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078 実験

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 ビスタークは推測だけ話した。 「それらしき人間がこの都にいるらしい。まだ着いたばかりだから今日は探さなかったが」 「まあそうだね。砂漠越えたばかりならまずは休みたいよね」  リジェンダはフォスターのほうを見てそう言った。いきなり状況説明をさせることを悪いとは思っているようだ。 「どうも石屋をやってるらしいんだが」 「あ、これ書いてもらった地図です。コーシェルたちのことはご存知ですよね?」  リジェンダはコーシェルの書いた簡単な地図を見ながら話す。   「ああ、うん。マフティロの子だろ? こないだまでいたしね。なんだ、あの子たち会っていたのか」 「まだそうと決まったわけじゃ無いけどな」 「それに事件が起きる前ですし、ストロワってリューナの母親の名前だと思ってたので」 「そういやその名前聞かれたね。それが大神官の名前?」 「そうだ」  コーシェルとウォルシフはリジェンダにも聞いてくれていたようだ。リジェンダは地図を書き写しながら確認する。 「で、ここの石屋にいるかもしれない、と」 「ストロワが男だったら心当たりがあると言った女がいるらしい。髪の色からストロワの娘のエクレシアじゃないかと思う」 「なるほどね。商売してるんだから店が登録されているはずだ。こっちでも調べてみるよ」 「ありがとうございます」  お礼を言いつつもフォスターの胸中は複雑だった。どんどん外堀を埋められている。 「じゃあ、今後はどうするつもりだい?」 「破壊神の神官がいたらここへ連れてきて話し合いだろうな。いなかったら改めて相談させてくれ」 「そうだね。明日次第だね」  フォスターが懸念を伝える。 「リューナに……大神官に会えたら、あ、本人には祖父だと伝えてあるんですが、本当のことを話すと言ったんです。ただ、いきなり会わせたらリューナが破壊神の子だと何の前触れもなく言われそうな気がして……」  どんな人たちなのかは知らないが、リューナが神の子の自覚が無いことを知らないと思われるので、突然神様扱いされるおそれがある。 「先にいるかどうか確認して、神の子抜きで話をしてからここに皆を集めて真実を伝えればいい。その間彼女はこちらで預かるよ」 「はい、お願いします……」  気が重くてこの場から逃げ出したかった。その時がどんどん近づいてきている。それを気遣ってなのかはわからないが、リジェンダが話題を変えた。 「ところで、フォスター、だったか? 君の部屋はどうしようか? 彼女の近くのほうがいいよね? さらに隣の客室でいいかな?」 「え、いいんでしょうか」 「うん。今は他に来客の予定も無いから」  軽く勧められたのでありがたく甘えることにした。 「……料金はどうなります?」 「ありがとう、気にしてくれるのか。そうだなあ、宿舎を利用するのと同じでいいよ」 「働くんですよね?」 「そうだね。ただ、探すほうを優先してくれていいよ。神衛かのえの訓練もするよね?」 「あー……まあ、気は進まないですが……必要だと思いますので……」 「じゃあそっちも自由参加で登録しておくから、行けるときに行ってね」  面倒だな……と憂鬱に思っていると、リジェンダはビスタークへ向き直し、こう聞いた。 「君のその状態にものすごく興味があるんだよね」 「マフティロと似たようなことを言い始めやがったな」 「そりゃそうだよ! 会話できる霊魂なんてそうそういるもんじゃないよ! 色々質問したいんだけど、いいかい?」  ビスタークはかなり呆れていたが渋々承知した。 「……何だ」 「死んだ後、気がついたのはどのくらい経ってからだった?」 「わからん。気がついたら物置の引き出しの中だった。外から聞こえた会話からもう葬儀は済んでるのはわかった」 「最初から自分が帯になってるってわかってた?」 「全然わからなかったな。薄く小さくなって動けないのはわかった」 「人に取り憑けるっていつわかった?」 「こいつに巻いたとき」  フォスターを指差して言った。マフティロにも色々聞かれたと言っていたが、フォスターはそれを聞いていないので興味深かった。 「人以外には取り憑けるの?」 「は?」 「例えば、ネコとか」  そう言ってリジェンダは自分が座っている後ろの戸棚を指した。本や箱などが入っている棚のほんの少しの隙間に黒猫が入り込んでいる。こちらと目が合った。 「……あれは寝てないだろ」 「寝てないとダメなのかな?」 「起きてるときにこいつに取り憑いたことがあったが、身体にも精神的にも相当負担をかけるみたいだからやらないほうがいい。飼い猫がおかしくなったら嫌だろ」 「そうだね。やめておこう」  そう言いながらリジェンダは立ち上がり、戸棚と反対側にある収納部屋と思われる扉のほうへ移動した。 「じゃあ蛇はどうかな?」  扉を開けるとそこには太い枯れ木のような物が立っていて、そこに大きな蛇が巻き付いていた。こちらは眠っているようだ。 「……デカすぎんだろ。なんでこんなのが部屋にいるんだよ?」 「こんな大きな蛇初めて見た……」 「地底湖に繋がる穴の近くで発見されたんだ。大人しくて可愛い子だよ?」  大蛇を可愛いと言った時点でリジェンダはマフティロ以上の変人であると確信した。一度扉を閉めてビスタークへと近づく。 「じゃあ、丁度寝てるし取り憑いてみようか」 「はあ!? ちょ、やめろ!」  とても良い笑顔を浮かべているリジェンダは夫マーカムの身体からビスタークの帯を外そうとしながら聞く。 「あれ? もしかして蛇が怖いの?」 「怖くねえよ!」 「じゃあいいね!」  帯を取ろうとしてもビスタークの意思で外せないだろうとフォスターは思っていたがあっけなく外れた。マーカムはまたソファーで眠ることになったがフォスターはよく起きないな思った。 『あ、あれ? 何で外された?』 「ふふん。神の加護を予め旦那に与えておいたんだよ。軽い加護だから取り憑くことはできただろう?」 『最初から企んでいやがったのか……!』  リジェンダは楽しそうに蛇の小部屋へと移動する。フォスターは少し面白くなりついていった。 「さて、額に巻かなきゃダメなのかな?」 「いえ、自分で帯を外して俺に渡したことがあるんでどこでも大丈夫だと思います」 『お前……! 楽しんでるだろ!』  フォスターは絶対文句を言われると思ったのでわざと帯を掴んでいなかった。聞こえない罵声は無いのと同じである。  リジェンダは蛇の尻尾のほうへと帯を巻く。リボンのように可愛らしく結んでいた。 「さて、どうかな?」  声が弾んでいる。楽しくて仕方がないようだ。蛇の身体で声が出せるとは思えないので、リジェンダとフォスターは帯を掴んだ。 『……たぶん、取り憑けたとは思うが……動きかたがわからねえ……』 「手も足も無いからねえ」  少しだけ前へ動いてみたようだが、すぐにあきらめたようで帯が勝手にほどけた。 『……気分が悪い。こんなことして何になるんだよ!』  ビスタークは遊ばれて怒っている。まあそうであろう。 「ごめんごめん。いきなり蛇は無かったね。もう夜だし寝る頃だと思うから、後で駱駝に取り憑いてみようか」 『やらねえ!』 「動物に取り憑くのは結構使えると思うよ? 怪しいやつの後をつけるのに猫とか鳥になったら便利だと思わない?」 「そうですね」  フォスターは納得して頷いたがビスタークは不満そうだ。 『……動物って気配に敏感だからすぐ起きそうじゃねえか。無理だと思うぞ』 「うーん、それは確かにそうかも。でも練習しとけばいざって時に」 『しねえ!』  そこで扉の叩き金具の音がした。リジェンダが応える。 「はい」 「リューナ様が戻られました。お食事の用意もできております」 「わかった。行こう」  リジェンダが寝ている夫に近づきながら言う。 「他の動物に取り憑けるかの実験に付き合ってくれたら、旦那の身体で飲んだり食べたりしてもいいよ」 『…………やる』  フォスターにはビスタークの声は聞こえなかったが、酒の誘惑に負けたことはわかった。



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 ビスタークは推測だけ話した。 「それらしき人間がこの都にいるらしい。まだ着いたばかりだから今日は探さなかったが」 「まあそうだね。砂漠越えたばかりならまずは休みたいよね」  リジェンダはフォスターのほうを見てそう言った。いきなり状況説明をさせることを悪いとは思っているようだ。 「どうも石屋をやってるらしいんだが」 「あ、これ書いてもらった地図です。コーシェルたちのことはご存知ですよね?」  リジェンダはコーシェルの書いた簡単な地図を見ながら話す。   「ああ、うん。マフティロの子だろ? こないだまでいたしね。なんだ、あの子たち会っていたのか」 「まだそうと決まったわけじゃ無いけどな」 「それに事件が起きる前ですし、ストロワってリューナの母親の名前だと思ってたので」 「そういやその名前聞かれたね。それが大神官の名前?」 「そうだ」  コーシェルとウォルシフはリジェンダにも聞いてくれていたようだ。リジェンダは地図を書き写しながら確認する。 「で、ここの石屋にいるかもしれない、と」 「ストロワが男だったら心当たりがあると言った女がいるらしい。髪の色からストロワの娘のエクレシアじゃないかと思う」 「なるほどね。商売してるんだから店が登録されているはずだ。こっちでも調べてみるよ」 「ありがとうございます」  お礼を言いつつもフォスターの胸中は複雑だった。どんどん外堀を埋められている。 「じゃあ、今後はどうするつもりだい?」 「破壊神の神官がいたらここへ連れてきて話し合いだろうな。いなかったら改めて相談させてくれ」 「そうだね。明日次第だね」  フォスターが懸念を伝える。 「リューナに……大神官に会えたら、あ、本人には祖父だと伝えてあるんですが、本当のことを話すと言ったんです。ただ、いきなり会わせたらリューナが破壊神の子だと何の前触れもなく言われそうな気がして……」  どんな人たちなのかは知らないが、リューナが神の子の自覚が無いことを知らないと思われるので、突然神様扱いされるおそれがある。 「先にいるかどうか確認して、神の子抜きで話をしてからここに皆を集めて真実を伝えればいい。その間彼女はこちらで預かるよ」 「はい、お願いします……」  気が重くてこの場から逃げ出したかった。その時がどんどん近づいてきている。それを気遣ってなのかはわからないが、リジェンダが話題を変えた。 「ところで、フォスター、だったか? 君の部屋はどうしようか? 彼女の近くのほうがいいよね? さらに隣の客室でいいかな?」 「え、いいんでしょうか」 「うん。今は他に来客の予定も無いから」  軽く勧められたのでありがたく甘えることにした。 「……料金はどうなります?」 「ありがとう、気にしてくれるのか。そうだなあ、宿舎を利用するのと同じでいいよ」 「働くんですよね?」 「そうだね。ただ、探すほうを優先してくれていいよ。神衛かのえの訓練もするよね?」 「あー……まあ、気は進まないですが……必要だと思いますので……」 「じゃあそっちも自由参加で登録しておくから、行けるときに行ってね」  面倒だな……と憂鬱に思っていると、リジェンダはビスタークへ向き直し、こう聞いた。 「君のその状態にものすごく興味があるんだよね」 「マフティロと似たようなことを言い始めやがったな」 「そりゃそうだよ! 会話できる霊魂なんてそうそういるもんじゃないよ! 色々質問したいんだけど、いいかい?」  ビスタークはかなり呆れていたが渋々承知した。 「……何だ」 「死んだ後、気がついたのはどのくらい経ってからだった?」 「わからん。気がついたら物置の引き出しの中だった。外から聞こえた会話からもう葬儀は済んでるのはわかった」 「最初から自分が帯になってるってわかってた?」 「全然わからなかったな。薄く小さくなって動けないのはわかった」 「人に取り憑けるっていつわかった?」 「こいつに巻いたとき」  フォスターを指差して言った。マフティロにも色々聞かれたと言っていたが、フォスターはそれを聞いていないので興味深かった。 「人以外には取り憑けるの?」 「は?」 「例えば、ネコとか」  そう言ってリジェンダは自分が座っている後ろの戸棚を指した。本や箱などが入っている棚のほんの少しの隙間に黒猫が入り込んでいる。こちらと目が合った。 「……あれは寝てないだろ」 「寝てないとダメなのかな?」 「起きてるときにこいつに取り憑いたことがあったが、身体にも精神的にも相当負担をかけるみたいだからやらないほうがいい。飼い猫がおかしくなったら嫌だろ」 「そうだね。やめておこう」  そう言いながらリジェンダは立ち上がり、戸棚と反対側にある収納部屋と思われる扉のほうへ移動した。 「じゃあ蛇はどうかな?」  扉を開けるとそこには太い枯れ木のような物が立っていて、そこに大きな蛇が巻き付いていた。こちらは眠っているようだ。 「……デカすぎんだろ。なんでこんなのが部屋にいるんだよ?」 「こんな大きな蛇初めて見た……」 「地底湖に繋がる穴の近くで発見されたんだ。大人しくて可愛い子だよ?」  大蛇を可愛いと言った時点でリジェンダはマフティロ以上の変人であると確信した。一度扉を閉めてビスタークへと近づく。 「じゃあ、丁度寝てるし取り憑いてみようか」 「はあ!? ちょ、やめろ!」  とても良い笑顔を浮かべているリジェンダは夫マーカムの身体からビスタークの帯を外そうとしながら聞く。 「あれ? もしかして蛇が怖いの?」 「怖くねえよ!」 「じゃあいいね!」  帯を取ろうとしてもビスタークの意思で外せないだろうとフォスターは思っていたがあっけなく外れた。マーカムはまたソファーで眠ることになったがフォスターはよく起きないな思った。 『あ、あれ? 何で外された?』 「ふふん。神の加護を予め旦那に与えておいたんだよ。軽い加護だから取り憑くことはできただろう?」 『最初から企んでいやがったのか……!』  リジェンダは楽しそうに蛇の小部屋へと移動する。フォスターは少し面白くなりついていった。 「さて、額に巻かなきゃダメなのかな?」 「いえ、自分で帯を外して俺に渡したことがあるんでどこでも大丈夫だと思います」 『お前……! 楽しんでるだろ!』  フォスターは絶対文句を言われると思ったのでわざと帯を掴んでいなかった。聞こえない罵声は無いのと同じである。  リジェンダは蛇の尻尾のほうへと帯を巻く。リボンのように可愛らしく結んでいた。 「さて、どうかな?」  声が弾んでいる。楽しくて仕方がないようだ。蛇の身体で声が出せるとは思えないので、リジェンダとフォスターは帯を掴んだ。 『……たぶん、取り憑けたとは思うが……動きかたがわからねえ……』 「手も足も無いからねえ」  少しだけ前へ動いてみたようだが、すぐにあきらめたようで帯が勝手にほどけた。 『……気分が悪い。こんなことして何になるんだよ!』  ビスタークは遊ばれて怒っている。まあそうであろう。 「ごめんごめん。いきなり蛇は無かったね。もう夜だし寝る頃だと思うから、後で駱駝に取り憑いてみようか」 『やらねえ!』 「動物に取り憑くのは結構使えると思うよ? 怪しいやつの後をつけるのに猫とか鳥になったら便利だと思わない?」 「そうですね」  フォスターは納得して頷いたがビスタークは不満そうだ。 『……動物って気配に敏感だからすぐ起きそうじゃねえか。無理だと思うぞ』 「うーん、それは確かにそうかも。でも練習しとけばいざって時に」 『しねえ!』  そこで扉の叩き金具の音がした。リジェンダが応える。 「はい」 「リューナ様が戻られました。お食事の用意もできております」 「わかった。行こう」  リジェンダが寝ている夫に近づきながら言う。 「他の動物に取り憑けるかの実験に付き合ってくれたら、旦那の身体で飲んだり食べたりしてもいいよ」 『…………やる』  フォスターにはビスタークの声は聞こえなかったが、酒の誘惑に負けたことはわかった。



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