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036 事情聴取

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 大神官ロスリーメの反応にフォスターだけでなくビスタークも驚いていた。 「親父が何を言っているのかわかるんですか!?」 「集中しないと聞こえないけどね」 『驚いたな。うちの神官達には聞こえてなかったのに。あれ? あいつらが無能なのか?』 「そうじゃないだろうさ。ここの神官達は仕事柄、心の機微や霊魂の気配に敏感でね。多分他の神官にも聞こえる者はいると思うよ」  ここの神官の特殊性に驚いた後、フォスターは我に返った。 「……リューナはどうしていますか?」 「大丈夫。大切なお客様として扱ってるよ。神の子に失礼の無いようにね」  フォスターは安堵して肩の力を抜いた。それを見てロスリーメが続ける。 「さて、本題に入ろうか。お前さんがたの状況を説明してもらえるかい?」 「はい……でも何から話したらいいか……」  説明することが多すぎて話すことを考えているとロスリーメに提案された。 「じゃあこうしよう。私が質問をするから簡潔に答えてくれ」 「あ、はい」  フォスターは大きく息を吸い質問に備えた。 「まず、どこの神様かな?」 「破壊神だそうです」 「それはまた特殊な……飛翔神といつの間に仲直りしたのかね。なんでここにいるんだい?」 『神殿が襲撃されて大神官から俺が預かった。今は大神官を探して返すために旅を始めたところだ』 「彼女は自分が神の子だって事を知らない?」 「はい」 「目が見えないと言っていたが何か関係あるかい?」 『推測だが、大神官が力を封じた不具合があるかもと言っていたからそのせいじゃねえかと思う』 「ふうん。襲撃されて力を封じたと、ねえ……」  ロスリーメは少し考えてからまた質問を続けた。 「さっき言っていた医者ってのは襲撃してきたのと関係あるのかい?」 「……よくわかりません」 『おそらく関係はあると思う。俺が死ぬ前に襲ってきた奴らとこの前襲って来た奴は、表情が抜け落ちていて誰かに操られていたような感じだった。医者ってのは旅の医者と称してうちの町に来た奴でな。その操られてた奴が正気に戻った後、そいつを殺してったんだ。口封じとしか思えん』 「うちに来たのはどうしてだい?」 「忘却石フォルガイトがあれば、その操られている人を殺さないで済むからです」 『二日前だったか、忘却石フォルガイトを実際に使ったんだ。俺たちのことを忘れただけか正気に戻ったのかは確かめて無いが』 「なるほどねえ……」  ロスリーメはまだ質問を続ける。 「なんでうちの石を持ってたんだい?」 『……子どもの頃にうちの大神官達から貰った』 「ああ、以前ソレムに石を融通するよう頼まれたことがあったね。お前さんだったのかい」 『……ああ』  ビスタークの返事は暗く重い声だった。 「忘れないことを選択したんだね」 『そんな過ぎたことはいいだろ。どうなんだ、石を譲って貰えるのか?』 「あんた達が滞在している間に礼拝で貰えるかどうかだね。神様に判断を委ねるよ。あと、契約石カンタイトで縛りを入れさせてもらう」 「縛り?」 「悪用されることが無いとは言えないからね。それに加えて、もし紛失した時に他の者には使えないようにさ」 「それはまあ、仕方ありませんね」  悪事を働いた後被害者に全て忘れさせるなどあってはならないことだと考えて納得した。 「あと、タダじゃないからね。寄付として相応の対価を貰うよ」 『がめついババアだな』 「当然だよ。うちの町にどんだけ神官と神衛兵かのえへいがいると思ってるんだい。それ全員暮らしていけるだけの給料を払わないとならないんだよ。しっかり貰うさ」 『本性出てきたな』 「あー……正直言って、お金はあまり無いです……」  フォスターは沈んだ表情をして貧乏を訴えた。 「労働力と理力で払ってくれてもいいよ」 「労働力はわかりますが、理力?」 「理力を貯めておける理蓄石ペルマイトがあるからね」 「そんな便利な物が……理力はリューナ、労働力は俺ってことですか」 「三食部屋付きだよ」 「……やります」  働けば宿と食事の面倒をみてくれる、フォスターとしては願ってもない条件だった。 「それから」 『まだ何かあるのか』 「あるさ。なんで騒ぎを起こしたのか聞いてないよ」 『ああ……あの男の喉に傷があったから、原因を知りたかっただけだ。あいつも喋れないんじゃないか?』 「も、ということは誰か同じような人が?」 『……俺の死んだ嫁がそうだった』  ロスリーメは同情したような目を向けた。 「そうかい。でも残念だが原因はこちらでもわからないよ」 『そうか。そいつも身体は弱いか?』 「ああ。よく寝込むね」 『やっぱりか……』 「彼がここに連れて来られたのは子どもの頃だ。恐慌状態でね、暴れて手のつけようがなかった。記憶を全て忘れさせてしまえば落ち着くんじゃないかということになって、ここに来たんだよ」  フォスターは少し引っ掛かりを感じた。 「本人の了承も無くここの判断で記憶を消したってことですか?」 「これでも色々やってみたんだよ。何かの拍子にすぐ自分か他者を傷付ける行動に出るんだ。危なくてね。他に何か良い方法があったんなら当時の私に教えて欲しかったね」 「……すみません」 「謝らなくてもいいが、当事者で無いとわからないことってのはあるもんだ。正義感で余計なことを言うと相手を傷付けたりするんだ。それは覚えておきな」 「はい」  フォスターを諭した後、ロスリーメは情報を付け足した。 「彼は船の密航者だった。ティメロス大陸行きの荷物に紛れ込んでいたらしいよ」 『そうか……感謝する。考え無しで行動してすまなかった』 「あの人、怯えてたと思うんですけど大丈夫でしたか?」 「ああ。その後すぐに神官を派遣して世話をしたからなんとかなったよ」 「良かった……」  一人の人生を潰さなくて済んだことに安堵した。 「大体わかったから、もういいよ。もう暗くなってくる時間だし、に会わせてあげよう」  ロスリーメは立ち上がりながらそう言って話を終わらせた。そして扉に向かってこう言った。 「わかったか、ルゴット。外で聞き耳立ててたんだろ」  扉を開けて入って来たのは最初にフォスター達を案内したあの神衛兵だった。 「騒ぎを起こしたのはこの子では無く帯に宿った霊魂の仕業だよ。しかしそれにもちゃんと理由があった。もう警戒しなくても大丈夫さ」 「はい……いやしかし、この事を想定するのは無理がありますよ。特殊過ぎます。自分には霊魂の声など聞こえませんから」 「別にお前を責めてるわけじゃないよ。とにかく妹さんの所へ案内しておやり」 「はい」  リューナのいる部屋へと案内される途中でルゴットに非礼を詫びられたが、ビスタークの暴走が原因なのでフォスターも改めて謝った。  リューナの部屋へ着きルゴットがノックすると出てきたのは若い女性神官だった。大人しそうな美人で薄桃色の長い髪を後ろで束ねている。後ろにリューナが座っているのが見えたので声をかけた。 「フォスター? 良かった、心配したんだよ! 大丈夫だった?」  リューナは本当に丁重に扱われていたようだ。来客用と思われる良い部屋である。 「ああ。お前は大丈夫そうだな」 「うん。お菓子をご馳走してもらったの! すごく美味しかったよ!」 「そうかー。良かったなあ」 「あ」  リューナがしまった、という顔をした。 「? どうした?」 「ごめんなさい。フォスターの分取っておけばよかった。あんまり美味しくて忘れちゃった……」  しゅんとしてそう言うと付き添っていた女性神官が優しく話しかけた。 「大丈夫ですよ。お兄さんの分もありますよ。ただもう少ししたら夕飯になりますから、その後になりますが」 「ほんとですか? ありがとうございます、アニーシャさん!」 「お食事はこちらのお部屋に二人分お持ちしてよろしいでしょうか?」 「はい!」  リューナはこのアニーシャという女性神官にだいぶ懐いたようだ。リューナは基本的に人見知りなので、新たに心を許した人がいるというのは微笑ましいことなのだが少し不安を感じた。美味しい物を与えれば誰にでもついて行ってしまうのではないか、と。



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 大神官ロスリーメの反応にフォスターだけでなくビスタークも驚いていた。 「親父が何を言っているのかわかるんですか!?」 「集中しないと聞こえないけどね」 『驚いたな。うちの神官達には聞こえてなかったのに。あれ? あいつらが無能なのか?』 「そうじゃないだろうさ。ここの神官達は仕事柄、心の機微や霊魂の気配に敏感でね。多分他の神官にも聞こえる者はいると思うよ」  ここの神官の特殊性に驚いた後、フォスターは我に返った。 「……リューナはどうしていますか?」 「大丈夫。大切なお客様として扱ってるよ。神の子に失礼の無いようにね」  フォスターは安堵して肩の力を抜いた。それを見てロスリーメが続ける。 「さて、本題に入ろうか。お前さんがたの状況を説明してもらえるかい?」 「はい……でも何から話したらいいか……」  説明することが多すぎて話すことを考えているとロスリーメに提案された。 「じゃあこうしよう。私が質問をするから簡潔に答えてくれ」 「あ、はい」  フォスターは大きく息を吸い質問に備えた。 「まず、どこの神様かな?」 「破壊神だそうです」 「それはまた特殊な……飛翔神といつの間に仲直りしたのかね。なんでここにいるんだい?」 『神殿が襲撃されて大神官から俺が預かった。今は大神官を探して返すために旅を始めたところだ』 「彼女は自分が神の子だって事を知らない?」 「はい」 「目が見えないと言っていたが何か関係あるかい?」 『推測だが、大神官が力を封じた不具合があるかもと言っていたからそのせいじゃねえかと思う』 「ふうん。襲撃されて力を封じたと、ねえ……」  ロスリーメは少し考えてからまた質問を続けた。 「さっき言っていた医者ってのは襲撃してきたのと関係あるのかい?」 「……よくわかりません」 『おそらく関係はあると思う。俺が死ぬ前に襲ってきた奴らとこの前襲って来た奴は、表情が抜け落ちていて誰かに操られていたような感じだった。医者ってのは旅の医者と称してうちの町に来た奴でな。その操られてた奴が正気に戻った後、そいつを殺してったんだ。口封じとしか思えん』 「うちに来たのはどうしてだい?」 「忘却石フォルガイトがあれば、その操られている人を殺さないで済むからです」 『二日前だったか、忘却石フォルガイトを実際に使ったんだ。俺たちのことを忘れただけか正気に戻ったのかは確かめて無いが』 「なるほどねえ……」  ロスリーメはまだ質問を続ける。 「なんでうちの石を持ってたんだい?」 『……子どもの頃にうちの大神官達から貰った』 「ああ、以前ソレムに石を融通するよう頼まれたことがあったね。お前さんだったのかい」 『……ああ』  ビスタークの返事は暗く重い声だった。 「忘れないことを選択したんだね」 『そんな過ぎたことはいいだろ。どうなんだ、石を譲って貰えるのか?』 「あんた達が滞在している間に礼拝で貰えるかどうかだね。神様に判断を委ねるよ。あと、契約石カンタイトで縛りを入れさせてもらう」 「縛り?」 「悪用されることが無いとは言えないからね。それに加えて、もし紛失した時に他の者には使えないようにさ」 「それはまあ、仕方ありませんね」  悪事を働いた後被害者に全て忘れさせるなどあってはならないことだと考えて納得した。 「あと、タダじゃないからね。寄付として相応の対価を貰うよ」 『がめついババアだな』 「当然だよ。うちの町にどんだけ神官と神衛兵かのえへいがいると思ってるんだい。それ全員暮らしていけるだけの給料を払わないとならないんだよ。しっかり貰うさ」 『本性出てきたな』 「あー……正直言って、お金はあまり無いです……」  フォスターは沈んだ表情をして貧乏を訴えた。 「労働力と理力で払ってくれてもいいよ」 「労働力はわかりますが、理力?」 「理力を貯めておける理蓄石ペルマイトがあるからね」 「そんな便利な物が……理力はリューナ、労働力は俺ってことですか」 「三食部屋付きだよ」 「……やります」  働けば宿と食事の面倒をみてくれる、フォスターとしては願ってもない条件だった。 「それから」 『まだ何かあるのか』 「あるさ。なんで騒ぎを起こしたのか聞いてないよ」 『ああ……あの男の喉に傷があったから、原因を知りたかっただけだ。あいつも喋れないんじゃないか?』 「も、ということは誰か同じような人が?」 『……俺の死んだ嫁がそうだった』  ロスリーメは同情したような目を向けた。 「そうかい。でも残念だが原因はこちらでもわからないよ」 『そうか。そいつも身体は弱いか?』 「ああ。よく寝込むね」 『やっぱりか……』 「彼がここに連れて来られたのは子どもの頃だ。恐慌状態でね、暴れて手のつけようがなかった。記憶を全て忘れさせてしまえば落ち着くんじゃないかということになって、ここに来たんだよ」  フォスターは少し引っ掛かりを感じた。 「本人の了承も無くここの判断で記憶を消したってことですか?」 「これでも色々やってみたんだよ。何かの拍子にすぐ自分か他者を傷付ける行動に出るんだ。危なくてね。他に何か良い方法があったんなら当時の私に教えて欲しかったね」 「……すみません」 「謝らなくてもいいが、当事者で無いとわからないことってのはあるもんだ。正義感で余計なことを言うと相手を傷付けたりするんだ。それは覚えておきな」 「はい」  フォスターを諭した後、ロスリーメは情報を付け足した。 「彼は船の密航者だった。ティメロス大陸行きの荷物に紛れ込んでいたらしいよ」 『そうか……感謝する。考え無しで行動してすまなかった』 「あの人、怯えてたと思うんですけど大丈夫でしたか?」 「ああ。その後すぐに神官を派遣して世話をしたからなんとかなったよ」 「良かった……」  一人の人生を潰さなくて済んだことに安堵した。 「大体わかったから、もういいよ。もう暗くなってくる時間だし、に会わせてあげよう」  ロスリーメは立ち上がりながらそう言って話を終わらせた。そして扉に向かってこう言った。 「わかったか、ルゴット。外で聞き耳立ててたんだろ」  扉を開けて入って来たのは最初にフォスター達を案内したあの神衛兵だった。 「騒ぎを起こしたのはこの子では無く帯に宿った霊魂の仕業だよ。しかしそれにもちゃんと理由があった。もう警戒しなくても大丈夫さ」 「はい……いやしかし、この事を想定するのは無理がありますよ。特殊過ぎます。自分には霊魂の声など聞こえませんから」 「別にお前を責めてるわけじゃないよ。とにかく妹さんの所へ案内しておやり」 「はい」  リューナのいる部屋へと案内される途中でルゴットに非礼を詫びられたが、ビスタークの暴走が原因なのでフォスターも改めて謝った。  リューナの部屋へ着きルゴットがノックすると出てきたのは若い女性神官だった。大人しそうな美人で薄桃色の長い髪を後ろで束ねている。後ろにリューナが座っているのが見えたので声をかけた。 「フォスター? 良かった、心配したんだよ! 大丈夫だった?」  リューナは本当に丁重に扱われていたようだ。来客用と思われる良い部屋である。 「ああ。お前は大丈夫そうだな」 「うん。お菓子をご馳走してもらったの! すごく美味しかったよ!」 「そうかー。良かったなあ」 「あ」  リューナがしまった、という顔をした。 「? どうした?」 「ごめんなさい。フォスターの分取っておけばよかった。あんまり美味しくて忘れちゃった……」  しゅんとしてそう言うと付き添っていた女性神官が優しく話しかけた。 「大丈夫ですよ。お兄さんの分もありますよ。ただもう少ししたら夕飯になりますから、その後になりますが」 「ほんとですか? ありがとうございます、アニーシャさん!」 「お食事はこちらのお部屋に二人分お持ちしてよろしいでしょうか?」 「はい!」  リューナはこのアニーシャという女性神官にだいぶ懐いたようだ。リューナは基本的に人見知りなので、新たに心を許した人がいるというのは微笑ましいことなのだが少し不安を感じた。美味しい物を与えれば誰にでもついて行ってしまうのではないか、と。



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