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029 旅生活

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 フォスターは白骨の灰を地面に埋めて簡単な墓を作った。装備していた鎧と盾と剣を軽く掘った場所へ立たせて置き、土で周りを固めただけの簡易的なものだ。小屋から少し離れた場所だが、街道から見える位置なので他の人が見たら怪訝に思われることだろう。でももしかしたらこの鎧がどこの町のものかわかる人が通り掛かるかもしれない。そうすればこの遺品の装備品を生まれ故郷の町に返してあげることができるかもしれない。そう考えてこの位置にした。  そんなことをしていたら時間がかかり、すっかり遅くなってしまった。 「おなかすいた……」    リューナが腹を空かし悲しそうな表情で肩を落として座り込み動けなくなっている。フォスターはそんな妹を見てやれやれと思いながら左手の格納石ストライトから大袋を取り出した。 『は? 何で盾が仕舞われず置きっぱなしになってるのかと思ったら、そんな大袋を入れてたのかよ!』  ビスタークが驚いて呆れたように言う。ほぼ盾として使われていないそれは入口の扉の近くに立て掛けられている。   「いいじゃねえかよ。荷物持たずに済むんだから。どうせ盾にはほとんど乗ってるんだからその方が合理的だろ」  フォスターはそう言いながら大袋の中に入っている箱を出す。しっかり蓋の閉まる瓶とパンを箱から取り出した。箱の中には時停石ティーマイトが入っている。 「ほら、リューナ。遅くなったけど晩飯にするぞ。手は綺麗にしたか?」 「したよー。フォスターも土とかで汚れてるでしょ。はい、石」 「もうやったよ」  リューナに洗浄石クレアイトを渡される。清浄神クレアリスの石でありこれで手を拭うと清潔になるのである。渡されたもののフォスターは既に洗った後だった。洗浄石クレアイトを小袋へしまい、瓶の蓋を開けて深皿に肉がごろごろ入ったトマトスープを入れ、スプーンと一緒にリューナへ渡した。皿やスプーン等の食器類は全部大袋にしまっておいたのだ。 『お前ら、完全に旅行気分だよな? 楽しんでるよな? お前友達に「遊びに行くわけじゃない」とか言ってたくせによ。わざわざ時停石ティーマイトで出来立ての物を用意しねえだろ普通』  ビスタークが呆れたように言ってきたが無視した。そうは言っても、旅の真の目的を考えると暗い気持ちになるばかりではないか。目の前のことを楽しんで何が悪い、とフォスターは考える。長旅に食べる物は大事だと思うのだ。たまにならいいがあまりに質素な食べ物ばかりだと悲しくなってくる。それにリューナは大食いなのだ。困ったことにフォスターの倍は食べる。 「いただきまーす」  そんなことを考えているフォスターには全く気付いていない様子のリューナが笑顔で食べ始めた。何でも美味しそうに、幸せそうに食べるのが彼女の長所だ。つい沢山食べさせたくなってしまう。料理を作ってやる甲斐があるというものだ。「たくさんおたべ」と微笑ましく見守る母親の気持ちになっている。自分の分の用意をしているとリューナがおずおずと聞いてきた。 「おかわり、ある? 美味しかった!」  リューナはいつも夜にはおかわりを要求するので想定内である。残りを全てリューナの深皿に入れてやった。追加のパンも渡す。にこにこと笑顔を浮かべとても嬉しそうである。 「わーい。ありがとう」    食べた栄養分はどこへ消えているのだろうか。決して太っている訳ではないが胸が大きいので全部そこに行っているのかもしれない。もしかして神の子というのはよく食べるものなのだろうか。リューナが食べることに夢中なあいだ、小声でビスタークに聞いてみた。 『そんなこと無いはずだ。神は食べなくても死なないんだからな』  じゃあやっぱり神の子ではなく人違いじゃないのか、と食べながらフォスターは思っていた。  神も食事をするらしい、ということは知っている。昔、リューナがやってきた子どもの頃、聖堂へ行き家族で祈ったことがある。その際、酒と料理を供物として持って行ったのだが皆の祈りと共に目の前から消えたのだ。後から食器や酒瓶等は戻ってきたのがまた不思議だった。神様は本当にいるのだと信じられる出来事だった。いつも運んでいた供物用の酒樽も後から空になった樽だけ戻ってくる。戻ってきたらまた酒造場へ戻して酒を入れてもらい供物とするのである。  自分が旅に出てしまったので、この供物を運ぶ仕事は養父のジーニェルがすることになった。ジーニェルは力こそあるものの、もう五十六歳である。足腰が少し心配だ。ジーニェルは従弟であるビスタークとは十六歳差だった。カイルの両親はまだ四十前後なので、フォスター達の親としては高齢である。カイルの母親のパージェは十九歳でカイルを産んでいるため、こちらはこちらで早いのであるが。  大袋から毛布を二枚、枕を二つ取り出してリューナに渡す。今日はベッドが無いので硬い木の板の上でこれにくるまって寝ることになる。 『枕まで持ってきたのか……』  ビスタークが呆れているが無視した。いつもの枕が無いと眠れないではないかと思いながら寝る場所に設置する。板に直接頭を乗せて寝ると疲れが全く取れないと思う。旅立ったばかりだというのにフォスターはとても疲れていたのだ。悪霊が出てきたせいかもしれないと思っていた。 「おやすみなさーい」  リューナはさっさと眠ったようだ。フォスターはリューナから少し離れて横になる。リューナは少々寝相が悪いので蹴られるおそれがあるからだ。時間的に両親もこれから寝るところだろうか。時刻石ティライトは緑色、時の刻を示している。まだ日付は変わっていないようだ。日付が変わると石は黒くなり闇の刻となる。  フォスターはなかなか寝付けなかった。疲れてはいるのだが旅に出たばかり、しかも初めて悪霊を目にして興奮状態なのだろうと思った。目を閉じて横になってはいるものの、普段気の強い養母ホノーラが出発の際泣き出してしまったことや苦い表情をしていた養父ジーニェルの顔が思い浮かび暗いことを考えてしまいため息が出る。  ビスタークの宿った帯をつけたまま寝ているので真上を向いて寝られない。結び目が頭の後ろにあるため横を向かなければならないのだ。落ち着かないので何度も寝返りをうっていると目の前で寝ていたはずのリューナが目を開けた。目を開けても見えないはずなのだが、こういうところが本当は見えるのではないかと錯覚してしまう。 「フォスター、眠れないの?」 「うん……ごめん、起こしちゃったか」 「ちょっとうとうとしたけど、起こしたってわけじゃないよ」 「なんか寝付けなくてな……」 「私も。二人で他の町に行くなんて初めてだもんね。変なのは出てきたけど楽しくて」  リューナは笑顔でそう語る。寝付けない理由はフォスターとは真逆のようだ。変なのとは骨の悪霊のことであろう。二人で、と言っているがビスタークがいるので本当は三人である。だが今言うとおそらく気分を害するだろうと思ったので突っ込まなかった。 「そうか。楽しいなら良かった」 「お父さんとお母さんはもう寝た頃かな」 「たぶんな」  時刻石ティライトを取り出すと黒くなっていた。もう翌日になってしまったようだ。 「眠れなくても目は閉じて横になってたほうが良いんだって、ニアタさんが言ってたよ」 「そうか。じゃあそうするよ」 「もう変な気配は感じないし、心配しなくても大丈夫だと思うよ。おやすみなさい」 「ん、おやすみ」  リューナには自分が不安を感じているとばれていたようだ。不安の理由は悪霊などではなくリューナ本人のことなので全部ばれたわけではないが。  ――どうか、リューナが破壊神の子なんかではなく、ただ巻き込まれただけの普通の子でありますように――そう願いながら、フォスターは目を閉じた。



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029 旅生活

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 フォスターは白骨の灰を地面に埋めて簡単な墓を作った。装備していた鎧と盾と剣を軽く掘った場所へ立たせて置き、土で周りを固めただけの簡易的なものだ。小屋から少し離れた場所だが、街道から見える位置なので他の人が見たら怪訝に思われることだろう。でももしかしたらこの鎧がどこの町のものかわかる人が通り掛かるかもしれない。そうすればこの遺品の装備品を生まれ故郷の町に返してあげることができるかもしれない。そう考えてこの位置にした。  そんなことをしていたら時間がかかり、すっかり遅くなってしまった。 「おなかすいた……」    リューナが腹を空かし悲しそうな表情で肩を落として座り込み動けなくなっている。フォスターはそんな妹を見てやれやれと思いながら左手の格納石ストライトから大袋を取り出した。 『は? 何で盾が仕舞われず置きっぱなしになってるのかと思ったら、そんな大袋を入れてたのかよ!』  ビスタークが驚いて呆れたように言う。ほぼ盾として使われていないそれは入口の扉の近くに立て掛けられている。   「いいじゃねえかよ。荷物持たずに済むんだから。どうせ盾にはほとんど乗ってるんだからその方が合理的だろ」  フォスターはそう言いながら大袋の中に入っている箱を出す。しっかり蓋の閉まる瓶とパンを箱から取り出した。箱の中には時停石ティーマイトが入っている。 「ほら、リューナ。遅くなったけど晩飯にするぞ。手は綺麗にしたか?」 「したよー。フォスターも土とかで汚れてるでしょ。はい、石」 「もうやったよ」  リューナに洗浄石クレアイトを渡される。清浄神クレアリスの石でありこれで手を拭うと清潔になるのである。渡されたもののフォスターは既に洗った後だった。洗浄石クレアイトを小袋へしまい、瓶の蓋を開けて深皿に肉がごろごろ入ったトマトスープを入れ、スプーンと一緒にリューナへ渡した。皿やスプーン等の食器類は全部大袋にしまっておいたのだ。 『お前ら、完全に旅行気分だよな? 楽しんでるよな? お前友達に「遊びに行くわけじゃない」とか言ってたくせによ。わざわざ時停石ティーマイトで出来立ての物を用意しねえだろ普通』  ビスタークが呆れたように言ってきたが無視した。そうは言っても、旅の真の目的を考えると暗い気持ちになるばかりではないか。目の前のことを楽しんで何が悪い、とフォスターは考える。長旅に食べる物は大事だと思うのだ。たまにならいいがあまりに質素な食べ物ばかりだと悲しくなってくる。それにリューナは大食いなのだ。困ったことにフォスターの倍は食べる。 「いただきまーす」  そんなことを考えているフォスターには全く気付いていない様子のリューナが笑顔で食べ始めた。何でも美味しそうに、幸せそうに食べるのが彼女の長所だ。つい沢山食べさせたくなってしまう。料理を作ってやる甲斐があるというものだ。「たくさんおたべ」と微笑ましく見守る母親の気持ちになっている。自分の分の用意をしているとリューナがおずおずと聞いてきた。 「おかわり、ある? 美味しかった!」  リューナはいつも夜にはおかわりを要求するので想定内である。残りを全てリューナの深皿に入れてやった。追加のパンも渡す。にこにこと笑顔を浮かべとても嬉しそうである。 「わーい。ありがとう」    食べた栄養分はどこへ消えているのだろうか。決して太っている訳ではないが胸が大きいので全部そこに行っているのかもしれない。もしかして神の子というのはよく食べるものなのだろうか。リューナが食べることに夢中なあいだ、小声でビスタークに聞いてみた。 『そんなこと無いはずだ。神は食べなくても死なないんだからな』  じゃあやっぱり神の子ではなく人違いじゃないのか、と食べながらフォスターは思っていた。  神も食事をするらしい、ということは知っている。昔、リューナがやってきた子どもの頃、聖堂へ行き家族で祈ったことがある。その際、酒と料理を供物として持って行ったのだが皆の祈りと共に目の前から消えたのだ。後から食器や酒瓶等は戻ってきたのがまた不思議だった。神様は本当にいるのだと信じられる出来事だった。いつも運んでいた供物用の酒樽も後から空になった樽だけ戻ってくる。戻ってきたらまた酒造場へ戻して酒を入れてもらい供物とするのである。  自分が旅に出てしまったので、この供物を運ぶ仕事は養父のジーニェルがすることになった。ジーニェルは力こそあるものの、もう五十六歳である。足腰が少し心配だ。ジーニェルは従弟であるビスタークとは十六歳差だった。カイルの両親はまだ四十前後なので、フォスター達の親としては高齢である。カイルの母親のパージェは十九歳でカイルを産んでいるため、こちらはこちらで早いのであるが。  大袋から毛布を二枚、枕を二つ取り出してリューナに渡す。今日はベッドが無いので硬い木の板の上でこれにくるまって寝ることになる。 『枕まで持ってきたのか……』  ビスタークが呆れているが無視した。いつもの枕が無いと眠れないではないかと思いながら寝る場所に設置する。板に直接頭を乗せて寝ると疲れが全く取れないと思う。旅立ったばかりだというのにフォスターはとても疲れていたのだ。悪霊が出てきたせいかもしれないと思っていた。 「おやすみなさーい」  リューナはさっさと眠ったようだ。フォスターはリューナから少し離れて横になる。リューナは少々寝相が悪いので蹴られるおそれがあるからだ。時間的に両親もこれから寝るところだろうか。時刻石ティライトは緑色、時の刻を示している。まだ日付は変わっていないようだ。日付が変わると石は黒くなり闇の刻となる。  フォスターはなかなか寝付けなかった。疲れてはいるのだが旅に出たばかり、しかも初めて悪霊を目にして興奮状態なのだろうと思った。目を閉じて横になってはいるものの、普段気の強い養母ホノーラが出発の際泣き出してしまったことや苦い表情をしていた養父ジーニェルの顔が思い浮かび暗いことを考えてしまいため息が出る。  ビスタークの宿った帯をつけたまま寝ているので真上を向いて寝られない。結び目が頭の後ろにあるため横を向かなければならないのだ。落ち着かないので何度も寝返りをうっていると目の前で寝ていたはずのリューナが目を開けた。目を開けても見えないはずなのだが、こういうところが本当は見えるのではないかと錯覚してしまう。 「フォスター、眠れないの?」 「うん……ごめん、起こしちゃったか」 「ちょっとうとうとしたけど、起こしたってわけじゃないよ」 「なんか寝付けなくてな……」 「私も。二人で他の町に行くなんて初めてだもんね。変なのは出てきたけど楽しくて」  リューナは笑顔でそう語る。寝付けない理由はフォスターとは真逆のようだ。変なのとは骨の悪霊のことであろう。二人で、と言っているがビスタークがいるので本当は三人である。だが今言うとおそらく気分を害するだろうと思ったので突っ込まなかった。 「そうか。楽しいなら良かった」 「お父さんとお母さんはもう寝た頃かな」 「たぶんな」  時刻石ティライトを取り出すと黒くなっていた。もう翌日になってしまったようだ。 「眠れなくても目は閉じて横になってたほうが良いんだって、ニアタさんが言ってたよ」 「そうか。じゃあそうするよ」 「もう変な気配は感じないし、心配しなくても大丈夫だと思うよ。おやすみなさい」 「ん、おやすみ」  リューナには自分が不安を感じているとばれていたようだ。不安の理由は悪霊などではなくリューナ本人のことなので全部ばれたわけではないが。  ――どうか、リューナが破壊神の子なんかではなく、ただ巻き込まれただけの普通の子でありますように――そう願いながら、フォスターは目を閉じた。



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