衛兵のような感じだが、見たことの無い鎧なので近隣の町では無いと思われる。  しかし神衛兵だからといって、リューナが捕まる理由なんて無いはずだ。彼女は町から出たことなど数えるほどしかない。全く意味がわからなかった。 「リューナ!!」    考える間も無くフォスターは走り出していた。



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