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086 初訓練

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 リューナはやはり食べ物と自由に外に出られるという言葉に乗せられた。訪れている神衛兵かのえへいの鎧の照合が済み次第、おびき出しに協力することとなった。  今日はまだ照合作業が済んでいないのでフォスターは普通に神衛兵見習いとして訓練に参加する。いつの間にか神衛兵の職に就くことになっていてフォスターは納得いかなかった。 「いいじゃない。鎧もずっと着てるし、うちの町なら暇だろうしお店でお料理しながら神衛もできるんじゃない?」  リューナは兄の職業について特に何も思っていないようである。自分の近くにいてくれるのなら何でも構わないのだ。  何か出来る仕事はないかとリューナが昨日言っていたので夜のうちにリジェンダへ聞くと、理蓄石ペルマイトに理力を溜める仕事を頼まれた。神官やその見習いが大勢いるので必要無いのかと思っていたがそうではなかった。理力が限界まで補充された理蓄石ペルマイトは売れるのだという。理蓄石ペルマイトの出所である理力神ペルムスの町はここの地底湖から流れている河の下流にあり、理力の全く補充されていない理蓄石ペルマイトを運び込み、水の都シーウァテレスの神殿と契約して料金を払うかわりに理力を入れてもらい、それから町へ戻して向こうの神殿で販売しているらしい。水の都シーウァテレスでは売る場所や販売する人材などを用意するのに手間がかかるということで販売せずその契約になっているのだという。そのための理蓄石ペルマイトが大量にあり、仕事はいくらでもあるとのことだった。  訓練開始時間は少し早く空の刻半からだ。神官の講義開始と半刻ずらしてある。そうしないと食堂の混雑が酷いことになるからという配慮だ。  訓練はまず準備運動から始まり、走り込みや筋トレなどの個人で行う鍛練は普段ビスタークにやらされているものとほぼ同じものだ。だからそれは問題ない。普段は出来ないこと、対人訓練が問題なのだ。ろくに経験が無いからである。フォスターはそれを考えて憂鬱になっていた。 「お前、昨日はいなかったよな。新入りか?」  訓練の相手がそう言ってきた。相手も見習いなのか同い年くらいで、いかにも神衛兵というようながっしりとした体格をしている。 「は、はい。今日からです。よろしくお願いします」  新人らしい挨拶をすると向こうは先輩面をし始めた。 「よろしくな! やっと後輩が入ってきてくれて嬉しいぜ。まあ、俺も昨日始めたばっかりなんだけどな」  ニカッと笑って言う。何か意地悪でもされるのかと警戒したがそんなことはなかった。よく見ると、顔に見覚えがある気もした。 「もしかして、同じ船に乗ってませんでした?」 「お? 錨神の町エンコルスから泳神の町ミューイスまでの?」 「はい、それです」 「そうか! あの船に乗ってたのか! ……あれ、もしかしてお前落ちた人助けに行った?」 「はは……見てましたか」 「俺は人の顔覚えるのが苦手でな、髪の色でやっとわかったよ」  フォスターも特に人の顔を覚えるのが得意なわけではないが、船の中では警戒して無表情の人間がいないか顔を見て回っていたので少しだけ覚えがあったのだ。小島にある雨神の町ラインフォス出身のレグンという神衛兵見習いで一つ年下だったため敬語を使うのをやめた。  そこで訓練の指導者から喋らず訓練しろと叱られる。二人とも苦笑いをして対人訓練を開始した。  訓練用として軟質石トフサイトが貼られた剣を使う。一度忘却神の町フォルゲスで使ったことがあるが、ここの剣は軟質石トフサイトが剥がれた時のために万が一を考え刃がついていなかった。以前も思ったが普通の剣は重い。というより自分の剣が軽すぎるのである。空っぽの袋を振り回しているかのような重さなのだ。  相手も昨日から始めたばかりとあってフォスターには丁度良い相手だった。訓練しながら後で聞きたいことを考える。自分達より先に水の都シーウァテレスに来た神衛兵らしき一行は五人と聞いている。その中に無表情で人形のような神衛兵はいなかったか聞いてみるつもりなのだ。  とはいえずっと同じ相手と訓練するわけではない。別の熟練者らしき神衛兵に交代したときは手も足も出なかった。ビスタークに情けねえなと笑われたがボコボコにされていないだけましだと思ってもらいたい。そうやって必死に訓練についていき今日のところは終わった。  最後に整列して整理体操を行って終了するのだが、その前に周りの神衛兵が上に向かって手を振っていた。上を見ると女子棟の窓から女性陣が訓練を見下ろしていて向こうも手を振っていた。そういえばリューナが昨日そんなことを話していたなと思った。  別の方向のさらに上の階の窓のところにリューナがいた。側にティリューダとダスタムもいる。ここに来てからは変装をしていないので髪や服装は普段のままだ。眼鏡もかけていない。他の人のように手を振っても目が見えないのでわからないと思いフォスターは振らなかった。それよりリューナを見ている神衛兵がいないかが気になる。周りを見回すと一人いた。無表情だ。そこに先ほどのレグンが来た。丁度良いところにと思い聞こうとするがその前に話しかけられた。 「あの娘可愛いな! あれ? 船で一緒にいたか?」 「え、ああ、うん。妹だ」 「そうなのか! 紹介してくれよ、お兄さん!」 『昔も今もこういう奴がいるのは変わらねえんだな』  ビスタークが呆れたように突っ込みを入れてきた。 「悪いけど今はちょっと取り込み中で。そんなことより、船降りてからここに来るまで一緒になった神衛っていた?」 「へ? いたよ、四人。ずっと別行動してて、砂漠に入るときに一緒になったんだ」  フォスターは声を少し低くして周りに聞こえないように質問した。 「怪しい奴いなかった?」 「怪しい奴って?」 「無表情で感情が無いような奴」 「あー……一人、話しかけても一言で返事を済ます奴ならいたな。人見知りで会話が苦手なんだと思って話しかけてやってたんだが反応が薄くてな。打ち解けられなくてなんか負けた気になったよ」 「今、ここにいる?」  小声で質問に答えてくれたレグンが周りを見回す。 「あ、いた」  レグンに教えられたのは先ほどのリューナを見ていた男だった。 「あいつも妹ちゃん狙ってんのかな」 「まあ……そういう感じだ」 「狙う」の意味合いが違うのだがそういうことにしておいた。直後に整列の号令がかかったため移動しながらレグンに色々と聞いた。 「あいつ、何処の町の神衛かわかる?」 「あー、なんて言ってたかな……水産系だったと思うけど、あんまり聞かない名前だったから忘れたよ」 「そうか。ありがとう」  世界には数多くの町があり、大抵の人間は何処に何の町があるのか把握していない。聞いても空の都エイルスパス周辺かどうかはフォスターにはわからない。警戒しつつ神殿が調べた結果を待つほうがいいだろう。そう思いながら筋肉をほぐす体操をして今日の訓練は終わった。  訓練は午前中だけである。昼休憩の食堂は大変に混んでいた。どうしようかと途方に暮れていると丁度ティリューダがやって来て昼食の準備が出来ているので部屋へ戻るように言われた。部屋へと戻る途中で訓練にいた怪しい水産系の神衛兵について報告した。 「わかりました。それなら皆さんの一日前に受付しているはずですので調べます」 「よろしくお願いします」  部屋ではリューナが昼食を前にして待っていた。早く食べたいに違いない。 「おつかれさま」 「お前窓のとこにいたろ」 「うん。ティリューダさんとダスタムさんにフォスターが何してるところか教えてもらってた」 「うっ。ずっと見られてたってことか。恥ずかしい……」  全然良いところが無いのにずっと現役の神衛兵に実況されるなど穴があったら入りたい思いである。 「あとね、怪しい神衛を探すのにちょっと顔見せしたら向こうが動くんじゃないかって言われたの」 「あー、なるほどな。怪しいのいたよ。ティリューダさんに報告したから、もしかしたら明日何かするかもな」  鎧の照合作業がどれだけかかるかわからないが、早ければ明日かもしれない。 「どきどきするね」 「大丈夫か? 怖くないか?」 「みんなが守ってくれるみたいだから平気。緊張はするけど」 「無理はするなよ」 「うん」  リューナに怯えた様子はない。しかしフォスターは不安である。 「そんなことより、早く食べよう! いただきます!」  我慢できなくなったのか、リューナは用意された焼かれた鶏肉を囲むように盛られている豆のペーストをパンにつけて笑顔で食べ始めた。



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 リューナはやはり食べ物と自由に外に出られるという言葉に乗せられた。訪れている神衛兵かのえへいの鎧の照合が済み次第、おびき出しに協力することとなった。  今日はまだ照合作業が済んでいないのでフォスターは普通に神衛兵見習いとして訓練に参加する。いつの間にか神衛兵の職に就くことになっていてフォスターは納得いかなかった。 「いいじゃない。鎧もずっと着てるし、うちの町なら暇だろうしお店でお料理しながら神衛もできるんじゃない?」  リューナは兄の職業について特に何も思っていないようである。自分の近くにいてくれるのなら何でも構わないのだ。  何か出来る仕事はないかとリューナが昨日言っていたので夜のうちにリジェンダへ聞くと、理蓄石ペルマイトに理力を溜める仕事を頼まれた。神官やその見習いが大勢いるので必要無いのかと思っていたがそうではなかった。理力が限界まで補充された理蓄石ペルマイトは売れるのだという。理蓄石ペルマイトの出所である理力神ペルムスの町はここの地底湖から流れている河の下流にあり、理力の全く補充されていない理蓄石ペルマイトを運び込み、水の都シーウァテレスの神殿と契約して料金を払うかわりに理力を入れてもらい、それから町へ戻して向こうの神殿で販売しているらしい。水の都シーウァテレスでは売る場所や販売する人材などを用意するのに手間がかかるということで販売せずその契約になっているのだという。そのための理蓄石ペルマイトが大量にあり、仕事はいくらでもあるとのことだった。  訓練開始時間は少し早く空の刻半からだ。神官の講義開始と半刻ずらしてある。そうしないと食堂の混雑が酷いことになるからという配慮だ。  訓練はまず準備運動から始まり、走り込みや筋トレなどの個人で行う鍛練は普段ビスタークにやらされているものとほぼ同じものだ。だからそれは問題ない。普段は出来ないこと、対人訓練が問題なのだ。ろくに経験が無いからである。フォスターはそれを考えて憂鬱になっていた。 「お前、昨日はいなかったよな。新入りか?」  訓練の相手がそう言ってきた。相手も見習いなのか同い年くらいで、いかにも神衛兵というようながっしりとした体格をしている。 「は、はい。今日からです。よろしくお願いします」  新人らしい挨拶をすると向こうは先輩面をし始めた。 「よろしくな! やっと後輩が入ってきてくれて嬉しいぜ。まあ、俺も昨日始めたばっかりなんだけどな」  ニカッと笑って言う。何か意地悪でもされるのかと警戒したがそんなことはなかった。よく見ると、顔に見覚えがある気もした。 「もしかして、同じ船に乗ってませんでした?」 「お? 錨神の町エンコルスから泳神の町ミューイスまでの?」 「はい、それです」 「そうか! あの船に乗ってたのか! ……あれ、もしかしてお前落ちた人助けに行った?」 「はは……見てましたか」 「俺は人の顔覚えるのが苦手でな、髪の色でやっとわかったよ」  フォスターも特に人の顔を覚えるのが得意なわけではないが、船の中では警戒して無表情の人間がいないか顔を見て回っていたので少しだけ覚えがあったのだ。小島にある雨神の町ラインフォス出身のレグンという神衛兵見習いで一つ年下だったため敬語を使うのをやめた。  そこで訓練の指導者から喋らず訓練しろと叱られる。二人とも苦笑いをして対人訓練を開始した。  訓練用として軟質石トフサイトが貼られた剣を使う。一度忘却神の町フォルゲスで使ったことがあるが、ここの剣は軟質石トフサイトが剥がれた時のために万が一を考え刃がついていなかった。以前も思ったが普通の剣は重い。というより自分の剣が軽すぎるのである。空っぽの袋を振り回しているかのような重さなのだ。  相手も昨日から始めたばかりとあってフォスターには丁度良い相手だった。訓練しながら後で聞きたいことを考える。自分達より先に水の都シーウァテレスに来た神衛兵らしき一行は五人と聞いている。その中に無表情で人形のような神衛兵はいなかったか聞いてみるつもりなのだ。  とはいえずっと同じ相手と訓練するわけではない。別の熟練者らしき神衛兵に交代したときは手も足も出なかった。ビスタークに情けねえなと笑われたがボコボコにされていないだけましだと思ってもらいたい。そうやって必死に訓練についていき今日のところは終わった。  最後に整列して整理体操を行って終了するのだが、その前に周りの神衛兵が上に向かって手を振っていた。上を見ると女子棟の窓から女性陣が訓練を見下ろしていて向こうも手を振っていた。そういえばリューナが昨日そんなことを話していたなと思った。  別の方向のさらに上の階の窓のところにリューナがいた。側にティリューダとダスタムもいる。ここに来てからは変装をしていないので髪や服装は普段のままだ。眼鏡もかけていない。他の人のように手を振っても目が見えないのでわからないと思いフォスターは振らなかった。それよりリューナを見ている神衛兵がいないかが気になる。周りを見回すと一人いた。無表情だ。そこに先ほどのレグンが来た。丁度良いところにと思い聞こうとするがその前に話しかけられた。 「あの娘可愛いな! あれ? 船で一緒にいたか?」 「え、ああ、うん。妹だ」 「そうなのか! 紹介してくれよ、お兄さん!」 『昔も今もこういう奴がいるのは変わらねえんだな』  ビスタークが呆れたように突っ込みを入れてきた。 「悪いけど今はちょっと取り込み中で。そんなことより、船降りてからここに来るまで一緒になった神衛っていた?」 「へ? いたよ、四人。ずっと別行動してて、砂漠に入るときに一緒になったんだ」  フォスターは声を少し低くして周りに聞こえないように質問した。 「怪しい奴いなかった?」 「怪しい奴って?」 「無表情で感情が無いような奴」 「あー……一人、話しかけても一言で返事を済ます奴ならいたな。人見知りで会話が苦手なんだと思って話しかけてやってたんだが反応が薄くてな。打ち解けられなくてなんか負けた気になったよ」 「今、ここにいる?」  小声で質問に答えてくれたレグンが周りを見回す。 「あ、いた」  レグンに教えられたのは先ほどのリューナを見ていた男だった。 「あいつも妹ちゃん狙ってんのかな」 「まあ……そういう感じだ」 「狙う」の意味合いが違うのだがそういうことにしておいた。直後に整列の号令がかかったため移動しながらレグンに色々と聞いた。 「あいつ、何処の町の神衛かわかる?」 「あー、なんて言ってたかな……水産系だったと思うけど、あんまり聞かない名前だったから忘れたよ」 「そうか。ありがとう」  世界には数多くの町があり、大抵の人間は何処に何の町があるのか把握していない。聞いても空の都エイルスパス周辺かどうかはフォスターにはわからない。警戒しつつ神殿が調べた結果を待つほうがいいだろう。そう思いながら筋肉をほぐす体操をして今日の訓練は終わった。  訓練は午前中だけである。昼休憩の食堂は大変に混んでいた。どうしようかと途方に暮れていると丁度ティリューダがやって来て昼食の準備が出来ているので部屋へ戻るように言われた。部屋へと戻る途中で訓練にいた怪しい水産系の神衛兵について報告した。 「わかりました。それなら皆さんの一日前に受付しているはずですので調べます」 「よろしくお願いします」  部屋ではリューナが昼食を前にして待っていた。早く食べたいに違いない。 「おつかれさま」 「お前窓のとこにいたろ」 「うん。ティリューダさんとダスタムさんにフォスターが何してるところか教えてもらってた」 「うっ。ずっと見られてたってことか。恥ずかしい……」  全然良いところが無いのにずっと現役の神衛兵に実況されるなど穴があったら入りたい思いである。 「あとね、怪しい神衛を探すのにちょっと顔見せしたら向こうが動くんじゃないかって言われたの」 「あー、なるほどな。怪しいのいたよ。ティリューダさんに報告したから、もしかしたら明日何かするかもな」  鎧の照合作業がどれだけかかるかわからないが、早ければ明日かもしれない。 「どきどきするね」 「大丈夫か? 怖くないか?」 「みんなが守ってくれるみたいだから平気。緊張はするけど」 「無理はするなよ」 「うん」  リューナに怯えた様子はない。しかしフォスターは不安である。 「そんなことより、早く食べよう! いただきます!」  我慢できなくなったのか、リューナは用意された焼かれた鶏肉を囲むように盛られている豆のペーストをパンにつけて笑顔で食べ始めた。



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