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091 悪霊

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 次の日は加害者の青年の葬儀があったらしい。勿論ビスタークは参加していないので詳細はわからなかった。夜にソレムとレアフィールがその葬儀のため外へと出ていった。  ビスタークはニアタと二人で留守番し、ソレム達が戻ってきてから食事をした。三人は気を遣ってよくビスタークに話しかけたがビスタークは首を振ったり頷くくらいで言葉を発することはなかった。三人の会話によると、青年の家族は恐慌状態で、このままだと何か大変な事態になるかもしれないとのことで忘却神の町フォルゲスへ移住することに決まったらしい。町民が付き添って送り届けてくれることになったようだ。  フォスターはこの会話を聞いて思い出したことがある。以前忘却神の町フォルゲスから出発する際、自分を見て動揺していた老人のことだ。あの町の大神官ロスリーメは飛翔神の町リフェイオスの出身だと言っていた。もしかするとあの人はこの薬中毒の青年の家族、父親だったのかもしれない。そう考えると幼かったビスタークが覚えていないのも無理はない、そう思った。 「忘却石フォルガイトを融通してもらえるよう向こうの大神官に頼んだよ。本来はビスタークを連れて向こうを訪ねるのが筋なんじゃが、今は町を留守にはできんからのう」  ソレムは暗い表情でそう言った。 「……俺が町から出られたら連れて行けるのにね」 「レアはだめでしょ。私が行こうか?」 「子どもだけで行かせられるわけないじゃろ」  確かにあの道のりを子どもだけでは行かせられないであろう。フォスターはそう思いながら三人の会話を聞いていた。 「……ところで、さっきの葬儀だけど、星が昇って行かなかったんだ」  レアフィールが深刻な表情でニアタに告げた。 「え、そうだったの?」  ソレムが付け足す。 「単純に魂の格が低すぎて暗くてわからなかっただけかもしれんがの。ただ、自殺では無いのは明らかじゃし、『薬』の影響もあるから悪霊化するかもしれん。いつ出てくるかわからん。だから今この町を離れるわけにはいかんのじゃよ」 「レアなら魂がどこにいるのかわかるんじゃないの?」 「この町に留まっているのはわかるけど、はっきり出てこないとわからないよ」 「町におるんか? じゃあ悪霊になるのはほぼ決定じゃろう」  レアフィールならわかる、とはどういうことなのか。忘却神大神官ロスリーメのような特殊な人なのだろうか、とフォスターは思った。 「身体が無い悪霊じゃから、大変な浄化になりそうじゃの」 「どっちが浄化するの?」 「俺は駄目に決まってるだろ。父さんだよ」 「浄化の後はおそらく休まんと何も出来なくなると思うんじゃ。そうなったら後のことは頼んだぞ」 「うん」  三人がそんな会話をしているのをビスタークはぼんやり聞き流していた。  翌日。原因不明の住民集団失神が起こった。悪霊の仕業に違いないだろうとのことでソレムとレアフィールは出掛けていった。レアフィールはもしソレムが動けなくなった場合、神殿に連れ帰る役目をするらしい。身体の無い悪霊は視認することが難しく、被害が出てからでないと存在がわからないのだ。この場合の被害とは、生者の理力を吸い取るというものである。理力を吸い取られると気絶、最悪の場合は死に至ることもあるという。  ビスタークはその間ニアタと両親の遺体のそばにいた。町の女性が死に化粧を施してくれたおかげで綺麗な顔になったため対面することができた。ビスタークは呆然として遺体を見ていた。ここ数日の出来事はどこか他人事のような、悪い夢のような、そんな現実感の無いものに感じていた。  死に化粧をした町の女性はまだ同じ部屋にいたのだが、その女性が急に倒れた。驚いてそちらを見ると、黒い靄のようなモノがうっすらと見えた。ゾッとし、総毛立った。あれが悪霊なのだと本能でわかった。恐怖のあまり動けないでいるビスタークの前に勇敢にもニアタが立ち塞がった。ニアタの手には悪霊の浄化の際に使う反力石リーペイトがたくさん連なった腕輪のような物が握られていた。 「神様、私達を悪霊からお守りください!」  そう言うとビスタークとニアタの周りが淡い光に包まれた。 「良かった……できた……」  疲れた様子でニアタが呟く。ビスタークの肩を抱くように身を寄せて悪霊の様子を伺った。悪霊は女性には執着せず通り過ぎ、辺りをゆらゆらと浮遊していた。しっかり目を凝らさないと見落としてしまうような黒い靄は何かを探しているようにも感じられた。 「ビスタークを狙ってるの……?」  両親を殺しビスタークも殺そうとしたところを返り討ちにあって死んだのだから逆恨みではあるのだが、自分を殺した相手に執着していても不思議ではない。ニアタは神官の本を読んで覚えていた神の加護を咄嗟に試しただけだったのだが、結果的に正しい対処だった。  しばらく様子を伺っていると慌てた様子のレアフィールが部屋へと入ってきた。 「みんな、大丈夫か?」 「レア!」 「加護をもらったのか。よくやったな、ニアタ」  ニアタは褒められて嬉しそうに微笑んだ。レアフィールが悪霊を睨んでいると息を切らせたソレムが部屋に入ってきた。 「この歳で階段駆け上がるのはきっついのう……」 「父さん、やっぱりここにいたよ」 「……ちょっと息が落ち着くまで待ってくれんか。若いもんとは違うんじゃ」 「こっちへ寄ってきたけど」 「はぁ……少しも休ませてくれんのかい」  ソレムはやれやれといった様子で姿勢を正し、反力石リーペイトの連なる腕輪を握りしめて神へ祈った。 「神よ、憐れな住民の魂に安らぎをお与えくだされ」  強い光が反力石リーペイトから放たれ悪霊を包み込んでいく。以前フォスターが見た骨の悪霊を浄化する時には光に包まれるとすぐに灰になり星となっていたが、黒い靄はなかなか消えなかった。光に包まれたまま蠢いている。ソレムはひたすらに祈りを捧げているがその額には汗が流れ、顔色もだんだん悪くなっていく。しかしそれに合わせて光も強くなり部屋全体が白くなっていった。  光が無くなるまで状況が全くわからなかったが、元の明るさに戻ると黒い靄は無くなっていた。星が昇って行ったのかどうかもわからなかった。ソレムが両膝と両肘を床につけ疲労困憊となっている。 「お父さん!」  ニアタが心配して駆け寄った。 「……こ……んなに……きつい……とは……」  ソレムはそう言って気を失った。 「理力の使いすぎだね。俺は父さんをベッドに寝かせてくるから、ニアタは父さんの代わりに神様へお礼を言っておいて。……ああ、ビスタークもお礼のお祈りしてくれるかい?」  ビスタークはこわごわと皆のほうへ近づいて来ていた。レアフィールのその言葉に頷くと、ニアタと共に神へお礼のお祈りをした。 「神様、私たちを守ってくださり、ありがとうございました」 「ぁ、りが、とぉ、ござぃまし、た」  ビスタークはたどたどしく小さな声でお礼の言葉を口にした。あの事件から初めて声を出したのだ。 「ビスターク、声……」  ニアタが驚いてビスタークを凝視する。 「に、ぁ、ねぇちゃ……ぁ、りが、と」  ビスタークはニアタへも感謝の言葉らしきものを発した。ニアタの涙腺が緩んでいく。涙が溢れると同時にビスタークへ抱きつき号泣した。 「こわかった……怖かったね……!」  ビスタークは最初抱きつかれて泣かれたことに驚いた様子だったが、ニアタが大泣きしているのを見て段々心が動き始めていた。それに伴い顔にも表情が浮かんでくる。 「ぁ……ふぁ……あぁ……うぁ…………うぁーーーっ!!」  あまりの残酷な出来事から逃れるように今まで抑え込んでいた感情が堰をきって溢れ出す。慟哭。そういう泣きかたであった。  二人で寄り添いながら泣いていると、ソレムを寝かせたレアフィールが戻ってきた。レアフィールは二人を見て悲しげに笑い、近くに倒れている死に化粧をしてくれた女性を連れてこちらも休ませに部屋へと連れていった。



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 次の日は加害者の青年の葬儀があったらしい。勿論ビスタークは参加していないので詳細はわからなかった。夜にソレムとレアフィールがその葬儀のため外へと出ていった。  ビスタークはニアタと二人で留守番し、ソレム達が戻ってきてから食事をした。三人は気を遣ってよくビスタークに話しかけたがビスタークは首を振ったり頷くくらいで言葉を発することはなかった。三人の会話によると、青年の家族は恐慌状態で、このままだと何か大変な事態になるかもしれないとのことで忘却神の町フォルゲスへ移住することに決まったらしい。町民が付き添って送り届けてくれることになったようだ。  フォスターはこの会話を聞いて思い出したことがある。以前忘却神の町フォルゲスから出発する際、自分を見て動揺していた老人のことだ。あの町の大神官ロスリーメは飛翔神の町リフェイオスの出身だと言っていた。もしかするとあの人はこの薬中毒の青年の家族、父親だったのかもしれない。そう考えると幼かったビスタークが覚えていないのも無理はない、そう思った。 「忘却石フォルガイトを融通してもらえるよう向こうの大神官に頼んだよ。本来はビスタークを連れて向こうを訪ねるのが筋なんじゃが、今は町を留守にはできんからのう」  ソレムは暗い表情でそう言った。 「……俺が町から出られたら連れて行けるのにね」 「レアはだめでしょ。私が行こうか?」 「子どもだけで行かせられるわけないじゃろ」  確かにあの道のりを子どもだけでは行かせられないであろう。フォスターはそう思いながら三人の会話を聞いていた。 「……ところで、さっきの葬儀だけど、星が昇って行かなかったんだ」  レアフィールが深刻な表情でニアタに告げた。 「え、そうだったの?」  ソレムが付け足す。 「単純に魂の格が低すぎて暗くてわからなかっただけかもしれんがの。ただ、自殺では無いのは明らかじゃし、『薬』の影響もあるから悪霊化するかもしれん。いつ出てくるかわからん。だから今この町を離れるわけにはいかんのじゃよ」 「レアなら魂がどこにいるのかわかるんじゃないの?」 「この町に留まっているのはわかるけど、はっきり出てこないとわからないよ」 「町におるんか? じゃあ悪霊になるのはほぼ決定じゃろう」  レアフィールならわかる、とはどういうことなのか。忘却神大神官ロスリーメのような特殊な人なのだろうか、とフォスターは思った。 「身体が無い悪霊じゃから、大変な浄化になりそうじゃの」 「どっちが浄化するの?」 「俺は駄目に決まってるだろ。父さんだよ」 「浄化の後はおそらく休まんと何も出来なくなると思うんじゃ。そうなったら後のことは頼んだぞ」 「うん」  三人がそんな会話をしているのをビスタークはぼんやり聞き流していた。  翌日。原因不明の住民集団失神が起こった。悪霊の仕業に違いないだろうとのことでソレムとレアフィールは出掛けていった。レアフィールはもしソレムが動けなくなった場合、神殿に連れ帰る役目をするらしい。身体の無い悪霊は視認することが難しく、被害が出てからでないと存在がわからないのだ。この場合の被害とは、生者の理力を吸い取るというものである。理力を吸い取られると気絶、最悪の場合は死に至ることもあるという。  ビスタークはその間ニアタと両親の遺体のそばにいた。町の女性が死に化粧を施してくれたおかげで綺麗な顔になったため対面することができた。ビスタークは呆然として遺体を見ていた。ここ数日の出来事はどこか他人事のような、悪い夢のような、そんな現実感の無いものに感じていた。  死に化粧をした町の女性はまだ同じ部屋にいたのだが、その女性が急に倒れた。驚いてそちらを見ると、黒い靄のようなモノがうっすらと見えた。ゾッとし、総毛立った。あれが悪霊なのだと本能でわかった。恐怖のあまり動けないでいるビスタークの前に勇敢にもニアタが立ち塞がった。ニアタの手には悪霊の浄化の際に使う反力石リーペイトがたくさん連なった腕輪のような物が握られていた。 「神様、私達を悪霊からお守りください!」  そう言うとビスタークとニアタの周りが淡い光に包まれた。 「良かった……できた……」  疲れた様子でニアタが呟く。ビスタークの肩を抱くように身を寄せて悪霊の様子を伺った。悪霊は女性には執着せず通り過ぎ、辺りをゆらゆらと浮遊していた。しっかり目を凝らさないと見落としてしまうような黒い靄は何かを探しているようにも感じられた。 「ビスタークを狙ってるの……?」  両親を殺しビスタークも殺そうとしたところを返り討ちにあって死んだのだから逆恨みではあるのだが、自分を殺した相手に執着していても不思議ではない。ニアタは神官の本を読んで覚えていた神の加護を咄嗟に試しただけだったのだが、結果的に正しい対処だった。  しばらく様子を伺っていると慌てた様子のレアフィールが部屋へと入ってきた。 「みんな、大丈夫か?」 「レア!」 「加護をもらったのか。よくやったな、ニアタ」  ニアタは褒められて嬉しそうに微笑んだ。レアフィールが悪霊を睨んでいると息を切らせたソレムが部屋に入ってきた。 「この歳で階段駆け上がるのはきっついのう……」 「父さん、やっぱりここにいたよ」 「……ちょっと息が落ち着くまで待ってくれんか。若いもんとは違うんじゃ」 「こっちへ寄ってきたけど」 「はぁ……少しも休ませてくれんのかい」  ソレムはやれやれといった様子で姿勢を正し、反力石リーペイトの連なる腕輪を握りしめて神へ祈った。 「神よ、憐れな住民の魂に安らぎをお与えくだされ」  強い光が反力石リーペイトから放たれ悪霊を包み込んでいく。以前フォスターが見た骨の悪霊を浄化する時には光に包まれるとすぐに灰になり星となっていたが、黒い靄はなかなか消えなかった。光に包まれたまま蠢いている。ソレムはひたすらに祈りを捧げているがその額には汗が流れ、顔色もだんだん悪くなっていく。しかしそれに合わせて光も強くなり部屋全体が白くなっていった。  光が無くなるまで状況が全くわからなかったが、元の明るさに戻ると黒い靄は無くなっていた。星が昇って行ったのかどうかもわからなかった。ソレムが両膝と両肘を床につけ疲労困憊となっている。 「お父さん!」  ニアタが心配して駆け寄った。 「……こ……んなに……きつい……とは……」  ソレムはそう言って気を失った。 「理力の使いすぎだね。俺は父さんをベッドに寝かせてくるから、ニアタは父さんの代わりに神様へお礼を言っておいて。……ああ、ビスタークもお礼のお祈りしてくれるかい?」  ビスタークはこわごわと皆のほうへ近づいて来ていた。レアフィールのその言葉に頷くと、ニアタと共に神へお礼のお祈りをした。 「神様、私たちを守ってくださり、ありがとうございました」 「ぁ、りが、とぉ、ござぃまし、た」  ビスタークはたどたどしく小さな声でお礼の言葉を口にした。あの事件から初めて声を出したのだ。 「ビスターク、声……」  ニアタが驚いてビスタークを凝視する。 「に、ぁ、ねぇちゃ……ぁ、りが、と」  ビスタークはニアタへも感謝の言葉らしきものを発した。ニアタの涙腺が緩んでいく。涙が溢れると同時にビスタークへ抱きつき号泣した。 「こわかった……怖かったね……!」  ビスタークは最初抱きつかれて泣かれたことに驚いた様子だったが、ニアタが大泣きしているのを見て段々心が動き始めていた。それに伴い顔にも表情が浮かんでくる。 「ぁ……ふぁ……あぁ……うぁ…………うぁーーーっ!!」  あまりの残酷な出来事から逃れるように今まで抑え込んでいた感情が堰をきって溢れ出す。慟哭。そういう泣きかたであった。  二人で寄り添いながら泣いていると、ソレムを寝かせたレアフィールが戻ってきた。レアフィールは二人を見て悲しげに笑い、近くに倒れている死に化粧をしてくれた女性を連れてこちらも休ませに部屋へと連れていった。



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