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041 自殺

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 ロスリーメは部屋に残った。おそらくまだ話があるのだろう。忘却石フォルガイトのことかもしれない。 「……本人の許可を得ずに記憶を消すのはこういう場合さ。誰かの命がかかっているときだ」  ロスリーメはフォスターとリューナに言って聞かせるように話した。 「他人を殺そうとする人間ならどこかに閉じ込めれば済む話なんだが、自殺の場合は防ぐのが本当に大変でね。ずっと見張ってなくてはならないんだ。そうすると一番近くにいる者の精神が蝕まれていくのさ。さっきのレテーラのようにね。最悪の場合、心中の恐れも出てくる」 「心中、ですか……」 「そうなってしまったことも過去にはあったのさ」  沈痛な面持ちでロスリーメは呟くようにそう言った。この神殿ではそういった悲しい出来事が幾つもあったのだろう。 「この町は周りに外壁があるだろう。ここの近くには海への崖があるから、飛び降りを防ぐために外壁を築いたんだ。一番手軽に死ねるからね」  閉鎖的だと思っていた外壁にはちゃんと意味があったのだ。あの崖は自殺の名所だったのである。 「自殺はね、星になれないんだよ」 「えっ?」 「自殺が一番重い罪なんだ。魂の試練であるこの世界から逃げ出したと見なされるんだよ」 「それじゃあ、魂はどうなるんですか?」  それまで黙っていたリューナが聞いた。 「火葬した時に昇り星にはならず、別のところへ連れていかれる。昔いた神の子から聞いた話では真っ白な何もない空間に意識がある魂のみの状態で放置されるらしい。何千年もの間ね。それが自殺した者への罰なんだそうだ」 「そうなんだ……」 「初めて聞きました」 「この世界が魂の試練であるということはあまり大きな声では言わないね。その情報があるのと無いのとでは試練の質が変わってしまうとか言ってね。まあ、それで事件が発覚することもある。良いのか悪いのか……」  リューナはハッとしたような表情になった。 「だからね、私らは必死に自殺を止めようとするのさ。苦しんだ結果自ら死を選ぶのに、死んだ後も苦しみ続けなきゃならないなんてあんまりじゃないか」 「……」 「さっきの娘さんもね、自殺しても家族の側には行けないんだよ。もちろんこの苦しみを乗り越えられる強い心の持ち主もいるよ。でも全員がそう強くはないんだ。自分が乗り越えたからって人にそれを強要してはいけないよ」  ロスリーメの目線はフォスターの目より少し上を見ていた。ビスタークに向かって言っているようであった。 「忘れるっていうのは私たちが幸せになるために神様が下さった力なんだよ。だから、いいんだよ、辛かったことを忘れてしまっても」  そう言いながらロスリーメは小袋をテーブルの上に置いた。 「人の記憶を消す時は、相手の幸せを願って消すんだよ」  小袋の中には忘却石フォルガイトが入っていた。少なくとも十個以上ある。 「二十個ある。持っていきな」 「こんなにたくさんいいんですか?」 「神様が出してくれたんだからいいんだろうよ」  フォスターはおそるおそる聞いた。 「……代金、あの労働量でいいんですか?」 「足りないぶんはソレムに請求しとくよ」 「うちの町の大神官をご存知なんですね」 「同時期に水の都シーウァテレスで試験を受けた仲だよ。年一回はやり取りがあるしね」  町に戻ったらソレムから怒られそうだがツケにしといてもらおうと思った。そんなことを考えている間にロスリーメは両手で持つくらいの大きさの石をテーブルの上に載せた。透明で少し平たい形をしている。 「これは?」 「見たこと無いかい。これは契約石カンタイトだよ。これに全員で手を乗せて誓いを立てるんだ。内容はここに書いてきた。これを受け入れるなら石に手を置きな」  そう言って紙を見せてきた。紙には「忘却石フォルガイトを人に害を与える目的で使用しない」「忘却石フォルガイトは相手の幸せを願って使用する」「契約した者にしか忘却石フォルガイトは使用できない」「契約した者以外が使用した場合、忘却石フォルガイトは力を発揮せずに消滅する」と書かれていた。フォスターが読み上げてリューナに伝えたが、リューナは何か考え事をしていたようで聞いておらずもう一度読み直した。少し変に思ったが今聞くことではないと思い契約石カンタイトの上に手を置いた。 「そこの霊魂もだよ」 『俺もか? 手が無いんだが』 「この前使ったのはあんただろう。またそういう時に使えないと困るんじゃないのかい。その宿っている帯で石に触れればいいよ」 『わかった』  ロスリーメと三人は石の上に手を置いて契約を交わした。契約石カンタイトは光り輝いたかと思うとその光は四つに分かれ契約を交わした四人の中へと入っていった。 「じゃあこれでいいね。出発は明日かい?」 「はい。目的は果たしたのでそのつもりです」 「わかった。そのように皆に通達しておくよ」  ビスタークが思い付いたようにロスリーメに話しかけた。   『あ、そうだ。誰か神衛かのえと手合わせって出来ないか? こいつは元々神衛志望じゃなくてな、対人の経験を積ませたいんだ』 「ああ、それならルゴットに頼んでやるよ」 「……よろしくお願いします」  勝手に話を進めるなよ、とフォスターは思ったがこういう機会はあまり無いので文句を言わずに従った。訓練自体はいいのだが、リューナの様子が気になる。先ほどから何か思い詰めたような顔をしているのだ。神官の誰かに様子を伺ってもらえるよう頼もうと考えた。  フォスターが訓練場でルゴットにしごかれている間、リューナは自分の部屋でアニーシャに話を聞いてもらっていた。    リューナが考えていたのは、自殺した、とされているヴァーリオのことだった。葬儀に参加したフォスターから明るい光が昇っていったと聞いていた。ということは、自殺では無かったということだ。  まだ若く健康そうであったから病気で急死したとは考えにくい。鍵のある部屋に閉じ込めていたことから事故とも考えにくい。先ほどロスリーメは「それで事件が発覚することもある」と言っていた。つまり、ヴァーリオは誰かに殺されたわけだ。  ――いったい、誰が……。  ゾッとした。とても恐ろしかった。フォスターは嘘をつくのが下手だ。魂が空へ昇っていったことは嘘ではないはず。先ほどの反応だと自殺した魂が空へ昇らないことはフォスターも知らなかったようだった。鍵のある部屋に閉じ込められていたのなら殺す機会があるのは神官達くらいしか……。  ここまでアニーシャに話を聞いてもらって考えが整理されて、思い出した。神官とフォスター、ビスターク以外に一人だけ、たった一人だけ会う機会のあった人がいる。旅の医者であるザイステルだ。 「まさか、ザイス先生が……」  そう考えるとフォスターのあの時の反応や目が覚めたら既にいなかったことなど色々納得がいく。自分はあの医者に狙われていたのだと自覚した。背筋が凍るような感覚に陥った。 「お父さんが借金をしたからその取り立てで、売り飛ばすために私が狙われてるって聞いてるんですけど……」 「そうなんですか」 「そのために派遣した人を殺したりするでしょうか? それに取り立てのための経費がかかりすぎて意味が無いと思うんですよ」 「そうですね……」 「何か大事なことを教えてもらっていないと思うんです。どうして私は狙われていて、どうして私は何も教えてもらえないんでしょうか……」  アニーシャは自覚の無い神の子からの質問に困っていたがこう答えておいた。 「きっとリューナさんが嫌な気持ちにならないように、優しさから黙っているんだと思いますよ」 「……それはわかるんですけど……何か仲間外れにされているようでもやもやしてしまって……」 「疲れていてお腹が空いていると良くない考えになりがちですよ。お兄さんが戻ってくる前にお食事を済ませますか?」  リューナを美味しいものではぐらかせることはアニーシャにも見抜かれていた。 「いいえ、待ってます」 「では、軽くつまめるものでも持ってきますね。本でも読んでいてください」 「お忙しいのにすみませんでした」  アニーシャは部屋から出るとため息をつきロスリーメのところへ相談に向かった。



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 ロスリーメは部屋に残った。おそらくまだ話があるのだろう。忘却石フォルガイトのことかもしれない。 「……本人の許可を得ずに記憶を消すのはこういう場合さ。誰かの命がかかっているときだ」  ロスリーメはフォスターとリューナに言って聞かせるように話した。 「他人を殺そうとする人間ならどこかに閉じ込めれば済む話なんだが、自殺の場合は防ぐのが本当に大変でね。ずっと見張ってなくてはならないんだ。そうすると一番近くにいる者の精神が蝕まれていくのさ。さっきのレテーラのようにね。最悪の場合、心中の恐れも出てくる」 「心中、ですか……」 「そうなってしまったことも過去にはあったのさ」  沈痛な面持ちでロスリーメは呟くようにそう言った。この神殿ではそういった悲しい出来事が幾つもあったのだろう。 「この町は周りに外壁があるだろう。ここの近くには海への崖があるから、飛び降りを防ぐために外壁を築いたんだ。一番手軽に死ねるからね」  閉鎖的だと思っていた外壁にはちゃんと意味があったのだ。あの崖は自殺の名所だったのである。 「自殺はね、星になれないんだよ」 「えっ?」 「自殺が一番重い罪なんだ。魂の試練であるこの世界から逃げ出したと見なされるんだよ」 「それじゃあ、魂はどうなるんですか?」  それまで黙っていたリューナが聞いた。 「火葬した時に昇り星にはならず、別のところへ連れていかれる。昔いた神の子から聞いた話では真っ白な何もない空間に意識がある魂のみの状態で放置されるらしい。何千年もの間ね。それが自殺した者への罰なんだそうだ」 「そうなんだ……」 「初めて聞きました」 「この世界が魂の試練であるということはあまり大きな声では言わないね。その情報があるのと無いのとでは試練の質が変わってしまうとか言ってね。まあ、それで事件が発覚することもある。良いのか悪いのか……」  リューナはハッとしたような表情になった。 「だからね、私らは必死に自殺を止めようとするのさ。苦しんだ結果自ら死を選ぶのに、死んだ後も苦しみ続けなきゃならないなんてあんまりじゃないか」 「……」 「さっきの娘さんもね、自殺しても家族の側には行けないんだよ。もちろんこの苦しみを乗り越えられる強い心の持ち主もいるよ。でも全員がそう強くはないんだ。自分が乗り越えたからって人にそれを強要してはいけないよ」  ロスリーメの目線はフォスターの目より少し上を見ていた。ビスタークに向かって言っているようであった。 「忘れるっていうのは私たちが幸せになるために神様が下さった力なんだよ。だから、いいんだよ、辛かったことを忘れてしまっても」  そう言いながらロスリーメは小袋をテーブルの上に置いた。 「人の記憶を消す時は、相手の幸せを願って消すんだよ」  小袋の中には忘却石フォルガイトが入っていた。少なくとも十個以上ある。 「二十個ある。持っていきな」 「こんなにたくさんいいんですか?」 「神様が出してくれたんだからいいんだろうよ」  フォスターはおそるおそる聞いた。 「……代金、あの労働量でいいんですか?」 「足りないぶんはソレムに請求しとくよ」 「うちの町の大神官をご存知なんですね」 「同時期に水の都シーウァテレスで試験を受けた仲だよ。年一回はやり取りがあるしね」  町に戻ったらソレムから怒られそうだがツケにしといてもらおうと思った。そんなことを考えている間にロスリーメは両手で持つくらいの大きさの石をテーブルの上に載せた。透明で少し平たい形をしている。 「これは?」 「見たこと無いかい。これは契約石カンタイトだよ。これに全員で手を乗せて誓いを立てるんだ。内容はここに書いてきた。これを受け入れるなら石に手を置きな」  そう言って紙を見せてきた。紙には「忘却石フォルガイトを人に害を与える目的で使用しない」「忘却石フォルガイトは相手の幸せを願って使用する」「契約した者にしか忘却石フォルガイトは使用できない」「契約した者以外が使用した場合、忘却石フォルガイトは力を発揮せずに消滅する」と書かれていた。フォスターが読み上げてリューナに伝えたが、リューナは何か考え事をしていたようで聞いておらずもう一度読み直した。少し変に思ったが今聞くことではないと思い契約石カンタイトの上に手を置いた。 「そこの霊魂もだよ」 『俺もか? 手が無いんだが』 「この前使ったのはあんただろう。またそういう時に使えないと困るんじゃないのかい。その宿っている帯で石に触れればいいよ」 『わかった』  ロスリーメと三人は石の上に手を置いて契約を交わした。契約石カンタイトは光り輝いたかと思うとその光は四つに分かれ契約を交わした四人の中へと入っていった。 「じゃあこれでいいね。出発は明日かい?」 「はい。目的は果たしたのでそのつもりです」 「わかった。そのように皆に通達しておくよ」  ビスタークが思い付いたようにロスリーメに話しかけた。   『あ、そうだ。誰か神衛かのえと手合わせって出来ないか? こいつは元々神衛志望じゃなくてな、対人の経験を積ませたいんだ』 「ああ、それならルゴットに頼んでやるよ」 「……よろしくお願いします」  勝手に話を進めるなよ、とフォスターは思ったがこういう機会はあまり無いので文句を言わずに従った。訓練自体はいいのだが、リューナの様子が気になる。先ほどから何か思い詰めたような顔をしているのだ。神官の誰かに様子を伺ってもらえるよう頼もうと考えた。  フォスターが訓練場でルゴットにしごかれている間、リューナは自分の部屋でアニーシャに話を聞いてもらっていた。    リューナが考えていたのは、自殺した、とされているヴァーリオのことだった。葬儀に参加したフォスターから明るい光が昇っていったと聞いていた。ということは、自殺では無かったということだ。  まだ若く健康そうであったから病気で急死したとは考えにくい。鍵のある部屋に閉じ込めていたことから事故とも考えにくい。先ほどロスリーメは「それで事件が発覚することもある」と言っていた。つまり、ヴァーリオは誰かに殺されたわけだ。  ――いったい、誰が……。  ゾッとした。とても恐ろしかった。フォスターは嘘をつくのが下手だ。魂が空へ昇っていったことは嘘ではないはず。先ほどの反応だと自殺した魂が空へ昇らないことはフォスターも知らなかったようだった。鍵のある部屋に閉じ込められていたのなら殺す機会があるのは神官達くらいしか……。  ここまでアニーシャに話を聞いてもらって考えが整理されて、思い出した。神官とフォスター、ビスターク以外に一人だけ、たった一人だけ会う機会のあった人がいる。旅の医者であるザイステルだ。 「まさか、ザイス先生が……」  そう考えるとフォスターのあの時の反応や目が覚めたら既にいなかったことなど色々納得がいく。自分はあの医者に狙われていたのだと自覚した。背筋が凍るような感覚に陥った。 「お父さんが借金をしたからその取り立てで、売り飛ばすために私が狙われてるって聞いてるんですけど……」 「そうなんですか」 「そのために派遣した人を殺したりするでしょうか? それに取り立てのための経費がかかりすぎて意味が無いと思うんですよ」 「そうですね……」 「何か大事なことを教えてもらっていないと思うんです。どうして私は狙われていて、どうして私は何も教えてもらえないんでしょうか……」  アニーシャは自覚の無い神の子からの質問に困っていたがこう答えておいた。 「きっとリューナさんが嫌な気持ちにならないように、優しさから黙っているんだと思いますよ」 「……それはわかるんですけど……何か仲間外れにされているようでもやもやしてしまって……」 「疲れていてお腹が空いていると良くない考えになりがちですよ。お兄さんが戻ってくる前にお食事を済ませますか?」  リューナを美味しいものではぐらかせることはアニーシャにも見抜かれていた。 「いいえ、待ってます」 「では、軽くつまめるものでも持ってきますね。本でも読んでいてください」 「お忙しいのにすみませんでした」  アニーシャは部屋から出るとため息をつきロスリーメのところへ相談に向かった。



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