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046 隣席

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 店からは思いの外喜ばれた。本当に誰でも良いから人手が欲しかったらしい。フォスターは長い紫の髪の毛を後ろで一つに纏め、店員用のエプロンを身につけた。早速貯まっている洗い物を始めようとした時に店長のクタイバに呼び止められた。 「これ盛り付けてくれないか」  バットに入った白いペースト状の料理とパンを渡された。 「提供が遅くて店の中の雰囲気が悪い。お詫びってことで盛り付けたら全卓に持っていってくれ」  了承すると味見をさせてくれた。何かの乳で伸ばした芋と鱈の風味がして美味しかった。これなら魚の味をよく知らずに警戒しているリューナも美味しく食べられるだろう。  店員もう一人と二人がかりで提供しに行った。文句を言いながら受け取る客がいれば、笑顔で受け取る客もいる。こういう部分で人間性が出るなと思った。  自分の席へは一番最後に持っていった。何やらリューナがまた自分の出生について詰め寄っているようで不穏な感じである。タイミングとしては丁度良かったかもしれない。軽く料理の説明をするとリューナは笑顔で食べ始めたので誤魔化せたようだ。気を付けないと全部妹の胃袋に収まってしまうので神官兄弟にはそのように警告しておいた。  不穏といえばコーシェル側の隣のテーブルに座っている男女も不穏な感じがした。コーシェルも気にしているようだった。料理の皿を受け取る時も男のほうは横柄な態度であった。テーブルに置かれたままの皿を片付けながら少し気にしていたが、厨房の仕事があるのでフォスターはそちらへと戻った。  コーシェルはリューナに尋ねた。 「リューナちゃんは確か耳が良かったじゃろ?」 「? うん、他の人よりかは」  コーシェルは小声で続ける。 「わしの右後ろの席の人たちが何しゃべってるかわかるか?」 「え? まあ、だいたいわかるけど……周りが騒がしいからみんなが黙ってくれたほうが聞きやすいかな」 「じゃあわしらは黙っとくから後から聞こえた内容を教えてくれんか」 「う、うん」  リューナはコーシェルが何故そんなことを言うのかわからないままそのテーブルへ耳を澄ませた。 「ボクたちは別れたほうがいいね」 「えっ……どうしてそんなことを言うんですか……嫌です、別れるなんて……」 「だってボクたちは敵同士じゃないか。君のご家族に知られたら何て言われるか」 「お父様が町長を応援しているだけで、それは私には関係ないと思っています。私はジェルク様のお父様を一緒に応援していきたいと思います」 「ありがとう。でもね……今回は落ちるかもしれないよ……」 「どうしてですか?」 「お金が足りないんだ。選挙活動ってお金がかかるんだよ。印刷費用とか垂れ幕とか、手伝ってくれた人たちの食事代とかね。だから今回はダメかもしれない」 「お金でしたら私がなんとか致します」 「気持ちはありがたいけど、それはダメだよ。敵だって言ったじゃないか。やっぱり別れたほうがいい」 「別れたくないんです……」  女の子の方は泣き出しそうな声だった。話を聞くにどうも金持ちのお嬢さまのようである。それぞれ選挙で対立している陣営に所属しているようだ。 「お金を何とかするって言ったって、君は自由に使えるお金なんて無いんじゃないか?」 「家にはあるんだから何とかなります」  ああこの男はお金を集るために口実を作ってるんだ、とリューナは理解した。女の子のほうは全く気づいていないようだが。 「ありがとう。迷惑かけてしまってごめんね。でも、こんなことを君のお父様に知られたら、君がとても怒られることになるよ」 「大丈夫です。ばれないようにしますから」 「二人だけの秘密だね」 「はい!」  要約するとそんな会話内容だった。男のほうは少し演技がかった言い回しをしており、女の子のほうは同情心と敵対勢力同士の恋という悲劇のスパイスを利用されいいように金を貢がされようとしている感じだった。ジェルクと呼ばれている男は顔だけは良かったのが、見えないリューナにはわからないので女の子にとってこの男の何が良いのかさっぱりわからなかった。リューナが聞こえた話を皆に報告するとコーシェルがこう言った。 「うーん。悪巧みという証拠としては弱いのう。早く目を覚ますんじゃよとは思うが、部外者であるわしらが口を挟んでも受け入れんじゃろうからの」 「そうだなあ」  神官兄弟としては思うところはあるものの、助け舟は出せないと考えたようだ。リューナは何故全く関係のない相手のことを二人が気にしているのかわからなかった。ビスタークは自分には関係ないとばかりに沈黙している。  そこへフォスターが注文された料理を例のテーブルへ運んできた。 「お待たせ致しました」 「遅いよ」 「申し訳ありません」  フォスターはあまり愛想の良い接客はしない。というより嘘をつくと顔に出るので、好感度の低い客に笑顔をつくることができないのだ。この時も顔に出ていた。 「人を待たせておいてその態度はなんだ」 「……申し訳ありません」 「これだから安い食堂は。ボクはいいとしても彼女を待たせ過ぎて不快な思いをさせてしまったじゃないか」  男は態度を咎めフォスターにネチネチと突っかかってきた。リューナはそれを聞いて、だったら安い食堂に来ないで高いところに行けばいいじゃない、お金が無いくせにと思って苛立った。 「……あのひと燃やしたい」 「も、燃やす!?」 『あー、こいつ怒るとこうなんだよなー。俺も言われた』 「まあまあ、リューナちゃん。今はまだ我慢の時じゃよ」  コーシェルはそう言いながら自分の鞄から変わった形の透明な石を取り出した。片側は四角いが反対側は半球状である。 「あ、その石使うのか」  ウォルシフが反応した。 「石って、神様の石?」 「上手くいくかはわからんがの」 「うまくって、何するの?」 「それは上手く行ったらのお楽しみじゃ」  そう言いながらコーシェルはその透明な神の石を横置きにし、四角くなっている一面を入っていた薄い布袋で覆い、半球状になっているほうをテーブルの外側へ向ける。片手で石に触り理力を送り込み、袋で覆ったところを指の関節でコンと叩いた。そしてテーブルの上に置いたまま放置した。リューナは見えないこともあって何をしているのか全くわからなかった。  隣の卓のジェルクと呼ばれていた男に散々文句を言われていたフォスターがやっと解放されてぐったりした様子で厨房へ戻った。すぐに貯まっている洗い物へ取り掛かる。注文された料理は店長ともう一人が懸命に急いで作っている。しばらく黙々と食器を洗い粗方終わった頃、店長にこう言われた。 「すまんな、災難だったな」 「はい……」  フォスターが疲れた顔をして返事をすると、店長はこう続けた。 「あいつ、いつも態度悪くて要注意の客なんだよ。引き受けてくれて助かった。おかげで仕事が捗ったよ」 「はあ……」 「面倒なのを押し付けた詫びに君んとこは大盛りにしといたから」  コーシェル達とリューナの注文した料理が大盛りになっていた。 「すぐ持って行ってあげてくれ。悪いけど君の分は後でな」 「はい。ありがとうございます」  リューナが喜ぶな、と思いながら配膳用の台車に乗せて自分達のテーブルへと持っていくと、隣の卓では女の子のほうが使用人らしき二人に叱られながら帰っていくところだった。 「サーリィ、また会おうね」 「ええ! また必ず会ってくださいね、ジェルク様」  それを横目に料理をテーブルに置く。コーシェルがテーブル端に置いていた変わった形の透明な石を指の関節でコン、と叩いた。 「上手くいかんもんじゃのう」 「? 何これ?」 「上手くいったら教えてやるからの」  フォスターもリューナと同じく疑問に思ったが答えはもらえなかった。 「まあいいや。はい、お待たせしました」  そう言いながら料理を置いていく。リューナの頼んだオムレツ、衣を付けて揚げた厚切りの豚肉に茸がたっぷり入ったクリームソースのかかっているもの、鶏肉をトマトとパプリカで煮込んだ料理の三種類だ。それぞれ大きかったり、枚数が多かったりなど量が多かった。 「うわ、多くない?」 「わしこんなに食べれんぞ」 「これもお詫びだってさ。食べきれないならみんなで分けてよ。リューナも食べるだろうけど、ウォルシフだってたくさん食べるだろ? 取り分け用の食器も持ってきたからさ」  そう言って皿とカトラリーを置いた。最後に山盛りのパンを置いて厨房に戻ろうとした時、隣のテーブルに新たに客が来た。人を見かけで判断するのは良くないことだとわかってはいるが、あまり人相の良くない男だった。その男はジェルクと呼ばれていた男の正面、先程までサーリィと呼ばれていた女の子がいた席に座った。  それを見たコーシェルが再度透明な変わった形の石を軽く叩いていたが、厨房に戻ったフォスターにはわからなかった。



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 店からは思いの外喜ばれた。本当に誰でも良いから人手が欲しかったらしい。フォスターは長い紫の髪の毛を後ろで一つに纏め、店員用のエプロンを身につけた。早速貯まっている洗い物を始めようとした時に店長のクタイバに呼び止められた。 「これ盛り付けてくれないか」  バットに入った白いペースト状の料理とパンを渡された。 「提供が遅くて店の中の雰囲気が悪い。お詫びってことで盛り付けたら全卓に持っていってくれ」  了承すると味見をさせてくれた。何かの乳で伸ばした芋と鱈の風味がして美味しかった。これなら魚の味をよく知らずに警戒しているリューナも美味しく食べられるだろう。  店員もう一人と二人がかりで提供しに行った。文句を言いながら受け取る客がいれば、笑顔で受け取る客もいる。こういう部分で人間性が出るなと思った。  自分の席へは一番最後に持っていった。何やらリューナがまた自分の出生について詰め寄っているようで不穏な感じである。タイミングとしては丁度良かったかもしれない。軽く料理の説明をするとリューナは笑顔で食べ始めたので誤魔化せたようだ。気を付けないと全部妹の胃袋に収まってしまうので神官兄弟にはそのように警告しておいた。  不穏といえばコーシェル側の隣のテーブルに座っている男女も不穏な感じがした。コーシェルも気にしているようだった。料理の皿を受け取る時も男のほうは横柄な態度であった。テーブルに置かれたままの皿を片付けながら少し気にしていたが、厨房の仕事があるのでフォスターはそちらへと戻った。  コーシェルはリューナに尋ねた。 「リューナちゃんは確か耳が良かったじゃろ?」 「? うん、他の人よりかは」  コーシェルは小声で続ける。 「わしの右後ろの席の人たちが何しゃべってるかわかるか?」 「え? まあ、だいたいわかるけど……周りが騒がしいからみんなが黙ってくれたほうが聞きやすいかな」 「じゃあわしらは黙っとくから後から聞こえた内容を教えてくれんか」 「う、うん」  リューナはコーシェルが何故そんなことを言うのかわからないままそのテーブルへ耳を澄ませた。 「ボクたちは別れたほうがいいね」 「えっ……どうしてそんなことを言うんですか……嫌です、別れるなんて……」 「だってボクたちは敵同士じゃないか。君のご家族に知られたら何て言われるか」 「お父様が町長を応援しているだけで、それは私には関係ないと思っています。私はジェルク様のお父様を一緒に応援していきたいと思います」 「ありがとう。でもね……今回は落ちるかもしれないよ……」 「どうしてですか?」 「お金が足りないんだ。選挙活動ってお金がかかるんだよ。印刷費用とか垂れ幕とか、手伝ってくれた人たちの食事代とかね。だから今回はダメかもしれない」 「お金でしたら私がなんとか致します」 「気持ちはありがたいけど、それはダメだよ。敵だって言ったじゃないか。やっぱり別れたほうがいい」 「別れたくないんです……」  女の子の方は泣き出しそうな声だった。話を聞くにどうも金持ちのお嬢さまのようである。それぞれ選挙で対立している陣営に所属しているようだ。 「お金を何とかするって言ったって、君は自由に使えるお金なんて無いんじゃないか?」 「家にはあるんだから何とかなります」  ああこの男はお金を集るために口実を作ってるんだ、とリューナは理解した。女の子のほうは全く気づいていないようだが。 「ありがとう。迷惑かけてしまってごめんね。でも、こんなことを君のお父様に知られたら、君がとても怒られることになるよ」 「大丈夫です。ばれないようにしますから」 「二人だけの秘密だね」 「はい!」  要約するとそんな会話内容だった。男のほうは少し演技がかった言い回しをしており、女の子のほうは同情心と敵対勢力同士の恋という悲劇のスパイスを利用されいいように金を貢がされようとしている感じだった。ジェルクと呼ばれている男は顔だけは良かったのが、見えないリューナにはわからないので女の子にとってこの男の何が良いのかさっぱりわからなかった。リューナが聞こえた話を皆に報告するとコーシェルがこう言った。 「うーん。悪巧みという証拠としては弱いのう。早く目を覚ますんじゃよとは思うが、部外者であるわしらが口を挟んでも受け入れんじゃろうからの」 「そうだなあ」  神官兄弟としては思うところはあるものの、助け舟は出せないと考えたようだ。リューナは何故全く関係のない相手のことを二人が気にしているのかわからなかった。ビスタークは自分には関係ないとばかりに沈黙している。  そこへフォスターが注文された料理を例のテーブルへ運んできた。 「お待たせ致しました」 「遅いよ」 「申し訳ありません」  フォスターはあまり愛想の良い接客はしない。というより嘘をつくと顔に出るので、好感度の低い客に笑顔をつくることができないのだ。この時も顔に出ていた。 「人を待たせておいてその態度はなんだ」 「……申し訳ありません」 「これだから安い食堂は。ボクはいいとしても彼女を待たせ過ぎて不快な思いをさせてしまったじゃないか」  男は態度を咎めフォスターにネチネチと突っかかってきた。リューナはそれを聞いて、だったら安い食堂に来ないで高いところに行けばいいじゃない、お金が無いくせにと思って苛立った。 「……あのひと燃やしたい」 「も、燃やす!?」 『あー、こいつ怒るとこうなんだよなー。俺も言われた』 「まあまあ、リューナちゃん。今はまだ我慢の時じゃよ」  コーシェルはそう言いながら自分の鞄から変わった形の透明な石を取り出した。片側は四角いが反対側は半球状である。 「あ、その石使うのか」  ウォルシフが反応した。 「石って、神様の石?」 「上手くいくかはわからんがの」 「うまくって、何するの?」 「それは上手く行ったらのお楽しみじゃ」  そう言いながらコーシェルはその透明な神の石を横置きにし、四角くなっている一面を入っていた薄い布袋で覆い、半球状になっているほうをテーブルの外側へ向ける。片手で石に触り理力を送り込み、袋で覆ったところを指の関節でコンと叩いた。そしてテーブルの上に置いたまま放置した。リューナは見えないこともあって何をしているのか全くわからなかった。  隣の卓のジェルクと呼ばれていた男に散々文句を言われていたフォスターがやっと解放されてぐったりした様子で厨房へ戻った。すぐに貯まっている洗い物へ取り掛かる。注文された料理は店長ともう一人が懸命に急いで作っている。しばらく黙々と食器を洗い粗方終わった頃、店長にこう言われた。 「すまんな、災難だったな」 「はい……」  フォスターが疲れた顔をして返事をすると、店長はこう続けた。 「あいつ、いつも態度悪くて要注意の客なんだよ。引き受けてくれて助かった。おかげで仕事が捗ったよ」 「はあ……」 「面倒なのを押し付けた詫びに君んとこは大盛りにしといたから」  コーシェル達とリューナの注文した料理が大盛りになっていた。 「すぐ持って行ってあげてくれ。悪いけど君の分は後でな」 「はい。ありがとうございます」  リューナが喜ぶな、と思いながら配膳用の台車に乗せて自分達のテーブルへと持っていくと、隣の卓では女の子のほうが使用人らしき二人に叱られながら帰っていくところだった。 「サーリィ、また会おうね」 「ええ! また必ず会ってくださいね、ジェルク様」  それを横目に料理をテーブルに置く。コーシェルがテーブル端に置いていた変わった形の透明な石を指の関節でコン、と叩いた。 「上手くいかんもんじゃのう」 「? 何これ?」 「上手くいったら教えてやるからの」  フォスターもリューナと同じく疑問に思ったが答えはもらえなかった。 「まあいいや。はい、お待たせしました」  そう言いながら料理を置いていく。リューナの頼んだオムレツ、衣を付けて揚げた厚切りの豚肉に茸がたっぷり入ったクリームソースのかかっているもの、鶏肉をトマトとパプリカで煮込んだ料理の三種類だ。それぞれ大きかったり、枚数が多かったりなど量が多かった。 「うわ、多くない?」 「わしこんなに食べれんぞ」 「これもお詫びだってさ。食べきれないならみんなで分けてよ。リューナも食べるだろうけど、ウォルシフだってたくさん食べるだろ? 取り分け用の食器も持ってきたからさ」  そう言って皿とカトラリーを置いた。最後に山盛りのパンを置いて厨房に戻ろうとした時、隣のテーブルに新たに客が来た。人を見かけで判断するのは良くないことだとわかってはいるが、あまり人相の良くない男だった。その男はジェルクと呼ばれていた男の正面、先程までサーリィと呼ばれていた女の子がいた席に座った。  それを見たコーシェルが再度透明な変わった形の石を軽く叩いていたが、厨房に戻ったフォスターにはわからなかった。



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