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八話 おんなじ魂を探してる。

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「犬の遠吠えに聞こえたのは女の喘ぎ声だったんだ。俺は動転して、とにかく女を身体の上からどかさなきゃ、て思った。頭ではね。でも身体の方は別の反応をしてたんだ」  すみれは、瞬きするのも忘れ、高校三年の逸郎の身に起こった出来事に自分を同調シンクロさせていた。ひとことも聞き漏らすまい、と。 「お兄さん、気持ちいいんだね。中でびくびくいってるよ」  吐息交じりの女のセリフが引き金となり、逸郎はイってしまった。自慰なんかとは全然違う、どくどくと脈打つ射精。 「いっぱい出していいんだよ。あたしはもうアガッてるから、いくらでも中で受け止められるしね」  ようやくどいてくれた女の股から流れ出すものを見て、逸郎は強烈な嫌悪と後悔に襲われた。俺の身体は汚れに加担してしまった、と。跳ね起きた逸郎は、そこここに散らばっていた自分の衣類を搔き集め、とにかく形だけでも服を着ると後ろも見ずに部屋を飛び出した。  部屋は昨夜の店の二階だった。急な階段を駆け下り、中途半端だったシャツのボタンを留め、ベルトを締め直すと、逸郎は、カウンターに置きっぱなしになっていた自分のカバンを引っ掴んで夜明け前の裏通りに出た。またおいでね、という二階からの女の声だけが、耳に残った。 「それ以来、俺にとってセックスというのは気持ち悪いものってことになってしまったんだ。一度しかしてないのにね」  すみれは自分の手が逸郎の手を握りしめていたことに気づき、あわてて力を緩めた。 「不安にさせてごめん。でもわかって欲しい。俺がすみれのことを大事に思ってるのは本当の気持ちなんだ。仲のいい姉弟なんかじゃなくて。いろんな話をしておんなじ魂を見つけては、その度に嬉しくなったりできるパートナーとして」 「イツローがときどき言うその『おんなじ魂』って?」 「大森靖子せいこっていうひとの唄の歌詞だよ。CDや映画やマンガを貸し合って、おんなじ魂を探してる」  逸郎はワンフレーズだけ歌ってみせた。しばしの沈黙を挟んでからすみれは言った。 「その曲、今度聴かせてね。イツローのお部屋か私の部屋で」 「気持ちのよくない話を聞かせて悪かった。俺、はじめてなんだよ、誰かとちゃんとつき合ったりするの。だからどう距離を取ればいいのかわからなかったりすることがたくさんあってさ。この前もシンスケに、中学生かよ、って言われちゃって。でもどういう手順を踏めばステップが登れるのか、どこまでしてもいいのか、もう不安だらけなんだよ。手を繋ぐのだって、はじめは恐々こわごわだったんだから。でも、これからは」  もう少し勇気を出してみるよ、と言いながら逸郎は、すみれの手の熱ですっかり暖かくなっている左手を肩に回して、抱き寄せた。 「トラウマだろうがチキンだろうが、要は俺の心と体の調整チューニングだけの問題だから、そのときが来たらちゃんとできる、と思う。だから、人よりもちょっと遅いかもしれないけど、待ってて。今日みたいなお酒の勢いってのは、まだ無理だけどさ」  はじめての逸郎からのスキンシップに一瞬緊張したすみれだったが、すぐに力を抜き身体を預けた。 「私のこと、欲しいって思ったこと、ちゃんとあるの?」  脇に胸を押し付けながら見上げてくるすみれ。暗くてもわかる。いつもの悪戯好きの顔だ。急な密着に狼狽えながらも、逸郎ははっきりと応えた。 「そんなの、何度でも」  すみれは両腕を回し、力を込めて逸郎を抱き締める。そして、今までの不安を取り返すように逸郎の耳元でこう囁くのだった。 「私はもう、いつでもいいよ。大丈夫。全部上書きしてあげるから」



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前のエピソード 七話 お兄さん可愛いから、今夜は貸切にしたげる。

八話 おんなじ魂を探してる。

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「犬の遠吠えに聞こえたのは女の喘ぎ声だったんだ。俺は動転して、とにかく女を身体の上からどかさなきゃ、て思った。頭ではね。でも身体の方は別の反応をしてたんだ」  すみれは、瞬きするのも忘れ、高校三年の逸郎の身に起こった出来事に自分を同調シンクロさせていた。ひとことも聞き漏らすまい、と。 「お兄さん、気持ちいいんだね。中でびくびくいってるよ」  吐息交じりの女のセリフが引き金となり、逸郎はイってしまった。自慰なんかとは全然違う、どくどくと脈打つ射精。 「いっぱい出していいんだよ。あたしはもうアガッてるから、いくらでも中で受け止められるしね」  ようやくどいてくれた女の股から流れ出すものを見て、逸郎は強烈な嫌悪と後悔に襲われた。俺の身体は汚れに加担してしまった、と。跳ね起きた逸郎は、そこここに散らばっていた自分の衣類を搔き集め、とにかく形だけでも服を着ると後ろも見ずに部屋を飛び出した。  部屋は昨夜の店の二階だった。急な階段を駆け下り、中途半端だったシャツのボタンを留め、ベルトを締め直すと、逸郎は、カウンターに置きっぱなしになっていた自分のカバンを引っ掴んで夜明け前の裏通りに出た。またおいでね、という二階からの女の声だけが、耳に残った。 「それ以来、俺にとってセックスというのは気持ち悪いものってことになってしまったんだ。一度しかしてないのにね」  すみれは自分の手が逸郎の手を握りしめていたことに気づき、あわてて力を緩めた。 「不安にさせてごめん。でもわかって欲しい。俺がすみれのことを大事に思ってるのは本当の気持ちなんだ。仲のいい姉弟なんかじゃなくて。いろんな話をしておんなじ魂を見つけては、その度に嬉しくなったりできるパートナーとして」 「イツローがときどき言うその『おんなじ魂』って?」 「大森靖子せいこっていうひとの唄の歌詞だよ。CDや映画やマンガを貸し合って、おんなじ魂を探してる」  逸郎はワンフレーズだけ歌ってみせた。しばしの沈黙を挟んでからすみれは言った。 「その曲、今度聴かせてね。イツローのお部屋か私の部屋で」 「気持ちのよくない話を聞かせて悪かった。俺、はじめてなんだよ、誰かとちゃんとつき合ったりするの。だからどう距離を取ればいいのかわからなかったりすることがたくさんあってさ。この前もシンスケに、中学生かよ、って言われちゃって。でもどういう手順を踏めばステップが登れるのか、どこまでしてもいいのか、もう不安だらけなんだよ。手を繋ぐのだって、はじめは恐々こわごわだったんだから。でも、これからは」  もう少し勇気を出してみるよ、と言いながら逸郎は、すみれの手の熱ですっかり暖かくなっている左手を肩に回して、抱き寄せた。 「トラウマだろうがチキンだろうが、要は俺の心と体の調整チューニングだけの問題だから、そのときが来たらちゃんとできる、と思う。だから、人よりもちょっと遅いかもしれないけど、待ってて。今日みたいなお酒の勢いってのは、まだ無理だけどさ」  はじめての逸郎からのスキンシップに一瞬緊張したすみれだったが、すぐに力を抜き身体を預けた。 「私のこと、欲しいって思ったこと、ちゃんとあるの?」  脇に胸を押し付けながら見上げてくるすみれ。暗くてもわかる。いつもの悪戯好きの顔だ。急な密着に狼狽えながらも、逸郎ははっきりと応えた。 「そんなの、何度でも」  すみれは両腕を回し、力を込めて逸郎を抱き締める。そして、今までの不安を取り返すように逸郎の耳元でこう囁くのだった。 「私はもう、いつでもいいよ。大丈夫。全部上書きしてあげるから」



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