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087 罠

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 午後からは仕事をすることになっていた。神殿の聖堂に降臨した大量の水源石シーヴァイトの入った木箱を地下の運河まで運ぶ仕事だ。ここの地下深くには世界の果ての滝の水が溜まってできた地底湖があり、そこから流れ出る川を拡張して流通用の運河として利用している。ビスタークも昔滞在した時にやっていたらしい。建物に換算すると二十階くらいの深さがあるそうだ。 「そんな深いとこまでこの重い木箱を運ぶのか……」 『すげえ鍛えられるぞ。まあ頑張れ』  ビスタークは他人事のように笑いながら軽く言い放った。 「反力石リーペイトでどうにかならないのかな」 『下から上に運ぶのには使ってるらしい。縦長の穴を掘ってあって、荷物を真横に置く感じにしてるから重さが一気に来ないんだとよ。でもそれは商人の仕事で町民がやってるから神衛かのえの仕事紹介には入ってねえんだ』 「縦穴かあ。うちの町の神殿に物を運ぶ時も真下から上がるようにすれば階段使わなくて済むのかな」 『そうかもな』  神殿の地下一階には水源石シーヴァイトを数えて木箱に入れる作業をしている部屋があり、そこで木箱を受け取って地下深くへ繋がっている階段を使い運河の脇にある倉庫へと運ぶ。殆どの神衛兵見習いがこの仕事をしているらしく、またレグンに会った。砂漠で一緒だったという他の三人を紹介されたので挨拶をしてから仕事を開始した。あの怪しい神衛兵も探したが見当たらなかった。高価な転移石エイライトを持っているので金には困っていないのかもしれないと思った。横流しで大量に確保しているのだとすると、価格が高騰したときに少しずつ売っていけば優秀な金策になるからだ。  フォスターは重い荷物を持つのは慣れているはずなのだが、それでも建物に換算して二十階分の高さの階段を下るのは重労働であった。 「足にくるな……これ。荷物運びには慣れてたつもりだったけど、この距離の階段はなかったからな」 「俺、これも昨日から始めたんだけど、今日の訓練休みにしとけばよかったと思ったもんな」 「ホントだよな、俺もそう思った」  レグンの言葉に他の神衛兵も同意する。これを何往復もするのかと思うとうんざりした。上に運ぶ町民は反力石リーペイトを使えばいいから楽でいいなと思う。反力石リーペイトは下りに使うほうが難しい。縦穴があったとしても一度反力石リーペイトを離して一気に荷物と一緒に落ち、地面の直前で荷物を抱えて反力石リーペイトを同時に触り空中で静止しなければならない。相当難しいと思われた。  しかしこの荷運びは訓練よりも鍛えられるのではないだろうか。もしやこれも訓練の一つなのではと思う。もし明日例の囮作戦をするとなったらこの疲れが致命的になるかもしれないと不安を覚えた。  幸い、鎧の照合作業が終わらなかったとのことで翌日に罠を仕掛けることはなく、さらに次の日に決行されることとなった。運良く水源石シーヴァイトを運ぶ仕事が丁度休みの曜日だったため午後は身体を休めることができた。仕事の翌日は筋肉疲労のため足が重く感じたので、またあの重労働をしたら思うように動けないかもしれないと思ったのだ。足が重くてリューナを守れなかったなどあってはならない。警備には複数の神衛兵がつくが、自分の妹は自分自身で守ってやりたかった。  鎧の照合結果は一人合わないのがいたらしい。また、例の怪しい神衛兵の出身は鮭神の町ローソスで、鳥神の町ビルディスの隣にあるという情報を教えてもらった。空の都エイルスパス周辺から来ているというそれぞれの神衛兵には監視を付けたとのことだった。  作戦当日。ダスタムの父親である警備隊長のスヴィルから作戦について話をされた。 『こいつ、出世したんだな……』  ビスタークがそう呟いた。どうやら面識があるらしい。スヴィルもフォスターを見て驚き「親父さんとは昔友達だったんだ」と言っていた。ビスタークは『友達になった覚えはない』と否定していたが。  作戦の内容はリューナが訓練場の真横の入り口で姿を見せておいて、対人訓練に変わる時や整理体操に入る前などの訓練の隙間の時間で行動を起こさせる、というものだ。ただし巡礼に来る神衛兵の中には嫁探しを兼ねている者が多く、リューナに群がる可能性があるという。フォスターはまさかと笑ったが、神衛兵達は「それはある」と納得していた。もしそうなった場合は人混みの中で行動しないと思われるので、人が少ない場所へわざと移動することで誘導し、そこで取り押さえることになっている。  フォスターは出来るだけ入り口付近で訓練を行った。レグンがリューナを気にしている。 「もしかして、今日紹介してくれるのか?」 「あいつ人見知りだし目が見えないんだよ。だから怖がるかもしれない。それでもいいなら」  期待に弾んだような声でレグンが言ってきた。今日はそれどころじゃ無いんだけどな、と思いつつ返事をした。周りの様子を窺うと何やら色めき立っている。神衛兵達の言う通りであった。可愛い女の子がいるから良いところを見せよう、という思惑を感じた。目が見えないので「見せる」意味が無いのだが、皆それを知らないのでなんだか可笑しかった。俺の妹は可愛いだろうという得意げな気持ちと、見た目だけでこんなに人目を惹くのかという動揺が同時に自分の中に起こりなんだか複雑な気分であった。  訓練が終わり残すは整理体操のみ、となったところで見習いの皆の気が緩む。いつもと同じように女子棟へ手を振る者やリューナに手を振っている者までいる。手を振ってもわからないのに、と思うと同時にあの神衛兵の動向に気を配る。警備として見えない場所に都の神衛兵が複数人待機しているのでそこまで心配しなくても良いのかもしれないが。  その緊張感が伝わったのか、鮭神の神衛兵は訓練が終わっても行動を起こさなかった。それより神衛兵達の予想通りリューナが見習い達に囲まれてしまった。例の神衛兵は離れたところから様子を窺い、そしてリューナを無視して通り過ぎていく。警備の神衛兵が一人目配せして後をつけていった。 「君、何処の町から来たの? 神官の巡礼?」 「暇なら一緒にご飯行かない?」  警備が少し離れているため一人に見えるので男達が群がってきてリューナが困っている。今にも泣きそうだ。フォスターが近づきたくても近寄れない。 「フォスター!」  リューナが状況に耐えきれなくて涙目になりながら叫んだ。 「リューナ! 俺はここだ!」  声で位置を知らせると、フォスターに注目が集まる。 「なんだ、もう相手がいるのか」  誰かがそう呟くと、リューナの周りから男達が去って行く。フォスターとレグンと隠れている警備の神衛兵だけが残った。皆、食堂へ向かったのだろう。 「怖かった……」 「あんなに来るとはな……」 「妹だって教えないほうがいいかもな」  レグンがそう言うと、知らない声にリューナがビクッとする。 「俺はレグン。お兄ちゃんの友達だよ。よろしくね、リューナちゃん」 「え……は、はい……」  友達になった覚えはなかったし、このままレグンがリューナの近くにいると鮭神神衛兵がおびきだせないと思った。仕方なくレグンにも小声で作戦の説明をする。 「? なんなのお前ら。そんなヤバイことに巻き込まれてんの?」 「そうなんだよ。だから協力してくれ」  リューナから離れてこそこそと話をした。離れることで誘い出せないか気にしながら。  直後、後ろで何かが倒れる音がした。警備をしていたダスタムが例の神衛兵を床へ押し倒し取り押さえているところだった。手には転移石エイライトが握られている。 「今、お前、何しようとした?」 「……」  相手は答えない。無表情でダスタムを見ているだけだ。 「あれ? お前、なんで?」  レグンが取り押さえられた神衛兵を見て混乱している。先ほどの説明の時に相手のことは伝えていなかったからだろう。  隠れていた警備の神衛兵達が出てきて縄を付けたり手枷を付けたりしている。忘却神の町フォルゲスで自分も付けられたな、などと思い出していると焦ったような声が聞こえた。 「危ない!」  別の知らない神衛兵がリューナに向かって駆け出していた。咄嗟に右手首の格納石ストライトから剣を出して相手に剣圧をぶつける。相手は弾き飛ばされ、建物内の柱にぶつかったところを取り押さえられていた。後で聞いたところによると、監視をしていた神衛兵が声を出して教えてくれたとの話だった。  まだいるかもしれない、とリューナの周りを固めた。取り押さえたほうにも警備が必要になるため人数が減ったからだ。これ以上誘い出しても対処が難しいので危ない橋は渡らせないと判断した。そのためかそれ以降は何も起こらなかった。



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前のエピソード 086 初訓練

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 午後からは仕事をすることになっていた。神殿の聖堂に降臨した大量の水源石シーヴァイトの入った木箱を地下の運河まで運ぶ仕事だ。ここの地下深くには世界の果ての滝の水が溜まってできた地底湖があり、そこから流れ出る川を拡張して流通用の運河として利用している。ビスタークも昔滞在した時にやっていたらしい。建物に換算すると二十階くらいの深さがあるそうだ。 「そんな深いとこまでこの重い木箱を運ぶのか……」 『すげえ鍛えられるぞ。まあ頑張れ』  ビスタークは他人事のように笑いながら軽く言い放った。 「反力石リーペイトでどうにかならないのかな」 『下から上に運ぶのには使ってるらしい。縦長の穴を掘ってあって、荷物を真横に置く感じにしてるから重さが一気に来ないんだとよ。でもそれは商人の仕事で町民がやってるから神衛かのえの仕事紹介には入ってねえんだ』 「縦穴かあ。うちの町の神殿に物を運ぶ時も真下から上がるようにすれば階段使わなくて済むのかな」 『そうかもな』  神殿の地下一階には水源石シーヴァイトを数えて木箱に入れる作業をしている部屋があり、そこで木箱を受け取って地下深くへ繋がっている階段を使い運河の脇にある倉庫へと運ぶ。殆どの神衛兵見習いがこの仕事をしているらしく、またレグンに会った。砂漠で一緒だったという他の三人を紹介されたので挨拶をしてから仕事を開始した。あの怪しい神衛兵も探したが見当たらなかった。高価な転移石エイライトを持っているので金には困っていないのかもしれないと思った。横流しで大量に確保しているのだとすると、価格が高騰したときに少しずつ売っていけば優秀な金策になるからだ。  フォスターは重い荷物を持つのは慣れているはずなのだが、それでも建物に換算して二十階分の高さの階段を下るのは重労働であった。 「足にくるな……これ。荷物運びには慣れてたつもりだったけど、この距離の階段はなかったからな」 「俺、これも昨日から始めたんだけど、今日の訓練休みにしとけばよかったと思ったもんな」 「ホントだよな、俺もそう思った」  レグンの言葉に他の神衛兵も同意する。これを何往復もするのかと思うとうんざりした。上に運ぶ町民は反力石リーペイトを使えばいいから楽でいいなと思う。反力石リーペイトは下りに使うほうが難しい。縦穴があったとしても一度反力石リーペイトを離して一気に荷物と一緒に落ち、地面の直前で荷物を抱えて反力石リーペイトを同時に触り空中で静止しなければならない。相当難しいと思われた。  しかしこの荷運びは訓練よりも鍛えられるのではないだろうか。もしやこれも訓練の一つなのではと思う。もし明日例の囮作戦をするとなったらこの疲れが致命的になるかもしれないと不安を覚えた。  幸い、鎧の照合作業が終わらなかったとのことで翌日に罠を仕掛けることはなく、さらに次の日に決行されることとなった。運良く水源石シーヴァイトを運ぶ仕事が丁度休みの曜日だったため午後は身体を休めることができた。仕事の翌日は筋肉疲労のため足が重く感じたので、またあの重労働をしたら思うように動けないかもしれないと思ったのだ。足が重くてリューナを守れなかったなどあってはならない。警備には複数の神衛兵がつくが、自分の妹は自分自身で守ってやりたかった。  鎧の照合結果は一人合わないのがいたらしい。また、例の怪しい神衛兵の出身は鮭神の町ローソスで、鳥神の町ビルディスの隣にあるという情報を教えてもらった。空の都エイルスパス周辺から来ているというそれぞれの神衛兵には監視を付けたとのことだった。  作戦当日。ダスタムの父親である警備隊長のスヴィルから作戦について話をされた。 『こいつ、出世したんだな……』  ビスタークがそう呟いた。どうやら面識があるらしい。スヴィルもフォスターを見て驚き「親父さんとは昔友達だったんだ」と言っていた。ビスタークは『友達になった覚えはない』と否定していたが。  作戦の内容はリューナが訓練場の真横の入り口で姿を見せておいて、対人訓練に変わる時や整理体操に入る前などの訓練の隙間の時間で行動を起こさせる、というものだ。ただし巡礼に来る神衛兵の中には嫁探しを兼ねている者が多く、リューナに群がる可能性があるという。フォスターはまさかと笑ったが、神衛兵達は「それはある」と納得していた。もしそうなった場合は人混みの中で行動しないと思われるので、人が少ない場所へわざと移動することで誘導し、そこで取り押さえることになっている。  フォスターは出来るだけ入り口付近で訓練を行った。レグンがリューナを気にしている。 「もしかして、今日紹介してくれるのか?」 「あいつ人見知りだし目が見えないんだよ。だから怖がるかもしれない。それでもいいなら」  期待に弾んだような声でレグンが言ってきた。今日はそれどころじゃ無いんだけどな、と思いつつ返事をした。周りの様子を窺うと何やら色めき立っている。神衛兵達の言う通りであった。可愛い女の子がいるから良いところを見せよう、という思惑を感じた。目が見えないので「見せる」意味が無いのだが、皆それを知らないのでなんだか可笑しかった。俺の妹は可愛いだろうという得意げな気持ちと、見た目だけでこんなに人目を惹くのかという動揺が同時に自分の中に起こりなんだか複雑な気分であった。  訓練が終わり残すは整理体操のみ、となったところで見習いの皆の気が緩む。いつもと同じように女子棟へ手を振る者やリューナに手を振っている者までいる。手を振ってもわからないのに、と思うと同時にあの神衛兵の動向に気を配る。警備として見えない場所に都の神衛兵が複数人待機しているのでそこまで心配しなくても良いのかもしれないが。  その緊張感が伝わったのか、鮭神の神衛兵は訓練が終わっても行動を起こさなかった。それより神衛兵達の予想通りリューナが見習い達に囲まれてしまった。例の神衛兵は離れたところから様子を窺い、そしてリューナを無視して通り過ぎていく。警備の神衛兵が一人目配せして後をつけていった。 「君、何処の町から来たの? 神官の巡礼?」 「暇なら一緒にご飯行かない?」  警備が少し離れているため一人に見えるので男達が群がってきてリューナが困っている。今にも泣きそうだ。フォスターが近づきたくても近寄れない。 「フォスター!」  リューナが状況に耐えきれなくて涙目になりながら叫んだ。 「リューナ! 俺はここだ!」  声で位置を知らせると、フォスターに注目が集まる。 「なんだ、もう相手がいるのか」  誰かがそう呟くと、リューナの周りから男達が去って行く。フォスターとレグンと隠れている警備の神衛兵だけが残った。皆、食堂へ向かったのだろう。 「怖かった……」 「あんなに来るとはな……」 「妹だって教えないほうがいいかもな」  レグンがそう言うと、知らない声にリューナがビクッとする。 「俺はレグン。お兄ちゃんの友達だよ。よろしくね、リューナちゃん」 「え……は、はい……」  友達になった覚えはなかったし、このままレグンがリューナの近くにいると鮭神神衛兵がおびきだせないと思った。仕方なくレグンにも小声で作戦の説明をする。 「? なんなのお前ら。そんなヤバイことに巻き込まれてんの?」 「そうなんだよ。だから協力してくれ」  リューナから離れてこそこそと話をした。離れることで誘い出せないか気にしながら。  直後、後ろで何かが倒れる音がした。警備をしていたダスタムが例の神衛兵を床へ押し倒し取り押さえているところだった。手には転移石エイライトが握られている。 「今、お前、何しようとした?」 「……」  相手は答えない。無表情でダスタムを見ているだけだ。 「あれ? お前、なんで?」  レグンが取り押さえられた神衛兵を見て混乱している。先ほどの説明の時に相手のことは伝えていなかったからだろう。  隠れていた警備の神衛兵達が出てきて縄を付けたり手枷を付けたりしている。忘却神の町フォルゲスで自分も付けられたな、などと思い出していると焦ったような声が聞こえた。 「危ない!」  別の知らない神衛兵がリューナに向かって駆け出していた。咄嗟に右手首の格納石ストライトから剣を出して相手に剣圧をぶつける。相手は弾き飛ばされ、建物内の柱にぶつかったところを取り押さえられていた。後で聞いたところによると、監視をしていた神衛兵が声を出して教えてくれたとの話だった。  まだいるかもしれない、とリューナの周りを固めた。取り押さえたほうにも警備が必要になるため人数が減ったからだ。これ以上誘い出しても対処が難しいので危ない橋は渡らせないと判断した。そのためかそれ以降は何も起こらなかった。



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