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五話 何回ダウンロードされたか知ってますか?

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「私、見ちゃったんです、あのパレードの日。イツローさんがポニーテールさんかのじょさんとデートしてるのを」  弥生は繋がっていた目を伏せ、淡々と言葉を紡いだ。見てきたことをただ報告するように。 「本当は期待してたんです。あんなことしてしまったけど、イツローさんはそういうのを全部飲み込んで、それでもまだ私のことを好きでいてくれてるんじゃないかって。ゆかりんを派遣してくれてるのはその証拠だって、そう思い込んでたんです。だからあの日、沿道でイツローさんの姿を見つけたとき、今度こそ私が応える番。そう思って映画館通りまで追いかけていったの」  すみれとの前夜の仲違いを修復することしか念頭に無かったあの祭りの日の夕方を逸郎は思い出した。あのとき、すぐ近くに弥生はいたのか。 「コンビニから出てきたふたりがアイスを分け合って食べてる姿、とっても幸せそうだった。声をかける隙なんて、これっぽっちも」  弥生の語りに熱量が増してきたのを逸郎は感じた。 「私の帰るとこなんて無かったんだ。それがわかっちゃった。ゆかりんから聞いてると思うけど、私、そのとき何かが壊れちゃって、声掛けてきた知らない人たちに躰をまかせちゃった。それも自分から」  そんなこと、聞いてなかった。急激に乾いた喉の奥で、逸郎はうめいた。  そうですか、と弥生は応えた。 「ゆかりんらしい。告げ口とかって絶対しませんもんね、あの子。それに私も先輩を見かけたこと、ゆかりんには話してなかったし」  弥生はオレンジジュースのストローを咥え、指一本分だけ飲む。それから、ストローの吸い口を指で押さえてジュースを吸い上げると、蛇の抜け殻に数滴たらした。水分を吸ってうねうねと伸びるストローの袋。ひとしきり無言でその様子を眺めてから、弥生はゆっくりと顔を上げた。 「私知ってます。私みたいな女のことを『肉便器』って云うんですよね。声掛けられれば、誰とでもする女」  そんな言葉、弥生から聞きたくなかった。  逸郎はその台詞をむりやり飲みこんだ。 「槍須さんにされたのは、最初は無理やりだった。けどそのあとは、わざわざ自分から抱かれるために彼のところに戻ってしまった。誰かに、ゆかりんに、イツローさんに助けを求めることだって、あとで考えればできたのに」  逸郎を見ているようでいて、その瞳には何も映っていない。そんな能面のまま、弥生は話を続ける。 「動画を撮るのも配信するのも全部私が了承した。彼に、この人としてって指示されたら、相手が誰でどんな人かも確認せず言われるままに躰を開いて受け入れたりもした。私の貸し出しは結局二回で終わったけど、チャンネルが中止にならなかったら、そのあともずっと続けてたと思う。きっと、私からはとくに拒むこともなく」  弥生の瞳からふたたび滲み出てきたものが、自重を支えられなくなって、つーっと流れ落ちる。それに構わず、姿勢を正した弥生は言葉を繋げた。 「私の顔も躰もしてるとこも全部隠さず映った動画、何回ダウンロードされたか知ってますか? 一万回以上ですって。そりゃあ、昔の同級生にバレちゃうのだって当たり前。全部自分の蒔いた種です。挙げ句の果て、ようやく槍須さんから逃れてゆかりんに守ってもらってたというのに、今度は自分から知らないひとに躰を開いたりする。もう、どうしようもなくセックスの虜になってしまった淫らな女なんです、私」   「誰かに愛してもらえる価値なんて、無い」  弥生は、ぼろぼろと涙を流しながらも、目を閉じることなく真っ直ぐに逸郎の瞳を射抜いていた。そして、嗚咽混じりの声で、今まで誰にも言えなかった一言を解き放った。 「ねぇイツローさん。どうしてあのとき、タクシーを追いかけて、私を取り戻してくれなかったんですか」



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「私、見ちゃったんです、あのパレードの日。イツローさんがポニーテールさんかのじょさんとデートしてるのを」  弥生は繋がっていた目を伏せ、淡々と言葉を紡いだ。見てきたことをただ報告するように。 「本当は期待してたんです。あんなことしてしまったけど、イツローさんはそういうのを全部飲み込んで、それでもまだ私のことを好きでいてくれてるんじゃないかって。ゆかりんを派遣してくれてるのはその証拠だって、そう思い込んでたんです。だからあの日、沿道でイツローさんの姿を見つけたとき、今度こそ私が応える番。そう思って映画館通りまで追いかけていったの」  すみれとの前夜の仲違いを修復することしか念頭に無かったあの祭りの日の夕方を逸郎は思い出した。あのとき、すぐ近くに弥生はいたのか。 「コンビニから出てきたふたりがアイスを分け合って食べてる姿、とっても幸せそうだった。声をかける隙なんて、これっぽっちも」  弥生の語りに熱量が増してきたのを逸郎は感じた。 「私の帰るとこなんて無かったんだ。それがわかっちゃった。ゆかりんから聞いてると思うけど、私、そのとき何かが壊れちゃって、声掛けてきた知らない人たちに躰をまかせちゃった。それも自分から」  そんなこと、聞いてなかった。急激に乾いた喉の奥で、逸郎はうめいた。  そうですか、と弥生は応えた。 「ゆかりんらしい。告げ口とかって絶対しませんもんね、あの子。それに私も先輩を見かけたこと、ゆかりんには話してなかったし」  弥生はオレンジジュースのストローを咥え、指一本分だけ飲む。それから、ストローの吸い口を指で押さえてジュースを吸い上げると、蛇の抜け殻に数滴たらした。水分を吸ってうねうねと伸びるストローの袋。ひとしきり無言でその様子を眺めてから、弥生はゆっくりと顔を上げた。 「私知ってます。私みたいな女のことを『肉便器』って云うんですよね。声掛けられれば、誰とでもする女」  そんな言葉、弥生から聞きたくなかった。  逸郎はその台詞をむりやり飲みこんだ。 「槍須さんにされたのは、最初は無理やりだった。けどそのあとは、わざわざ自分から抱かれるために彼のところに戻ってしまった。誰かに、ゆかりんに、イツローさんに助けを求めることだって、あとで考えればできたのに」  逸郎を見ているようでいて、その瞳には何も映っていない。そんな能面のまま、弥生は話を続ける。 「動画を撮るのも配信するのも全部私が了承した。彼に、この人としてって指示されたら、相手が誰でどんな人かも確認せず言われるままに躰を開いて受け入れたりもした。私の貸し出しは結局二回で終わったけど、チャンネルが中止にならなかったら、そのあともずっと続けてたと思う。きっと、私からはとくに拒むこともなく」  弥生の瞳からふたたび滲み出てきたものが、自重を支えられなくなって、つーっと流れ落ちる。それに構わず、姿勢を正した弥生は言葉を繋げた。 「私の顔も躰もしてるとこも全部隠さず映った動画、何回ダウンロードされたか知ってますか? 一万回以上ですって。そりゃあ、昔の同級生にバレちゃうのだって当たり前。全部自分の蒔いた種です。挙げ句の果て、ようやく槍須さんから逃れてゆかりんに守ってもらってたというのに、今度は自分から知らないひとに躰を開いたりする。もう、どうしようもなくセックスの虜になってしまった淫らな女なんです、私」   「誰かに愛してもらえる価値なんて、無い」  弥生は、ぼろぼろと涙を流しながらも、目を閉じることなく真っ直ぐに逸郎の瞳を射抜いていた。そして、嗚咽混じりの声で、今まで誰にも言えなかった一言を解き放った。 「ねぇイツローさん。どうしてあのとき、タクシーを追いかけて、私を取り戻してくれなかったんですか」



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