017 憑依
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ビスタークは暗い顔をしているフォスターに現実を突き付けた。 『まあ、もうこの町にはいられないな』 「!」 『向こうにこの場所を知られた以上、居続ける理由が無い』 フォスターは苦々しく思いながら懸念を伝える。 「……リューナに何て言って連れ出すつもりだ?」 『理由なんてどうでもいい。俺が借金したって話になってんならそれでもいいだろ』 「親父はそれでいいのか?」 『別に構わねえよ。俺のせいにされるのは慣れてる』 慣れてるのか、と思いながらリューナを抱き上げようと膝の下と脇に腕を入れる。 「とにかくリューナには自分が破壊神だって知られないようにしなきゃな」 『そうだな。変に自覚を持たれると厄介なことになるかもしれん』 「……そういうことじゃ無いんだ……」 ――自分が破壊神だなんて知ったら、どれだけリューナが傷つくか。 そう考えながらリューナを横抱きにして立ち上がった。そのまま出ていこうとするとビスタークに咎められた。 『おい。そのまま外に出る気か?』 「え?」 『目立つだろ。町の奴らに見られたらなんて言い訳するつもりだ?』 「……」 そこまでは考えていなかった。確かに意識を失ったリューナを抱えていたら何があったか聞かれるに違いない。一度誰かに見られたら町中の噂になるだろう。先ほどリューナが泣きながら走ってここに来たのもおそらく何か言われているところだろう。喧嘩した、で通すつもりだが。 「でもこのままにしておくわけにも……」 『俺が入るからつけろ』 「ええっ!?」 ビスタークがリューナの身体に憑依すると言い出した。性別が違うのに気にしないのかこいつはと思ったが、そういえばニアタの身体も乗っ取っていたことを思い出した。 「いや、でもそれはリューナが嫌がると思うし、ちょっと……」 『じゃあ他にどうやって移動する? いい案があるのか?』 少し考えたが妙案は思い付かなかった。 「…………変なことするなよ」 『この状況でしねえよ』 「本当だろうな……」 他に良い方法が浮かばず、渋々と帯をリューナにつけた。女の子なのでリボン風に巻いたのはフォスターなりの気遣いであった。仰向けのリューナの顔を覗き込むように見ていると、目を開けたビスタークが癪に障ったようにフォスターの垂れ下がった髪ごと顔を押し退けた。 「変なところが似ていやがる……」 「はあ?」 「何でもねえ」 そう呟くとゆっくり起き上がった。 「……ものすごく動きづらいな」 確かに動きが鈍くなんだかぎこちない感じに見えた。ヴァーリオに入った時と同じように身体のあちこちを動かして感覚を確かめている。そこまではよかったが次の行動にフォスターは凍り付いた。 「ふーん。ガキの割りに結構育ってんな」 と言いながら両手で胸の大きさを触って確かめたのである。 「な、なんてことしやがる!」 と言うと同時に殴ろうと手が出てしまった。ビスタークが避けたからよかったものの、もう少しで妹を殴ってしまうところだった。 「俺を殴っても痛いのはこいつの身体だぜ?」 「くそっ……」 確かにそうだし避けてくれて助かったのだが釈然としない。リューナを人質に取られているようなものである。やはり帯をつけるべきではなかったと後悔した。 「うーん、やっぱ手掛かりになりそうな物は残してないか」 回りを見渡してビスタークが言った。 「!? 見えるのか?」 驚いて聞いた。ビスタークがリューナの身体を使って見えるなら、問題があるのは身体のほうではないからだ。 「あ? ああ。まあ俺はこれだけでも見えるからな。生きてるときと感覚も違うし」 「そうか……」 ビスタークは帯を触りながら答える。あまり参考にはならなかった。 「じゃあお前はジーニェル達を神殿まで連れてこい」 「え? なんでだ?」 「なんでって……あいつらには説明しないとならんだろ」 「……。そうだよな……」 言いづらいな、と思っているとビスタークが提案してきた。 「なんなら俺がこの姿で行ってやってもいいけどな。どうする?」 「やめてくれ。まだお前のこと話してない……」 遂に言わなきゃならないのか、と気が沈みながらフォスターは仕方なく家へ戻ることにした。 「それじゃ行くけど、本当に変なことするなよな! その姿で町の人に会っても余計なこと喋るなよ!」 「わかってるよ、しつこいな」 不安を感じながらフォスターは放置してあった盾を格納石にしまい自宅へと向かった。 ビスタークは建物の中を隅々まで確認したが特に何も無かった。その最中にも身体の動きづらさに少し苛立ちながら原因を考える。性別の違いかとも思ったがニアタの身体はここまでではなかったと考え、そして原因に思い当たった。 「そうか……こいつの受けた毒のせいか……」 「最近、フォスターがちょっとおかしいのよね」 と店の仕込みをしながらホノーラが夫のジーニェルに話しかけた。 「ああ、そうだな。さっきも様子が変だったし、昨日の夜中に酒を飲んでたことも変だったな」 「やっぱり頭を打ったから……今からでもザイスさんに診てもらったほうがいいんじゃないかしら」 ホノーラの表情が曇る。本気で心配していた。 「さっきはリューナと喧嘩しているような感じがしたな」 「珍しいわよね。あの子達がケンカなんて。すごく小さい頃はしてたけど、それでも他のとこの子を見てると少ないほうだったわよね」 「フォスターは真面目だからな。ビスタークの息子とは思えんよ」 「育ての親が良かったのよ」 「はは、そうかもな」 少しふざけたように言う。 「そういえばあの子、実の親について自分から聞いたことないわよね」 「そりゃ遠慮してるんだろ。俺達とリューナに」 「あ、そうね……リューナは母親が誰なのかもわからないんだもんね……」 少ししんみりしてしまったので話題を変えた。 「なあ、リューナの目が見えないってわかった時のこと覚えてるか?」 「当たり前でしょ。もちろん覚えてるわよ。あの時からよね、フォスターがお兄ちゃんらしくなったのは」 リューナが盲目だということは最初わからなかった。何故なら眼球の動きが普通だからである。まだ歩くこともおぼつかなく、さらにほとんど抱っこやおんぶをされていたのでもっとわからなかった。 歩くようになってきて、ようやくおかしいと思い始めた。店の机や椅子によく顔をぶつけるのだ。その日も顔をぶつけて泣いていた。 「いくらなんでもぶつかりすぎじゃないか?」 「やっぱり……見えないのかしらね……」 そう夫婦で会話した時にまだ小さかったフォスターが聞いてきた。 「リューナ、目が見えないの?」 「ああ、たぶんな」 ジーニェルはフォスターの頭に手を置いて諭すように言った。 「だから兄ちゃんのお前が、リューナを助けてやらなくちゃいけないぞ」 「うん!」 フォスターは素直に頷いた。 「おれ、いつもリューナのそばにいて、リューナをまもって、たすけてあげるんだ!」 「おおっ。頼もしいな!」 ジーニェルは笑顔で褒めた。 「だっておれ、リューナの兄ちゃんだもん!」 フォスターは誇らしげにそう言っていた。 「……突然妹が出来たし、俺達が実の親じゃないと知られた時にはどうなるかと思ったが……」 「意外としっかりしてたわね」 そんな話をしていると店の扉が開いた。 「ただいま」 フォスターが少し暗く重い感じの声を出して帰ってきた。 「お帰り。どうしたのそんな格好して」 「神衛になる気になったのか?」 二人は別にフォスターに店を継がせようなどと考えてはいなかった。本人のしたいようにすればいいと思っていた。 そういえば鎧着てたんだっけ、とフォスターは思いながら両親に告げた。 「これはちょっと色々あって。そんなことより、これから一緒に神殿まで来てくれないかな? 大事な話があるんだ」 「お前が神衛になる話だったら反対しないぞ」 「そうよ。好きにしなさい」 「いや、そうじゃなくて……違うんだ」 二人はその大事な話をフォスターが神衛兵になることについてだと勘違いしていた。 「とにかく来てくれよ。神殿で二人に話さなきゃならないことがあるから……。リューナも向こうに行ってる」 フォスターは外に出て二人についてくるよう促した。ジーニェルとホノーラは疑問に思いながらもフォスターがあまりに思い詰めた顔をしているので一緒に行くこととなった。
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