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090 保護

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 ニアタと同じ髪色をし、まだ白髪になっておらず髭も生やしていない四十歳くらいのソレムが後処理に追われている間、ビスタークは外に座らされていた。外の井戸水と湯元石ウーシャイトを使って貯めたお湯でざっと身体を洗われて毛布にくるまれている。ビスタークは周りの情景も目に入っているのに見えておらず、音も聞こえているはずなのに聞こえておらず、ただ人を刺した感覚だけが手から離れないでいた。  遠巻きにヒソヒソと会話をしながらビスタークを恐ろしいものとして見ている視線を感じる。しかしそれは見た目十二から十三歳くらいの短い淡い金髪の少年が近づいてきて周りを見回したおかげで一旦収まった。その少年は不思議な雰囲気がある人物だった。こんな事件の現場にいていい年齢ではないし、不可解なほど落ち着き払っている。少年はしゃがんでビスタークと視線を合わせ話しかけた。 「大変な試練を与えられてしまったね……」  ビスタークは全く反応しない。 「君は神殿で預かることになると思う」 「いや、俺が預かろうと思ってるが……」  少年の後ろからジーニェルが寄ってきた。まだ若く、髭も生えていなければ白髪も混ざっていない。遺伝子が相当強いのか、ウォーリン家の男はみな似たような顔である。この頃は二十歳くらいだろうか。もうこの頃から店を経営していたようで、騒ぎは客から聞いていたがその客を置いてここに来るわけにもいかなかったようだ。店を閉めてようやく駆け付けたと言っていた。ビスタークとジーニェルは歳こそ離れているが父方の従兄弟同士なので親族として引き取ろうと思ったのだろう。 「でもジーニェルはもうすぐ結婚するよね?」  少年は懸念を口にした。 「そうだが、神殿はソレムさんしか大人がいないじゃないか」 「そっちもご両親が亡くなって頼れる人がいないだろ?」  ビスタークが生まれた頃の流行り病で人口が激減しているので皆の身寄りが少ないのだ。 「結婚が白紙になったら困るんじゃないか?」 「ホノーラはそんなことしない」 「まあそうかもしれないけど……今は、あまり人目に晒さないほうがいいと思うんだ」  ジーニェルは言葉に詰まりビスタークを見た。あれからずっと無表情で無反応のままだ。 「もっと前に噂に対して対処すればよかった。神殿側にも責任がある」  少年はまるで神殿代表のような言葉を口にする。十二から十三歳くらいの見た目に反して落ち着いた大人のような態度である。噂とはビスタークが「呪われた子」と言われていたことのようだ。 「……あいつ、『薬』の中毒になってたらしいって?」 「うん。自宅から『薬』が見つかったよ。それであんなことを……」 「薬」の話はフォスターも学校の授業や人々の話で聞いたことがある。病が蔓延していた時、苦しみを和らげ楽になると言われて使われたと教わった。しかし依存性が強く、効力が切れると不安が高まり幻聴や幻覚に襲われるという。そのため早い段階で禁止されたはずだが、人目を盗んで手に入れる者が後を絶たなかったという。ヴァーリオの時もソレムはまず「薬」を疑っていた。以前訪れた忘却神の町フォルゲスでも「薬」の被害者がいた。 「でも今の神殿には負担だろう?」 「まあ、人手が足りないのは確かだから、気が向いた時にでも手伝ってくれれば助かるけどね」  会話を聞きながらフォスターは疑問に思った。    ――この子は、誰だ?  と。  話を聞く限り神殿関係者のようだが、ニアタに兄がいるとは聞いたことがないしあの一家とは全然似ていない。そもそも顔に見覚えが無い。三十六年前の若い時とはいえ面影はあるはずだ。現にジーニェルやソレムなどは髪の色や髭が無かったり色々変わっていたがすぐにわかった。フォスターは数少ない町民全員の顔を知っている。  そこへ、町民達へ色々と指示を出していたソレムが戻ってきた。服は血塗れで、悲痛な表情をしていた。 「父さん」  その少年はソレムのことをそう呼んだ。やはりニアタの兄のようだ。この後若くして亡くなってつらい記憶を掘り起こさないようあまり話題にされていなかっただけかとフォスターは考えることにした。 「レアフィール、ビスタークの様子はどうじゃ?」 「落ち着いてはいるけど……何も反応が無いよ」 「そうか……可哀想にのう……」  少年の名前はレアフィールと言うようだ。ソレムが憐れんだ目でビスタークを見つめた。 「あっちの家族はどうだった?」 「……半狂乱になっておるよ。今日はもうこんな時間じゃから、明日忘却神の神殿に連絡を取るつもりじゃ」 「うん、それがいいね」  ソレムとレアフィールが話しているとジーニェルが遠慮がちに口を開いた。 「大神官……」 「ジーニェルか、どうしたんじゃ?」 「俺はビスタークを神殿で引き取るつもりだったんだけど、ジーニェルも自分のところで引き取るって言うんだ。父さんはどう思う?」 「だって俺が唯一の親族なんだから当然だろう?」  ジーニェルは真面目だった。ビスタークを引き取れる者は自分しかいないと思っていたようだ。自分を息子として育てると決めたときもそうだったのかな、とフォスターは思った。 「新婚さんには荷が重いじゃろ」 「父さんもそう思うよね?」 「しかし……」 「町民達の悪意ある噂から守るには神殿で預かる方が良いじゃろう。そんな重圧を嫁さんに与えるつもりか?」 「……わかりました」  ジーニェルは渋々と承知した。この会話によりビスタークは神殿で引き取ることが決まった。  色々な後始末を指示しているソレムを置いて、ビスタークはレアフィールに抱えられて神殿へ連れてこられた。神殿ではおそらく十歳くらいと思われる子どものころのニアタが待っていたがその表情は暗かった。町の人たちが慌ただしく出入りしてソレムとレアフィールが飛び出していったようなので、事件のことはある程度聞いていたらしい。 「ニアタ、ただいま」  そう言ってレアフィールはビスタークを床へおろした。 「おかえりなさい、レア。その子は……神衛かのえのおじさんちの子だよね?」 「うん。ビスタークは今日からうちの子になるんだ」  ニアタはその言葉で全部察し、ビスタークに目線を合わせるようにしゃがんで優しく言った。 「じゃあ今日から私はお姉さんだ。よろしくね、ビスターク」  ニアタが頭を撫で、顔に触れた。 「冷えきってるじゃない。レア、一緒にお風呂入ってきたら?」 「うん、そうするよ。ビスタークは外で洗っただけだから暖めてやらないと」  血塗れの服を脱がされざっと井戸水と貯めた湯で洗われ毛布にくるまっていたため、毛布の下は裸だった。神殿の崖側にある風呂場へ行き隅々まで洗われた。  湯元石ウーシャイトでお湯を貯め時停石ティーマイトで保温している湯船へ浸かる。ビスタークはされるがままだった。抵抗もしなければ協力もしなかった。ずっと無言で無表情だ。 「つらかったな……」  レアフィールが濡れている頭を撫でた。 「お父さんとお母さんの葬儀は三日後にすることになったから、それまではゆっくりおやすみ」  ビスタークが頷いた。事件の後、初めて見せた反応だった。 「晩ごはんは食べた?」  また頷いた。 「そうか。じゃあ風呂から出たら暖かいミルクを入れてあげるね」  レアフィールは穏やかな笑顔でそう言った。儚い印象の綺麗な少年だ。別にソレムやニアタが不細工というわけではないが、家族と呼ぶには違和感があるほど全然似ていなかった。ただ、コーシェルも祖父のソレムにはそっくりだが父親のマフティロとは髪の色くらいしか似ていない。フォスターはソレムの両親や妻の顔も知らないので隔世遺伝なのかもしれないと考えることにした。  あと、なんとなくだがレアフィールはリューナと雰囲気が似ているような気もした。



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 ニアタと同じ髪色をし、まだ白髪になっておらず髭も生やしていない四十歳くらいのソレムが後処理に追われている間、ビスタークは外に座らされていた。外の井戸水と湯元石ウーシャイトを使って貯めたお湯でざっと身体を洗われて毛布にくるまれている。ビスタークは周りの情景も目に入っているのに見えておらず、音も聞こえているはずなのに聞こえておらず、ただ人を刺した感覚だけが手から離れないでいた。  遠巻きにヒソヒソと会話をしながらビスタークを恐ろしいものとして見ている視線を感じる。しかしそれは見た目十二から十三歳くらいの短い淡い金髪の少年が近づいてきて周りを見回したおかげで一旦収まった。その少年は不思議な雰囲気がある人物だった。こんな事件の現場にいていい年齢ではないし、不可解なほど落ち着き払っている。少年はしゃがんでビスタークと視線を合わせ話しかけた。 「大変な試練を与えられてしまったね……」  ビスタークは全く反応しない。 「君は神殿で預かることになると思う」 「いや、俺が預かろうと思ってるが……」  少年の後ろからジーニェルが寄ってきた。まだ若く、髭も生えていなければ白髪も混ざっていない。遺伝子が相当強いのか、ウォーリン家の男はみな似たような顔である。この頃は二十歳くらいだろうか。もうこの頃から店を経営していたようで、騒ぎは客から聞いていたがその客を置いてここに来るわけにもいかなかったようだ。店を閉めてようやく駆け付けたと言っていた。ビスタークとジーニェルは歳こそ離れているが父方の従兄弟同士なので親族として引き取ろうと思ったのだろう。 「でもジーニェルはもうすぐ結婚するよね?」  少年は懸念を口にした。 「そうだが、神殿はソレムさんしか大人がいないじゃないか」 「そっちもご両親が亡くなって頼れる人がいないだろ?」  ビスタークが生まれた頃の流行り病で人口が激減しているので皆の身寄りが少ないのだ。 「結婚が白紙になったら困るんじゃないか?」 「ホノーラはそんなことしない」 「まあそうかもしれないけど……今は、あまり人目に晒さないほうがいいと思うんだ」  ジーニェルは言葉に詰まりビスタークを見た。あれからずっと無表情で無反応のままだ。 「もっと前に噂に対して対処すればよかった。神殿側にも責任がある」  少年はまるで神殿代表のような言葉を口にする。十二から十三歳くらいの見た目に反して落ち着いた大人のような態度である。噂とはビスタークが「呪われた子」と言われていたことのようだ。 「……あいつ、『薬』の中毒になってたらしいって?」 「うん。自宅から『薬』が見つかったよ。それであんなことを……」 「薬」の話はフォスターも学校の授業や人々の話で聞いたことがある。病が蔓延していた時、苦しみを和らげ楽になると言われて使われたと教わった。しかし依存性が強く、効力が切れると不安が高まり幻聴や幻覚に襲われるという。そのため早い段階で禁止されたはずだが、人目を盗んで手に入れる者が後を絶たなかったという。ヴァーリオの時もソレムはまず「薬」を疑っていた。以前訪れた忘却神の町フォルゲスでも「薬」の被害者がいた。 「でも今の神殿には負担だろう?」 「まあ、人手が足りないのは確かだから、気が向いた時にでも手伝ってくれれば助かるけどね」  会話を聞きながらフォスターは疑問に思った。    ――この子は、誰だ?  と。  話を聞く限り神殿関係者のようだが、ニアタに兄がいるとは聞いたことがないしあの一家とは全然似ていない。そもそも顔に見覚えが無い。三十六年前の若い時とはいえ面影はあるはずだ。現にジーニェルやソレムなどは髪の色や髭が無かったり色々変わっていたがすぐにわかった。フォスターは数少ない町民全員の顔を知っている。  そこへ、町民達へ色々と指示を出していたソレムが戻ってきた。服は血塗れで、悲痛な表情をしていた。 「父さん」  その少年はソレムのことをそう呼んだ。やはりニアタの兄のようだ。この後若くして亡くなってつらい記憶を掘り起こさないようあまり話題にされていなかっただけかとフォスターは考えることにした。 「レアフィール、ビスタークの様子はどうじゃ?」 「落ち着いてはいるけど……何も反応が無いよ」 「そうか……可哀想にのう……」  少年の名前はレアフィールと言うようだ。ソレムが憐れんだ目でビスタークを見つめた。 「あっちの家族はどうだった?」 「……半狂乱になっておるよ。今日はもうこんな時間じゃから、明日忘却神の神殿に連絡を取るつもりじゃ」 「うん、それがいいね」  ソレムとレアフィールが話しているとジーニェルが遠慮がちに口を開いた。 「大神官……」 「ジーニェルか、どうしたんじゃ?」 「俺はビスタークを神殿で引き取るつもりだったんだけど、ジーニェルも自分のところで引き取るって言うんだ。父さんはどう思う?」 「だって俺が唯一の親族なんだから当然だろう?」  ジーニェルは真面目だった。ビスタークを引き取れる者は自分しかいないと思っていたようだ。自分を息子として育てると決めたときもそうだったのかな、とフォスターは思った。 「新婚さんには荷が重いじゃろ」 「父さんもそう思うよね?」 「しかし……」 「町民達の悪意ある噂から守るには神殿で預かる方が良いじゃろう。そんな重圧を嫁さんに与えるつもりか?」 「……わかりました」  ジーニェルは渋々と承知した。この会話によりビスタークは神殿で引き取ることが決まった。  色々な後始末を指示しているソレムを置いて、ビスタークはレアフィールに抱えられて神殿へ連れてこられた。神殿ではおそらく十歳くらいと思われる子どものころのニアタが待っていたがその表情は暗かった。町の人たちが慌ただしく出入りしてソレムとレアフィールが飛び出していったようなので、事件のことはある程度聞いていたらしい。 「ニアタ、ただいま」  そう言ってレアフィールはビスタークを床へおろした。 「おかえりなさい、レア。その子は……神衛かのえのおじさんちの子だよね?」 「うん。ビスタークは今日からうちの子になるんだ」  ニアタはその言葉で全部察し、ビスタークに目線を合わせるようにしゃがんで優しく言った。 「じゃあ今日から私はお姉さんだ。よろしくね、ビスターク」  ニアタが頭を撫で、顔に触れた。 「冷えきってるじゃない。レア、一緒にお風呂入ってきたら?」 「うん、そうするよ。ビスタークは外で洗っただけだから暖めてやらないと」  血塗れの服を脱がされざっと井戸水と貯めた湯で洗われ毛布にくるまっていたため、毛布の下は裸だった。神殿の崖側にある風呂場へ行き隅々まで洗われた。  湯元石ウーシャイトでお湯を貯め時停石ティーマイトで保温している湯船へ浸かる。ビスタークはされるがままだった。抵抗もしなければ協力もしなかった。ずっと無言で無表情だ。 「つらかったな……」  レアフィールが濡れている頭を撫でた。 「お父さんとお母さんの葬儀は三日後にすることになったから、それまではゆっくりおやすみ」  ビスタークが頷いた。事件の後、初めて見せた反応だった。 「晩ごはんは食べた?」  また頷いた。 「そうか。じゃあ風呂から出たら暖かいミルクを入れてあげるね」  レアフィールは穏やかな笑顔でそう言った。儚い印象の綺麗な少年だ。別にソレムやニアタが不細工というわけではないが、家族と呼ぶには違和感があるほど全然似ていなかった。ただ、コーシェルも祖父のソレムにはそっくりだが父親のマフティロとは髪の色くらいしか似ていない。フォスターはソレムの両親や妻の顔も知らないので隔世遺伝なのかもしれないと考えることにした。  あと、なんとなくだがレアフィールはリューナと雰囲気が似ているような気もした。



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