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021 約束

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 フォスターの眠りは浅く、考え事の延長のような夢を見た。    リューナが八歳くらいの頃だ。定期的に行われる祈祷集会の時、礼拝堂に飾られている神話画を気にしていたことがあった。本人には見えないので、そこに絵がある、ということしか知らないのだが。たまにその絵に描かれている破壊神を見て町の大人達が文句を言っていることがあった。 「破壊神さえいなければ、この町は今も空の上で栄えていたのではないか。全て破壊神が悪いのだ」  というような内容の文句だ。  その日のリューナは元気が無く考え込んでいるような感じだった。集会の帰り道、フォスターは一緒に手を繋いで歩いているリューナに聞いてみた。 「リューナ、また何か悩んでるのか?」 「え? ううん。なんでもないよ」  誤魔化して手を振りほどいて先に行こうとしたリューナの手をしっかり握り直してフォスターは言った。   「ウソついてるだろ。ちゃんと話せよ」  リューナは躊躇した。 「お父さんとお母さんに言わない?」 「言わないよ」 「……怒らない?」 「怒らないから、ちゃんと話せ。黙ってたらわかんないだろ」  両親の足音が離れていくのを聞きながらリューナは頷いた。 「……破壊神とわたしってちょっと似てるなって思ったの」 「え?」 「破壊神はみんなからいなければよかったのにって思われてるでしょ。そこがわたしと似てるの」 「バッ……」 「怒らないって言ったじゃない!」 「…………」  フォスターはつい怒ろうとしてしまい逆にリューナから怒られた。 「……俺も、父さんも母さんも、お前のこといらないなんて思ってないぞ」 「うん……ありがとう」  リューナの口元が少しだけ綻んだ。   「でも、わたしは思ってるの。わたしなんて産まれてこなければよかったのにって。わたし、お父さんとお母さんの本当の子どもじゃないでしょ? それなのに、目が見えなくて、役に立たなくて、みんなに迷惑ばかりかけて。フォスターだってわたしがいなければ他の子たちともっとたくさん遊べるのに」 「やめろ。それ以上言うと怒るぞ」  フォスターの声は既に怒りを含んでいた。   「やっぱりどっちでも怒るんじゃない」 「俺だって父さんと母さんの本当の子どもじゃないぞ」 「そうだけど……フォスターはちゃんとしてるし……」  リューナは何か言いよどんでいたが、フォスターが遮った。   「お前、そんなに俺たちのこと信用してないのかよ」 「え?」  急に言われてリューナが不思議そうな顔をした。 「ううん。そんなわけないじゃない」 「じゃあもっと信じろよ」  フォスターはリューナの頭に手を置いて続けた。   「俺も、父さんも母さんもリューナに何をされたって、いらないなんて絶対に思わない。だから、そんなこと考えるな」  頭を強くわしわしと撫でる。 「俺たちを信じるんだ。いいな。まったく、もう……」  フォスターはリューナの手を引っ張り帰るよう促した。 「フォスター」 「ん?」  リューナは立ち止まったまま名前を呼んだので手を引っ張るのをやめて振り向いた。   「ありがと」  暗かったリューナの顔は晴れていた。     「……ん?」  フォスターが目を開けた。   「あれ、俺、寝てた?」 『ああ』  額に帯をいつの間にか巻かれていることには気づいていないようだ。 「……」  フォスターはまだ寝ているリューナを見つめながら心に誓う。  ――リューナには絶対に破壊神だと気付かせてはならない。じゃないとこいつは……また自分のことをいらない存在だと思ってしまう……。 「ん……」  リューナが目を覚ましそうだと思い、声をかけた。 「リューナ?」 「あれ……フォスター……?」  起きた一瞬だけ今の状況がわかっていないようだった。 「あ、私、あれから眠って……」 「あの空き家から家に連れて帰ったんだ。ここはお前の部屋だよ」  見えないからここがどこなのかわからないだろうと思い、今の場所を説明した。 「どうだ? 身体はなんともないか?」 「うん……大丈夫。それより、ザイス先生は?」 「……」  聞かれることは想定していたので、名前を聞いても激しい感情は沸かずに済んだが、それでも心は穏やかでいられなかった。リューナの見えるようになりたいという気持ちを弄ばれたのだから。とてもこんな残酷なことは言えない。 「……もう、いないのね」 「ああ」 「やっぱり……どうにもならないんだね、この目」  感情を抑えているような声で呟く。 「何か飲み物でも持って来ようか?」 「……いい。落ち着いたら、下に行くから……」  リューナはうつむいている。   「ごめん、フォスター。ちょっと一人にしてくれる……?」 「……わかった」  廊下へ移動し扉を閉めると嗚咽が聞こえてきた。希望を失ってしまったのだろう。フォスターも胸が苦しくなる。 「くそっ!」  フォスターは腹いせに階段へ繋がる廊下の欄干を両手の拳で叩いた。そのままそこへもたれかかる。しばらくは陰鬱な気持ちでリューナの泣き声を聞いていた。  そのうちに思い付いたことがあり、ビスタークに確認してみた。 「……なあ」 『何だ?』 「目が見えないのは、力が封じられてるせいなんだよな」 『たぶんな。あいつが神の子なのは回復具合から間違いないと思うが、神の子なのに目だけが回復しないのも変な話だからな』 「じゃあ、神殿に行って封じられている力を解放できれば……」 『見えるようになるだろうな』 「……それなら……」  フォスターは考えをまとめてからリューナの部屋の扉をノックした。リューナはその音に反応はしたが黙っている。 「リューナ」  フォスターはそれを見透かしたかのようにこう続けた。 「返事しなくていいからそのまま聞いてくれ」  思い切って言うために一度空気を吸い込んだ。 「旅に出ないか」  リューナは黙って聞きながら少し驚いていた。 「大きな町や都へ行けば、お前の目を治してくれる人がいるかもしれない」 「えっ、でも……どうせ、きっと……」  リューナが声を出した。 「見えるようになりたいんだろう? ちょっとでも可能性があるならって言ったのはお前じゃないか」 「そうだけど……」 「どうする?」  答えを促すと、リューナが少し考えてから言った。 「フォスターが、一緒に行ってくれるなら……」 「当たり前だろ。お前一人に行かせるわけないだろ。一緒に行くよ」  リューナの表情に明るさが少し戻る。 「うん。ありがとう、フォスター」 「落ち着いたら、下に来いよ。父さんと母さんが心配してるぞ」  そう言ってフォスターは部屋の前から離れ階段を降りていく。 『うまく騙したな』 「……別に騙したつもりはないよ」 『いつまでバレずにいられるかな』  破壊神の神殿に行けば見えるようになるはずなのだ。目を治してくれる人がいるかも、というのが医者ではなく大神官だというだけで嘘はついていない。  ――神殿には大神官や神官がいるんだろうし、神の子なら大切に扱ってくれるだろう。目が見えるようになるなら劣等感で自分を否定することも無くなる。  フォスターはそう考えていた。  階段を降りる途中でドアの開く音が聞こえた。リューナが部屋から出てきたのだ。 「フォスター」 「リューナ! もういいのか?」 「うん」  上からリューナが話しかけてきたので降りていた階段をまた上った。 「旅のことを考えたらなんだかわくわくしてきちゃった」  そう言って弱い笑顔を向けてきた。泣いたあとはまだ残っているが少し元気も出たようだ。後で畑へ行って甘い実のラギューシュを収穫して何かお菓子を作ってやろうと思った。  ――そうだ。お前はそうやって笑っていればいいんだ。つらいことは全部俺が引き受けるから。  一緒に階段を降りながら、フォスターはそう思った。



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021 約束

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 フォスターの眠りは浅く、考え事の延長のような夢を見た。    リューナが八歳くらいの頃だ。定期的に行われる祈祷集会の時、礼拝堂に飾られている神話画を気にしていたことがあった。本人には見えないので、そこに絵がある、ということしか知らないのだが。たまにその絵に描かれている破壊神を見て町の大人達が文句を言っていることがあった。 「破壊神さえいなければ、この町は今も空の上で栄えていたのではないか。全て破壊神が悪いのだ」  というような内容の文句だ。  その日のリューナは元気が無く考え込んでいるような感じだった。集会の帰り道、フォスターは一緒に手を繋いで歩いているリューナに聞いてみた。 「リューナ、また何か悩んでるのか?」 「え? ううん。なんでもないよ」  誤魔化して手を振りほどいて先に行こうとしたリューナの手をしっかり握り直してフォスターは言った。   「ウソついてるだろ。ちゃんと話せよ」  リューナは躊躇した。 「お父さんとお母さんに言わない?」 「言わないよ」 「……怒らない?」 「怒らないから、ちゃんと話せ。黙ってたらわかんないだろ」  両親の足音が離れていくのを聞きながらリューナは頷いた。 「……破壊神とわたしってちょっと似てるなって思ったの」 「え?」 「破壊神はみんなからいなければよかったのにって思われてるでしょ。そこがわたしと似てるの」 「バッ……」 「怒らないって言ったじゃない!」 「…………」  フォスターはつい怒ろうとしてしまい逆にリューナから怒られた。 「……俺も、父さんも母さんも、お前のこといらないなんて思ってないぞ」 「うん……ありがとう」  リューナの口元が少しだけ綻んだ。   「でも、わたしは思ってるの。わたしなんて産まれてこなければよかったのにって。わたし、お父さんとお母さんの本当の子どもじゃないでしょ? それなのに、目が見えなくて、役に立たなくて、みんなに迷惑ばかりかけて。フォスターだってわたしがいなければ他の子たちともっとたくさん遊べるのに」 「やめろ。それ以上言うと怒るぞ」  フォスターの声は既に怒りを含んでいた。   「やっぱりどっちでも怒るんじゃない」 「俺だって父さんと母さんの本当の子どもじゃないぞ」 「そうだけど……フォスターはちゃんとしてるし……」  リューナは何か言いよどんでいたが、フォスターが遮った。   「お前、そんなに俺たちのこと信用してないのかよ」 「え?」  急に言われてリューナが不思議そうな顔をした。 「ううん。そんなわけないじゃない」 「じゃあもっと信じろよ」  フォスターはリューナの頭に手を置いて続けた。   「俺も、父さんも母さんもリューナに何をされたって、いらないなんて絶対に思わない。だから、そんなこと考えるな」  頭を強くわしわしと撫でる。 「俺たちを信じるんだ。いいな。まったく、もう……」  フォスターはリューナの手を引っ張り帰るよう促した。 「フォスター」 「ん?」  リューナは立ち止まったまま名前を呼んだので手を引っ張るのをやめて振り向いた。   「ありがと」  暗かったリューナの顔は晴れていた。     「……ん?」  フォスターが目を開けた。   「あれ、俺、寝てた?」 『ああ』  額に帯をいつの間にか巻かれていることには気づいていないようだ。 「……」  フォスターはまだ寝ているリューナを見つめながら心に誓う。  ――リューナには絶対に破壊神だと気付かせてはならない。じゃないとこいつは……また自分のことをいらない存在だと思ってしまう……。 「ん……」  リューナが目を覚ましそうだと思い、声をかけた。 「リューナ?」 「あれ……フォスター……?」  起きた一瞬だけ今の状況がわかっていないようだった。 「あ、私、あれから眠って……」 「あの空き家から家に連れて帰ったんだ。ここはお前の部屋だよ」  見えないからここがどこなのかわからないだろうと思い、今の場所を説明した。 「どうだ? 身体はなんともないか?」 「うん……大丈夫。それより、ザイス先生は?」 「……」  聞かれることは想定していたので、名前を聞いても激しい感情は沸かずに済んだが、それでも心は穏やかでいられなかった。リューナの見えるようになりたいという気持ちを弄ばれたのだから。とてもこんな残酷なことは言えない。 「……もう、いないのね」 「ああ」 「やっぱり……どうにもならないんだね、この目」  感情を抑えているような声で呟く。 「何か飲み物でも持って来ようか?」 「……いい。落ち着いたら、下に行くから……」  リューナはうつむいている。   「ごめん、フォスター。ちょっと一人にしてくれる……?」 「……わかった」  廊下へ移動し扉を閉めると嗚咽が聞こえてきた。希望を失ってしまったのだろう。フォスターも胸が苦しくなる。 「くそっ!」  フォスターは腹いせに階段へ繋がる廊下の欄干を両手の拳で叩いた。そのままそこへもたれかかる。しばらくは陰鬱な気持ちでリューナの泣き声を聞いていた。  そのうちに思い付いたことがあり、ビスタークに確認してみた。 「……なあ」 『何だ?』 「目が見えないのは、力が封じられてるせいなんだよな」 『たぶんな。あいつが神の子なのは回復具合から間違いないと思うが、神の子なのに目だけが回復しないのも変な話だからな』 「じゃあ、神殿に行って封じられている力を解放できれば……」 『見えるようになるだろうな』 「……それなら……」  フォスターは考えをまとめてからリューナの部屋の扉をノックした。リューナはその音に反応はしたが黙っている。 「リューナ」  フォスターはそれを見透かしたかのようにこう続けた。 「返事しなくていいからそのまま聞いてくれ」  思い切って言うために一度空気を吸い込んだ。 「旅に出ないか」  リューナは黙って聞きながら少し驚いていた。 「大きな町や都へ行けば、お前の目を治してくれる人がいるかもしれない」 「えっ、でも……どうせ、きっと……」  リューナが声を出した。 「見えるようになりたいんだろう? ちょっとでも可能性があるならって言ったのはお前じゃないか」 「そうだけど……」 「どうする?」  答えを促すと、リューナが少し考えてから言った。 「フォスターが、一緒に行ってくれるなら……」 「当たり前だろ。お前一人に行かせるわけないだろ。一緒に行くよ」  リューナの表情に明るさが少し戻る。 「うん。ありがとう、フォスター」 「落ち着いたら、下に来いよ。父さんと母さんが心配してるぞ」  そう言ってフォスターは部屋の前から離れ階段を降りていく。 『うまく騙したな』 「……別に騙したつもりはないよ」 『いつまでバレずにいられるかな』  破壊神の神殿に行けば見えるようになるはずなのだ。目を治してくれる人がいるかも、というのが医者ではなく大神官だというだけで嘘はついていない。  ――神殿には大神官や神官がいるんだろうし、神の子なら大切に扱ってくれるだろう。目が見えるようになるなら劣等感で自分を否定することも無くなる。  フォスターはそう考えていた。  階段を降りる途中でドアの開く音が聞こえた。リューナが部屋から出てきたのだ。 「フォスター」 「リューナ! もういいのか?」 「うん」  上からリューナが話しかけてきたので降りていた階段をまた上った。 「旅のことを考えたらなんだかわくわくしてきちゃった」  そう言って弱い笑顔を向けてきた。泣いたあとはまだ残っているが少し元気も出たようだ。後で畑へ行って甘い実のラギューシュを収穫して何かお菓子を作ってやろうと思った。  ――そうだ。お前はそうやって笑っていればいいんだ。つらいことは全部俺が引き受けるから。  一緒に階段を降りながら、フォスターはそう思った。



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