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034 拘束

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 フォスターは崖下をおそるおそる見下ろした。 「海は崖下だから水には触れないなあ」 「えーっ。これで降りればいいじゃない」  リューナは海水に触る気でいたようだ。盾を使えば可能だと主張した。 「うーん、まあできるとは思うけど……途中で壊れたりしないよな? それだけが不安で」 「反力石リーペイトがあるんだから落ちることはないよ」 「まあ、そうだけどさ……」  最悪の場合を想定して、崖を掴める位置から下に降りてみることになった。フォスターが操縦桿を握り、水面ギリギリの位置で止まる。リューナはフォスターの足に片腕でしがみつきながら、もう片方の手を伸ばして海水に触れた。 「わあ! 結構冷たい!」  フォスターは不安定な体勢で水面をはしゃぎながら触っているリューナが落ちそうで心配だった。 「もういいだろ。錨神の町エンコルスに行ったら飽きるまで水遊びさせてやるから」 「わかった。絶対だよ!」  余計な約束をさせられた気がした。  海から崖上へ無事に戻ることができた。改めて忘却神の町フォルゲスへ向かおうとすると、町へと向かう幌馬車を見つけた。自分達とは別方向から来たようだった。 「他にも町へ行く人がいるみたいだな」 『俺達と関係ない奴ならいいけどな』 「念のためあの馬車の後から行くか」  幌馬車に追い付かないようゆっくり移動する。町が近づくにつれて造りがよく見えるようになると、外側の建物だと思っていた部分が二階から三階くらいの高さの煉瓦造りの外壁だということがわかった。農園と思われる部分も高い柵と網で、町全部が外壁と柵で囲まれていると思われた。農園等があるからか、かなり広い町のようだ。崖側の建物の一つだけが外壁より高い。おそらくあれがこの町の神殿なのだろう。 「なんか、すごく閉鎖的な感じがするな。全体的には広そうだけど」  飛翔神の町リフェイオスはもちろん、友神の町フリアンスもこれから行く眼神の町アークルスにも外壁はない。入るのも出ていくのも自由なのだ。   『ここに居る奴らが訳ありばかりだからだろ』 「やばい町なのかな……あまりここの町の話は聞かないよな」  幌馬車を見ていると、外壁の門のある方へ向かっていた。 「あそこが入り口か。リューナ、前の人の話が聞こえたら注意して聞いていてくれ」 「え? う、うん。いいけど」  リューナはフォスターが何故そんなことを言うのかわからなかった。 「お前は狙われてるってこと、親父から聞いてるんだろ? 怪しい奴かどうかの確認だよ」 「そうなんだ。わかった」  門には門番として神衛兵かのえへいが数人立っており、幌馬車の御者と話をしていた。幌馬車はただ送ってきただけのようで女性を二人降ろすと引き返して行った。その二人は一人の神衛兵と言葉を交わすと何処かへ案内されて行った。そのうちの一人の足取りは重いようだった。 「普通の人っぽいな。何て言ってたかわかったか?」 「うん。娘さんの記憶を消して欲しいって言ってた。娘さんは記憶を消すの嫌みたいだったけど」 『そういう訳ありの人間ばかりが集まるんだよこの町は』  フォスターが盾を折りたたんで待っていると、こちらにも四十歳から五十歳くらいの見た目をした神衛兵が来て質問された。 「お名前は?」 「フォスター。フォスター=ウォーリンです」 「リューナ=ウォーリンです」  本当はミドルネームとして親から贈られた頭文字だけがあるのだが、通常は名乗らない。この世界では結婚するときにそのミドルネームの頭文字から名前をつけて相手に贈り合うという文化がある。そのためミドルネームを名乗ったり聞いたりすることは「相手に気がある」という意味になってしまうのである。 「二人はご家族?」 「はい。兄妹です」 「どこから来ましたか?」 「飛翔神リフェイオスの町です」 「この町にはどういったご用件で?」 「えっと……その、石を分けていただけないかと思いまして……」  町に入るための質問をされるとは考えておらず、良い理由も浮かばなかった。正直に、だがしどろもどろになりながら返答した。 「石だけを? 記憶を消したい方はご一緒では無いのですか?」 「はい。その……色々事情がありまして、ちょっとここでは」  リューナを横目でちらっと見ながら言った。 「そうですか。込み入った事情がおありでしたら神殿の方で詳しくお話を聞かせていただきます」  なんとかなったようでフォスターはほっとした。 「それでは神殿まで案内しますのでついてきて下さい」  話をした神衛兵の後ろを歩いてついて行く。外から見ると閉鎖的に感じたが町の中は普通だった。友神の町フリアンスに似た木造の建物が多く、その壁板には色が塗られていて明るい雰囲気だ。商店も並んでいた。ただし一定間隔で神衛兵が立っている。そして皆穏やかで静かだった。騒がしい声は聞こえてこなかった。 「決して勝手な行動はしないようにお願いします。この町では様々な事情で記憶を消した人々が生活しています。その方たちの刺激になるような行動はおやめください」 「は、はい」 「刺激するとどうなるんですか?」  リューナが疑問に思ったことを隠さずそう言った。 「忘却石フォルガイトは完全に記憶を消すわけではなく、心の奥底に封じ込めるだけなのです。ですので本人にとって何かしらの刺激があると一度消した記憶が戻ってしまうおそれがあります。元々精神的な傷を負った方々ですのでその辺りご配慮をお願いいたします」 「わかりました」  二人は素直に頷いた。 『辛い出来事から逃げてるだけじゃねえか。そんなのに配慮なんか必要ねえよ』 「そこまで言わなくても……」 「そうだよ。お父さんひどーい」  前を歩いていた神衛兵がぎょっとしたように振り向きフォスターを見て言った。 「えっ。お父さん?」 「いえっ違います! なんでもないです!」  リューナが慌てて否定した。フォスターも焦った。リューナはビスタークを毛嫌いするのをやめたのか帯を握っていたのだ。そういえばさっきの海の時も握っていた。ビスタークがうっかり聞かれてはまずい話をしないよう気を付けなければならない。  やはり神殿は町の崖側の高い建物だったようで外壁の門からだいぶ歩くようだ。特に何事も無く行けると思っていたのだが、四十代くらいの町民の男とすれ違ったとたんビスタークが急にフォスターの身体を乗っ取った。 「えっ!?」  フォスターの意識があるまま、その身体をビスタークが操っていた。すれ違った男へ駆け寄り、肩を掴んで首にある傷痕を凝視し焦ったように尋ねる。 「おい! お前! 喉の傷はどこでついた!? どこから来た!?」 「親父! 何するんだ!」  身体の制御をフォスターが取り戻しその男から離れた。男は急な出来事に怯えている。 「言ったそばからなんてことを……!」  案内していた神衛兵が怒っている。先程注意を受けたばかりでこんなことをしたのだから当然の反応だろう。神衛兵は何かの神の石と思われる物を取り出し、光と音を発生させ近くの神衛兵を呼び出した。 「すみません……」  フォスターは頭を下げることしか出来なかった。 「ごめんなさい! 兄は悪くないんです。取り憑いてるお父さんのせいなんです!」  リューナが必死に謝っているがその言い訳は駄目だろうとフォスターは思った。 『あの男が行っちまうじゃねえか! 代われ! 身体を俺に貸せ!』  ビスタークは何故かさっきの男に執着している。身体の主導権を奪われないようフォスターは精神面で必死に抵抗していた。それが観念したように見えたのか、後から来た神衛兵は木製の手枷をフォスターにつけようとした。 「なんで盾だけ持ってるんだ? 邪魔だ。仕舞ってくれ」 「あ、これ格納石ストライトがついてないので仕舞えないんです」 「そんなことあるのか」 「あっ、私が預かります!」  リューナが受け取ろうと手を伸ばした。 「いや女の子にこんな重い物……うわっ、軽い?」  後から来た神衛兵が驚いたように盾をリューナに手渡した。この金属はやはり普通のものでは無いようだ。  案内しようとしていた神衛兵がフォスターに向かって厳しい表情で言った。 「普通の扱いは出来ないぞ」 「……はい」  自分はどうなってしまうのかと思った後、大事なことに気づいた。 「あの、妹は目が見えないんです。危険が無いよう保護してもらえませんか。お願いします」 「……わかった。しかし、そう思うんならあんなことするべきでは無かった。それはわかるな?」 「……はい」  あんなことをしたのは自分では無いのだが、そう言ったところで理解してもらえないだろう。フォスターは諦めてリューナと別れ、神衛兵達の言う通りに連行された。



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 フォスターは崖下をおそるおそる見下ろした。 「海は崖下だから水には触れないなあ」 「えーっ。これで降りればいいじゃない」  リューナは海水に触る気でいたようだ。盾を使えば可能だと主張した。 「うーん、まあできるとは思うけど……途中で壊れたりしないよな? それだけが不安で」 「反力石リーペイトがあるんだから落ちることはないよ」 「まあ、そうだけどさ……」  最悪の場合を想定して、崖を掴める位置から下に降りてみることになった。フォスターが操縦桿を握り、水面ギリギリの位置で止まる。リューナはフォスターの足に片腕でしがみつきながら、もう片方の手を伸ばして海水に触れた。 「わあ! 結構冷たい!」  フォスターは不安定な体勢で水面をはしゃぎながら触っているリューナが落ちそうで心配だった。 「もういいだろ。錨神の町エンコルスに行ったら飽きるまで水遊びさせてやるから」 「わかった。絶対だよ!」  余計な約束をさせられた気がした。  海から崖上へ無事に戻ることができた。改めて忘却神の町フォルゲスへ向かおうとすると、町へと向かう幌馬車を見つけた。自分達とは別方向から来たようだった。 「他にも町へ行く人がいるみたいだな」 『俺達と関係ない奴ならいいけどな』 「念のためあの馬車の後から行くか」  幌馬車に追い付かないようゆっくり移動する。町が近づくにつれて造りがよく見えるようになると、外側の建物だと思っていた部分が二階から三階くらいの高さの煉瓦造りの外壁だということがわかった。農園と思われる部分も高い柵と網で、町全部が外壁と柵で囲まれていると思われた。農園等があるからか、かなり広い町のようだ。崖側の建物の一つだけが外壁より高い。おそらくあれがこの町の神殿なのだろう。 「なんか、すごく閉鎖的な感じがするな。全体的には広そうだけど」  飛翔神の町リフェイオスはもちろん、友神の町フリアンスもこれから行く眼神の町アークルスにも外壁はない。入るのも出ていくのも自由なのだ。   『ここに居る奴らが訳ありばかりだからだろ』 「やばい町なのかな……あまりここの町の話は聞かないよな」  幌馬車を見ていると、外壁の門のある方へ向かっていた。 「あそこが入り口か。リューナ、前の人の話が聞こえたら注意して聞いていてくれ」 「え? う、うん。いいけど」  リューナはフォスターが何故そんなことを言うのかわからなかった。 「お前は狙われてるってこと、親父から聞いてるんだろ? 怪しい奴かどうかの確認だよ」 「そうなんだ。わかった」  門には門番として神衛兵かのえへいが数人立っており、幌馬車の御者と話をしていた。幌馬車はただ送ってきただけのようで女性を二人降ろすと引き返して行った。その二人は一人の神衛兵と言葉を交わすと何処かへ案内されて行った。そのうちの一人の足取りは重いようだった。 「普通の人っぽいな。何て言ってたかわかったか?」 「うん。娘さんの記憶を消して欲しいって言ってた。娘さんは記憶を消すの嫌みたいだったけど」 『そういう訳ありの人間ばかりが集まるんだよこの町は』  フォスターが盾を折りたたんで待っていると、こちらにも四十歳から五十歳くらいの見た目をした神衛兵が来て質問された。 「お名前は?」 「フォスター。フォスター=ウォーリンです」 「リューナ=ウォーリンです」  本当はミドルネームとして親から贈られた頭文字だけがあるのだが、通常は名乗らない。この世界では結婚するときにそのミドルネームの頭文字から名前をつけて相手に贈り合うという文化がある。そのためミドルネームを名乗ったり聞いたりすることは「相手に気がある」という意味になってしまうのである。 「二人はご家族?」 「はい。兄妹です」 「どこから来ましたか?」 「飛翔神リフェイオスの町です」 「この町にはどういったご用件で?」 「えっと……その、石を分けていただけないかと思いまして……」  町に入るための質問をされるとは考えておらず、良い理由も浮かばなかった。正直に、だがしどろもどろになりながら返答した。 「石だけを? 記憶を消したい方はご一緒では無いのですか?」 「はい。その……色々事情がありまして、ちょっとここでは」  リューナを横目でちらっと見ながら言った。 「そうですか。込み入った事情がおありでしたら神殿の方で詳しくお話を聞かせていただきます」  なんとかなったようでフォスターはほっとした。 「それでは神殿まで案内しますのでついてきて下さい」  話をした神衛兵の後ろを歩いてついて行く。外から見ると閉鎖的に感じたが町の中は普通だった。友神の町フリアンスに似た木造の建物が多く、その壁板には色が塗られていて明るい雰囲気だ。商店も並んでいた。ただし一定間隔で神衛兵が立っている。そして皆穏やかで静かだった。騒がしい声は聞こえてこなかった。 「決して勝手な行動はしないようにお願いします。この町では様々な事情で記憶を消した人々が生活しています。その方たちの刺激になるような行動はおやめください」 「は、はい」 「刺激するとどうなるんですか?」  リューナが疑問に思ったことを隠さずそう言った。 「忘却石フォルガイトは完全に記憶を消すわけではなく、心の奥底に封じ込めるだけなのです。ですので本人にとって何かしらの刺激があると一度消した記憶が戻ってしまうおそれがあります。元々精神的な傷を負った方々ですのでその辺りご配慮をお願いいたします」 「わかりました」  二人は素直に頷いた。 『辛い出来事から逃げてるだけじゃねえか。そんなのに配慮なんか必要ねえよ』 「そこまで言わなくても……」 「そうだよ。お父さんひどーい」  前を歩いていた神衛兵がぎょっとしたように振り向きフォスターを見て言った。 「えっ。お父さん?」 「いえっ違います! なんでもないです!」  リューナが慌てて否定した。フォスターも焦った。リューナはビスタークを毛嫌いするのをやめたのか帯を握っていたのだ。そういえばさっきの海の時も握っていた。ビスタークがうっかり聞かれてはまずい話をしないよう気を付けなければならない。  やはり神殿は町の崖側の高い建物だったようで外壁の門からだいぶ歩くようだ。特に何事も無く行けると思っていたのだが、四十代くらいの町民の男とすれ違ったとたんビスタークが急にフォスターの身体を乗っ取った。 「えっ!?」  フォスターの意識があるまま、その身体をビスタークが操っていた。すれ違った男へ駆け寄り、肩を掴んで首にある傷痕を凝視し焦ったように尋ねる。 「おい! お前! 喉の傷はどこでついた!? どこから来た!?」 「親父! 何するんだ!」  身体の制御をフォスターが取り戻しその男から離れた。男は急な出来事に怯えている。 「言ったそばからなんてことを……!」  案内していた神衛兵が怒っている。先程注意を受けたばかりでこんなことをしたのだから当然の反応だろう。神衛兵は何かの神の石と思われる物を取り出し、光と音を発生させ近くの神衛兵を呼び出した。 「すみません……」  フォスターは頭を下げることしか出来なかった。 「ごめんなさい! 兄は悪くないんです。取り憑いてるお父さんのせいなんです!」  リューナが必死に謝っているがその言い訳は駄目だろうとフォスターは思った。 『あの男が行っちまうじゃねえか! 代われ! 身体を俺に貸せ!』  ビスタークは何故かさっきの男に執着している。身体の主導権を奪われないようフォスターは精神面で必死に抵抗していた。それが観念したように見えたのか、後から来た神衛兵は木製の手枷をフォスターにつけようとした。 「なんで盾だけ持ってるんだ? 邪魔だ。仕舞ってくれ」 「あ、これ格納石ストライトがついてないので仕舞えないんです」 「そんなことあるのか」 「あっ、私が預かります!」  リューナが受け取ろうと手を伸ばした。 「いや女の子にこんな重い物……うわっ、軽い?」  後から来た神衛兵が驚いたように盾をリューナに手渡した。この金属はやはり普通のものでは無いようだ。  案内しようとしていた神衛兵がフォスターに向かって厳しい表情で言った。 「普通の扱いは出来ないぞ」 「……はい」  自分はどうなってしまうのかと思った後、大事なことに気づいた。 「あの、妹は目が見えないんです。危険が無いよう保護してもらえませんか。お願いします」 「……わかった。しかし、そう思うんならあんなことするべきでは無かった。それはわかるな?」 「……はい」  あんなことをしたのは自分では無いのだが、そう言ったところで理解してもらえないだろう。フォスターは諦めてリューナと別れ、神衛兵達の言う通りに連行された。



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