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073 女性石

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 女性神の町マレフェスは少し女性の比率が多いだけで普通の町だった。町の規模は友神の町フリアンス程度で、石造りの白い建物が並ぶ町だ。窓辺には鉢植えの花が飾られていて華やかな雰囲気である。  乗っていた盾を畳むと早速宿とかつらを売っている店を探すため、まずは大通りを歩く。ビスタークの若い頃泊まった宿がまだあったのでそこへ泊まることにした。町の中はどうも商人が多いようで、町の規模だけでなく雰囲気も友神の町フリアンスに似ているような気がした。女性石マレファイトを大量に買い付け地元で売りさばくために訪れているようだ。  まず宿で部屋を確保し盾を置いて金や神の石など必要そうな物だけ持ってまた外へ出た。夕方になると大抵の店は閉まってしまうので、宿で教えてもらった店へと急ぎ足で向かった。教えられた店に行くにはこの町の神殿の前を通る。そこには商人らしき人たちがたくさんいた。 「なんか人が多いね」 「そうだな。気を付けないとな」  もう水の都シーウァテレスへ向かう通常ルート上なので、またリューナを狙う者がいてもおかしくない。やはりかつらはあったほうが良いだろう。出費は痛いが、必要経費だ仕方ない、と考えることにした。 『神殿の前を通るときが一番聞きやすいだろ。なんで聞かねえんだよ』  ビスタークにそう言われたが心の準備が出来ていない。というより聞きたくない。恥ずかしいのもそうだが、神の子である証拠を増やしたくなかった。 『やっぱり俺が聞いてやる』  それはそれで困ったことになりそうなので避けたかった。やはり自分が言わないとならないのか――と思い、心の準備の時間を稼ぐためこう答えた。 【帰り道で聞くからそれまで勘弁してくれ】  手持ちのいらない紙にそう書いてビスタークへ見せた。リューナに聞かれて困るようなことは紙に書けばいいのだと思い、荷物の中から紙と鉛筆を持ってきていたのだ。ビスタークは暫く黙っていた。 『……ちゃんと聞けよな。帰りに聞かなかったら俺から聞く』  ビスタークは何か言いたげであったが余計なことは聞かないことにした。  教えられた店を見つけた。かなり広い大きな店で、中は服と装飾品でいっぱいだ。客と店員も多かった。奥のほうにかつらが飾られているのが見えたので近づいて値札を確認すると、宿に二泊できるくらいの値段が書かれていた。ああ、やっぱり高かった――とフォスターは心の中で嘆いたが、安全のためには仕方がないと自分自身を納得させた。 「色はどうしようかな……」  リューナに聞いてもわからないのでその場にある色をリューナの頭に被せる。ピンクや金髪などは可愛いのだが目立つのは困る。派手な色を試した後、茶色い肩くらいまでの長さの髪のかつらを被せる。 「……これがいいかな。目立たないし」  いわゆるおかっぱ頭になったリューナを見てそう言った。眼鏡をかけていることもあって一瞬別人に見える。 「似合う?」 「うーん……目立たないようにしたのは似合うっていうのかな……。元のほうが俺は好きだけどな」  フォスターは何でもなくそう言ったのだが、リューナは赤面した。「好き」という意味が恋愛的なもので無いのはわかっているが、それでも。  リューナは早速買ったかつらを被った。懐が寂しくなったので二人はそのまま石屋へまた換金しに行く。これでもう手持ちの反力石リーペイトは元々持っていたものしかない。 「これ以上は無駄遣いできないからな」 「……ごめんなさい。お祭りで使いすぎちゃったね」 「もう使っちゃったものはしょうがない。これから気をつけてくれ」 「うん」  宿へ向かう道を歩きながら今日の夕飯を食べる店を探しているとビスタークが釘を刺してきた。 『帰りに聞くって言ったよな』  それは覚えている。神殿が目にはいる度に気が重くなっていた。でも、親父が聞くより俺から聞くほうがまだマシだ――そう考えて覚悟を決めた。神殿の前を通りかかり、商人たちを目にしながら慎重に言葉を選んでこう言った。 「リューナは……その……いいのか? 買わなくて」 「えっ?」  リューナの表情が強張った。その顔を見て、やっぱり言わなければよかったと後悔した。こんなことを聞く兄など最低である。軽蔑されるに違いないと思った。 「……女性石マレファイトのこと、だよね」  リューナは怒っているような、悲しんでいるような顔をしてそう言った。次にかける言葉を思い付かないでいると、リューナが立ち止まってこう言った。 「私には、必要、ないの」 「え……」  泣きそうな顔をしていた。やっぱりそうなのか、お前は神の子なのか――と思うと同時にリューナの悲しみが伝わってきた。 「今まで一度も来たことが無いの。私、女として欠陥品みたい」 「……」  ずっと悩んでいたのだろうか。自己評価が低いのはそれもあったのか、と今更ながらフォスターは思った。最近は「理力が豊富」という自分の価値を見いだして卑屈になることが無くなっていたが、元々は自分に自信が無い子だったのだ。 『やっぱり神の子だったな』  ビスタークが空気を読まずにそんなことを言ってきた。神の子だとかそんなことは、今はどうでもいいのだ。 「そんなことないよ。欠陥なわけない。ただの個性だよ」  頭を撫でてそう言った。 「……ご飯にしよう。そこの店でいいかな?」  気分を変えようと食欲に訴えかけて誤魔化すことにした。 「うん」  リューナが頷いたので少しほっとした。こんなところで立ってそんな話をしたくないというのもあるのだろう。  目の前にあった店を見て慌てて決めただけなのだが、大きなパン木地の中に具材を入れて半分に折って焼く半円形の料理が中心のリューナの好きそうな店だった。席に座りメニューを言文石リーサイトで読むリューナを見て、そこまで引き摺ってないか――と少し安心する。リューナは干しソーセージと野菜、チーズが入ったものを頼み、フォスターは鰯の塩漬けと野菜、チーズのものを頼んだ。まず先に出してもらったお茶を飲んでひと息つく。 「だからね、フォスター」  リューナが周りに聞かれないよう小声で話の続きをしようとした。フォスターはもうこの話は終わったと思っていたので息を呑んだ。血の気が引いていく思いだ。 「私は、外へお嫁になんていけないの」  そんなことを言われ、何と反応すればいいのか迷っているとリューナは構わず話を続けた。 「お父さんがたまに『嫁になんてやらん!』とか言ってたけど、いけないし、いかないよ」  少し悲しそうではあったが、笑みを浮かべている。「お父さん」とはジーニェルのほうだ。確かに娘のリューナを溺愛するあまり、よくそう言っていた。 「私はずっと家にいるから。どこにもいかないよ。ずっとウォーリン家の子だよ」  神の子の自覚を持ったらどうなってしまうのだろう。それでも「どこにもいかない」ことはできるのだろうか。フォスターはそう考えながら頷く。 「そうだな。どこにもいかなくていいよ。ずっとうちの子でいな」 「……うん」  リューナは少しだけ悲しそうに、しかし嬉しそうにも見える表情で笑った。 「でも、カイルあたりなら気にしないと思うけどな。家もすぐ近くだからそんなに変わらないんじゃないか」 「……どうしてそこでカイルが出てくるの」 「え、だって……」  フォスターが思うに、どう考えてもカイルはリューナに気があるのだが、当の本人は全く気がついていないようだ。友達と仲直りした、というくらいにしか考えてなさそうだ。  カイルがお前に気があるから、と自分が言うべきではない、こういうのは本人が直接言わないとな――などと考えていると、頼んでいた料理が届いた。 「焼き立てですごく熱そうだから気をつけて食べな」 「うん」  ナイフで半分に割ると中から溶けたチーズが流れ出してくる。リューナの好物だ。 「美味しそう。いただきます!」  少し元気が出たリューナを見て、本当にずっとうちの子でいられれば誰も悲しまなくて済むのにな、と考えてフォスターは表情を曇らせた。



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 女性神の町マレフェスは少し女性の比率が多いだけで普通の町だった。町の規模は友神の町フリアンス程度で、石造りの白い建物が並ぶ町だ。窓辺には鉢植えの花が飾られていて華やかな雰囲気である。  乗っていた盾を畳むと早速宿とかつらを売っている店を探すため、まずは大通りを歩く。ビスタークの若い頃泊まった宿がまだあったのでそこへ泊まることにした。町の中はどうも商人が多いようで、町の規模だけでなく雰囲気も友神の町フリアンスに似ているような気がした。女性石マレファイトを大量に買い付け地元で売りさばくために訪れているようだ。  まず宿で部屋を確保し盾を置いて金や神の石など必要そうな物だけ持ってまた外へ出た。夕方になると大抵の店は閉まってしまうので、宿で教えてもらった店へと急ぎ足で向かった。教えられた店に行くにはこの町の神殿の前を通る。そこには商人らしき人たちがたくさんいた。 「なんか人が多いね」 「そうだな。気を付けないとな」  もう水の都シーウァテレスへ向かう通常ルート上なので、またリューナを狙う者がいてもおかしくない。やはりかつらはあったほうが良いだろう。出費は痛いが、必要経費だ仕方ない、と考えることにした。 『神殿の前を通るときが一番聞きやすいだろ。なんで聞かねえんだよ』  ビスタークにそう言われたが心の準備が出来ていない。というより聞きたくない。恥ずかしいのもそうだが、神の子である証拠を増やしたくなかった。 『やっぱり俺が聞いてやる』  それはそれで困ったことになりそうなので避けたかった。やはり自分が言わないとならないのか――と思い、心の準備の時間を稼ぐためこう答えた。 【帰り道で聞くからそれまで勘弁してくれ】  手持ちのいらない紙にそう書いてビスタークへ見せた。リューナに聞かれて困るようなことは紙に書けばいいのだと思い、荷物の中から紙と鉛筆を持ってきていたのだ。ビスタークは暫く黙っていた。 『……ちゃんと聞けよな。帰りに聞かなかったら俺から聞く』  ビスタークは何か言いたげであったが余計なことは聞かないことにした。  教えられた店を見つけた。かなり広い大きな店で、中は服と装飾品でいっぱいだ。客と店員も多かった。奥のほうにかつらが飾られているのが見えたので近づいて値札を確認すると、宿に二泊できるくらいの値段が書かれていた。ああ、やっぱり高かった――とフォスターは心の中で嘆いたが、安全のためには仕方がないと自分自身を納得させた。 「色はどうしようかな……」  リューナに聞いてもわからないのでその場にある色をリューナの頭に被せる。ピンクや金髪などは可愛いのだが目立つのは困る。派手な色を試した後、茶色い肩くらいまでの長さの髪のかつらを被せる。 「……これがいいかな。目立たないし」  いわゆるおかっぱ頭になったリューナを見てそう言った。眼鏡をかけていることもあって一瞬別人に見える。 「似合う?」 「うーん……目立たないようにしたのは似合うっていうのかな……。元のほうが俺は好きだけどな」  フォスターは何でもなくそう言ったのだが、リューナは赤面した。「好き」という意味が恋愛的なもので無いのはわかっているが、それでも。  リューナは早速買ったかつらを被った。懐が寂しくなったので二人はそのまま石屋へまた換金しに行く。これでもう手持ちの反力石リーペイトは元々持っていたものしかない。 「これ以上は無駄遣いできないからな」 「……ごめんなさい。お祭りで使いすぎちゃったね」 「もう使っちゃったものはしょうがない。これから気をつけてくれ」 「うん」  宿へ向かう道を歩きながら今日の夕飯を食べる店を探しているとビスタークが釘を刺してきた。 『帰りに聞くって言ったよな』  それは覚えている。神殿が目にはいる度に気が重くなっていた。でも、親父が聞くより俺から聞くほうがまだマシだ――そう考えて覚悟を決めた。神殿の前を通りかかり、商人たちを目にしながら慎重に言葉を選んでこう言った。 「リューナは……その……いいのか? 買わなくて」 「えっ?」  リューナの表情が強張った。その顔を見て、やっぱり言わなければよかったと後悔した。こんなことを聞く兄など最低である。軽蔑されるに違いないと思った。 「……女性石マレファイトのこと、だよね」  リューナは怒っているような、悲しんでいるような顔をしてそう言った。次にかける言葉を思い付かないでいると、リューナが立ち止まってこう言った。 「私には、必要、ないの」 「え……」  泣きそうな顔をしていた。やっぱりそうなのか、お前は神の子なのか――と思うと同時にリューナの悲しみが伝わってきた。 「今まで一度も来たことが無いの。私、女として欠陥品みたい」 「……」  ずっと悩んでいたのだろうか。自己評価が低いのはそれもあったのか、と今更ながらフォスターは思った。最近は「理力が豊富」という自分の価値を見いだして卑屈になることが無くなっていたが、元々は自分に自信が無い子だったのだ。 『やっぱり神の子だったな』  ビスタークが空気を読まずにそんなことを言ってきた。神の子だとかそんなことは、今はどうでもいいのだ。 「そんなことないよ。欠陥なわけない。ただの個性だよ」  頭を撫でてそう言った。 「……ご飯にしよう。そこの店でいいかな?」  気分を変えようと食欲に訴えかけて誤魔化すことにした。 「うん」  リューナが頷いたので少しほっとした。こんなところで立ってそんな話をしたくないというのもあるのだろう。  目の前にあった店を見て慌てて決めただけなのだが、大きなパン木地の中に具材を入れて半分に折って焼く半円形の料理が中心のリューナの好きそうな店だった。席に座りメニューを言文石リーサイトで読むリューナを見て、そこまで引き摺ってないか――と少し安心する。リューナは干しソーセージと野菜、チーズが入ったものを頼み、フォスターは鰯の塩漬けと野菜、チーズのものを頼んだ。まず先に出してもらったお茶を飲んでひと息つく。 「だからね、フォスター」  リューナが周りに聞かれないよう小声で話の続きをしようとした。フォスターはもうこの話は終わったと思っていたので息を呑んだ。血の気が引いていく思いだ。 「私は、外へお嫁になんていけないの」  そんなことを言われ、何と反応すればいいのか迷っているとリューナは構わず話を続けた。 「お父さんがたまに『嫁になんてやらん!』とか言ってたけど、いけないし、いかないよ」  少し悲しそうではあったが、笑みを浮かべている。「お父さん」とはジーニェルのほうだ。確かに娘のリューナを溺愛するあまり、よくそう言っていた。 「私はずっと家にいるから。どこにもいかないよ。ずっとウォーリン家の子だよ」  神の子の自覚を持ったらどうなってしまうのだろう。それでも「どこにもいかない」ことはできるのだろうか。フォスターはそう考えながら頷く。 「そうだな。どこにもいかなくていいよ。ずっとうちの子でいな」 「……うん」  リューナは少しだけ悲しそうに、しかし嬉しそうにも見える表情で笑った。 「でも、カイルあたりなら気にしないと思うけどな。家もすぐ近くだからそんなに変わらないんじゃないか」 「……どうしてそこでカイルが出てくるの」 「え、だって……」  フォスターが思うに、どう考えてもカイルはリューナに気があるのだが、当の本人は全く気がついていないようだ。友達と仲直りした、というくらいにしか考えてなさそうだ。  カイルがお前に気があるから、と自分が言うべきではない、こういうのは本人が直接言わないとな――などと考えていると、頼んでいた料理が届いた。 「焼き立てですごく熱そうだから気をつけて食べな」 「うん」  ナイフで半分に割ると中から溶けたチーズが流れ出してくる。リューナの好物だ。 「美味しそう。いただきます!」  少し元気が出たリューナを見て、本当にずっとうちの子でいられれば誰も悲しまなくて済むのにな、と考えてフォスターは表情を曇らせた。



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