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102 遭逢

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 水の都シーウァテレスまでは遠い旅路である。そのうえ行くためには砂漠を通過しなくてはならない。「水のありがたみを知らしめるため水の大神が用意した試練」と言われている。  炎の都フィルバルネスも「炎のありがたみを感じさせるために寒い」という話だった。しかしまだ寒いだけなので炎の都フィルバルネスのほうがましである。砂漠は広く一番近い森林神の町レトフェスからでも駱駝で四日もかかる距離だという。迷惑なことこの上なかった。    金さえ払えば駱駝を借りて乗って行けるのだがそんなことに金を使うのは勿体無かった。普通に歩いて行こうと思っていた。船以外、今までずっとビスタークはそうしてきたからだ。つまるところ砂漠を嘗めていたのである。    飲み水は水源石シーヴァイトがあるので問題無いと思っていた。食料もかかる日数分より二日分多く持ったので大丈夫だと考えて水の都シーウァテレスに一番近い森林神の町レトフェスを出発した。砂漠入口の駱駝小屋の者から「やめとけ」と止められたが、駱駝を貸す営業だろうとしか思っていなかった。  砂漠に入って一刻も経過しないうちに砂漠を軽く見ていたことを後悔し始めた。砂に足を取られて早く歩けない。予定よりずっと遅い速度だった。そして暑い。金属が熱を持たないように鎧は着けず大袋に入れて背負っているがそれでも暑い。光は他の場所と同じはずなのに何故だと考えて、以前レアフィールと勉強した本に理由が書かれていたことを思い出していた。    それでも途中にある簡易的な休憩場所へ少しの余裕を持ってたどり着いた。干しレンガを組み上げた本当に簡単な造りの小屋だ。徒歩や砂嵐の避難所として用意されているものである。駱駝に乗って移動する者は一日でもう一つ先の小屋まで移動できるらしい。頑張ればそこまで行けたのではないかと無謀にも考えたが、そのすぐ後に砂嵐が起こったのでその日は諦めた。体力的にはまだ十分余裕があった。ただ、とても暇であった。  砂漠の夜はとても寒い。炎の都フィルバルネス周辺と同じもしくはそれ以上に寒かった。昼は熱くなっていた鎧もあっという間に冷めていった。小屋があるだけましなはずであるが、それでも昼の暑さと夜の寒さだけで余裕だったはずの体力が奪われていった。    寒さでよく眠れないまま小屋を出発した。夜が明けると今度は暑くなる。あちこちに目印の長い布付きの棒が立てられているため迷うことは無いが、次の休憩場所までとても長く感じた。やはり駱駝を借りるべきだった、そんなことを考えながら歩みを進め、駱駝なら一日でたどり着くはずの次の休憩小屋へ到着した。    三日目は砂の上の歩行速度が慣れにより少し速くなったので、今までよりは早く休憩小屋にたどり着けた。あと五日歩けば水の都シーウァテレスだ。今日は少し早く歩けたのだから、明日は駱駝と同じ距離を歩いてみようなどと無謀なことを考えた。休憩小屋を一つ飛ばしその先の小屋まで砂嵐さえ無ければ自分なら歩けるだろうと考えた。さっさと砂漠を抜けたかったのだ。時間をかければその分水と食料が必要になるし、寒すぎる夜を一日分だけでも減らしたかった。  幸い次の日は砂嵐が起こらなかった。何とか完全に暗くなる前に徒歩二日かかるはずの小屋へとたどり着けた。通常通り歩けばあと三日、今日の速度で歩けば二日で水の都シーウァテレスへ到着できる。  しかしそう簡単に行くはずがない。水源石シーヴァイトの水の補充が飲む早さに追い付かなくなってきた。滝石ファーライトくらい持っておけば良かったと後悔した。それでも自分の体力ならたどり着けると信じ、少し遅れて夜になってしまったものの四日目も本来なら駱駝で進む距離にある二つ先の休憩小屋にたどり着けたのだ。もう体力は限界に近かったがあと徒歩一日分の距離で水の都シーウァテレスだ。昨日や今日の半分の距離である。それなら何とかなると思っていた。その成功体験が油断を呼んだのである。  次の日。空気が揺らめく中、砂丘を登るとうっすらと水の都シーウァテレスが見えてきた。やっとだ、と安心したところでばったりと倒れてしまい意識を失った。生命の危機であった。  気がつくと冷たい布を額や首に当てられていた。ビスタークが目を開けた時、心配そうに顔を覗き込んでいる女と目が合った。フードを被っていたのと上から覗き込んでいたため影になっていて最初はよくわからなかったが、よく見ると紫色の髪と瞳、右目に泣き黒子のある綺麗な顔をした細い女だった。顔とフードの隙間から紫の髪の毛が落ちてきてこちらの顔に当たりくすぐったい。どうやら介抱してくれていたらしい。    その女はビスタークが目覚めたのを見てにっこり笑うと黙ったまま水筒を差し出してきた。頭がくらくらしていたがなんとか上半身を起こすと水筒をありがたく受け取り飲み干した。そして少し落ち着いてからようやく周りの状況に気がついた。昼間なのに薄暗いのだ。周りに屋根など無いのにこの場所だけ暗く影になっている。 「お、気が付いたか」  中年の色黒の肌をした男が近付いてきて声をかけてきた。他にも若い男と介抱してくれた女とは別の若い女がいた。駱駝は三頭だった。水の都シーウァテレスに向かう四人組が助けてくれたようだが何故一頭足りないのかはわからなかった。 「……おかげで助かったようだな。感謝する」  ビスタークは弱った声で礼を言った。 「すまん。色々してもらったみたいだな。時間を取らせて悪かった」 「ここまで歩きか? 無茶だろ」  肌が黒く金髪の若い男がそう言った。 「貸し駱駝の料金をケチってこのザマだ。死んでも自業自得だった。本当に感謝する。礼がしたい」 「こっちもあまり時間が無いんでな。水の都シーウァテレスで出会えたら礼を受け取ろう」  先程の若い男の父親と思われる色黒で金髪の中年の男がそう言った。 「もう一人にしても平気かな? もう少し休んでるといいよ。闇源石ニグータイトは置いていくから。ただ、あんまり長く同じ場所にいると今度は夜みたいに冷えていくからね。少しずつ移動するといいよ」  もう一人の山吹色の髪をした女がそう言った。この影は闇の大神の石の効果だったようだ。  闇源石ニグータイトを貰ったので礼の代わりに持っていた反力石リーペイトを渡した。飛翔神の石だと言うと少し表情が引きつり動揺している気がした。 「レリア、行くぞ」  まだ心配そうにビスタークを見ていたレリアと呼ばれた女はにっこり笑って塩の実を渡すと何も言わずに軽く頭を下げ、他の三人のもとへ行きもう一人の女と一緒の駱駝に乗ろうとしていた。乗るのに苦労している様子を見て助言する。 「さっき渡した反力石リーペイト使えば楽に乗れるぞ」  弱った声で言うと介抱してくれた女は軽く会釈しながら一度仕舞った小袋から反力石リーペイトを取り出し浮いてもう一人の女と駱駝に乗った。二人一緒に乗っていたから三頭だったのかとぼんやりとした頭で思った。 「じゃあな。もう倒れるんじゃないぞ」  そう言って四人組は水の都シーウァテレスへと去っていった。四人を見送った後、手には塩の実が残された。塩分を取れということだなと思い少し舐めてもらった水を飲んだ。    塩分と水分を取った後は休み休み歩を進め、ようやく水の都シーウァテレスへとたどり着いた。都は神の領域からの霧状になる滝のおかげで少し涼しい。門から大分歩いたが、砂の上を歩くよりずっと楽だった。いつものように大神殿で手続きをし、宿舎の部屋と仕事を確保した。体力を回復したいので念のため明後日まで休みを取り、訓練と仕事を入れるのは止めておいた。料金さえ払えばその辺りの融通はきく。休みの間に街を散策して四人組を探そうとも思っていた。  宿舎の食堂での食事と風呂だけで少し疲れが癒された。何より久しぶりにベッドでゆっくり眠れたので全快とはいかないが朝には体力の半分くらいは回復していた。混雑を避けた時間帯に食堂で落ち着いて朝食を取った後は街へと繰り出す予定だ。休暇なので鎧等の装備一式は部屋に置いていく。昨日は疲れで街を何も見て回っていない。観光のついでに助けてくれた四人を探すつもりだった。



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 水の都シーウァテレスまでは遠い旅路である。そのうえ行くためには砂漠を通過しなくてはならない。「水のありがたみを知らしめるため水の大神が用意した試練」と言われている。  炎の都フィルバルネスも「炎のありがたみを感じさせるために寒い」という話だった。しかしまだ寒いだけなので炎の都フィルバルネスのほうがましである。砂漠は広く一番近い森林神の町レトフェスからでも駱駝で四日もかかる距離だという。迷惑なことこの上なかった。    金さえ払えば駱駝を借りて乗って行けるのだがそんなことに金を使うのは勿体無かった。普通に歩いて行こうと思っていた。船以外、今までずっとビスタークはそうしてきたからだ。つまるところ砂漠を嘗めていたのである。    飲み水は水源石シーヴァイトがあるので問題無いと思っていた。食料もかかる日数分より二日分多く持ったので大丈夫だと考えて水の都シーウァテレスに一番近い森林神の町レトフェスを出発した。砂漠入口の駱駝小屋の者から「やめとけ」と止められたが、駱駝を貸す営業だろうとしか思っていなかった。  砂漠に入って一刻も経過しないうちに砂漠を軽く見ていたことを後悔し始めた。砂に足を取られて早く歩けない。予定よりずっと遅い速度だった。そして暑い。金属が熱を持たないように鎧は着けず大袋に入れて背負っているがそれでも暑い。光は他の場所と同じはずなのに何故だと考えて、以前レアフィールと勉強した本に理由が書かれていたことを思い出していた。    それでも途中にある簡易的な休憩場所へ少しの余裕を持ってたどり着いた。干しレンガを組み上げた本当に簡単な造りの小屋だ。徒歩や砂嵐の避難所として用意されているものである。駱駝に乗って移動する者は一日でもう一つ先の小屋まで移動できるらしい。頑張ればそこまで行けたのではないかと無謀にも考えたが、そのすぐ後に砂嵐が起こったのでその日は諦めた。体力的にはまだ十分余裕があった。ただ、とても暇であった。  砂漠の夜はとても寒い。炎の都フィルバルネス周辺と同じもしくはそれ以上に寒かった。昼は熱くなっていた鎧もあっという間に冷めていった。小屋があるだけましなはずであるが、それでも昼の暑さと夜の寒さだけで余裕だったはずの体力が奪われていった。    寒さでよく眠れないまま小屋を出発した。夜が明けると今度は暑くなる。あちこちに目印の長い布付きの棒が立てられているため迷うことは無いが、次の休憩場所までとても長く感じた。やはり駱駝を借りるべきだった、そんなことを考えながら歩みを進め、駱駝なら一日でたどり着くはずの次の休憩小屋へ到着した。    三日目は砂の上の歩行速度が慣れにより少し速くなったので、今までよりは早く休憩小屋にたどり着けた。あと五日歩けば水の都シーウァテレスだ。今日は少し早く歩けたのだから、明日は駱駝と同じ距離を歩いてみようなどと無謀なことを考えた。休憩小屋を一つ飛ばしその先の小屋まで砂嵐さえ無ければ自分なら歩けるだろうと考えた。さっさと砂漠を抜けたかったのだ。時間をかければその分水と食料が必要になるし、寒すぎる夜を一日分だけでも減らしたかった。  幸い次の日は砂嵐が起こらなかった。何とか完全に暗くなる前に徒歩二日かかるはずの小屋へとたどり着けた。通常通り歩けばあと三日、今日の速度で歩けば二日で水の都シーウァテレスへ到着できる。  しかしそう簡単に行くはずがない。水源石シーヴァイトの水の補充が飲む早さに追い付かなくなってきた。滝石ファーライトくらい持っておけば良かったと後悔した。それでも自分の体力ならたどり着けると信じ、少し遅れて夜になってしまったものの四日目も本来なら駱駝で進む距離にある二つ先の休憩小屋にたどり着けたのだ。もう体力は限界に近かったがあと徒歩一日分の距離で水の都シーウァテレスだ。昨日や今日の半分の距離である。それなら何とかなると思っていた。その成功体験が油断を呼んだのである。  次の日。空気が揺らめく中、砂丘を登るとうっすらと水の都シーウァテレスが見えてきた。やっとだ、と安心したところでばったりと倒れてしまい意識を失った。生命の危機であった。  気がつくと冷たい布を額や首に当てられていた。ビスタークが目を開けた時、心配そうに顔を覗き込んでいる女と目が合った。フードを被っていたのと上から覗き込んでいたため影になっていて最初はよくわからなかったが、よく見ると紫色の髪と瞳、右目に泣き黒子のある綺麗な顔をした細い女だった。顔とフードの隙間から紫の髪の毛が落ちてきてこちらの顔に当たりくすぐったい。どうやら介抱してくれていたらしい。    その女はビスタークが目覚めたのを見てにっこり笑うと黙ったまま水筒を差し出してきた。頭がくらくらしていたがなんとか上半身を起こすと水筒をありがたく受け取り飲み干した。そして少し落ち着いてからようやく周りの状況に気がついた。昼間なのに薄暗いのだ。周りに屋根など無いのにこの場所だけ暗く影になっている。 「お、気が付いたか」  中年の色黒の肌をした男が近付いてきて声をかけてきた。他にも若い男と介抱してくれた女とは別の若い女がいた。駱駝は三頭だった。水の都シーウァテレスに向かう四人組が助けてくれたようだが何故一頭足りないのかはわからなかった。 「……おかげで助かったようだな。感謝する」  ビスタークは弱った声で礼を言った。 「すまん。色々してもらったみたいだな。時間を取らせて悪かった」 「ここまで歩きか? 無茶だろ」  肌が黒く金髪の若い男がそう言った。 「貸し駱駝の料金をケチってこのザマだ。死んでも自業自得だった。本当に感謝する。礼がしたい」 「こっちもあまり時間が無いんでな。水の都シーウァテレスで出会えたら礼を受け取ろう」  先程の若い男の父親と思われる色黒で金髪の中年の男がそう言った。 「もう一人にしても平気かな? もう少し休んでるといいよ。闇源石ニグータイトは置いていくから。ただ、あんまり長く同じ場所にいると今度は夜みたいに冷えていくからね。少しずつ移動するといいよ」  もう一人の山吹色の髪をした女がそう言った。この影は闇の大神の石の効果だったようだ。  闇源石ニグータイトを貰ったので礼の代わりに持っていた反力石リーペイトを渡した。飛翔神の石だと言うと少し表情が引きつり動揺している気がした。 「レリア、行くぞ」  まだ心配そうにビスタークを見ていたレリアと呼ばれた女はにっこり笑って塩の実を渡すと何も言わずに軽く頭を下げ、他の三人のもとへ行きもう一人の女と一緒の駱駝に乗ろうとしていた。乗るのに苦労している様子を見て助言する。 「さっき渡した反力石リーペイト使えば楽に乗れるぞ」  弱った声で言うと介抱してくれた女は軽く会釈しながら一度仕舞った小袋から反力石リーペイトを取り出し浮いてもう一人の女と駱駝に乗った。二人一緒に乗っていたから三頭だったのかとぼんやりとした頭で思った。 「じゃあな。もう倒れるんじゃないぞ」  そう言って四人組は水の都シーウァテレスへと去っていった。四人を見送った後、手には塩の実が残された。塩分を取れということだなと思い少し舐めてもらった水を飲んだ。    塩分と水分を取った後は休み休み歩を進め、ようやく水の都シーウァテレスへとたどり着いた。都は神の領域からの霧状になる滝のおかげで少し涼しい。門から大分歩いたが、砂の上を歩くよりずっと楽だった。いつものように大神殿で手続きをし、宿舎の部屋と仕事を確保した。体力を回復したいので念のため明後日まで休みを取り、訓練と仕事を入れるのは止めておいた。料金さえ払えばその辺りの融通はきく。休みの間に街を散策して四人組を探そうとも思っていた。  宿舎の食堂での食事と風呂だけで少し疲れが癒された。何より久しぶりにベッドでゆっくり眠れたので全快とはいかないが朝には体力の半分くらいは回復していた。混雑を避けた時間帯に食堂で落ち着いて朝食を取った後は街へと繰り出す予定だ。休暇なので鎧等の装備一式は部屋に置いていく。昨日は疲れで街を何も見て回っていない。観光のついでに助けてくれた四人を探すつもりだった。



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