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008 神託

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ビスタークは破壊神大神官ストロワと面識があった。神衛兵かのえへい見習いの巡礼の旅に出ていた時に水の都シーウァテレスで偶然出会ったのが破壊神神官一行だった。妻レリア、フォスターの母親は元々破壊神の神官見習いだったらしい。 「ストロワってリューナの母親の名前かと思ってた」 「女の名前っぽいか、そういえば。おっさんだ。レリアの育ての父親だから、お前の爺さんってことになるな」 「……レリアさんが破壊神の神官見習いだったなんて初耳なんだけど!?」 「この町でそんなこと言えるわけねえだろ!」 「私たちだけにでも教えてくれればいいじゃない!」  ニアタとビスタークは一緒に暮らした姉弟のような関係なので遠慮が無くすぐ口喧嘩のようになる。 「まあ今そんなこと言ってもしょうがないじゃろ。それで?」  ソレムが話の先を促した。  フォスターが産まれて間もなく旅に出たのは妻レリアから大神官について頼まれたからだった。近い将来に破壊神の子が降臨するが嫌な予感がすると。    破壊神ルーイナダウスは神話の罰により町を持たない。神殿の場所も公にされていないため何処にいるのかわからず、各十大神の都に行き聞き込みを続けて探し回ったそうだ。  やっと見つけた時には既に神の子は降臨しており、大神官が抱えて何かから逃げているところだった。 「レリアさんに神殿の場所聞かなかったの?」 「大神官たちの旅の途中で拾われた子どもだったから知らなかったらしい。破壊神の神官の場合は十大神全ての都の神官の試験に合格しなきゃならなくて、ほとんど都の大神殿にいたそうだ」 「それは大変じゃな……同情するわい」 「合格するのに一年近くかかるし、一度合格すれば後はそこまでかからないかもしれないけど、全ての都をまわるとなると移動にも時間かかるし……一体何年かかるのよ。お金だってどれだけかかるか。私、破壊神の神官じゃなくて良かったわ」 「あの、試験の話はいいんで続きを。何から逃げてたんだ?」  フォスターが脱線しそうだった話を元に戻させた。 「よくわからん。だが、どこかの神衛かのえっぽかった。こいつのように無表情で人形みたいでな」  ビスタークが乗っ取っている身体に手を当てて言った。 「それで赤ん坊を受け取って俺が代わりに逃げた。後で最初に会った場所で落ち合おうと言ってな。なんでも神殿の場所がばれて攻め込まれたと言っていた」 「今までよくここがばれなかったのう」 「俺を追ってきた奴らは全員殺したからな」 「……殺したのか……」 「そうでなきゃ、もっと早くにここがばれていたと思うぜ。……一人殺してしまえば、後は何人殺しても……一緒だ」  ビスタークは何かを噛みしめるように言い、その場の空気が重くなった。 「水の都シーウァテレスで合流する予定だったのにこっちに来たのはどうして?」 「単純に、あっちは砂漠越えがキツそうだったからだ」 「確かに赤子を抱えては大変じゃろうな」 「正直逃げるよりガキの世話の方が大変だった……」 「神の子っていっても小さいうちは人間と変わらないからのう」 「フォスターは育ててないけどリューナは育てたのね」 「また話が反れてます」  フォスターは話脱線阻止係となっていた。 「そういえば、以前レリアさんとビスタークの名前で手紙が届いたことがあったわ」 「えっ本当か? 見せてくれ」 「もう二人とも亡くなった後だったから封を開けずにメモを沿えてそのまま送り返したわよ」 「余計なことを……」 「勝手に読むのは悪いと思ったし、まさかまだここになんて思ってなかったもの。でもね、確か水の都シーウァテレスからだったわ」 「そうか……じゃあやっぱりそこに行くしかないな。差出人の名前は覚えてないか?」 「ごめん、忘れちゃったわ。でも『ストロワ』って書いてあったら少しは気にしたと思うから違う名前だったんじゃないかしら」 「レリアの兄か姉かもしれない。あいつらも破壊神の神官だしな。よし、じゃあ水の都シーウァテレスへ行くことにする」  今後の方向性が決まると、今度はソレムが思いついた疑問を口にした。 「そういえば、神の子を神殿から出すのは力の暴走の恐れがあると思うんじゃが」 「力は封じたと言っていた。どうやったのかは知らんが。そのせいで不具合が出るかもとも」 「不具合?」 「目が見えないのはそのせいじゃないかと思ってる」  リューナの目の動きは見えない者の動きではなく普通だった。まるで見えるかのように対象を追う動き方をする。 「ふむ……で、これから水の都シーウァテレスへ行くんじゃな?」 「ああ。水の都シーウァテレスでストロワか、他の神官達を探すしか無いと思ってる」 「あ、それなら俺、コーシェル達に頼んだんだけど……」 「コーシェルって……ニア姉の息子か。巡礼に出てるのか?」 「そうよ。弟のウォルシフと一緒にね」 「……リューナの母親の名前かと思ってたから、ストロワって女の人がいないか調べてきてくれって頼んだ……」  全員、大きな溜め息をついた。  ニアタが子どもたちの授業をマフティロと交代する時間になったため話は一旦中断になった。  ここの町は人口が少ないため、ほぼ個別授業の塾のような感じである。授業時間もきっちりとは決まっておらず、その日の子どもの体調ややる気で柔軟に対応している。 「こんな呑気にしてる場合じゃねえと思うんだが……まあ今さら慌ててもしょうがねえしな」  ビスタークが慌てて出ていくニアタを見送りながらそう言った。 「そういえば、お前はどういう経緯で死んだんじゃ? 毒に侵されていたみたいじゃったが」 「追いかけてくる奴に投げられたナイフが首の辺りを掠めた時があったんだよ。たぶんその時についた傷から、塗ってあった毒が入ったんじゃねえかな。それから血が止まらなくなったんだ。掠めた傷であれだったんだからかなり強い毒だと思うぞ」  首の左側を示しながら答えた。 「俺が変死したときに何か事情があるのかと思わなかったのか?」 「ヤバい所から借金して娘を借金のカタに取られそうになったんじゃないかって話になってた」 「……なんだそれ」 「素行が悪かったからそういう話になるんじゃ。それにその後特に何もなかったからの、リューナを育てることに気を取られてたんじゃよ。今さらこんなことになるなんてのう」  ビスタークが思い出したように言った。   「そういや神託があったって言ってたな」 「うむ。フォスターにビスタークの遺品を着せるように、というものじゃった」 「……神託って何ですか?」 「神からの指示、というか助言じゃな。色々決まりがあってな……」  またソレムが説明を始めた。    神話の戦争の反省から、神は基本的に人の世に手を出さない方針となった。ただ一回だけ、数百年という神の長い任期中一回だけ「神託」をすることができる。大神官に直接語りかけてくるらしい。  それも問題を解決に向かわせる直接的な指示はできず、人間の力で解決できるよう遠回しな助言しかできないのだという。また、神の子の降臨に関しては神託に含まれないそうだ。 「それでいきなり囲まれて鎧着させられたのか……」  納得したようなしないような感じがした。 「神託があったというのは大変なことなのじゃ。そのおかげでリューナも連れていかれずに済んだじゃろ? ビスタークから事情も聞けたし、神の判断は正しかったんじゃよ」  ソレムの表情は少し嬉しそうであり、ビスタークは鼻で笑うような表情をしていた。    そして一呼吸おいた後ビスタークがこう言った。   「さて、別の人間の身体を使えるうちに、お前を鍛えるか」  そう言いながら食事を終えて立ち上がった。 「へ?」 「お前この前全然戦えてなかったからな。ちょうど良い機会だから稽古つけてやる。覚悟しな」 「そうじゃな。そして立派な神衛になっておくれ」 「だからならないって言ってるじゃないですか。ウォルシフあたりが適任だと思うんですけど」  フォスターは神殿の末っ子を神衛兵に推薦した。 「あの子は鎧持っとらんからのう。あの鎧は神話時代からの骨董品で此処にはあの一個しか残ってないんじゃぞ。あれを買い戻すとなるとのう、相当な金額が……とても払いきれないじゃろうな」 「拘らないでカイルんちに頼んで全く新しいものを作ればいいじゃないですか」 「それになあ、フォスターに着せろっていう神様からのご指示じゃぞ? 断ったらどんな天罰が下るかわからんぞ?」 「えっ……天罰とかそういう話なんですか?」 「別に神衛にならなくても構わんが、戦えないと襲われたときに困るのは確かだからな。妹を護ってやりたいなら、ぐだぐだ文句言わねえでついてこい」  フォスターはビスタークにそう言われ、すごく嫌そうな顔をしながら半ば無理矢理訓練場へ連れて行かれた。



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ビスタークは破壊神大神官ストロワと面識があった。神衛兵かのえへい見習いの巡礼の旅に出ていた時に水の都シーウァテレスで偶然出会ったのが破壊神神官一行だった。妻レリア、フォスターの母親は元々破壊神の神官見習いだったらしい。 「ストロワってリューナの母親の名前かと思ってた」 「女の名前っぽいか、そういえば。おっさんだ。レリアの育ての父親だから、お前の爺さんってことになるな」 「……レリアさんが破壊神の神官見習いだったなんて初耳なんだけど!?」 「この町でそんなこと言えるわけねえだろ!」 「私たちだけにでも教えてくれればいいじゃない!」  ニアタとビスタークは一緒に暮らした姉弟のような関係なので遠慮が無くすぐ口喧嘩のようになる。 「まあ今そんなこと言ってもしょうがないじゃろ。それで?」  ソレムが話の先を促した。  フォスターが産まれて間もなく旅に出たのは妻レリアから大神官について頼まれたからだった。近い将来に破壊神の子が降臨するが嫌な予感がすると。    破壊神ルーイナダウスは神話の罰により町を持たない。神殿の場所も公にされていないため何処にいるのかわからず、各十大神の都に行き聞き込みを続けて探し回ったそうだ。  やっと見つけた時には既に神の子は降臨しており、大神官が抱えて何かから逃げているところだった。 「レリアさんに神殿の場所聞かなかったの?」 「大神官たちの旅の途中で拾われた子どもだったから知らなかったらしい。破壊神の神官の場合は十大神全ての都の神官の試験に合格しなきゃならなくて、ほとんど都の大神殿にいたそうだ」 「それは大変じゃな……同情するわい」 「合格するのに一年近くかかるし、一度合格すれば後はそこまでかからないかもしれないけど、全ての都をまわるとなると移動にも時間かかるし……一体何年かかるのよ。お金だってどれだけかかるか。私、破壊神の神官じゃなくて良かったわ」 「あの、試験の話はいいんで続きを。何から逃げてたんだ?」  フォスターが脱線しそうだった話を元に戻させた。 「よくわからん。だが、どこかの神衛かのえっぽかった。こいつのように無表情で人形みたいでな」  ビスタークが乗っ取っている身体に手を当てて言った。 「それで赤ん坊を受け取って俺が代わりに逃げた。後で最初に会った場所で落ち合おうと言ってな。なんでも神殿の場所がばれて攻め込まれたと言っていた」 「今までよくここがばれなかったのう」 「俺を追ってきた奴らは全員殺したからな」 「……殺したのか……」 「そうでなきゃ、もっと早くにここがばれていたと思うぜ。……一人殺してしまえば、後は何人殺しても……一緒だ」  ビスタークは何かを噛みしめるように言い、その場の空気が重くなった。 「水の都シーウァテレスで合流する予定だったのにこっちに来たのはどうして?」 「単純に、あっちは砂漠越えがキツそうだったからだ」 「確かに赤子を抱えては大変じゃろうな」 「正直逃げるよりガキの世話の方が大変だった……」 「神の子っていっても小さいうちは人間と変わらないからのう」 「フォスターは育ててないけどリューナは育てたのね」 「また話が反れてます」  フォスターは話脱線阻止係となっていた。 「そういえば、以前レリアさんとビスタークの名前で手紙が届いたことがあったわ」 「えっ本当か? 見せてくれ」 「もう二人とも亡くなった後だったから封を開けずにメモを沿えてそのまま送り返したわよ」 「余計なことを……」 「勝手に読むのは悪いと思ったし、まさかまだここになんて思ってなかったもの。でもね、確か水の都シーウァテレスからだったわ」 「そうか……じゃあやっぱりそこに行くしかないな。差出人の名前は覚えてないか?」 「ごめん、忘れちゃったわ。でも『ストロワ』って書いてあったら少しは気にしたと思うから違う名前だったんじゃないかしら」 「レリアの兄か姉かもしれない。あいつらも破壊神の神官だしな。よし、じゃあ水の都シーウァテレスへ行くことにする」  今後の方向性が決まると、今度はソレムが思いついた疑問を口にした。 「そういえば、神の子を神殿から出すのは力の暴走の恐れがあると思うんじゃが」 「力は封じたと言っていた。どうやったのかは知らんが。そのせいで不具合が出るかもとも」 「不具合?」 「目が見えないのはそのせいじゃないかと思ってる」  リューナの目の動きは見えない者の動きではなく普通だった。まるで見えるかのように対象を追う動き方をする。 「ふむ……で、これから水の都シーウァテレスへ行くんじゃな?」 「ああ。水の都シーウァテレスでストロワか、他の神官達を探すしか無いと思ってる」 「あ、それなら俺、コーシェル達に頼んだんだけど……」 「コーシェルって……ニア姉の息子か。巡礼に出てるのか?」 「そうよ。弟のウォルシフと一緒にね」 「……リューナの母親の名前かと思ってたから、ストロワって女の人がいないか調べてきてくれって頼んだ……」  全員、大きな溜め息をついた。  ニアタが子どもたちの授業をマフティロと交代する時間になったため話は一旦中断になった。  ここの町は人口が少ないため、ほぼ個別授業の塾のような感じである。授業時間もきっちりとは決まっておらず、その日の子どもの体調ややる気で柔軟に対応している。 「こんな呑気にしてる場合じゃねえと思うんだが……まあ今さら慌ててもしょうがねえしな」  ビスタークが慌てて出ていくニアタを見送りながらそう言った。 「そういえば、お前はどういう経緯で死んだんじゃ? 毒に侵されていたみたいじゃったが」 「追いかけてくる奴に投げられたナイフが首の辺りを掠めた時があったんだよ。たぶんその時についた傷から、塗ってあった毒が入ったんじゃねえかな。それから血が止まらなくなったんだ。掠めた傷であれだったんだからかなり強い毒だと思うぞ」  首の左側を示しながら答えた。 「俺が変死したときに何か事情があるのかと思わなかったのか?」 「ヤバい所から借金して娘を借金のカタに取られそうになったんじゃないかって話になってた」 「……なんだそれ」 「素行が悪かったからそういう話になるんじゃ。それにその後特に何もなかったからの、リューナを育てることに気を取られてたんじゃよ。今さらこんなことになるなんてのう」  ビスタークが思い出したように言った。   「そういや神託があったって言ってたな」 「うむ。フォスターにビスタークの遺品を着せるように、というものじゃった」 「……神託って何ですか?」 「神からの指示、というか助言じゃな。色々決まりがあってな……」  またソレムが説明を始めた。    神話の戦争の反省から、神は基本的に人の世に手を出さない方針となった。ただ一回だけ、数百年という神の長い任期中一回だけ「神託」をすることができる。大神官に直接語りかけてくるらしい。  それも問題を解決に向かわせる直接的な指示はできず、人間の力で解決できるよう遠回しな助言しかできないのだという。また、神の子の降臨に関しては神託に含まれないそうだ。 「それでいきなり囲まれて鎧着させられたのか……」  納得したようなしないような感じがした。 「神託があったというのは大変なことなのじゃ。そのおかげでリューナも連れていかれずに済んだじゃろ? ビスタークから事情も聞けたし、神の判断は正しかったんじゃよ」  ソレムの表情は少し嬉しそうであり、ビスタークは鼻で笑うような表情をしていた。    そして一呼吸おいた後ビスタークがこう言った。   「さて、別の人間の身体を使えるうちに、お前を鍛えるか」  そう言いながら食事を終えて立ち上がった。 「へ?」 「お前この前全然戦えてなかったからな。ちょうど良い機会だから稽古つけてやる。覚悟しな」 「そうじゃな。そして立派な神衛になっておくれ」 「だからならないって言ってるじゃないですか。ウォルシフあたりが適任だと思うんですけど」  フォスターは神殿の末っ子を神衛兵に推薦した。 「あの子は鎧持っとらんからのう。あの鎧は神話時代からの骨董品で此処にはあの一個しか残ってないんじゃぞ。あれを買い戻すとなるとのう、相当な金額が……とても払いきれないじゃろうな」 「拘らないでカイルんちに頼んで全く新しいものを作ればいいじゃないですか」 「それになあ、フォスターに着せろっていう神様からのご指示じゃぞ? 断ったらどんな天罰が下るかわからんぞ?」 「えっ……天罰とかそういう話なんですか?」 「別に神衛にならなくても構わんが、戦えないと襲われたときに困るのは確かだからな。妹を護ってやりたいなら、ぐだぐだ文句言わねえでついてこい」  フォスターはビスタークにそう言われ、すごく嫌そうな顔をしながら半ば無理矢理訓練場へ連れて行かれた。



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