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068 神様

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「どうして教えてあげないのかな?」  リジェンダはそう言いながら神官たちへ近づいてきたようだ。フォスターは風呂の前に立っているだけなので向こうの声しか聞こえていない。 「え? いや……そこに時間をかけていたら仕事が終わらないからですよ」 「なるほど。大神官も臥せっていらっしゃる今、人手が足りないよね。もっともらしい理由だ」 「じゃあもういいですか」  神官はとても鬱陶しそうにそう言った。 「いや、駄目だよ。石が出なくなった理由を知りたくないのかい?」 「え!?」 「な、まさか……」  神官と神衛兵かのえへいはどちらも驚いている。リジェンダが水の神官である証拠の紋章入りペンダントを見せたからなのだが、フォスターからは見えないのでそれはわからなかった。 「れ、連絡が来るって話は……?」 「調査の連絡するとは言ってないと思うけどねえ」  悪びれもせずリジェンダはそう言った。確かに予め訪問することがわかっていたら問題を隠蔽される可能性が高い。 「泳神の町ミューイスから来たって言ってたじゃないスか! 神官がウソついていいんスか!」 「泳神の町ミューイスのほうから来たって言ったんだよ。それは本当だし」  怪しまれないように遠回りをしたのだろうか。それにしても詐欺師のような手口である。 「原因が判明したら都に帰ってそこで連絡しようと思ってたんだけど、今のやり取りを見て気が変わったんだ。ここで正さないといけないってね」 「え? 理由がわかったんですか?」 「うん。おそらくね」  フォスターの耳には何と言っているのかわからないが小声で会話をしていたようだった。しばらく間が空いて神官が言った。 「……大神官を連れて参ります。部屋を用意しますのでそちらでお待ちください。おい、あそこの部屋にご案内しろ」 「は、はい! こ、こちらへどうぞ……」  神官の態度が先ほどと明らかに違っていた。聞き取れなかった会話で何を言われたのだろうか。気にはなるが自分には関係のない話である。部屋へ移動され、リューナも風呂から出てきたのでそれ以上はわからなかった。  フォスターも風呂へ入り、夕食と明日以降の食料を買いに昼訪れた食堂へ行った以外は外出せず特に何事もなく翌朝を迎えた。  部屋で買っておいた朝食をとり町を出発する。部屋の鍵を返したり寄付という名の宿泊代金を神官に払おうとした時、違和感に気付いた。神官の額に灰色の石が貼られて――いや、埋め込まれていたのだ。警備に立っている神衛兵の額に石があるかどうかは兜で見えなかった。  なお、甘藍石カンクタイトが降臨しないため泳神の神殿のときのように寄付の際の石はもらえなかった。 「おや、これから出発かい?」  声の主はリジェンダだった。後ろにマーカムもいる。そういえば夫のマーカムが話すのを一度も見ていない。存在感がとても薄いようだ。 「あ、はい」 「次は水の都シーウァテレスで会おう。まあ、こっちはもう少しここにいるけどね」 「はい、向こうでお世話になると思います」 「うん。じゃあ道中気をつけて。砂漠越えするときはしっかり準備するんだよ」  昨日あれから何があったのか興味はあったが神官を前にしては聞けなかった。オドオドしていた若い神官の額にも石が埋め込まれていたが白に近い灰色だった。心なしか昨日より元気に仕事をしているように見えた。 「次は発酵神の町テメンフェスって言ってたっけ」  神殿から出て歩きながらリューナが聞いてきた。 「ああ、そうだよ」 「なんか美味しいものがたくさんありそうな町だよね!」  すっかり元気になったようだ。フォスターはクスっと笑って返事をする。 「そうだな。パンやチーズ、ヨーグルト、色々美味いものがありそうだよな」 『酒! 発酵って言えば酒だろ!』 「昨日の溶けたチーズがいっぱい入ってるパン、美味しかったなあ。きっと次の町にもあるよね!」  帯に触れていないためリューナにはビスタークの声が聞こえていない。 『お前ら無視しやがって……。よし、今度はリューナに取り憑いて酒飲んでやる』 「はあ!?」  フォスターはその言葉を無視することが出来なかった。 「フォスターどうしたの?」 「あ、いや、親父がな……」 「またお父さんが変なこと言ったのー?」  リューナに言おうか言うまいか躊躇した。ビスタークが一度リューナに取り憑いていたことを未だに言っていないからである。今の言葉を伝えたら前回取り憑いたことを知られてしまうのではないかと怖かった。 「いや、無視するのが一番だよな」 「うん、それがいいと思うよ」  誤魔化してしまった。ビスタークがリューナに再度取り憑かないように注意すればいいのだ。そう自分を納得させた。 「ところでさ、お前はわからなかったと思うけど、さっきの神官の額に石が埋まってたんだよな」 「石? 神様の石のこと?」 『あれは罪過石カルパイトだな』  聞き覚えがある石だった。 「罪過石カルパイトって……なんか前に聞いたな……」 「あ、神衛の登録するのに使うってお父さんが前に言ってたよね?」 「あー、使い道が無いとか前に言ってたっけ」  町外れまで歩いて盾を組み立てながら話をする。町外れと言っても建物が途切れただけで畑はずっと続いている。 『自分が悪いことをした反省が無いと黒くなるんだ。反省している部分があるから灰色なんだろう。気持ち的に半々なんだろうな』 「あの若い神官に対する態度のせいかな?」 『たぶんな。神官教育を放棄してるからじゃねえのか』 「昨日より元気な感じだったね、あの人」 「まああの人も真っ白では無いみたいだからそれなりに反省点はあるんだろうな」 『あのマフティロの従姉が白くなるまで監視するんだろうからもう大丈夫だろ』 「石が白くなったら甘藍石カンクタイトも復活するのかな」 「そうだといいね」  盾に乗り町を出発した。リューナも帯を掴み会話を聞いている。フォスターはフードを被っているのだが、後ろ側のフードとマントの間に少し隙間があるのでそこから帯だけ出している。 「あれどうやって額に埋まってるんだ?」 『押し当てれば勝手に入ってく。押し当てた人間にしか取り出せない。まあ、それ自体が罰になるかな。見世物にされるようなもんだからな』 「ふーん」 「じゃあ、フォスターが神衛になるときもつけるんだね?」 「え」  神衛兵になるつもりはないのだが、リューナには巡礼のついでに目を治してくれる医者を探す、と言ってあるので何と返事をしようか一瞬悩み懸念だけ口にした。 「俺何か悪いことしてたっけ……黒くなったら嫌だな……」 「フォスターなら大丈夫だよ」 『俺が大丈夫だったんだから平気だろ』 「そうなのか!?」 「……お父さんが大丈夫だったことにびっくりだよ……」 『お前ら、俺に対する評価低すぎねえか?』 「だって……なあ」 「ねぇ」  今までの言動からの評価なのでビスタークの自業自得である。 「しかし神様って厳しいんだな」 『神によるかもしれないがな。まあ、だから神殿の人間は信用できるんだよ』 「神様って町を監視してるの?」 『そうらしいぞ。町っていうより神殿関係者みたいだが』 「でも助けてくれないんだよね?」 『神話知ってるだろ。人の世界には手を出さないんだってよ』 「なんで破壊神は戦争なんかしたんだろうね?」  破壊神の子だと言われているリューナにそんなことを聞かれビスタークは言葉につまる。 『……さあな。破壊神に聞いてみな』 「まあ、お父さんにわかるわけないよね」  そこでフォスターが話題を反らした。 「普段も神殿に泊まるほうがいいのかな?」 『宿が町にあると泊めてくれねえぞ。町民の商売の邪魔をすることになるからな』 「そうなのか。少し安く済むから神殿のほうが助かるんだけどなあ」  少しため息をつきながら本音を言った。 『でも都なら平気だ。神官や神衛見習い用の宿舎があるからな』 「働けば無料なんだよな?」 『給料が宿代に変換されるだけだから無料って言うのは違うと思うがな、まあそうなる』  しかしその前に次の発酵神の町テメンフェスだ。 「次の町はどっちだろうな」 「どっちでもいいよ。ごはんが美味しければ」 「はは、リューナらしいな」  水の都シーウァテレスまで町はあと四つである。



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「どうして教えてあげないのかな?」  リジェンダはそう言いながら神官たちへ近づいてきたようだ。フォスターは風呂の前に立っているだけなので向こうの声しか聞こえていない。 「え? いや……そこに時間をかけていたら仕事が終わらないからですよ」 「なるほど。大神官も臥せっていらっしゃる今、人手が足りないよね。もっともらしい理由だ」 「じゃあもういいですか」  神官はとても鬱陶しそうにそう言った。 「いや、駄目だよ。石が出なくなった理由を知りたくないのかい?」 「え!?」 「な、まさか……」  神官と神衛兵かのえへいはどちらも驚いている。リジェンダが水の神官である証拠の紋章入りペンダントを見せたからなのだが、フォスターからは見えないのでそれはわからなかった。 「れ、連絡が来るって話は……?」 「調査の連絡するとは言ってないと思うけどねえ」  悪びれもせずリジェンダはそう言った。確かに予め訪問することがわかっていたら問題を隠蔽される可能性が高い。 「泳神の町ミューイスから来たって言ってたじゃないスか! 神官がウソついていいんスか!」 「泳神の町ミューイスのほうから来たって言ったんだよ。それは本当だし」  怪しまれないように遠回りをしたのだろうか。それにしても詐欺師のような手口である。 「原因が判明したら都に帰ってそこで連絡しようと思ってたんだけど、今のやり取りを見て気が変わったんだ。ここで正さないといけないってね」 「え? 理由がわかったんですか?」 「うん。おそらくね」  フォスターの耳には何と言っているのかわからないが小声で会話をしていたようだった。しばらく間が空いて神官が言った。 「……大神官を連れて参ります。部屋を用意しますのでそちらでお待ちください。おい、あそこの部屋にご案内しろ」 「は、はい! こ、こちらへどうぞ……」  神官の態度が先ほどと明らかに違っていた。聞き取れなかった会話で何を言われたのだろうか。気にはなるが自分には関係のない話である。部屋へ移動され、リューナも風呂から出てきたのでそれ以上はわからなかった。  フォスターも風呂へ入り、夕食と明日以降の食料を買いに昼訪れた食堂へ行った以外は外出せず特に何事もなく翌朝を迎えた。  部屋で買っておいた朝食をとり町を出発する。部屋の鍵を返したり寄付という名の宿泊代金を神官に払おうとした時、違和感に気付いた。神官の額に灰色の石が貼られて――いや、埋め込まれていたのだ。警備に立っている神衛兵の額に石があるかどうかは兜で見えなかった。  なお、甘藍石カンクタイトが降臨しないため泳神の神殿のときのように寄付の際の石はもらえなかった。 「おや、これから出発かい?」  声の主はリジェンダだった。後ろにマーカムもいる。そういえば夫のマーカムが話すのを一度も見ていない。存在感がとても薄いようだ。 「あ、はい」 「次は水の都シーウァテレスで会おう。まあ、こっちはもう少しここにいるけどね」 「はい、向こうでお世話になると思います」 「うん。じゃあ道中気をつけて。砂漠越えするときはしっかり準備するんだよ」  昨日あれから何があったのか興味はあったが神官を前にしては聞けなかった。オドオドしていた若い神官の額にも石が埋め込まれていたが白に近い灰色だった。心なしか昨日より元気に仕事をしているように見えた。 「次は発酵神の町テメンフェスって言ってたっけ」  神殿から出て歩きながらリューナが聞いてきた。 「ああ、そうだよ」 「なんか美味しいものがたくさんありそうな町だよね!」  すっかり元気になったようだ。フォスターはクスっと笑って返事をする。 「そうだな。パンやチーズ、ヨーグルト、色々美味いものがありそうだよな」 『酒! 発酵って言えば酒だろ!』 「昨日の溶けたチーズがいっぱい入ってるパン、美味しかったなあ。きっと次の町にもあるよね!」  帯に触れていないためリューナにはビスタークの声が聞こえていない。 『お前ら無視しやがって……。よし、今度はリューナに取り憑いて酒飲んでやる』 「はあ!?」  フォスターはその言葉を無視することが出来なかった。 「フォスターどうしたの?」 「あ、いや、親父がな……」 「またお父さんが変なこと言ったのー?」  リューナに言おうか言うまいか躊躇した。ビスタークが一度リューナに取り憑いていたことを未だに言っていないからである。今の言葉を伝えたら前回取り憑いたことを知られてしまうのではないかと怖かった。 「いや、無視するのが一番だよな」 「うん、それがいいと思うよ」  誤魔化してしまった。ビスタークがリューナに再度取り憑かないように注意すればいいのだ。そう自分を納得させた。 「ところでさ、お前はわからなかったと思うけど、さっきの神官の額に石が埋まってたんだよな」 「石? 神様の石のこと?」 『あれは罪過石カルパイトだな』  聞き覚えがある石だった。 「罪過石カルパイトって……なんか前に聞いたな……」 「あ、神衛の登録するのに使うってお父さんが前に言ってたよね?」 「あー、使い道が無いとか前に言ってたっけ」  町外れまで歩いて盾を組み立てながら話をする。町外れと言っても建物が途切れただけで畑はずっと続いている。 『自分が悪いことをした反省が無いと黒くなるんだ。反省している部分があるから灰色なんだろう。気持ち的に半々なんだろうな』 「あの若い神官に対する態度のせいかな?」 『たぶんな。神官教育を放棄してるからじゃねえのか』 「昨日より元気な感じだったね、あの人」 「まああの人も真っ白では無いみたいだからそれなりに反省点はあるんだろうな」 『あのマフティロの従姉が白くなるまで監視するんだろうからもう大丈夫だろ』 「石が白くなったら甘藍石カンクタイトも復活するのかな」 「そうだといいね」  盾に乗り町を出発した。リューナも帯を掴み会話を聞いている。フォスターはフードを被っているのだが、後ろ側のフードとマントの間に少し隙間があるのでそこから帯だけ出している。 「あれどうやって額に埋まってるんだ?」 『押し当てれば勝手に入ってく。押し当てた人間にしか取り出せない。まあ、それ自体が罰になるかな。見世物にされるようなもんだからな』 「ふーん」 「じゃあ、フォスターが神衛になるときもつけるんだね?」 「え」  神衛兵になるつもりはないのだが、リューナには巡礼のついでに目を治してくれる医者を探す、と言ってあるので何と返事をしようか一瞬悩み懸念だけ口にした。 「俺何か悪いことしてたっけ……黒くなったら嫌だな……」 「フォスターなら大丈夫だよ」 『俺が大丈夫だったんだから平気だろ』 「そうなのか!?」 「……お父さんが大丈夫だったことにびっくりだよ……」 『お前ら、俺に対する評価低すぎねえか?』 「だって……なあ」 「ねぇ」  今までの言動からの評価なのでビスタークの自業自得である。 「しかし神様って厳しいんだな」 『神によるかもしれないがな。まあ、だから神殿の人間は信用できるんだよ』 「神様って町を監視してるの?」 『そうらしいぞ。町っていうより神殿関係者みたいだが』 「でも助けてくれないんだよね?」 『神話知ってるだろ。人の世界には手を出さないんだってよ』 「なんで破壊神は戦争なんかしたんだろうね?」  破壊神の子だと言われているリューナにそんなことを聞かれビスタークは言葉につまる。 『……さあな。破壊神に聞いてみな』 「まあ、お父さんにわかるわけないよね」  そこでフォスターが話題を反らした。 「普段も神殿に泊まるほうがいいのかな?」 『宿が町にあると泊めてくれねえぞ。町民の商売の邪魔をすることになるからな』 「そうなのか。少し安く済むから神殿のほうが助かるんだけどなあ」  少しため息をつきながら本音を言った。 『でも都なら平気だ。神官や神衛見習い用の宿舎があるからな』 「働けば無料なんだよな?」 『給料が宿代に変換されるだけだから無料って言うのは違うと思うがな、まあそうなる』  しかしその前に次の発酵神の町テメンフェスだ。 「次の町はどっちだろうな」 「どっちでもいいよ。ごはんが美味しければ」 「はは、リューナらしいな」  水の都シーウァテレスまで町はあと四つである。



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