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065 行先

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 リューナは馬車の音が聞こえなくなるまでヨマリー達を見送り、今度はこちらが出発する番となった。しかしリューナはまだ泣き止まない。フォスターは妹をなだめながらふと思ったことがあり呟いた。 「そういや、他にも神衛かのえいたよな。水の都シーウァテレスへ行くなら途中の休憩小屋とかで一緒になったりするかな。わかんなかったけど神官もいるだろうし」 『何人かいたな。まあ全員が水の都シーウァテレスに行くわけじゃ無いだろうがな。星の都ソーリュウェスへ行くって奴もいたし』 「まあ、でも船の中で襲って来なかったんだから一緒になっても大丈夫かな」 「……やだ」  リューナが自分の服の袖口で涙を拭きながら否定した。 「え?」 「男の人、怖い」 「あー……」  また泣き出してしまった。もう別れがつらくて泣いているのか怖くて泣いているのかわからない。 「そうだな、攫われそうになったんだもんな、怖かったよな」  よしよし、と頭を撫でてやる。抱きついてきたので仕方なく頭を撫でたり背中を擦ったりして慰めて落ち着くのを待った。そのうちにリューナは大きなため息をついてこう言った。 「……ここでもう一泊しちゃだめ?」 「え?」 「そうすれば他の人と一緒にならないかな、と思って……」 「うーん……」  一日分宿泊代が多くかかると一瞬考えてしまったが、さすがにリューナの気持ちを考えてそれは言わなかった。 『ここは船が来るからそれには賛成出来ねえな。また別のが来る可能性が高い』  ビスタークはリューナの意見に反対だ。 「別の船で来た人たちが増えたら、また別の攫おうとする奴がいるかもしれないからな。そしたらまた怖い思いをするぞ? それは嫌だろ?」 「……」  ビスタークの帯に触れていて言葉を聞いたリューナは掴む手に力を入れフォスターの腕の辺りのマントを握りしめる。 『水の都シーウァテレスへの普通の経路を通らなきゃいいんじゃねえか』  その様子を見てかどうかはわからないが、ビスタークは他の提案をしてきた。 「うーん……俺、この辺の地理よく知らないんだよな。普通の経路もよくわからないし、具体的にどう行けばいいんだ?」 『普通はここから花神の町レウォルフォス軟性神の町トフセス女性神の町マレフェス粉神の町ドリューポス森林神の町レトフェスって行くんだよ。女性神の町マレフェスで買い物するんならそこまで少し遠回りすればいいんじゃねえか』  おそらくそれが最短ルートなのだろう。 「やっぱり町と町の距離は二日くらいかかるのか?」 『ほとんどはそうだが、ここと花神の町レウォルフォスは一日で着くから休憩小屋が無い。他は二日かかるからあるけどな』 「遠回りの町はどんなとこだよ」 『知らん。そのくらい自分で調べろ』  面倒だな、と思った。町の人に聞き込みをしなければならないのだろうか。 「リューナ、そうやって遠回りするってことでいいか?」 「……うん。他の人と一緒にならないならそれがいい」 「じゃあ他にどんな道と町があるのか聞かないとな」  さてどうしようか、と思ったところでビスタークが言う。 『そこの馬車の乗り場に行き先書いてないか?』 「そうだな。見てみる」  乗り場の看板にはヨマリー達が向かった静寂神の町キューイス花神の町レウォルフォス海老神の町ロンプス鰯神の町エンダルス甘藍神の町カンクタスと行き先が五つ書かれていた。甘藍とはキャベツのことである。 「静寂神の町キューイス花神の町レウォルフォスは絶対違うから残り三つだけど……」 『海老と鰯は海沿いの隣町じゃねえか?』 「俺もそう思う」  フォスターは同意したが、海沿いの隣町から遠回りするのかもしれないので結局のところよくわからない。 「出来れば地図が見たいな。何処かに案内の地図が書かれた看板とか無いかな」 『神殿に行けばいいんじゃねえか』  確かにそうだな、と思いこの町の神殿へと向かった。 「そういや昨日の奴はどうなったかな」  それを聞いてリューナがまた少しマントを握る力を入れた。 『神衛に引き渡してるだろうからな。どうなったか教えてもらえるとは思えねえな』 「まあ、それならそれでいいんだけど。俺たちを狙ってたことは忘れてるんだろうし。だから大丈夫だよ」  リューナを安心させるようにそう言った。 『気を付けるのは他の奴らだからな。勝手に離れたりするなよ』 「……大丈夫。ずっとフォスターと一緒にいるから」 『そうしろ』  リューナはべったりとくっついている。歩きづらかったが仕方がないと諦めた。  ここの神殿も海沿いにあった。やはり灯台の役割をしているようで石造りの塔状の建物だ。 「すみません、この辺りの地理を教えてもらいたいんですけど……」  入口の礼拝堂へ入り、その場にいた神官と神衛兵に話しかけた。リューナはフォスターの後ろに引っ付いていて離れず隠れるようにしている。神衛兵が怖いのであろう。 「こんにちは。はい、いいですよ」 「巡礼かい?」 「はい、まあ。簡単なもので良いので地図があったら見せていただきたいんですが」 「少し待ってくださいね。持ってきます」  神官は奥の部屋から地図を持ってきてくれた。森林神の町レトフェスまでの簡易地図だった。ビスタークに言われた通り、下から泳神の町ミューイス花神の町レウォルフォス軟性神の町トフセス女性神の町マレフェス粉神の町ドリューポス森林神の町レトフェス、と並んでいた。その右側を見ると甘藍神の町カンクタス発酵神の町テメンフェスと並んでいた。ここから女性神の町マレフェスへ行けそうである。 「ありがとうございます。大体わかりました」 「水の都シーウァテレスへ行くなら花神の町レウォルフォスから……」 「いえ、少し遠回りしようと思ってまして」 「遠回り?」 「はい。こっちの甘藍神の町カンクタスから行けないかな、と」  フォスターがそう言うと神官と神衛兵は顔を見合わせた。 「たまにいるよね、君みたいな人」 「普通の人とは違う道を行きたいってね」 「良くないことですか?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」  不安に思って聞くと神衛兵は言葉を濁す。 「田舎町で宿が無くて神殿に泊めてもらう形になると思うんだけど、あの町、今問題が起こっててね」  神官がその先を続けた。 「問題?」 「うん。まあ旅の人には関係無い話だけど、嫌な思いをするかもしれないから」 「えっと……?」  疑問に思ったがその先を聞いていいのか迷う。 「そこまで言ったら教えてやらないと気持ち悪いだろ」 「……うん、そうだね。あのね……」  言いづらそうに神官が話す。 「神の石が降臨しなくなったらしいんだよ」 「そうなんですか」  そういえばこの前コーシェル達が「眼力石アークライトが出なくなったら経済的に混乱する」とか言っていたな、と思い返した。 「でも作物系の神の町で、キャベツを育てるための石ですよね。そんなに混乱はしないような……」 「まあ今すぐには困らないだろうけどね」 「ただ単に神殿の恥になるんだよ。原因がわからないとかで、第三者が介入することになってさ。水の神殿から神官達を送り込んで調査が入るんだってよ」  納得した。それならば神殿の中はピリピリとした雰囲気になっているであろう。 「どうする?」  振り返って後ろにしがみついているリューナに尋ねた。 「それでも、地元の人だけのほうがいい……」 「そうか」  向かう道の方向を聞いた後、フォスターは神官と神衛兵二人にお礼を伝えた。 「ありがとうございました。こちら、寄付です」  そう言って気持ち程度の貨幣石レヴライトを手渡した。通常、神殿の世話になった場合はこうして寄付金を渡すのが礼儀である。忘却神の町フォルゲスのときは労働力と理力という話になっていたので渡さなかったが。 「ありがとうございます。よろしければこちらをお持ちください」  神官は寄付金を受け取るとこの町の石である遊泳石ミューライトを渡してきた。もう持っているが、二つあればリューナも使えるので有り難く受け取った。  神殿から出ると、念のため港へ行きこの後いつ船が来るのか調べた。あまり寄り道に時間をかけると後の船で来た人達に追い付かれてしまうからだ。何日猶予があるのかを知りたかった。 「二日後だってさ」 『まあ一日遅れぐらいで動くしかないだろうな』  一日程度の遅れならまあいいか、と自分を納得させた。財布の中身が厳しいのだ。そして町外れまで歩くと盾に乗って甘藍神の町カンクタスへと出発した。



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 リューナは馬車の音が聞こえなくなるまでヨマリー達を見送り、今度はこちらが出発する番となった。しかしリューナはまだ泣き止まない。フォスターは妹をなだめながらふと思ったことがあり呟いた。 「そういや、他にも神衛かのえいたよな。水の都シーウァテレスへ行くなら途中の休憩小屋とかで一緒になったりするかな。わかんなかったけど神官もいるだろうし」 『何人かいたな。まあ全員が水の都シーウァテレスに行くわけじゃ無いだろうがな。星の都ソーリュウェスへ行くって奴もいたし』 「まあ、でも船の中で襲って来なかったんだから一緒になっても大丈夫かな」 「……やだ」  リューナが自分の服の袖口で涙を拭きながら否定した。 「え?」 「男の人、怖い」 「あー……」  また泣き出してしまった。もう別れがつらくて泣いているのか怖くて泣いているのかわからない。 「そうだな、攫われそうになったんだもんな、怖かったよな」  よしよし、と頭を撫でてやる。抱きついてきたので仕方なく頭を撫でたり背中を擦ったりして慰めて落ち着くのを待った。そのうちにリューナは大きなため息をついてこう言った。 「……ここでもう一泊しちゃだめ?」 「え?」 「そうすれば他の人と一緒にならないかな、と思って……」 「うーん……」  一日分宿泊代が多くかかると一瞬考えてしまったが、さすがにリューナの気持ちを考えてそれは言わなかった。 『ここは船が来るからそれには賛成出来ねえな。また別のが来る可能性が高い』  ビスタークはリューナの意見に反対だ。 「別の船で来た人たちが増えたら、また別の攫おうとする奴がいるかもしれないからな。そしたらまた怖い思いをするぞ? それは嫌だろ?」 「……」  ビスタークの帯に触れていて言葉を聞いたリューナは掴む手に力を入れフォスターの腕の辺りのマントを握りしめる。 『水の都シーウァテレスへの普通の経路を通らなきゃいいんじゃねえか』  その様子を見てかどうかはわからないが、ビスタークは他の提案をしてきた。 「うーん……俺、この辺の地理よく知らないんだよな。普通の経路もよくわからないし、具体的にどう行けばいいんだ?」 『普通はここから花神の町レウォルフォス軟性神の町トフセス女性神の町マレフェス粉神の町ドリューポス森林神の町レトフェスって行くんだよ。女性神の町マレフェスで買い物するんならそこまで少し遠回りすればいいんじゃねえか』  おそらくそれが最短ルートなのだろう。 「やっぱり町と町の距離は二日くらいかかるのか?」 『ほとんどはそうだが、ここと花神の町レウォルフォスは一日で着くから休憩小屋が無い。他は二日かかるからあるけどな』 「遠回りの町はどんなとこだよ」 『知らん。そのくらい自分で調べろ』  面倒だな、と思った。町の人に聞き込みをしなければならないのだろうか。 「リューナ、そうやって遠回りするってことでいいか?」 「……うん。他の人と一緒にならないならそれがいい」 「じゃあ他にどんな道と町があるのか聞かないとな」  さてどうしようか、と思ったところでビスタークが言う。 『そこの馬車の乗り場に行き先書いてないか?』 「そうだな。見てみる」  乗り場の看板にはヨマリー達が向かった静寂神の町キューイス花神の町レウォルフォス海老神の町ロンプス鰯神の町エンダルス甘藍神の町カンクタスと行き先が五つ書かれていた。甘藍とはキャベツのことである。 「静寂神の町キューイス花神の町レウォルフォスは絶対違うから残り三つだけど……」 『海老と鰯は海沿いの隣町じゃねえか?』 「俺もそう思う」  フォスターは同意したが、海沿いの隣町から遠回りするのかもしれないので結局のところよくわからない。 「出来れば地図が見たいな。何処かに案内の地図が書かれた看板とか無いかな」 『神殿に行けばいいんじゃねえか』  確かにそうだな、と思いこの町の神殿へと向かった。 「そういや昨日の奴はどうなったかな」  それを聞いてリューナがまた少しマントを握る力を入れた。 『神衛に引き渡してるだろうからな。どうなったか教えてもらえるとは思えねえな』 「まあ、それならそれでいいんだけど。俺たちを狙ってたことは忘れてるんだろうし。だから大丈夫だよ」  リューナを安心させるようにそう言った。 『気を付けるのは他の奴らだからな。勝手に離れたりするなよ』 「……大丈夫。ずっとフォスターと一緒にいるから」 『そうしろ』  リューナはべったりとくっついている。歩きづらかったが仕方がないと諦めた。  ここの神殿も海沿いにあった。やはり灯台の役割をしているようで石造りの塔状の建物だ。 「すみません、この辺りの地理を教えてもらいたいんですけど……」  入口の礼拝堂へ入り、その場にいた神官と神衛兵に話しかけた。リューナはフォスターの後ろに引っ付いていて離れず隠れるようにしている。神衛兵が怖いのであろう。 「こんにちは。はい、いいですよ」 「巡礼かい?」 「はい、まあ。簡単なもので良いので地図があったら見せていただきたいんですが」 「少し待ってくださいね。持ってきます」  神官は奥の部屋から地図を持ってきてくれた。森林神の町レトフェスまでの簡易地図だった。ビスタークに言われた通り、下から泳神の町ミューイス花神の町レウォルフォス軟性神の町トフセス女性神の町マレフェス粉神の町ドリューポス森林神の町レトフェス、と並んでいた。その右側を見ると甘藍神の町カンクタス発酵神の町テメンフェスと並んでいた。ここから女性神の町マレフェスへ行けそうである。 「ありがとうございます。大体わかりました」 「水の都シーウァテレスへ行くなら花神の町レウォルフォスから……」 「いえ、少し遠回りしようと思ってまして」 「遠回り?」 「はい。こっちの甘藍神の町カンクタスから行けないかな、と」  フォスターがそう言うと神官と神衛兵は顔を見合わせた。 「たまにいるよね、君みたいな人」 「普通の人とは違う道を行きたいってね」 「良くないことですか?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」  不安に思って聞くと神衛兵は言葉を濁す。 「田舎町で宿が無くて神殿に泊めてもらう形になると思うんだけど、あの町、今問題が起こっててね」  神官がその先を続けた。 「問題?」 「うん。まあ旅の人には関係無い話だけど、嫌な思いをするかもしれないから」 「えっと……?」  疑問に思ったがその先を聞いていいのか迷う。 「そこまで言ったら教えてやらないと気持ち悪いだろ」 「……うん、そうだね。あのね……」  言いづらそうに神官が話す。 「神の石が降臨しなくなったらしいんだよ」 「そうなんですか」  そういえばこの前コーシェル達が「眼力石アークライトが出なくなったら経済的に混乱する」とか言っていたな、と思い返した。 「でも作物系の神の町で、キャベツを育てるための石ですよね。そんなに混乱はしないような……」 「まあ今すぐには困らないだろうけどね」 「ただ単に神殿の恥になるんだよ。原因がわからないとかで、第三者が介入することになってさ。水の神殿から神官達を送り込んで調査が入るんだってよ」  納得した。それならば神殿の中はピリピリとした雰囲気になっているであろう。 「どうする?」  振り返って後ろにしがみついているリューナに尋ねた。 「それでも、地元の人だけのほうがいい……」 「そうか」  向かう道の方向を聞いた後、フォスターは神官と神衛兵二人にお礼を伝えた。 「ありがとうございました。こちら、寄付です」  そう言って気持ち程度の貨幣石レヴライトを手渡した。通常、神殿の世話になった場合はこうして寄付金を渡すのが礼儀である。忘却神の町フォルゲスのときは労働力と理力という話になっていたので渡さなかったが。 「ありがとうございます。よろしければこちらをお持ちください」  神官は寄付金を受け取るとこの町の石である遊泳石ミューライトを渡してきた。もう持っているが、二つあればリューナも使えるので有り難く受け取った。  神殿から出ると、念のため港へ行きこの後いつ船が来るのか調べた。あまり寄り道に時間をかけると後の船で来た人達に追い付かれてしまうからだ。何日猶予があるのかを知りたかった。 「二日後だってさ」 『まあ一日遅れぐらいで動くしかないだろうな』  一日程度の遅れならまあいいか、と自分を納得させた。財布の中身が厳しいのだ。そして町外れまで歩くと盾に乗って甘藍神の町カンクタスへと出発した。



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