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014 訪問診療

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ニアタはザイステルを神殿に連れてきていた。二日酔いに効くという薬をもらい、ヴァーリオを診察してもらうためだ。薬は会ってすぐにもらって既に服用済みである。 「すごくよく効きますね、この薬」 「知り合いに腕のよい薬師がいましてね」  ザイステルは少しだけお説教気味に言う。   「でも、神に仕える方なんですからお酒はほどほどにしたほうがいいですよ」 「はい……」  ビスターク、後で覚えてなさいよ――とニアタは思った。 「それで、その記憶を無くした方というのは?」 「あ、この塔の五階の部屋にいます。今ご案内しますね」  二人はニアタの案内で上の階にあるヴァーリオがいる部屋へと向かった。  ヴァーリオは外を見ながら物思いにふけっていた。抵抗しないと判断されベッドに束縛はされなくなったが気持ちは沈んでいた。  窓から見える景色は右側に何処までも続く世界の果ての絶壁、正面に放牧地、左側に木造の家が少しだけ見える。ここは神殿内の世界の果ての崖に一番近い部屋のようだ。窓には格子がついていて自分は囚人なのだと思い知らされる。住宅と放牧地域以外はずっと荒野で、草原が広がっていた自分の地元とはずいぶん違う。建物もここは板剥き出しの造りの家がほとんどだ。基礎だけ木材を使い消石灰が塗られた白い壁の家が並ぶ自分の町と全然違う。    自分の町で普通に神衛兵かのえへいの仕事をしていたはずが、何故世界の反対側の町にいるのか。全く覚えていない。一体何があったのだろう。  しかも人に斬りつけたらしい。本当に自分がやったことなのか。人を殺していなかっただけマシだが、覚えの無い罪にため息しか出なかった。  自分の町、鳥神ビルディスの町で騒ぎがあった時までは覚えている。両親は既に他界していて、唯一の肉親である妹のルヴィーユは自分と同じく神衛兵になるため、空の大神エイルスパスの都へ行って講義や訓練を受けている最中だった。あれから一年以上は経っているはずだ。もう町へ戻っているだろうか。そもそも町はどうなっているんだろう、などと考えていると扉をノックする音が聞こえた。 「はい」  ヴァーリオが返事をすると、ニアタが応えた。 「ヴァーリオさん、お医者さまをお連れしたわよ」  そう言って扉を開けてザイステルを連れて入ってきた。ザイステルは軽く頭を下げて会釈をした。ヴァーリオは彼の顔にどことなく見覚えがあるような、そんな感じがした。 「それではこれから診察しますので二人だけにしてもらえますか」 「はい。よろしくお願いします」  ニアタはそう言って頭を下げた。 「ちゃんと記憶を取り戻して妹さんに早く再会できるといいわね」  ヴァーリオに向かってそう言うとニアタは部屋を出ていった。  覚えていないとはいえ罪を犯した自分に対してニアタは親切に接してくれる。犯した罪を覚えていないなどという話は信じてもらえなくても仕方がないのに信じてくれた。ヴァーリオはニアタにとても感謝していた。  ニアタが階下に降りていったのを見計らってザイステルが口を開いた。   「さて、それでは診察を始めましょうか」 「あの、その前に一ついいですか?」 「何でしょう?」  ヴァーリオは気になっていたことを質問した。   「先生の顔を見たことがあるような気がするんですが、どこかでお会いしませんでしたか?」 「そうですか? 私は覚えがありませんけど」  眼鏡をかけて同じ髪型や色をしていれば大体似ているように思えるか、と考えてヴァーリオはあまりそのことを気にするのはやめた。 「では、まずこの薬を飲んでください」 「これは?」 「精神を落ち着かせる薬です。心が落ち着かないと思い出せるものも思い出せませんからね」  そう言って白い錠剤を一粒手渡した。  そういうものかと思い、ヴァーリオは何の疑問もなく用意されていた水と一緒にその薬を飲みこんだ。完全に飲み込んだタイミングでザイステルが質問した。 「……で、どこまで覚えていますか?」 「私のいた町で騒ぎがあって、そこへ向かったところまでしか思い出せないんですが……」  ヴァーリオはそこまで言ってから首を傾げた。 「あれ……? だんだん思い出してきました。その騒ぎは神衛の寄せ集めのような集団が町に攻め込んできたからで……皆で必死に応戦したけど向こうの数があまりにも多くて、それで負けてしまって……」  思い出しながらゆっくり話し続ける。 「確かその後……捕虜になって、他の神衛の同僚と一ヵ所に集められました。……そこへ誰かがやってきて……」  そこで、ハッとしてザイステルを見た。 「貴方は……」  心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が出てくる。何かの間違いかもしれない。自分の今思い出した記憶が曖昧なためにそう思っただけかもしれない。でも、とても嫌な予感がする。口に出すのを少し躊躇ったがそれでも言わずにはいられなかった。 「貴方は、あの時の……! やってきたのは、貴方だった……!」  ヴァーリオはザイステルをどこで見たのか思い出した。    あの時、町を襲撃した者を率いていたのがザイステルだった。襲撃した者達はそれぞれ別の神衛兵のような鎧を装備しており無表情で人形のような不気味な雰囲気だった。しかしこの男だけは表情があり鎧も着けず普通に会話もしていたので逆に違和感があった。  追及したかったが、声がうまく出せない。どうして――と思ったところで今度は体に力が入らなくなっている。そして、とても眠くなってきていた。 「あちこちに派遣した神衛の中であなた一人だけがなかなか戻ってこないので、眼鏡を新調がてら気紛れにこの半島に来てみたらどうも当たりを引いたようです」  ザイステルが語り出した。 「あ……なた、は……」  ヴァーリオは身体に力が入らずうまく話せない状態ながら必死に声を出す。 「いやあ、まさか洗脳が解けているとは思わなかったので洗脳用の薬は持ってこなかったんですよね。迂闊でした」  ザイステルが明るく困ったように軽い調子で言った。    ――洗脳? あの町に攻め込んできた神衛達もそうだったのか? 自分もあんな人形のような状態だったのか? 自分の記憶が無かったのはそのせいなのか? 自分の町はどうなった? 同僚達も洗脳されているのか?  幾つも疑問が浮かぶが言葉にできない。 「それで余計なことを話されても困りますから、残念ですが死んでいただくことにしました。あ、でも眠いだけで、苦しくはないでしょう? 貴方は我々が求めている該当者を見事見つけてくださったんですから、楽に逝かせてさしあげます。まあ彼女が本物かどうかはまだわからないんですけどね」  さっきの薬は毒だったのか……該当者とは、覚えていないが自分が攫おうとした昨日の彼の妹のことだろうか……本物って何の……? と眠気に抗うように考えた。  ――ルヴィは無事でいろよ……。  妹、と考えて自分の妹ルヴィーユに想いを馳せながらヴァーリオは眠りに落ち、冷たくなっていった。  ザイステルは心音や脈、瞳孔などを確認し、死亡したかどうかを見極めてから部屋を出ていった。階段を降り、階下の部屋でニアタに声をかける。 「診察が終わりました」 「ザイス先生、ありがとうございます。彼、どうでしたか?」 「だいぶ精神が参っているようでしたので、薬で眠ってもらっています。しばらく……そうですね、夜まで起こさないようにそっとしておいてくださいね」  何事も無かったようにニコニコしながらザイステルは言った。   「わかりました。先生、ありがとうございました」  ニアタは頭を下げてお礼を言うとザイステルを見送った。



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ニアタはザイステルを神殿に連れてきていた。二日酔いに効くという薬をもらい、ヴァーリオを診察してもらうためだ。薬は会ってすぐにもらって既に服用済みである。 「すごくよく効きますね、この薬」 「知り合いに腕のよい薬師がいましてね」  ザイステルは少しだけお説教気味に言う。   「でも、神に仕える方なんですからお酒はほどほどにしたほうがいいですよ」 「はい……」  ビスターク、後で覚えてなさいよ――とニアタは思った。 「それで、その記憶を無くした方というのは?」 「あ、この塔の五階の部屋にいます。今ご案内しますね」  二人はニアタの案内で上の階にあるヴァーリオがいる部屋へと向かった。  ヴァーリオは外を見ながら物思いにふけっていた。抵抗しないと判断されベッドに束縛はされなくなったが気持ちは沈んでいた。  窓から見える景色は右側に何処までも続く世界の果ての絶壁、正面に放牧地、左側に木造の家が少しだけ見える。ここは神殿内の世界の果ての崖に一番近い部屋のようだ。窓には格子がついていて自分は囚人なのだと思い知らされる。住宅と放牧地域以外はずっと荒野で、草原が広がっていた自分の地元とはずいぶん違う。建物もここは板剥き出しの造りの家がほとんどだ。基礎だけ木材を使い消石灰が塗られた白い壁の家が並ぶ自分の町と全然違う。    自分の町で普通に神衛兵かのえへいの仕事をしていたはずが、何故世界の反対側の町にいるのか。全く覚えていない。一体何があったのだろう。  しかも人に斬りつけたらしい。本当に自分がやったことなのか。人を殺していなかっただけマシだが、覚えの無い罪にため息しか出なかった。  自分の町、鳥神ビルディスの町で騒ぎがあった時までは覚えている。両親は既に他界していて、唯一の肉親である妹のルヴィーユは自分と同じく神衛兵になるため、空の大神エイルスパスの都へ行って講義や訓練を受けている最中だった。あれから一年以上は経っているはずだ。もう町へ戻っているだろうか。そもそも町はどうなっているんだろう、などと考えていると扉をノックする音が聞こえた。 「はい」  ヴァーリオが返事をすると、ニアタが応えた。 「ヴァーリオさん、お医者さまをお連れしたわよ」  そう言って扉を開けてザイステルを連れて入ってきた。ザイステルは軽く頭を下げて会釈をした。ヴァーリオは彼の顔にどことなく見覚えがあるような、そんな感じがした。 「それではこれから診察しますので二人だけにしてもらえますか」 「はい。よろしくお願いします」  ニアタはそう言って頭を下げた。 「ちゃんと記憶を取り戻して妹さんに早く再会できるといいわね」  ヴァーリオに向かってそう言うとニアタは部屋を出ていった。  覚えていないとはいえ罪を犯した自分に対してニアタは親切に接してくれる。犯した罪を覚えていないなどという話は信じてもらえなくても仕方がないのに信じてくれた。ヴァーリオはニアタにとても感謝していた。  ニアタが階下に降りていったのを見計らってザイステルが口を開いた。   「さて、それでは診察を始めましょうか」 「あの、その前に一ついいですか?」 「何でしょう?」  ヴァーリオは気になっていたことを質問した。   「先生の顔を見たことがあるような気がするんですが、どこかでお会いしませんでしたか?」 「そうですか? 私は覚えがありませんけど」  眼鏡をかけて同じ髪型や色をしていれば大体似ているように思えるか、と考えてヴァーリオはあまりそのことを気にするのはやめた。 「では、まずこの薬を飲んでください」 「これは?」 「精神を落ち着かせる薬です。心が落ち着かないと思い出せるものも思い出せませんからね」  そう言って白い錠剤を一粒手渡した。  そういうものかと思い、ヴァーリオは何の疑問もなく用意されていた水と一緒にその薬を飲みこんだ。完全に飲み込んだタイミングでザイステルが質問した。 「……で、どこまで覚えていますか?」 「私のいた町で騒ぎがあって、そこへ向かったところまでしか思い出せないんですが……」  ヴァーリオはそこまで言ってから首を傾げた。 「あれ……? だんだん思い出してきました。その騒ぎは神衛の寄せ集めのような集団が町に攻め込んできたからで……皆で必死に応戦したけど向こうの数があまりにも多くて、それで負けてしまって……」  思い出しながらゆっくり話し続ける。 「確かその後……捕虜になって、他の神衛の同僚と一ヵ所に集められました。……そこへ誰かがやってきて……」  そこで、ハッとしてザイステルを見た。 「貴方は……」  心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が出てくる。何かの間違いかもしれない。自分の今思い出した記憶が曖昧なためにそう思っただけかもしれない。でも、とても嫌な予感がする。口に出すのを少し躊躇ったがそれでも言わずにはいられなかった。 「貴方は、あの時の……! やってきたのは、貴方だった……!」  ヴァーリオはザイステルをどこで見たのか思い出した。    あの時、町を襲撃した者を率いていたのがザイステルだった。襲撃した者達はそれぞれ別の神衛兵のような鎧を装備しており無表情で人形のような不気味な雰囲気だった。しかしこの男だけは表情があり鎧も着けず普通に会話もしていたので逆に違和感があった。  追及したかったが、声がうまく出せない。どうして――と思ったところで今度は体に力が入らなくなっている。そして、とても眠くなってきていた。 「あちこちに派遣した神衛の中であなた一人だけがなかなか戻ってこないので、眼鏡を新調がてら気紛れにこの半島に来てみたらどうも当たりを引いたようです」  ザイステルが語り出した。 「あ……なた、は……」  ヴァーリオは身体に力が入らずうまく話せない状態ながら必死に声を出す。 「いやあ、まさか洗脳が解けているとは思わなかったので洗脳用の薬は持ってこなかったんですよね。迂闊でした」  ザイステルが明るく困ったように軽い調子で言った。    ――洗脳? あの町に攻め込んできた神衛達もそうだったのか? 自分もあんな人形のような状態だったのか? 自分の記憶が無かったのはそのせいなのか? 自分の町はどうなった? 同僚達も洗脳されているのか?  幾つも疑問が浮かぶが言葉にできない。 「それで余計なことを話されても困りますから、残念ですが死んでいただくことにしました。あ、でも眠いだけで、苦しくはないでしょう? 貴方は我々が求めている該当者を見事見つけてくださったんですから、楽に逝かせてさしあげます。まあ彼女が本物かどうかはまだわからないんですけどね」  さっきの薬は毒だったのか……該当者とは、覚えていないが自分が攫おうとした昨日の彼の妹のことだろうか……本物って何の……? と眠気に抗うように考えた。  ――ルヴィは無事でいろよ……。  妹、と考えて自分の妹ルヴィーユに想いを馳せながらヴァーリオは眠りに落ち、冷たくなっていった。  ザイステルは心音や脈、瞳孔などを確認し、死亡したかどうかを見極めてから部屋を出ていった。階段を降り、階下の部屋でニアタに声をかける。 「診察が終わりました」 「ザイス先生、ありがとうございます。彼、どうでしたか?」 「だいぶ精神が参っているようでしたので、薬で眠ってもらっています。しばらく……そうですね、夜まで起こさないようにそっとしておいてくださいね」  何事も無かったようにニコニコしながらザイステルは言った。   「わかりました。先生、ありがとうございました」  ニアタは頭を下げてお礼を言うとザイステルを見送った。



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