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050 演説

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 公園で行われる町長候補二人による選挙の演説および討論会は丁度フォスターとリューナが休憩の時間だった。二人とも全く興味が無かったが、コーシェルとウォルシフが「面白いものが見られる」と言うので仕方なく公園に来ていた。  神官兄弟たちは眼神神殿の神官たちと顔馴染みである。十代の頃、神官の仕事を学びに留学していたのだ。コーシェルは神衛兵かのえへい達と何か打ち合わせをしていた。神衛兵達は一定間隔で立って演説の警備をしている。大きな町はこういう仕事もあるのだな、と思った。飛翔神の町リフェイオスでは特に何かを警備することなど無いからだ。 「大体のことが決まったからの、ちょいと移動するぞ」 「決まったって、何が?」 「見てのお楽しみじゃ」  昨日と同じことを言われ、フォスターとリューナは頭の中が疑問符でいっぱいになった。ウォルシフは何か聞いているらしくニヤニヤしている。  言われた通り演説する場所から少し離れたところへ移動した。コーシェルは神衛兵がどこかから運んできた小机の上に昨日食堂で出していた透明な変な形の石を置いている。片側に薄い布の袋が被せられその下に木の板を挟んで角度を斜めにしている。昨日は半球状の方を外側にしていたが今日は平らな方が外側で半球状の方が袋の中だ。 「何をしてるんだ?」 「これが面白いことになるんじゃよ」  もうすぐ対立候補のマイゼル=レプロベート氏が演説をするらしい。それぞれの演説が終わってから討論会をするようだ。それらしき男が舞台の脇にいる。近くに昨日隣席だったジェルクと額に傷のある六十代くらいの警備をしていると思われる男がいた。 『隊長……!』  今までずっと沈黙していたビスタークが声を上げた。 「え? 隊長? 誰が?」  フォスターが疑問を口にするとビスタークは自分を納得させるように呟く。 『あ、いや、鎧を着ていないからやっぱりもう引退してるんだな。雇われ警備でもしてるんだろう。あんな金の亡者みたいな奴に雇われてるとはな』 「知ってるのか?」  演説が始まるがフォスターは全く聞いていない。リューナも暇なので帯を掴んで会話を聞いている。 『昔ここに滞在してた時に悪い噂があった奴なんだ。証拠が不十分で捕まえられなかったって聞いた』 「確かにあまり良い人相じゃないな」 『逮捕しようとしてたのが、あれの近くに立ってる隊長だったんだが』 「じゃあもしかして……」 『かもな』  そんな話が終わっても演説は終わらない。自分がいかに成功したか自慢しているようにしか聞こえなかった。   「はー……いつまで続くんだ。俺らもう店に戻りたいんだけど」 「うん。つまんないしね」 「まあまあ。もうちょっとだけ見ていきなよ」  リューナもフォスターと同意見だ。自分の町ならまだしも、この町の政治など自分達には関係無い。ウォルシフに宥められている間に演説が終わった。するとすかさずコーシェルが先ほど置いた透明な神の石を軽く叩いた。  そのとたん空中に映像が浮かび上がった。今演説していた候補者が映っている。誰かと話をしている様子だ。この神の石は映像を作るものだったようだ。 「何だ? 応援の映像を誰か用意してくれたのか?」  候補者のマイゼルは上機嫌にそう言ったが、映像の続きを見ているうちに顔が青ざめていった。  映像でマイゼルは相手に大金を渡していた。一つで百万レヴリスの金色の貨幣石レヴライトをいくつか渡している。 「ありがとうございます。必ず従業員達に投票させます」  と相手の男が言っていた。これは賄賂の証拠映像であった。聴衆がざわついている。 「や、やめさせろ!」  周りがうるさかったのでよく聞こえなかったがリューナが聞き取っていた。コーシェル達に伝えると周りを神衛兵達に囲まれた。邪魔をされないように護ってくれるようだ。まあ人が多くてこちらへは来られない様子であったが。  映像は他の人へも金を渡す様子が続けて流れている。一体誰がこの映像を用意したのだろう。ビスタークが言っていた元隊長なのかもしれない、とフォスターは思った。  金の受け渡しの映像が終わると、今度はジェルクの映像になった。わざわざ「レプロベート商会の跡取りのジェルク」と自己紹介をしてから「お前らを追い出して自分のための町にする」と言っていた。聴衆はよりざわついた。  映像は続く。大衆食堂の隣席にいたジェルクが映っている。話している相手はフォスターが料理を運んだ際にいた女の子ではなく、その後に来た男だった。  サーリィと呼ばれていた女の子を騙して取り入り商会の金に手を出させ、騙しとった金を使って彼女の父親が経営するこの町で一番大きいアプザルミーク商会を乗っ取る話をしていた。他にもジェルクの父親が教育だの何だのと色々口うるさいので、この機に町長の仕事に専念させる体で商会から追い出し自分の好きなように商売をしようという話をしていた。これを聞いた父親のマイゼルがジェルクを捕まえ内輪揉めを起こしていた。後から聞いた話では町長側にいたサーリィが取り乱してそちらはそちらで揉めていたらしいがそれは見えなかった。  映像が終わり素早く片付けをした後、神衛兵に囲まれながらコーシェル達は移動を始めた。 「もう戻ってええよー」 「また後でな!」  コーシェルとウォルシフは神殿の方へと向かって行った。神衛兵たちに囲まれている。騒がせた元凶ではあるので連行されたという体をとるようだ。  現場が混乱しているところを抜け出してフォスターとリューナは食堂へと戻った。少し遅れてしまったことを詫びたが他の店員よりは早かったので問題にはならなかった。更に遅れて戻ってきた店員は同じく演説を聞きに行っていてこの騒動を見ていたらしい。大笑いしながら行かなかった店員へあらましを説明していた。 「働けよ! 喋りながらでもいいから手を動かせ!」  店長のクタイバも面白がってはいたが、仕事を疎かにするわけにはいかないのでまずは働かせた。手を動かしながら口も動かし詳しい話をさせた。しかしその店員もフォスター達のすぐ後に店へ戻ったのでその後どうなったのかまではわからなかった。  休憩後の暗くなり始める炎の刻に店を開けると演説を聞いた人々が客として入ってきた。客同士の会話を聞いていると町長も一応演説はしたらしい。その後の討論会は対立候補のマイゼルが収賄容疑で連行されたため中止となったそうだ。息子のジェルクのほうは金を騙し取ろうとした詐欺の容疑で連行されたらしい。 「そうなると選挙ってどうなるんだ?」 「町長の承認投票じゃないか?」  食堂内ではそんな会話がされていた。  厨房ではジェルクが連行されたことについて良い気味だ、と以前にされたことを思い出し悪口大会が開催されていた。今まで細かいことに文句をつけられ値下げしろだの無料にしろなどとゴネられたらしい。断るとレプロベート商会が店を乗っ取ってやるなどの脅しを受けたそうだ。店員たちは皆すがすがしい表情でざまあみろと言っていた。  そのうちにコーシェル達が戻ってきたが、忙しいのと厨房側で仕事をしていたため仕事が終わるまで会話はできなかった。  更に一番忙しい時間に親族の不幸で休んでいた店員が戻ってきて働き始めた。二日後に葬儀があるがとりあえず今日と明日は仕事に戻れるという。また、発熱していた店員も熱が下がったので明日から働けると伝言があったらしい。そういうわけでフォスター達の仕事は今日までとなった。 「じゃあ明日出発なの?」 「そうなるかな」 「今日友情石フリアイト買ってもらってて良かったあ」 「そうだな。風呂入る時に渡すって言ってたけど、待ち合わせしてるのか?」 「うん。部屋番号教えてもらったから」  そう言いながら指を折り曲げ数字を確認している。動作と関連づけて数字を覚えているのである。 「せっかく仲良くなったからもうちょっと一緒にお話したかったけどね」  リューナは少し寂しそうだった。  その後、仕事を終えて気持ち程度の給金を貰いコーシェルたちと部屋へ戻ってから今回の騒動の顛末を聞かされた。



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 公園で行われる町長候補二人による選挙の演説および討論会は丁度フォスターとリューナが休憩の時間だった。二人とも全く興味が無かったが、コーシェルとウォルシフが「面白いものが見られる」と言うので仕方なく公園に来ていた。  神官兄弟たちは眼神神殿の神官たちと顔馴染みである。十代の頃、神官の仕事を学びに留学していたのだ。コーシェルは神衛兵かのえへい達と何か打ち合わせをしていた。神衛兵達は一定間隔で立って演説の警備をしている。大きな町はこういう仕事もあるのだな、と思った。飛翔神の町リフェイオスでは特に何かを警備することなど無いからだ。 「大体のことが決まったからの、ちょいと移動するぞ」 「決まったって、何が?」 「見てのお楽しみじゃ」  昨日と同じことを言われ、フォスターとリューナは頭の中が疑問符でいっぱいになった。ウォルシフは何か聞いているらしくニヤニヤしている。  言われた通り演説する場所から少し離れたところへ移動した。コーシェルは神衛兵がどこかから運んできた小机の上に昨日食堂で出していた透明な変な形の石を置いている。片側に薄い布の袋が被せられその下に木の板を挟んで角度を斜めにしている。昨日は半球状の方を外側にしていたが今日は平らな方が外側で半球状の方が袋の中だ。 「何をしてるんだ?」 「これが面白いことになるんじゃよ」  もうすぐ対立候補のマイゼル=レプロベート氏が演説をするらしい。それぞれの演説が終わってから討論会をするようだ。それらしき男が舞台の脇にいる。近くに昨日隣席だったジェルクと額に傷のある六十代くらいの警備をしていると思われる男がいた。 『隊長……!』  今までずっと沈黙していたビスタークが声を上げた。 「え? 隊長? 誰が?」  フォスターが疑問を口にするとビスタークは自分を納得させるように呟く。 『あ、いや、鎧を着ていないからやっぱりもう引退してるんだな。雇われ警備でもしてるんだろう。あんな金の亡者みたいな奴に雇われてるとはな』 「知ってるのか?」  演説が始まるがフォスターは全く聞いていない。リューナも暇なので帯を掴んで会話を聞いている。 『昔ここに滞在してた時に悪い噂があった奴なんだ。証拠が不十分で捕まえられなかったって聞いた』 「確かにあまり良い人相じゃないな」 『逮捕しようとしてたのが、あれの近くに立ってる隊長だったんだが』 「じゃあもしかして……」 『かもな』  そんな話が終わっても演説は終わらない。自分がいかに成功したか自慢しているようにしか聞こえなかった。   「はー……いつまで続くんだ。俺らもう店に戻りたいんだけど」 「うん。つまんないしね」 「まあまあ。もうちょっとだけ見ていきなよ」  リューナもフォスターと同意見だ。自分の町ならまだしも、この町の政治など自分達には関係無い。ウォルシフに宥められている間に演説が終わった。するとすかさずコーシェルが先ほど置いた透明な神の石を軽く叩いた。  そのとたん空中に映像が浮かび上がった。今演説していた候補者が映っている。誰かと話をしている様子だ。この神の石は映像を作るものだったようだ。 「何だ? 応援の映像を誰か用意してくれたのか?」  候補者のマイゼルは上機嫌にそう言ったが、映像の続きを見ているうちに顔が青ざめていった。  映像でマイゼルは相手に大金を渡していた。一つで百万レヴリスの金色の貨幣石レヴライトをいくつか渡している。 「ありがとうございます。必ず従業員達に投票させます」  と相手の男が言っていた。これは賄賂の証拠映像であった。聴衆がざわついている。 「や、やめさせろ!」  周りがうるさかったのでよく聞こえなかったがリューナが聞き取っていた。コーシェル達に伝えると周りを神衛兵達に囲まれた。邪魔をされないように護ってくれるようだ。まあ人が多くてこちらへは来られない様子であったが。  映像は他の人へも金を渡す様子が続けて流れている。一体誰がこの映像を用意したのだろう。ビスタークが言っていた元隊長なのかもしれない、とフォスターは思った。  金の受け渡しの映像が終わると、今度はジェルクの映像になった。わざわざ「レプロベート商会の跡取りのジェルク」と自己紹介をしてから「お前らを追い出して自分のための町にする」と言っていた。聴衆はよりざわついた。  映像は続く。大衆食堂の隣席にいたジェルクが映っている。話している相手はフォスターが料理を運んだ際にいた女の子ではなく、その後に来た男だった。  サーリィと呼ばれていた女の子を騙して取り入り商会の金に手を出させ、騙しとった金を使って彼女の父親が経営するこの町で一番大きいアプザルミーク商会を乗っ取る話をしていた。他にもジェルクの父親が教育だの何だのと色々口うるさいので、この機に町長の仕事に専念させる体で商会から追い出し自分の好きなように商売をしようという話をしていた。これを聞いた父親のマイゼルがジェルクを捕まえ内輪揉めを起こしていた。後から聞いた話では町長側にいたサーリィが取り乱してそちらはそちらで揉めていたらしいがそれは見えなかった。  映像が終わり素早く片付けをした後、神衛兵に囲まれながらコーシェル達は移動を始めた。 「もう戻ってええよー」 「また後でな!」  コーシェルとウォルシフは神殿の方へと向かって行った。神衛兵たちに囲まれている。騒がせた元凶ではあるので連行されたという体をとるようだ。  現場が混乱しているところを抜け出してフォスターとリューナは食堂へと戻った。少し遅れてしまったことを詫びたが他の店員よりは早かったので問題にはならなかった。更に遅れて戻ってきた店員は同じく演説を聞きに行っていてこの騒動を見ていたらしい。大笑いしながら行かなかった店員へあらましを説明していた。 「働けよ! 喋りながらでもいいから手を動かせ!」  店長のクタイバも面白がってはいたが、仕事を疎かにするわけにはいかないのでまずは働かせた。手を動かしながら口も動かし詳しい話をさせた。しかしその店員もフォスター達のすぐ後に店へ戻ったのでその後どうなったのかまではわからなかった。  休憩後の暗くなり始める炎の刻に店を開けると演説を聞いた人々が客として入ってきた。客同士の会話を聞いていると町長も一応演説はしたらしい。その後の討論会は対立候補のマイゼルが収賄容疑で連行されたため中止となったそうだ。息子のジェルクのほうは金を騙し取ろうとした詐欺の容疑で連行されたらしい。 「そうなると選挙ってどうなるんだ?」 「町長の承認投票じゃないか?」  食堂内ではそんな会話がされていた。  厨房ではジェルクが連行されたことについて良い気味だ、と以前にされたことを思い出し悪口大会が開催されていた。今まで細かいことに文句をつけられ値下げしろだの無料にしろなどとゴネられたらしい。断るとレプロベート商会が店を乗っ取ってやるなどの脅しを受けたそうだ。店員たちは皆すがすがしい表情でざまあみろと言っていた。  そのうちにコーシェル達が戻ってきたが、忙しいのと厨房側で仕事をしていたため仕事が終わるまで会話はできなかった。  更に一番忙しい時間に親族の不幸で休んでいた店員が戻ってきて働き始めた。二日後に葬儀があるがとりあえず今日と明日は仕事に戻れるという。また、発熱していた店員も熱が下がったので明日から働けると伝言があったらしい。そういうわけでフォスター達の仕事は今日までとなった。 「じゃあ明日出発なの?」 「そうなるかな」 「今日友情石フリアイト買ってもらってて良かったあ」 「そうだな。風呂入る時に渡すって言ってたけど、待ち合わせしてるのか?」 「うん。部屋番号教えてもらったから」  そう言いながら指を折り曲げ数字を確認している。動作と関連づけて数字を覚えているのである。 「せっかく仲良くなったからもうちょっと一緒にお話したかったけどね」  リューナは少し寂しそうだった。  その後、仕事を終えて気持ち程度の給金を貰いコーシェルたちと部屋へ戻ってから今回の騒動の顛末を聞かされた。



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