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022 火葬

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 神殿の前にある長い階段の隣は斜面になっている。その場所を墓地として活用しているのだが、階段を挟んだ反対側に火葬用地となっている何もない場所がある。今夜、命の刻から時の刻に変わる頃――小さい子どもが寝る時間くらい――にその狭い空き地でヴァーリオの葬儀を行っていた。  「刻」とはこの世界の時間の単位で、一日を十大神にちなんで十等分し、そのそれぞれを大神の時間としている。時の大神ティメロスの石は二種類あり、一つは時停石ティーマイト、一つは時計石ティライトである。時計石ティライトは十種類の色に変化し、今が何の刻なのかがわかる。ただし細かい時間はわからない。これを元にして時計が開発されているが、持ち運びできるような小さい物は高額なため一般人には手が出せない。    ヴァーリオは世界の反対側辺りに位置する鳥神ビルディスの町から来たと言っていた。周りに知っている者もなく、記憶に無い罪を犯し、どうしてそんなことになったのかもわからない状態でザイステルに殺されてしまった。無念だったに違いない。  この町ではリューナを連れ去ろうとした犯罪者の扱いだ。葬儀には誰も来るはずがなかった。神殿の三人とフォスター、あと何故かきまぐれにカイルが加わっていた。  神官三人はいつもの神官服だが、フォスターとカイルは葬儀用の礼服――背広に黒のネクタイ姿だ。    ヴァーリオの遺体は花と共に棺に入っており、あとは蓋を閉めるだけになっている。棺は神衛兵かのえへいの鎧や盾と同じ金属でできた板の上に乗せられている。花は咲花石レウォライトという石を埋めて花畑を作り、その花を使っている。  この世界の火葬は夜暗くなってから外で行われる。昼でも可能ではあるのだが、「昇り星」となって空へ昇っていく魂が見やすいので夜に行うのだ。 「三日間手を施してみたけど、結局息を吹き返してはくれなかったわね……」  ニアタがヴァーリオの遺体を見ながらそう言った。悲しそうなニアタの肩に夫のマフティロが慰めるよう手を置いている。 「リューナはやっぱり来ないな」 「そりゃそうだ。怖い目にあったんだからな。それより俺はお前がいるほうが不思議だよ」  フォスターがカイルを見ながら言った。本当に何故来たのか不思議でしょうがなかった。 「うん……なんか可哀想だなと思って。ニアタさんから聞く限り、正気になったら普通の人だったんだろ? 覚えてない自分の行動のせいで苦しんで自殺して、誰も葬儀に来ないのって悲しいじゃないか」  自殺。そういうことになっている。実際に何が起こったのかを知っているのは神殿の神官たちとリューナを除くフォスターの家族だけである。 「……そうだな」  フォスターにはそれしか返せる言葉が無かった。  棺の蓋を閉め、開かないように釘を打つ。しっかりと釘打ちするのは金槌を使うが、葬儀参加者は交代でこの町の神の石、反力石リーペイトを使って釘を打つ。ここの葬儀の習わしだ。軽くコンコンと形だけ神の石で叩く。うっかり理力を流すと身体が宙に浮いてしまうので布越しに持つこととなっている。  死去神カンドランスの石である火葬石カンドライトを棺の上に置き、そこへ火をつける。この火葬石カンドライトを中心に火を着けると高温の炎で包まれすぐに魂が空へ昇り、遺体も綺麗に灰になる。この炎は生きている人間には燃え移らず色も通常と違って青白い。とても神秘的な光景に見える。 「で、いつ出発するんだっけ」  カイルがフォスターに質問した。 「えっと……三日後くらいかな……」  旅に出るのには準備がいる。それに別れを惜しむ時間も必要なので余り急いで出発する気はなかった。 「そうか。いいなあ」 「別に遊びに行くわけじゃないぞ」 「わかってるよ。お前の巡礼とリューナの目を治してくれる医者を探すんだろ?」 「……ああ」  ここでの「巡礼」とは、神官見習いと神衛兵見習いが試験や登録を行うために、都へ向かって旅をするという意味の言葉である。十大神の町は大きいので都と呼ばれている。ここから一番近い都は水の大神シーウァテレスの都なので普通はそこを目指すことになる。  破壊神の大神官を探すためという理由を言えるはずもないので、周りにはこういう設定で話を通している。 「……二人とも、魂が昇っていくから祈りなさい」  ニアタにそう言われて、二人は両の掌を重ねた。この世界では死者への祈りは掌を重ね、神への祈りは両手を握るように組んで祈りの形を区別している。  魂が光りながら空へと昇っていく。やはり悪人ではなかったようで、しっかりと明るい光だ。ここで暗い光が昇っていくと葬儀参加者は微妙な気持ちになる。火葬を見ることで自分の時は明るく輝けるよう善良に生きなくてはと思えるのだ。  人の魂である星は、その者の思い入れのある地の上空で輝くという。ヴァーリオの星も鳥神の町ビルディスの上で輝くのだろうか。フォスターの母親であるレリアの星も町の上にあるらしい。フォスターは星の大神ソーリュウェスの石である輝星石ソウライトを持っていないためどの星が自分の母親なのかわからないが、ビスタークがそう言っていた。輝星石ソウライトを持っていると自分の大切な人の星がわかる。特に思い当たる人がいない場合は大抵親などの肉親の星がわかるようになるのだという。  今日はビスタークの帯は身につけていない。生前持っていた神の石が入った小袋を探すと言っていたのでニアタに預けてある。その中に輝星石ソウライトもあるといいのだが。  魂が生まれ変わる時には「流れ星」として地上へ降りるため星が減り、人が死んで火葬や浄化された時には「昇り星」として星が増える。星はその場所から動かない。そのため輝星石ソウライトを持っていると道標としても使える。大抵は自分の地元の上空に星があるため、帰る場所の目安になるのである。  火葬が終わると灰が金属板の上に残る。通常だと灰は壺に入れて神殿前の墓の下に埋めるのだが、ヴァーリオの墓は地元に作った方が良いのではないかとのことで鳥神の町ビルディスへ連絡して送ることになった。それに神衛兵の鎧等の遺品も送らなければならない。もっとも世界の反対側のためこちらからの手紙が届くのも、その返事も相当先になりそうだった。  葬儀が終わり、家へと帰る途中でカイルが格納石ストライトを渡してきた。 「これ、盾から外しといたぜ。荷物につけるんだろ? 縫いつけられるよう周りに穴の開いた薄い金属板に貼り付けといた」 「おー、ありがとな。助かる」  フォスターはネクタイを緩めながら格納石ストライトを受け取った。  収納神ストラージェスの神の石である格納石ストライトは元々一つの丸い石だ。簡単に半分に割れ、それが一対となる。仕舞っておきたい物に取り付け、それを思い浮かべながらもう片方の石同士を触れさせると石の中に取り込まれる。出したい時は石に触れ仕舞った物を思い浮かべて取り出す。何を仕舞ったか思い出せないと半永久的に取り出せなくなるため注意が必要だ。最悪の場合、収納神の神殿へ行けばなんとかなるようだが。 「いいなー、俺も行ければなー」 「別に俺はお前がついてきても構わないけど?」 「ははは、無理無理。弟たちの面倒もみなきゃいけないし、仕事もあるし」  笑いながら手を振って否定した。 「あの金属を自分で作れないか親戚巻き込んで研究もしたいし」  あの金属とは反力石リーペイトを溶かして何かの金属を混ぜたという鎧や盾、先程の棺の下に使われているもののことである。    やりたい事を言った後、カイルの顔が曇り小さい声でこう続けた。 「それに、リューナが嫌がるだろうからな……」  フォスターはその言葉を聞いて少し考えてから言った。 「お前ら、いい加減仲直りしたらどうなんだ」  もう二度と会えなくなるかもしれないからその前に、とは言えなかった。 「……無理だよ。今までだって何度も謝ろうと思ったんだけど、俺が近寄っただけでお前の後ろに隠れたり逃げたりするじゃないか。話しかけることすらできないんだよ」  顔を歪めながら悔しそうに言う。   「それに……あんな事を言ったんだ。リューナは俺を許してくれないよ……」  カイルは子どもの頃、リューナに言ってしまった言葉をずっと後悔し続けていた。



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 神殿の前にある長い階段の隣は斜面になっている。その場所を墓地として活用しているのだが、階段を挟んだ反対側に火葬用地となっている何もない場所がある。今夜、命の刻から時の刻に変わる頃――小さい子どもが寝る時間くらい――にその狭い空き地でヴァーリオの葬儀を行っていた。  「刻」とはこの世界の時間の単位で、一日を十大神にちなんで十等分し、そのそれぞれを大神の時間としている。時の大神ティメロスの石は二種類あり、一つは時停石ティーマイト、一つは時計石ティライトである。時計石ティライトは十種類の色に変化し、今が何の刻なのかがわかる。ただし細かい時間はわからない。これを元にして時計が開発されているが、持ち運びできるような小さい物は高額なため一般人には手が出せない。    ヴァーリオは世界の反対側辺りに位置する鳥神ビルディスの町から来たと言っていた。周りに知っている者もなく、記憶に無い罪を犯し、どうしてそんなことになったのかもわからない状態でザイステルに殺されてしまった。無念だったに違いない。  この町ではリューナを連れ去ろうとした犯罪者の扱いだ。葬儀には誰も来るはずがなかった。神殿の三人とフォスター、あと何故かきまぐれにカイルが加わっていた。  神官三人はいつもの神官服だが、フォスターとカイルは葬儀用の礼服――背広に黒のネクタイ姿だ。    ヴァーリオの遺体は花と共に棺に入っており、あとは蓋を閉めるだけになっている。棺は神衛兵かのえへいの鎧や盾と同じ金属でできた板の上に乗せられている。花は咲花石レウォライトという石を埋めて花畑を作り、その花を使っている。  この世界の火葬は夜暗くなってから外で行われる。昼でも可能ではあるのだが、「昇り星」となって空へ昇っていく魂が見やすいので夜に行うのだ。 「三日間手を施してみたけど、結局息を吹き返してはくれなかったわね……」  ニアタがヴァーリオの遺体を見ながらそう言った。悲しそうなニアタの肩に夫のマフティロが慰めるよう手を置いている。 「リューナはやっぱり来ないな」 「そりゃそうだ。怖い目にあったんだからな。それより俺はお前がいるほうが不思議だよ」  フォスターがカイルを見ながら言った。本当に何故来たのか不思議でしょうがなかった。 「うん……なんか可哀想だなと思って。ニアタさんから聞く限り、正気になったら普通の人だったんだろ? 覚えてない自分の行動のせいで苦しんで自殺して、誰も葬儀に来ないのって悲しいじゃないか」  自殺。そういうことになっている。実際に何が起こったのかを知っているのは神殿の神官たちとリューナを除くフォスターの家族だけである。 「……そうだな」  フォスターにはそれしか返せる言葉が無かった。  棺の蓋を閉め、開かないように釘を打つ。しっかりと釘打ちするのは金槌を使うが、葬儀参加者は交代でこの町の神の石、反力石リーペイトを使って釘を打つ。ここの葬儀の習わしだ。軽くコンコンと形だけ神の石で叩く。うっかり理力を流すと身体が宙に浮いてしまうので布越しに持つこととなっている。  死去神カンドランスの石である火葬石カンドライトを棺の上に置き、そこへ火をつける。この火葬石カンドライトを中心に火を着けると高温の炎で包まれすぐに魂が空へ昇り、遺体も綺麗に灰になる。この炎は生きている人間には燃え移らず色も通常と違って青白い。とても神秘的な光景に見える。 「で、いつ出発するんだっけ」  カイルがフォスターに質問した。 「えっと……三日後くらいかな……」  旅に出るのには準備がいる。それに別れを惜しむ時間も必要なので余り急いで出発する気はなかった。 「そうか。いいなあ」 「別に遊びに行くわけじゃないぞ」 「わかってるよ。お前の巡礼とリューナの目を治してくれる医者を探すんだろ?」 「……ああ」  ここでの「巡礼」とは、神官見習いと神衛兵見習いが試験や登録を行うために、都へ向かって旅をするという意味の言葉である。十大神の町は大きいので都と呼ばれている。ここから一番近い都は水の大神シーウァテレスの都なので普通はそこを目指すことになる。  破壊神の大神官を探すためという理由を言えるはずもないので、周りにはこういう設定で話を通している。 「……二人とも、魂が昇っていくから祈りなさい」  ニアタにそう言われて、二人は両の掌を重ねた。この世界では死者への祈りは掌を重ね、神への祈りは両手を握るように組んで祈りの形を区別している。  魂が光りながら空へと昇っていく。やはり悪人ではなかったようで、しっかりと明るい光だ。ここで暗い光が昇っていくと葬儀参加者は微妙な気持ちになる。火葬を見ることで自分の時は明るく輝けるよう善良に生きなくてはと思えるのだ。  人の魂である星は、その者の思い入れのある地の上空で輝くという。ヴァーリオの星も鳥神の町ビルディスの上で輝くのだろうか。フォスターの母親であるレリアの星も町の上にあるらしい。フォスターは星の大神ソーリュウェスの石である輝星石ソウライトを持っていないためどの星が自分の母親なのかわからないが、ビスタークがそう言っていた。輝星石ソウライトを持っていると自分の大切な人の星がわかる。特に思い当たる人がいない場合は大抵親などの肉親の星がわかるようになるのだという。  今日はビスタークの帯は身につけていない。生前持っていた神の石が入った小袋を探すと言っていたのでニアタに預けてある。その中に輝星石ソウライトもあるといいのだが。  魂が生まれ変わる時には「流れ星」として地上へ降りるため星が減り、人が死んで火葬や浄化された時には「昇り星」として星が増える。星はその場所から動かない。そのため輝星石ソウライトを持っていると道標としても使える。大抵は自分の地元の上空に星があるため、帰る場所の目安になるのである。  火葬が終わると灰が金属板の上に残る。通常だと灰は壺に入れて神殿前の墓の下に埋めるのだが、ヴァーリオの墓は地元に作った方が良いのではないかとのことで鳥神の町ビルディスへ連絡して送ることになった。それに神衛兵の鎧等の遺品も送らなければならない。もっとも世界の反対側のためこちらからの手紙が届くのも、その返事も相当先になりそうだった。  葬儀が終わり、家へと帰る途中でカイルが格納石ストライトを渡してきた。 「これ、盾から外しといたぜ。荷物につけるんだろ? 縫いつけられるよう周りに穴の開いた薄い金属板に貼り付けといた」 「おー、ありがとな。助かる」  フォスターはネクタイを緩めながら格納石ストライトを受け取った。  収納神ストラージェスの神の石である格納石ストライトは元々一つの丸い石だ。簡単に半分に割れ、それが一対となる。仕舞っておきたい物に取り付け、それを思い浮かべながらもう片方の石同士を触れさせると石の中に取り込まれる。出したい時は石に触れ仕舞った物を思い浮かべて取り出す。何を仕舞ったか思い出せないと半永久的に取り出せなくなるため注意が必要だ。最悪の場合、収納神の神殿へ行けばなんとかなるようだが。 「いいなー、俺も行ければなー」 「別に俺はお前がついてきても構わないけど?」 「ははは、無理無理。弟たちの面倒もみなきゃいけないし、仕事もあるし」  笑いながら手を振って否定した。 「あの金属を自分で作れないか親戚巻き込んで研究もしたいし」  あの金属とは反力石リーペイトを溶かして何かの金属を混ぜたという鎧や盾、先程の棺の下に使われているもののことである。    やりたい事を言った後、カイルの顔が曇り小さい声でこう続けた。 「それに、リューナが嫌がるだろうからな……」  フォスターはその言葉を聞いて少し考えてから言った。 「お前ら、いい加減仲直りしたらどうなんだ」  もう二度と会えなくなるかもしれないからその前に、とは言えなかった。 「……無理だよ。今までだって何度も謝ろうと思ったんだけど、俺が近寄っただけでお前の後ろに隠れたり逃げたりするじゃないか。話しかけることすらできないんだよ」  顔を歪めながら悔しそうに言う。   「それに……あんな事を言ったんだ。リューナは俺を許してくれないよ……」  カイルは子どもの頃、リューナに言ってしまった言葉をずっと後悔し続けていた。



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