表示設定
表示設定
目次 目次




三話 空が白んできています三

52/77





 ゆかりんの置手紙でお祭り見物を誘われたとき、私は不安を感じました。私は日向ひなたに出て、のうのうとパレードなどを観てもいい身分なのだろうか、と。だいたい、もう一カ月以上まともに外には出ていません。せいぜい言って、早朝のコンビニにお菓子と飲み物を買いに行くくらい。あとのことはほとんど全部、ゆかりんにやってもらってます。禁治産者、でしたっけ。心とかが病んでしまって、誰かに見てもらってないと生活できない人のこと。あ、最近は成年被後見人って言うんですね。とにかく、今の私は、まさしくそれです。そんな私が、人のいっぱいいるイベントなんかに行って大丈夫なの? って。  ゆかりんは、私のことを知ってる人なんてぜんぜんいないから、安心して羽根が伸ばせるよ、って言ってくれてるけど。  でも一方で、わくわくしている自分もいました。誰か、ゆかりんとは別の誰かとも会えるかもしれない。例えばイツロー先輩とか。  毎日のように来てくれてるゆかりん。私が目を覚さなくて会えてない日もあるけれど、本当に助かってます。彼女がいなかったら、私、生きていけてないかも。食事的にも、精神的にも。ゆかりんはいつも、料理の練習って言ってるけど、毎回私の好きな和食メニューを用意してくれるし、栄養にも気を配ってるみたい。そしてなによりも、いつも普通においしい。  私が起きれたときは、いつも一緒に食べてくれる。私は朝食、彼女は夕食。そのときはいつも、いろんな話をしてくれます。この地方の昔話だったり海外のトピックスだったり芸能界やスポーツ界のこぼれ話だったり最新の科学情報だったり。ゆかりんは本当に、いろんなことを知っているのです。  そんな中にときどき出てくるのが、お兄さんの話とイツロー先輩の話。お兄さんはわかるけど、イツロー先輩は、って最初は思いました。もともとゆかりんは自分のことはあまり話題にしませんし、そうでなくてもすごく慎重なところがある子なので、話題に上げてきてる以上、彼女がイツロー先輩を想ってる可能性は無いな、というのはわかってます。そんな底の割れたやり方、ゆかりんはしない。  大学のことや他の共通の友だちのことは話題にしないのにイツロー先輩の逸話だけを差し込んでるのには、きっと意味があるはず。時間だけはたっぷりある私は、だから推理をしたりします。  (一)ゆかりんは、私にもう一度今までのように、自発的に大学に来させたい。  (二)それはおそらく、夏休み明けから。  (三)そのために彼女は、私の身体と心のリハビリに協力してくれている。  (四)それは純粋に、彼女の私に対する友情から来ている。  この中で、一番最後のところが私は気になります。  ゆかりんと知り合ったのは試験の前の日だけど、それから入学式までは電話で一、二度話しただけ。だからホントの意味で距離が近くなったのは大学に入ってからです。ほんの一か月そこそこではありましたが入学からGWまでの間は、本当に私たちはよく一緒にいました。今ももちろんよく一緒にいますが、それは彼女が私の部屋に居るときだけ。あの頃は、大学にいる間はほぼずっと、です。サークルでも一緒。別のグループとお話しするときでも私を連れて。  その高密度の期間で私が気づいたのは、ゆかりんは他人ひとを方向付けたりしたがらない、ということでした。相談とかを受けるときも、相手が自分で答えを出せるよう、常に中立な姿勢を崩さずにいます。そしてなにより、そういった相談事のターンにならないよう会話の流れを操ります。ゆかりんが本気を出せば、相談者を彼女がいいと思う方向に向けさせるのなんて簡単なんじゃないかと思うのですが、ゆかりんはそれをしません。これはもう、本当に一貫していました。  それが、です。今回の私の件に関しては、完全にその禁を破っているのです。突然やってきて、ひと晩話を聴いてくれたあの夜から。今までの彼女なら、基本的には放置して、近くにいるときはとても親密に、となるはず。それがこのどっぷりハマった関わり様。あり得ません。  その上、これまで一度も彼女の方から振ってきたことの無かったイツロー先輩の話題が、目立たないようにぽちぽちと配置されている。いくら私がもの知らずの鈍感でも、さすがに少しはわかります。たぶんですが、ゆかりんの私に対する今の行動は、彼女の友情だけでなく、イツロー先輩の意思も含まれているのではないでしょうか。言ってみれば、ゆかりんが私に演じて見せてくれている舞台を先輩がスポンサードしてる、みたいな。だから舞台の中に、ときどきスポンサーの商品が出てくる、みたいな。  もちろん憶測です。でもこんなものの見方ができるようになったのは私の成長かもしれません。それに、仮に広告であってもいいのです。私が好きだなって思ってる人のことを、あの審美眼の厳しいゆかりんが話題にもってくるくらい認めているってだけでも、私は嬉しくなるのです。  でも、もし、です。もしもゆかりんの私への助力がイツロー先輩と共同のものであるのなら、このお祭り見物だって知っているのではないでしょうか。そうであれば、あの先輩のことですから、遠くからでも見ていてくれるんじゃないでしょうか。  それならば、私は行かなきゃいけない。  あの日の教室で、私は逃げだしてしまった。イツロー先輩に合わせる顔が無いと思って。でも今は違う。だって先輩は私がなにをしてきてしまったかを知ってる。知ってる上で、力になってくれようとしてる。だったら、以前とは変わった、でも汚れただけじゃない、成長した部分もちゃんと見てもらわないと。  そう思うと明日が(もう今日ですね。空が白んできています)楽しみになってきました。ちゃんと早起きしないと。  あ、そうだ。  一番可愛い夏コーデを用意しとかなきゃ、ね。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


表示設定 表示設定
ツール 目次
ツール ツール
前のエピソード 二話 草の匂いがした。

三話 空が白んできています三

52/77

 ゆかりんの置手紙でお祭り見物を誘われたとき、私は不安を感じました。私は日向ひなたに出て、のうのうとパレードなどを観てもいい身分なのだろうか、と。だいたい、もう一カ月以上まともに外には出ていません。せいぜい言って、早朝のコンビニにお菓子と飲み物を買いに行くくらい。あとのことはほとんど全部、ゆかりんにやってもらってます。禁治産者、でしたっけ。心とかが病んでしまって、誰かに見てもらってないと生活できない人のこと。あ、最近は成年被後見人って言うんですね。とにかく、今の私は、まさしくそれです。そんな私が、人のいっぱいいるイベントなんかに行って大丈夫なの? って。  ゆかりんは、私のことを知ってる人なんてぜんぜんいないから、安心して羽根が伸ばせるよ、って言ってくれてるけど。  でも一方で、わくわくしている自分もいました。誰か、ゆかりんとは別の誰かとも会えるかもしれない。例えばイツロー先輩とか。  毎日のように来てくれてるゆかりん。私が目を覚さなくて会えてない日もあるけれど、本当に助かってます。彼女がいなかったら、私、生きていけてないかも。食事的にも、精神的にも。ゆかりんはいつも、料理の練習って言ってるけど、毎回私の好きな和食メニューを用意してくれるし、栄養にも気を配ってるみたい。そしてなによりも、いつも普通においしい。  私が起きれたときは、いつも一緒に食べてくれる。私は朝食、彼女は夕食。そのときはいつも、いろんな話をしてくれます。この地方の昔話だったり海外のトピックスだったり芸能界やスポーツ界のこぼれ話だったり最新の科学情報だったり。ゆかりんは本当に、いろんなことを知っているのです。  そんな中にときどき出てくるのが、お兄さんの話とイツロー先輩の話。お兄さんはわかるけど、イツロー先輩は、って最初は思いました。もともとゆかりんは自分のことはあまり話題にしませんし、そうでなくてもすごく慎重なところがある子なので、話題に上げてきてる以上、彼女がイツロー先輩を想ってる可能性は無いな、というのはわかってます。そんな底の割れたやり方、ゆかりんはしない。  大学のことや他の共通の友だちのことは話題にしないのにイツロー先輩の逸話だけを差し込んでるのには、きっと意味があるはず。時間だけはたっぷりある私は、だから推理をしたりします。  (一)ゆかりんは、私にもう一度今までのように、自発的に大学に来させたい。  (二)それはおそらく、夏休み明けから。  (三)そのために彼女は、私の身体と心のリハビリに協力してくれている。  (四)それは純粋に、彼女の私に対する友情から来ている。  この中で、一番最後のところが私は気になります。  ゆかりんと知り合ったのは試験の前の日だけど、それから入学式までは電話で一、二度話しただけ。だからホントの意味で距離が近くなったのは大学に入ってからです。ほんの一か月そこそこではありましたが入学からGWまでの間は、本当に私たちはよく一緒にいました。今ももちろんよく一緒にいますが、それは彼女が私の部屋に居るときだけ。あの頃は、大学にいる間はほぼずっと、です。サークルでも一緒。別のグループとお話しするときでも私を連れて。  その高密度の期間で私が気づいたのは、ゆかりんは他人ひとを方向付けたりしたがらない、ということでした。相談とかを受けるときも、相手が自分で答えを出せるよう、常に中立な姿勢を崩さずにいます。そしてなにより、そういった相談事のターンにならないよう会話の流れを操ります。ゆかりんが本気を出せば、相談者を彼女がいいと思う方向に向けさせるのなんて簡単なんじゃないかと思うのですが、ゆかりんはそれをしません。これはもう、本当に一貫していました。  それが、です。今回の私の件に関しては、完全にその禁を破っているのです。突然やってきて、ひと晩話を聴いてくれたあの夜から。今までの彼女なら、基本的には放置して、近くにいるときはとても親密に、となるはず。それがこのどっぷりハマった関わり様。あり得ません。  その上、これまで一度も彼女の方から振ってきたことの無かったイツロー先輩の話題が、目立たないようにぽちぽちと配置されている。いくら私がもの知らずの鈍感でも、さすがに少しはわかります。たぶんですが、ゆかりんの私に対する今の行動は、彼女の友情だけでなく、イツロー先輩の意思も含まれているのではないでしょうか。言ってみれば、ゆかりんが私に演じて見せてくれている舞台を先輩がスポンサードしてる、みたいな。だから舞台の中に、ときどきスポンサーの商品が出てくる、みたいな。  もちろん憶測です。でもこんなものの見方ができるようになったのは私の成長かもしれません。それに、仮に広告であってもいいのです。私が好きだなって思ってる人のことを、あの審美眼の厳しいゆかりんが話題にもってくるくらい認めているってだけでも、私は嬉しくなるのです。  でも、もし、です。もしもゆかりんの私への助力がイツロー先輩と共同のものであるのなら、このお祭り見物だって知っているのではないでしょうか。そうであれば、あの先輩のことですから、遠くからでも見ていてくれるんじゃないでしょうか。  それならば、私は行かなきゃいけない。  あの日の教室で、私は逃げだしてしまった。イツロー先輩に合わせる顔が無いと思って。でも今は違う。だって先輩は私がなにをしてきてしまったかを知ってる。知ってる上で、力になってくれようとしてる。だったら、以前とは変わった、でも汚れただけじゃない、成長した部分もちゃんと見てもらわないと。  そう思うと明日が(もう今日ですね。空が白んできています)楽しみになってきました。ちゃんと早起きしないと。  あ、そうだ。  一番可愛い夏コーデを用意しとかなきゃ、ね。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!