062 海上
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「リューナ! 大丈夫!?」 ヨマリーが焦って駆け寄ってきた。リューナはフォスターに支えられて床へ座っている。周りにいる乗客もさっきの守護石の光に驚いてざわついている。海面に何かが落ちた音に気付いて人も集まってきていた。 「ちょっと、お兄さん! 私に何かできることある? どうすればいい? やっぱりさっきの人ってリューナを襲おうとしたんだよね?」 「ああ、リューナは今の奴に攫われそうになったんだ。転移石を持ってたみたいだった。不安だからそばにいてやってくれないか。まだ他にもいるかもしれないし」 ヨマリーへリューナと一緒にいてくれるよう頼んだ。 「お兄さんはどうするの?」 「落ちた奴ほっとくわけにもいかないだろ」 それを聞いたリューナがフォスターを掴み怯えた様子で聞く。 「……えっ? フォスター、ここにいてくれないの……?」 「ユヴィラもこっちに頑張って来てくれてるし、ヨマリーもいる。船員にも頼むから。ちょっと助けてくるよ」 ヴァーリオやビスタークが身体を使っていたためフォスター自身に面識は無いが友神の町で襲ってきた者のように操られているのだとしたら、悪いのは操っている者であり操られている者は被害者である。助けてやらなければならないとフォスターは思った。 「……」 リューナは悲しそうにそして不安な様子で黙っている。 「ごめんな、すぐ戻るから」 「絶対すぐ戻ってきてね。気をつけて……」 「大丈夫だよ。反力石があるんだから溺れたりしないよ」 頭を撫でて安心させようとする。 『自業自得なんだからほっとけばいいだろ。お前が行ったら海に引きずり込まれて溺れさせられるぞ』 ビスタークからそう言われたが手を触り「いいえ」の合図を送った。 そう会話している間に他の客が叫んだ。 「人が落ちたぞー!」 それを聞いた船員がすかさず張ってある帆をたたむ作業に入る。帆をたたむことで速度を落とし、海に落ちた者から距離を離さないようにするためだ。 「落ちた人は船員さんが助けてくれるんじゃないの?」 「そうなのかな」 ヨマリーにそう言われてそちらを向くと、船員はロープに浮具を付けて海面へと投げ入れていた。軽い四角い厚い板の真ん中に人が通れる穴の空いている浮具である。フォスターも近くへ寄って見に行ってみた。落ちたのは男のようで仰向けで浮いている。顔が上を向いているので呼吸はできているはずだがどうも反応が無いようだ。 『ここから水面まで二階から三階くらいの高さがあるし、さっきの石の力もあるからな。気絶でもしてるんじゃないか』 ビスタークがそう推測した。帆をたたんで速度は落ちたとはいえ、船は進んでいる。少しずつ男は離れていった。フォスターは一つ思い付いたことがあったので自分たちの部屋へと急いで向かった。ベッドに立て掛けてある盾を持つと再度甲板へ向かう。ビスタークは文句を言うがここで見捨てるのも寝覚めが悪い。 『しょうがねえな……身体にロープ巻きつけて口に遊泳石を入れておけ。忘却石もすぐ取り出せるようにしておけ。あと盾から手を離すなよ。浮いて流れて行っちまうから失くすぞ』 ビスタークはそんなフォスターに呆れつつも妥協して現実的な改善策を述べた。了解、と髪を触り船員に頼みこんでロープを巻いてもらった。 「……ほんとはこんなこと乗客にさせたくないんだよ。大丈夫なのか?」 船員は訝しげにフォスターへ尋ねる。 「これ反力石を使った乗り物なんです。浮いて移動するから大丈夫ですよ」 「じゃあ、さっき投げた浮具を拾って落ちた人にかぶせてくれ。そしたらこっちで引き揚げるから」 仕方ないな、という様子で船員が指示した。 「わかりました。それからお願いなんですが、妹があそこで座り込んでいるので様子を見ていてもらえませんか。目が見えないんです」 「わかった。他の奴に行かせるよ」 船員に苦い顔で心配された後リューナのことを頼んでおいた。そしてフォスターは船の縁から海へ飛び降りて海面すれすれで反力石と盾を起動しその場に浮いた。船で様子を見守っている乗客たちの歓声というより驚いたようなどよめきが聞こえてくる。それを耳にしながら海面を見ると、落ちた男はもう船尾くらいの位置になっている。これ以上離れるとまずい気がした。慎重に盾を走らせ救出へ向かった。その途中でロープの着いた浮き具を拾って自分の腕に通しておいた。 落ちた男はよく見ると鎧を着けていなかった。やはりずっと警戒されないよう普通の客のふりをして見張られていたのだろう。もうすぐ到着という油断しがちな状況を待って狙っていたのかもしれない。フォスターは片手で盾に掴まりながら穴の空いた板の浮き具を男の首に掛けようとした。 急に男がカッと目を見開き、フォスターの腕を掴んだ。 「うわっ!?」 フォスターは虚を衝かれて水中へ引きずり込まれた。男は目を見開いたまま腕を掴みこちらへ敵意を剥き出しにしている。リューナを攫うために邪魔者は排除しろとでも言われているのだろうか。溺れていて必死に掴まっているという感じでは無かった。明らかに自分を溺れさせようという力の入れ方だった。 しかし口に遊泳石を含んでいるため呼吸に何も問題は無く盾を掴んだままなのも手伝って沈みもしない。フォスターは泳いだことが無いためあまり自由には動けないがそれだけだ。向こうが呼吸出来ずに苦しむだけであった。男の意識が無いと思い込んでいたので驚きはしたがフォスターとしては水に落ちただけである。慌てずに男の腕を振りほどいて顔を水面へ出し用意しておいた忘却石を相手の額に当てて呟いた。 「俺たちのことを忘れて自分を取り戻すんだ」 忘却神大神官ロスリーメとの契約通り、相手の幸せを願いながら使った。すると忘却石は白く光った後跡形もなく消えていった。とたんに男の力が抜ける。浮具の穴に男の身体をしっかり通し、反力石を握らせた。盾で船の進行方向へ走りながら男を上に投げる。反力石で重さが無くなって勢いをつけて飛ばしたのであとは船員が回収してくれるはずだ。 『あいつ転移石は持ってたか?』 「え、いや……持ってなかったように見えたけど」 『やっぱりそうか。さっきリューナを攫おうとしてた時には持ってたよな?』 「そう見えたな」 『……海に落ちてったんだろうな』 「たぶんな……欲しかったなあ」 珍しく二人の要望が一致したが転移石は手に入らなかった。 『また他の奴が襲いにきたら奪おう』 「……それって泥棒じゃないのか」 『悪いことをした奴にお仕置きしてるだけだ。どうせ忘却石を使ったら転移石の存在も忘れるんだし有効利用しようぜ』 そんな会話をしながらフォスターも盾と反力石を使いロープを辿って甲板へと戻った。全身がびしょ濡れだったので船員がタオルと乾燥石を貸してくれた。これで濡れた布を撫でると乾く便利な神の石である。身体は乾燥しないので髪などはタオルを使った。乾燥石も欲しいのだが乾燥神の町が遠く値段も高いのでフォスターは持っていない。 リューナはヨマリーとユヴィラと一緒にいて無事だ。船員も近くにいる。さっきの船員に頼んでおいたおかげだろう。 「リューナ、少しは落ち着いたか?」 「……フォスターが戻ってくるまでは落ち着かなかったよ……」 「もう大丈夫だから。心配させちゃったな」 まだ少しだけ手が濡れていたので軽く触れる程度に頭を撫でてやった。ヨマリーが一瞬目を輝かせて見ていたのだが、すぐに真剣な顔をして二人に謝った。 「……ごめんなさい。私がリューナを連れて歩いたせいだよね。あんなことになるなんて、思わなかった」 「ヨマリーのせいじゃないよ」 「うん、悪いのは攫おうとしてる奴らだからな」 「だから気にしないで」 「……うん」 ヨマリーの元気が無いのを初めて見た気がした。 「ユヴィラのほうは平気なのか?」 「まだ具合悪いよ……びっくりしてる間は忘れられたけどね」 フォスターはもうすっかり慣れてユヴィラに対して敬語は使わなくなっていた。 「君たち、ちょっといいかな」 船員が複数人寄って来ていた。これは面倒なやつだ――とフォスターは直感した。そしてそれは正解だった。事情聴取が始まったのである。
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