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四話 デビルマンはマンガ版を最後まで読み込んでます。

24/77





 小一時間待ったが他に誰も出てくる様子がなかったので、逸郎たちは部室の鍵を閉め、帰ることにした。言いたいことを言い尽くしたのか、由香里はさっきから黙り込んでいる。  部室棟を後にし、先日ファインと歩いた実験植林の遊歩道を由香里と並んで歩く。逸郎のバイト先と由香梨の実家は、しばらくの間は同じ方角なのだ。夕方の空は重く、夜には雨になりそうだった。 「あのさ原町田」  逸郎は由香里を見ず、真っ直ぐ前を向いたまま口を開いた。 「お前さんの『友だち』の認識、俺はかなり共感したよ。今までそんなふうに論理立てて考えたことはなかった、と改めて感じさせてもらった。正直、俺のレイヤーのかなり深いところを模様替えした気分だよ」  由香里は何も応えず、半歩後ろを付いてきている。俺が打つサーブの軌道を予測し、陣形を整えてるってところかな。ひと呼吸置いて、逸郎は話を続けた。 「その上で、なんだが、やっぱりお前は今、弥生の側に押しかけていい存在だと思うんだ。いや、むしろ押しかけるべきなんじゃないか、とね」  由香里の息を吸い込む気配を逸郎は感じた。まだだ。まだお前のターンじゃない。もうちょっとだけ俺に喋らせろ。逸郎はそう念じた。由香里は黙ったままだった。 「弥生がどう考えを変えたのか、もしくは変えなかったのか、今のところ俺たちにはわからない。もしかしたらルシフェル飛鳥了が悪魔界に堕ちたみたいな大転向があったのかもしれない。あ、いや別に弥生が悪くなったとか言うんじゃ無くて、シフトチェンジという意味で…」 「わかります。デビルマンはマンガ版を最後まで読み込んでますんで」  素で永井版デビルマンが通じるとは思わなかった。ラストシーンの光の来訪についてひと晩がっつり意見を交わし合いたい。が、しかし、哀しいかな今はこいつの昭和脳と熱いバトルを繰り広げていてもいいタイミングではないのだ。その機会は、いずれまた。逸郎は脱線仕掛ける自分を戒めた。 「とにかく今は、曲がりなりにも安定していた状態が外部要因で解体したため不安定になってる。それはもう間違いない。弥生だって事情はどうあれ自分がしてきたことの実際的側面は理解してるだろうし、その影響があるから既存の交友にすんなり戻ることは許されないと思ってるかもしれない。というか、以前までの彼女の性格ならきっとそう思ってる。今の弥生は舫綱を繋ぐビットを見失った停泊船なんだ。このまま放っておいたら、ふらふらと宛ても無い外洋に流されちまう」  そこでお前の出番なんだよ、と逸郎は一気に言葉を継いだ。 「この前の教室での再会を俺は見ていた。声はお前のしか聞こえなかったけど、眼鏡をかけて変装までしていた弥生は少し笑顔を浮かべていた。不在を埋めるでも問い質すでも無く、助走ゼロのシームレスでくだらない日常トークを展開するというお前の話題選択は完璧だったんだよ。少なくとも桟橋からの呼び掛けは、弥生に届いたんだ」  プールほどの実験池と温室に挟まれた遊歩道で逸郎たちは、いつの間にか立ち止まって対峙していた。 「過分なるお褒めの言葉、ありがとうございます。まさかイツロー先輩からこのような高い評価をいただけるとは、嬉しさで涙がちょちょ切れそうです。で、先輩は私にどうしろをおっしゃるんですか」  こいつは本当に場面をよく見ている。空気を読まないんじゃない。空気を読み把握した上で、状況を本来の望ましい方向へ誘導しようとしてるんだ。トリックスターに仕立て上げた自分のキャラクターを利用して。大丈夫。こいつに任せておけば、弥生を、前のままではなく新しくなった弥生をこちらに繋ぎ直してくれる。 「俺は原町田が弥生を強襲すべきだと思う。今夜にでも」



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 小一時間待ったが他に誰も出てくる様子がなかったので、逸郎たちは部室の鍵を閉め、帰ることにした。言いたいことを言い尽くしたのか、由香里はさっきから黙り込んでいる。  部室棟を後にし、先日ファインと歩いた実験植林の遊歩道を由香里と並んで歩く。逸郎のバイト先と由香梨の実家は、しばらくの間は同じ方角なのだ。夕方の空は重く、夜には雨になりそうだった。 「あのさ原町田」  逸郎は由香里を見ず、真っ直ぐ前を向いたまま口を開いた。 「お前さんの『友だち』の認識、俺はかなり共感したよ。今までそんなふうに論理立てて考えたことはなかった、と改めて感じさせてもらった。正直、俺のレイヤーのかなり深いところを模様替えした気分だよ」  由香里は何も応えず、半歩後ろを付いてきている。俺が打つサーブの軌道を予測し、陣形を整えてるってところかな。ひと呼吸置いて、逸郎は話を続けた。 「その上で、なんだが、やっぱりお前は今、弥生の側に押しかけていい存在だと思うんだ。いや、むしろ押しかけるべきなんじゃないか、とね」  由香里の息を吸い込む気配を逸郎は感じた。まだだ。まだお前のターンじゃない。もうちょっとだけ俺に喋らせろ。逸郎はそう念じた。由香里は黙ったままだった。 「弥生がどう考えを変えたのか、もしくは変えなかったのか、今のところ俺たちにはわからない。もしかしたらルシフェル飛鳥了が悪魔界に堕ちたみたいな大転向があったのかもしれない。あ、いや別に弥生が悪くなったとか言うんじゃ無くて、シフトチェンジという意味で…」 「わかります。デビルマンはマンガ版を最後まで読み込んでますんで」  素で永井版デビルマンが通じるとは思わなかった。ラストシーンの光の来訪についてひと晩がっつり意見を交わし合いたい。が、しかし、哀しいかな今はこいつの昭和脳と熱いバトルを繰り広げていてもいいタイミングではないのだ。その機会は、いずれまた。逸郎は脱線仕掛ける自分を戒めた。 「とにかく今は、曲がりなりにも安定していた状態が外部要因で解体したため不安定になってる。それはもう間違いない。弥生だって事情はどうあれ自分がしてきたことの実際的側面は理解してるだろうし、その影響があるから既存の交友にすんなり戻ることは許されないと思ってるかもしれない。というか、以前までの彼女の性格ならきっとそう思ってる。今の弥生は舫綱を繋ぐビットを見失った停泊船なんだ。このまま放っておいたら、ふらふらと宛ても無い外洋に流されちまう」  そこでお前の出番なんだよ、と逸郎は一気に言葉を継いだ。 「この前の教室での再会を俺は見ていた。声はお前のしか聞こえなかったけど、眼鏡をかけて変装までしていた弥生は少し笑顔を浮かべていた。不在を埋めるでも問い質すでも無く、助走ゼロのシームレスでくだらない日常トークを展開するというお前の話題選択は完璧だったんだよ。少なくとも桟橋からの呼び掛けは、弥生に届いたんだ」  プールほどの実験池と温室に挟まれた遊歩道で逸郎たちは、いつの間にか立ち止まって対峙していた。 「過分なるお褒めの言葉、ありがとうございます。まさかイツロー先輩からこのような高い評価をいただけるとは、嬉しさで涙がちょちょ切れそうです。で、先輩は私にどうしろをおっしゃるんですか」  こいつは本当に場面をよく見ている。空気を読まないんじゃない。空気を読み把握した上で、状況を本来の望ましい方向へ誘導しようとしてるんだ。トリックスターに仕立て上げた自分のキャラクターを利用して。大丈夫。こいつに任せておけば、弥生を、前のままではなく新しくなった弥生をこちらに繋ぎ直してくれる。 「俺は原町田が弥生を強襲すべきだと思う。今夜にでも」



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