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061 甲板

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 昼食後、ヨマリーが少し船酔いしたとのことで部屋に籠って大人しく過ごすことになった。反力石リーペイトで浮けば揺れることが無いので少し気分が良くなるのではないかと提案したのだが、試してみたら理力を使うとより気分が悪くなるとのことで普通にベッドで寝ることになった。  リューナは図書神の町イプコスで流行っているという物語の本をヨマリーから貸してもらい、言文石リーサイトでなぞって読んでいた。かなり面白かったらしい。ヨマリーが元気になった後で「続きは無いの?」と催促していた。残念ながら無かったらしいが。  外に出なければ安全ではあるのだがとにかく暇だった。その場でできる腕立て伏せ等の訓練はしたが他にやることが無い。 「暇だな……」 「暇だねえ」  ユヴィラが同意した。 「さっきみたいに見回りはしないの?」 「ああ……さっきは部屋から追い出されたから。部屋で一緒にいるほうが安心ですしね」  だんだん慣れてきたのかフォスターのユヴィラに対する言葉遣いが怪しくなってきている。 「確かに。じゃあ話でもしようか」  それぞれの地元の話をして時間を潰した。ユヴィラは町で印刷物の原稿を作る仕事をしているのだそうだ。ヨマリーも既に働いていて頑張って貯金をし、以前から希望していた自分に合った眼鏡を作りに来たらしい。  眠って少し具合の良くなったヨマリーが起き出したのでリューナと共に風呂へ入らせ、その前で警備をした以外はずっと部屋に籠っていた。その日は夕食も部屋でとることにした。作っておいた海鮮のトマトシチューを四人で分けて食べた。  二日目と三日目も天気が悪いだけで特に問題なく暇をもてあまして過ごした。悪天候の中では外に出られなかったので部屋を出るのは食事と風呂、散歩や用を足す時くらいであった。雨風が酷くても船神の石である船石ヒプサイトをあちこちに仕込んであるらしく転覆や浸水の危険は無いらしい。何事も無いというのは良いことなのだが暇すぎて油断をしそうであった。緊張感が失われていったのである。  船の進行状況に関しては風の向きがあまり良くないという噂が聞こえてきた。食堂で船員から向こうの大陸までおそらく四日かかるだろう、と知らされた。  四日目は天気が回復した。大陸は既に見えている。世界が平面なため大陸は空気が相当澄んでさえいれば最初から見えているはずなのだがそうそうあることでは無いらしい。船員によると到着は夕方になるだろうとのことだった。  雨があがった祝杯と言いながら朝からユヴィラが酒盛りを始めた。ビスタークが物凄く羨ましがっていたがフォスターは無視を決め込んだ。時停石ティーマイトで鮮度を保っている生牡蠣をつまみに飲んでいたのだが、フォスターとリューナは牡蠣を知らないため生で食べると聞いて驚いた。 「そうか、食べたこと無いんだね。食べてみる?」  ユヴィラが勧めてきた。 「俺はちょっと生は……」  フォスターは生ものに抵抗があったため断った。 「じゃあ一つもらってもいいですか?」  リューナは興味を持って生ものに挑戦しようとした。 「じゃあそっちの皿に置くね。殻を手で持ってちゅるんと吸い込むようにして一気にいってみて」  檸檬を絞った生牡蠣をリューナの皿に置いた。 「ありがとうございます。いただきます!」  口の中へ一気に入れて味わった。 「うわあ、美味しい! すごいとろける! こんなの初めてです」 「喜んでもらえて良かった。リューナの良い食べっぷりを見てるとこっちも嬉しくなるよね」 「わかる!」  ヨマリーが同意した。リューナはにこにこしている。フォスターはこの前余計なことを言って怒られたので口を噤んだ。  朝食後、ユヴィラが船酔いし始めた。 「……気持ち悪い……」 「あれ、兄貴も船酔い? それとも牡蠣に当たった?」 「わかんないけど、ちょっと外で風に当たってくる……」 「朝から酒盛りなんかするからだよ」 「うーん、そうなのかなあ……行きも朝から飲んだけど、その時は大丈夫だったのになあ……」 「私だって行きは大丈夫だったよ。その時の状況によるんだよ、きっと」  ユヴィラとヨマリーはそんな会話をしながら甲板へ移動した。 「私も外の空気吸いたい」 「そうだな。ずっと部屋に籠ってたから広いところ行きたいよな」  フォスターとリューナも甲板へ出ることにした。 「あー、大陸が見える! ……この旅ももうすぐ終わりかあ……寂しいな……」 「……帰ったら仕事だ……仕事したくない……」  ヨマリーは感慨に浸っている様子だったが、ユヴィラのほうはこの先の現実を考えて項垂れていた。 「もー、兄貴は! そんなこと考えてると余計に気持ち悪くなるよ。まだ起きてない先のことを考えて暗くなるより今を楽しんだほうが時間を有意義に使えると思うけどな!」  ヨマリーの言葉は前向きだ。確かにリューナの今後のことを考えると暗くなる。しかしそれはその時に考えればいいのだ。フォスターも今を楽しもうと思った。 「良い考えかただね」  リューナも同意した。 「だってまだ起きてないことを考えて嫌な気持ちになるなんて、損でしかないよ! 楽しいことを考えてたほうが圧倒的にお得だよ!」 「損得で考えるのかあ」 「そのほうが納得できるかと思って。嫌なことがあった時もそう考えるといいよ! ムカついたことで自分の貴重な時間を使うなんて損でしか無いって!」 「ふふっ、今度からそうしてみるね」  笑って返事をしたリューナにヨマリーが慌てて付け加えた。 「あっ、でも真面目に考えなきゃいけないことから逃げるってことでは無いからね! 嫌でもやらなきゃならないことってあるし。ただ、その時だけちゃんと向き合って、憂鬱な気分を先取りしたり後に嫌な気持ちを引きずったりしないってだけで!」 「……お前、うるさい……俺は気持ち悪いんだから、騒がないでくれよ……」  ユヴィラがヨマリーに苦情を言った。 「あ、ごめんごめん。じゃあリューナ、ちょっと兄貴から離れようか」 「うん」  そう言って船首のほうから少し後ろの帆のほうへ手を繋いで移動し始めた。フォスターもユヴィラを一人にするのは気が引けたが、リューナから目を離すわけにはいかないので後を追った。  その時、帆柱の後ろから急に出てきた人影があった。一瞬のことだったのだが、フォスターは時間がゆっくり流れたような感覚になった。その者はヨマリーからリューナを引き剥がし、以前ヴァーリオがしたように転移石エイライトを自分の額に当てようとしていた。 「リューナ!」  フォスターは自分の身体が思うように動かないと感じられる中、腹の底から全身を使うように声を出して叫んだ。リューナは何が起きたのか咄嗟にはわからなかったのだが、フォスターの焦ったような声を聞いて今まさに自分が攫われそうになっていることを自覚した。  油断していた。船に乗ってから今まで何事もなかった。ずっと初めてできた友達と楽しく過ごしていた。もうすぐその友達と別れてしまうが、その前に今を全力で楽しもうとしたところだったのに。楽しかった。とても楽しかったのだ。家族以外の人間とここまで楽しく過ごせたのは初めてだった。  一瞬の間にヨマリー達と過ごした数日間を思い返していた。眼神の町アークルスで初めて出会い一緒に風呂へ入ったこと、友情石フリアイトをあげたこと、港で偶然再会できて嬉しかったこと、二人だけで恋愛の話をしたこと。  そうやって思い返すうちに、ヨマリーの兄ユヴィラから石を貰っていたことを思い出した。守護石ナディガイトの存在を思い出したのだ。 「助けて! 神様! フォスター!」  リューナが叫ぶと守護石ナディガイトを入れていたポケットからまばゆい光が溢れた。リューナを攫おうとしていた者は弾き飛ばされ、海へ落ちていった。 「大変!」  ヨマリーが光と何かが落ちた水音に気がついてリューナを見て、そして海面を見た。  リューナは青ざめていた。脚に力が入らない。その場にへたりこむところをフォスターに支えられた。 「リューナ、良かった……大丈夫か?」 「う、うん……」  フォスターは安堵したものの、何も出来なかった自分が情けなくそして悔しかった。



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 昼食後、ヨマリーが少し船酔いしたとのことで部屋に籠って大人しく過ごすことになった。反力石リーペイトで浮けば揺れることが無いので少し気分が良くなるのではないかと提案したのだが、試してみたら理力を使うとより気分が悪くなるとのことで普通にベッドで寝ることになった。  リューナは図書神の町イプコスで流行っているという物語の本をヨマリーから貸してもらい、言文石リーサイトでなぞって読んでいた。かなり面白かったらしい。ヨマリーが元気になった後で「続きは無いの?」と催促していた。残念ながら無かったらしいが。  外に出なければ安全ではあるのだがとにかく暇だった。その場でできる腕立て伏せ等の訓練はしたが他にやることが無い。 「暇だな……」 「暇だねえ」  ユヴィラが同意した。 「さっきみたいに見回りはしないの?」 「ああ……さっきは部屋から追い出されたから。部屋で一緒にいるほうが安心ですしね」  だんだん慣れてきたのかフォスターのユヴィラに対する言葉遣いが怪しくなってきている。 「確かに。じゃあ話でもしようか」  それぞれの地元の話をして時間を潰した。ユヴィラは町で印刷物の原稿を作る仕事をしているのだそうだ。ヨマリーも既に働いていて頑張って貯金をし、以前から希望していた自分に合った眼鏡を作りに来たらしい。  眠って少し具合の良くなったヨマリーが起き出したのでリューナと共に風呂へ入らせ、その前で警備をした以外はずっと部屋に籠っていた。その日は夕食も部屋でとることにした。作っておいた海鮮のトマトシチューを四人で分けて食べた。  二日目と三日目も天気が悪いだけで特に問題なく暇をもてあまして過ごした。悪天候の中では外に出られなかったので部屋を出るのは食事と風呂、散歩や用を足す時くらいであった。雨風が酷くても船神の石である船石ヒプサイトをあちこちに仕込んであるらしく転覆や浸水の危険は無いらしい。何事も無いというのは良いことなのだが暇すぎて油断をしそうであった。緊張感が失われていったのである。  船の進行状況に関しては風の向きがあまり良くないという噂が聞こえてきた。食堂で船員から向こうの大陸までおそらく四日かかるだろう、と知らされた。  四日目は天気が回復した。大陸は既に見えている。世界が平面なため大陸は空気が相当澄んでさえいれば最初から見えているはずなのだがそうそうあることでは無いらしい。船員によると到着は夕方になるだろうとのことだった。  雨があがった祝杯と言いながら朝からユヴィラが酒盛りを始めた。ビスタークが物凄く羨ましがっていたがフォスターは無視を決め込んだ。時停石ティーマイトで鮮度を保っている生牡蠣をつまみに飲んでいたのだが、フォスターとリューナは牡蠣を知らないため生で食べると聞いて驚いた。 「そうか、食べたこと無いんだね。食べてみる?」  ユヴィラが勧めてきた。 「俺はちょっと生は……」  フォスターは生ものに抵抗があったため断った。 「じゃあ一つもらってもいいですか?」  リューナは興味を持って生ものに挑戦しようとした。 「じゃあそっちの皿に置くね。殻を手で持ってちゅるんと吸い込むようにして一気にいってみて」  檸檬を絞った生牡蠣をリューナの皿に置いた。 「ありがとうございます。いただきます!」  口の中へ一気に入れて味わった。 「うわあ、美味しい! すごいとろける! こんなの初めてです」 「喜んでもらえて良かった。リューナの良い食べっぷりを見てるとこっちも嬉しくなるよね」 「わかる!」  ヨマリーが同意した。リューナはにこにこしている。フォスターはこの前余計なことを言って怒られたので口を噤んだ。  朝食後、ユヴィラが船酔いし始めた。 「……気持ち悪い……」 「あれ、兄貴も船酔い? それとも牡蠣に当たった?」 「わかんないけど、ちょっと外で風に当たってくる……」 「朝から酒盛りなんかするからだよ」 「うーん、そうなのかなあ……行きも朝から飲んだけど、その時は大丈夫だったのになあ……」 「私だって行きは大丈夫だったよ。その時の状況によるんだよ、きっと」  ユヴィラとヨマリーはそんな会話をしながら甲板へ移動した。 「私も外の空気吸いたい」 「そうだな。ずっと部屋に籠ってたから広いところ行きたいよな」  フォスターとリューナも甲板へ出ることにした。 「あー、大陸が見える! ……この旅ももうすぐ終わりかあ……寂しいな……」 「……帰ったら仕事だ……仕事したくない……」  ヨマリーは感慨に浸っている様子だったが、ユヴィラのほうはこの先の現実を考えて項垂れていた。 「もー、兄貴は! そんなこと考えてると余計に気持ち悪くなるよ。まだ起きてない先のことを考えて暗くなるより今を楽しんだほうが時間を有意義に使えると思うけどな!」  ヨマリーの言葉は前向きだ。確かにリューナの今後のことを考えると暗くなる。しかしそれはその時に考えればいいのだ。フォスターも今を楽しもうと思った。 「良い考えかただね」  リューナも同意した。 「だってまだ起きてないことを考えて嫌な気持ちになるなんて、損でしかないよ! 楽しいことを考えてたほうが圧倒的にお得だよ!」 「損得で考えるのかあ」 「そのほうが納得できるかと思って。嫌なことがあった時もそう考えるといいよ! ムカついたことで自分の貴重な時間を使うなんて損でしか無いって!」 「ふふっ、今度からそうしてみるね」  笑って返事をしたリューナにヨマリーが慌てて付け加えた。 「あっ、でも真面目に考えなきゃいけないことから逃げるってことでは無いからね! 嫌でもやらなきゃならないことってあるし。ただ、その時だけちゃんと向き合って、憂鬱な気分を先取りしたり後に嫌な気持ちを引きずったりしないってだけで!」 「……お前、うるさい……俺は気持ち悪いんだから、騒がないでくれよ……」  ユヴィラがヨマリーに苦情を言った。 「あ、ごめんごめん。じゃあリューナ、ちょっと兄貴から離れようか」 「うん」  そう言って船首のほうから少し後ろの帆のほうへ手を繋いで移動し始めた。フォスターもユヴィラを一人にするのは気が引けたが、リューナから目を離すわけにはいかないので後を追った。  その時、帆柱の後ろから急に出てきた人影があった。一瞬のことだったのだが、フォスターは時間がゆっくり流れたような感覚になった。その者はヨマリーからリューナを引き剥がし、以前ヴァーリオがしたように転移石エイライトを自分の額に当てようとしていた。 「リューナ!」  フォスターは自分の身体が思うように動かないと感じられる中、腹の底から全身を使うように声を出して叫んだ。リューナは何が起きたのか咄嗟にはわからなかったのだが、フォスターの焦ったような声を聞いて今まさに自分が攫われそうになっていることを自覚した。  油断していた。船に乗ってから今まで何事もなかった。ずっと初めてできた友達と楽しく過ごしていた。もうすぐその友達と別れてしまうが、その前に今を全力で楽しもうとしたところだったのに。楽しかった。とても楽しかったのだ。家族以外の人間とここまで楽しく過ごせたのは初めてだった。  一瞬の間にヨマリー達と過ごした数日間を思い返していた。眼神の町アークルスで初めて出会い一緒に風呂へ入ったこと、友情石フリアイトをあげたこと、港で偶然再会できて嬉しかったこと、二人だけで恋愛の話をしたこと。  そうやって思い返すうちに、ヨマリーの兄ユヴィラから石を貰っていたことを思い出した。守護石ナディガイトの存在を思い出したのだ。 「助けて! 神様! フォスター!」  リューナが叫ぶと守護石ナディガイトを入れていたポケットからまばゆい光が溢れた。リューナを攫おうとしていた者は弾き飛ばされ、海へ落ちていった。 「大変!」  ヨマリーが光と何かが落ちた水音に気がついてリューナを見て、そして海面を見た。  リューナは青ざめていた。脚に力が入らない。その場にへたりこむところをフォスターに支えられた。 「リューナ、良かった……大丈夫か?」 「う、うん……」  フォスターは安堵したものの、何も出来なかった自分が情けなくそして悔しかった。



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