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二話 ダイハンにはEXTREAM HOTSPRINGっていうステージがあるの。

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「ねえ涼子、セックスってそんなに中毒みたいになっちゃうほどいいものなのかね」  口にした一秒後に、逸郎は無駄な質問をしたと気づいた。  そんなことをファインに尋ねても意味が無い。なぜならファイン、いや、天津原涼子ファインモーションという黒髪碧眼の美少女は、その恵まれた容姿とは無関係に、およそ恋愛の世界から遠く離れた存在だったのだから。  彼女は、十人が十人振り返る規格外の美人である。入学から半年の間で三十余人から告白されたのは紛うことのない事実だ。実際、その大半の現場を逸郎は、ファイン本人からの警護依頼を受けて、陰ながら見守ってきた。いずれの場面でも、彼女はなんの躊躇もいかなる譲歩もせずに、即断で告白者たちのフラグをへし折っていた。それはもう、胸がすくほどほどの光景だった。  昨年の四月から十月初頭にかけての約半年間、多少の波はあったものの、ファインへの大告白祭りは散発的に継続していた。しかしその波も学祭を越えた辺りでぱたりと止み、冬支度を始めるころには、彼女の周辺海域はすっかり凪になっていた。クリスマス前にもうひと波あるのではと予想していた先輩たちもいたが、そんな駆け込み需要のターゲットに難攻不落の大要塞を選ぶ英雄的莫迦が今更居るはずも無く、以降今日こんにちに至るまでファインへのアプローチは、少なくとも学内においては完全に途絶えている。  今にしてみればはっきりと言える。ファインは、恋愛などという不確定なノイズに頓着する気など露ほども持っていないのだ。彼女が愛着を示すのは、造りこまれた世界観を持つゲーム世界であり、その閉じた世界の中に隠された論理的制約を試し、類推し、暴いて見せて、己が身をより高みに上げることこそが、ファインの希求するテーマなのだ、と。  そんな彼女に、不確実性の具現ともいえるセックスについての意見を尋ね、是非を聞くなど、愚行以外の何物でもない。  だから逸郎は撤回の言葉を繋いだ。 「ごめんごめん。そんなこと聞かれても答えようがないよな。今のは無し。聞かなかったことにしといて」  しかし、取り繕うような逸郎の台詞が伝わった様子は全くなかった。ファインは中空を見つめ、どこか深いところから大事な何かを探り採ろうとする、思考の海に潜航中だった。その海面で置いてきぼりにされて取り付く島を無くした逸郎は、遥か昔に冷めてしまった珈琲の表面を見つめ、入学したてのころの弥生を思い出していた。真面目で素朴で、どこかおどおどしたところを持ちながら、それでも興味への探求を持ち続ける自分でありたいと望んでいた愛すべき無垢の少女のことを。 「うん。私、なんかわかるかも」 「へ?」  いつの間にかこちら岸に戻ってきていたファインが、いきなりの言葉を投げてきた。追憶に没入し過ぎて受け損ねた逸郎は、間抜けな返ししかできなかった。 「うん。だから、弥生さんがセックスに嵌っちゃった気持ち、私もわかるな、って」  あのしっとりとした美しい唇から「セックス」なんて単語が出てくること自体驚きだが、さらに、気持ちがわかる、だと?  逸郎は自分が持っていたファインに対する岩盤のような理解が、液状化して崩れていくような錯覚に陥った。 「ね。いっくんはダイハンやったことあるよね」  ダイハン。ダイノソーハンター。世界中で数億人規模の愛好者がいる超大作MMORPG。最大四人でパーティーを組み、広大なバーチャル世界を旅しながら恐竜を探し、追い込み、狩っていくアクションゲームである。戯れ会内でもファインのアカウント'Jill Fairytale'の桁違いの強さは知れ渡っている。と同時に、OBにも明かさない最重要秘匿情報トップシークレットであることも共有されている。国内では数人しかいないと言われるUG級の覆面ハンターなのだから、当然と言えば当然だ。  ダイハンに関しては、逸郎もアカウントを所持してはいる。昨年夏から三か月ほど集中してようやくS級に上がれた程度ではあるが。  逸郎の返事を待たずにファインは続ける。 「ダイハンにはたくさんのアウトサイドステージがあるでしょ。そのひとつにEXTREAM HOTSPRINGっていうのがあるの」  そのステージは聞いたことない。逸郎はそう思った。というかこの話、いったいどこで繋がるんだろう。ただ、こんな風に自分から新たな話題を振ってくるファインを見るのははじめてかもしれない。その稀有な状況に逸郎の興味はそそられた。たとえ関係ない話であっても弥生のことを忘れらていられる時間ができるのなら、それは有難いことに違いない。 「まぁ温泉、よね。難易度SS級ポツリワナ平原の一番奥に棲むエレクトサウルス・スプリームを倒すことができると道が現れるっていうレア中のレアステージ。その温泉に浸かると一時的とは言え反応速度が三倍になれるって話を、海外の掲示板で見かけたの。三年前の春、高校二年生に上がるころだったかな」  三年前の涼子はたしか名門女子校に通ってたはず。僕らが知り合う二年以上前か。わざわざ話してくれるほどだから相当不思議なステージなのだろう。  逸郎の意識は、ファインの話を聴くことにシフトチェンジし始めていた。



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前のエピソード 一話 これ、入ってるよね。

二話 ダイハンにはEXTREAM HOTSPRINGっていうステージがあるの。

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「ねえ涼子、セックスってそんなに中毒みたいになっちゃうほどいいものなのかね」  口にした一秒後に、逸郎は無駄な質問をしたと気づいた。  そんなことをファインに尋ねても意味が無い。なぜならファイン、いや、天津原涼子ファインモーションという黒髪碧眼の美少女は、その恵まれた容姿とは無関係に、およそ恋愛の世界から遠く離れた存在だったのだから。  彼女は、十人が十人振り返る規格外の美人である。入学から半年の間で三十余人から告白されたのは紛うことのない事実だ。実際、その大半の現場を逸郎は、ファイン本人からの警護依頼を受けて、陰ながら見守ってきた。いずれの場面でも、彼女はなんの躊躇もいかなる譲歩もせずに、即断で告白者たちのフラグをへし折っていた。それはもう、胸がすくほどほどの光景だった。  昨年の四月から十月初頭にかけての約半年間、多少の波はあったものの、ファインへの大告白祭りは散発的に継続していた。しかしその波も学祭を越えた辺りでぱたりと止み、冬支度を始めるころには、彼女の周辺海域はすっかり凪になっていた。クリスマス前にもうひと波あるのではと予想していた先輩たちもいたが、そんな駆け込み需要のターゲットに難攻不落の大要塞を選ぶ英雄的莫迦が今更居るはずも無く、以降今日こんにちに至るまでファインへのアプローチは、少なくとも学内においては完全に途絶えている。  今にしてみればはっきりと言える。ファインは、恋愛などという不確定なノイズに頓着する気など露ほども持っていないのだ。彼女が愛着を示すのは、造りこまれた世界観を持つゲーム世界であり、その閉じた世界の中に隠された論理的制約を試し、類推し、暴いて見せて、己が身をより高みに上げることこそが、ファインの希求するテーマなのだ、と。  そんな彼女に、不確実性の具現ともいえるセックスについての意見を尋ね、是非を聞くなど、愚行以外の何物でもない。  だから逸郎は撤回の言葉を繋いだ。 「ごめんごめん。そんなこと聞かれても答えようがないよな。今のは無し。聞かなかったことにしといて」  しかし、取り繕うような逸郎の台詞が伝わった様子は全くなかった。ファインは中空を見つめ、どこか深いところから大事な何かを探り採ろうとする、思考の海に潜航中だった。その海面で置いてきぼりにされて取り付く島を無くした逸郎は、遥か昔に冷めてしまった珈琲の表面を見つめ、入学したてのころの弥生を思い出していた。真面目で素朴で、どこかおどおどしたところを持ちながら、それでも興味への探求を持ち続ける自分でありたいと望んでいた愛すべき無垢の少女のことを。 「うん。私、なんかわかるかも」 「へ?」  いつの間にかこちら岸に戻ってきていたファインが、いきなりの言葉を投げてきた。追憶に没入し過ぎて受け損ねた逸郎は、間抜けな返ししかできなかった。 「うん。だから、弥生さんがセックスに嵌っちゃった気持ち、私もわかるな、って」  あのしっとりとした美しい唇から「セックス」なんて単語が出てくること自体驚きだが、さらに、気持ちがわかる、だと?  逸郎は自分が持っていたファインに対する岩盤のような理解が、液状化して崩れていくような錯覚に陥った。 「ね。いっくんはダイハンやったことあるよね」  ダイハン。ダイノソーハンター。世界中で数億人規模の愛好者がいる超大作MMORPG。最大四人でパーティーを組み、広大なバーチャル世界を旅しながら恐竜を探し、追い込み、狩っていくアクションゲームである。戯れ会内でもファインのアカウント'Jill Fairytale'の桁違いの強さは知れ渡っている。と同時に、OBにも明かさない最重要秘匿情報トップシークレットであることも共有されている。国内では数人しかいないと言われるUG級の覆面ハンターなのだから、当然と言えば当然だ。  ダイハンに関しては、逸郎もアカウントを所持してはいる。昨年夏から三か月ほど集中してようやくS級に上がれた程度ではあるが。  逸郎の返事を待たずにファインは続ける。 「ダイハンにはたくさんのアウトサイドステージがあるでしょ。そのひとつにEXTREAM HOTSPRINGっていうのがあるの」  そのステージは聞いたことない。逸郎はそう思った。というかこの話、いったいどこで繋がるんだろう。ただ、こんな風に自分から新たな話題を振ってくるファインを見るのははじめてかもしれない。その稀有な状況に逸郎の興味はそそられた。たとえ関係ない話であっても弥生のことを忘れらていられる時間ができるのなら、それは有難いことに違いない。 「まぁ温泉、よね。難易度SS級ポツリワナ平原の一番奥に棲むエレクトサウルス・スプリームを倒すことができると道が現れるっていうレア中のレアステージ。その温泉に浸かると一時的とは言え反応速度が三倍になれるって話を、海外の掲示板で見かけたの。三年前の春、高校二年生に上がるころだったかな」  三年前の涼子はたしか名門女子校に通ってたはず。僕らが知り合う二年以上前か。わざわざ話してくれるほどだから相当不思議なステージなのだろう。  逸郎の意識は、ファインの話を聴くことにシフトチェンジし始めていた。



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