060 昼食
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時刻石が青くなったので水の刻――昼になった。ユヴィラが部屋のドアをノックし、中の女の子二人に声をかける。 「おーい。お昼食べに行くよー」 「はーい!」 待ち構えていたのだろう。わりとすぐにドアが開いた。特に何事も無かったようだ。 「あー、楽しかった!」 何を話していたのか男性陣には知る由もないがヨマリーは満足げであった。そしてリューナは何故か落ち着かない様子で盾を持っていた。 「お前、なんで盾持ってんの?」 「あ、あの、ドアの前に開かないようにベッドと壁に挟んでおいたんだけど、どこに置いとこうかなって」 何か少しぎこちない気がしたがあまり気にせず返事をした。 「いいよ、適当で」 フォスターが盾を受け取り自分のベッド脇に立て掛けた。ヨマリーがそのやりとりをニヤニヤしながら見ていたことには気がつかなかった。 食堂は船室の更に下に位置している。昼時なので混み始めたところだ。不審な者がいないか警戒しながら席へ座った。鎧を脱ごうか迷ったがまだ着ておいた。鎧はいいとしても剣が仕舞われているのでそれだけはあったほうがいいと思ったのだ。しかし剣だけ剥き出しというわけにもいかないので、この後は右の籠手だけ着けておくようにしようと思った。少し変ではあるが鎧をつけっぱなしでいるよりは不審に思われないだろう。 「フォスター、今日はごはん買うの? 作ったの食べるの?」 「あー、船が初めてだから買おうかなと思ってた。どうせそうしたかったんだろ?」 「うん!」 少し頬が赤くなっているリューナは笑顔でそう答えた。ヨマリーは二人を眺めてにんまりとしている。 「でもどんな食べ物があるのかよくわかんないや。色んな美味しそうな匂いがするけど」 「じゃあ私がオススメを選んであげよう!」 そう言ってヨマリーがリューナと手を繋いで歩きだしたので慌てて追いかける。 「ちょ、ちょっと待って!」 「俺は席の確保をしとくよ。選んでおいでー」 ユヴィラが気を遣ってそう言ってくれた。 換気石があるので船底の部屋でも換気は全く問題なく、時停石があるので材料の劣化も無い。狭いだけで通常の店と殆ど変わらなかった。値段は町より少し高いがそれは仕方がないだろうと諦めた。 「辛いものは平気?」 「うん。私は平気」 「俺は辛すぎるとダメだな……」 「こっちのソーセージはちょっと辛いだけだからいけるかな。でもあっちの辛いスープはやめといたほうがいいかもね」 ヨマリーは行きの船で色々食べたようで兄妹に説明してくれた。 「混む前にさっさと決めないと他の人に迷惑だよ」 「そうだな。じゃあ俺はこの挽肉をキャベツで巻いたやつにするかな」 「私はあっちの辛いの食べてみる!」 「じゃあ私はこのお肉にしよっと。おじさん、これとこれください。このお兄さんに渡して」 ヨマリーはフォスターに自分の分の代金を渡してリューナの言っていた料理を頼みに行った。前にユヴィラがせっかちだと言っていたが本当だった。慌てて追いかけようとするがまだ料理を持ったままだ。 「リューナ、急いで席に戻ろう。俺この料理置いたらあっちのお金払いに行くから」 「うん」 リューナと急いで席へと戻りユヴィラに頼んだ。 「ごめん、リューナを見ててもらえます? すぐ戻るので」 「いいよー」 フォスターは急いでヨマリーを追いかけ代金を払いに行った。リューナはフォスターから離れてしまったことに一瞬だけ不安を感じたが、すぐに同じく席に残されたユヴィラから話しかけられ質問の内容に気を取られ不安を忘れてしまった。 「リューナはなんか狙われてて、攫われそうになったりするんだって?」 急にそんなことを言われて驚いたが質問に答える。 「え、は、はい……どうしてなのかはわからないんですけど……」 「良かったら、これ使って」 ユヴィラにそう言われ何かの石を渡された。リューナは触って確かめる。 「何処かの神様の石ですか?」 「うん。守護石って言うんだ。石に『神様助けて!』とか強く祈ると守ってくれるんだって。一回使ったら消えちゃうらしいけど。悪い奴に狙われてるなら持ってたほうがいいよ。ポケットとかに入れてるだけで触らなくても発動するんだってさ」 そこへフォスターとヨマリーが戻ってきた。 「何かもらったのか?」 「うん」 「守護石をあげたんだ」 ユヴィラが同じようにフォスターへ説明した。 「守ってくれるってどういう風に?」 「それは使ったことがないからわからないなあ。でも無いよりいいんじゃない?」 「そうですね。もらっちゃっていいんですか?」 「だってさっき反力石もらったから、そのお返しだよ」 「そうそう。遠慮なくもらって!」 ヨマリーも笑顔でそう言ってくれたのでありがたく受け取った。 「ありがとうございます。助かります」 「固いなあ」 ユヴィラはそう言って笑ったところへヨマリーが急かした。 「はい、じゃあ兄貴もごはん買いに行って!」 「うん」 ユヴィラが席を外した。もう何を買うか決めていたようで真っ直ぐに目的のところへ向かっていった。 その間リューナはもらった守護石を弄っていた。灰色で少し細めの三角錐が丸みを帯びた感じの石だ。その辺のただの石と言われてもわからないような神の石らしくない石である。 「じゃあポケットに入れておきな。何かあった時のために」 「うん」 リューナはすぐに上着のポケットに守護石を仕舞った。 『お前もいざというときのために遊泳石と忘却石はすぐ出せるようにしとけよ』 ビスタークにそう言われ了解の意味で髪に触れておいた。反力石は言われなくても飛翔神の町の人間なら常に身に付ける習慣が根付いているので特に言われなかった。 ユヴィラが戻ってきて皆が揃ったところで食事を始めた。フォスターの買った料理はキャベツに酸味がついていて中の肉には何か混ざっていた。 「肉に何か混ざってるけど何だろこれ? 小麦粉を細かく練ったやつかな」 フォスターが気になって呟いた。 「あー、それコメって言うらしいよ」 ヨマリーが行きの船で食べたらしく答えてくれた。 「なんか聞いたことあるな。闇の都のほうでパンのかわりに食べられてるんだっけ」 「そうそう」 「それ、美味しい?」 リューナが気になったのか聞いてきた。 「美味しいよ。食べてみるか?」 「うん!」 四つあるうちの一つをリューナの皿に乗せてやった。相変わらずヨマリーがにやつきながら眺めていたがフォスターは気がついていない。 もらった料理を満面の笑みで食べるリューナを見てユヴィラとヨマリーが同時に言った。 「美味しそうに食べるなあ……」 「だからついたくさん食べさせたくなっちゃうんだよな……」 少し反省気味にフォスターが呟いた。 「いやー、この前も思ったけど本当に美味しそうに食べるからわかるよ。 私のも味見する?」 「いいの?」 「牛肉のぶつ切りステーキだよー」 「牛のお肉って食べたことないかも」 「そうなの?」 「うちの町は山羊と豚と鶏が主だから」 「じゃあ一切れあげるよ。美味しいよ!」 リューナは有り難く頂戴した。 「! 美味しい!」 「このお肉ちょっと固いけどね。柔らかいのはもっと美味しいんだよー」 「へぇー、食べてみたいなあ」 うっとりともっと美味しいといわれる肉に想いを馳せながらフォスターにもらったほうの料理の残りを口へ運ぼうとしたところで、そのフォスターがぼそっと小声で言った。 「太らないといいけど……」 それを聞いたリューナの手がフォークを口へ運ぼうとしている途中で止まった。 「ちょっとお兄さん、それは無いよ!」 「うん。美味しく食べてる女の子に対して、それは無い」 ヨマリーとユヴィラがフォスターを責める。 「え……え?」 フォスターは困惑して二人を見る。 「リューナ食べるのやめちゃったじゃん!」 「あんなに幸せそうに食べてたのに悲しそうな顔になっちゃったよ。可哀想に」 フォスターが横にいるリューナを見ると確かに悲しそうな顔をして料理が刺さっているフォークを皿に置いていた。 「ご、ごめん……」 「……」 「遠慮なく食べていいから、な?」 「……」 リューナの機嫌を直すのにだいぶ時間がかかった。 『女に配慮が足りねえな』 よりによってビスタークにそんなことを言われ「お前にだけは言われたく無い」と思った。
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