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三話 ちゃんと脱げるんです、服が。それも一枚一枚、下着まで全部。

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「そんな噂聞いちゃったら、もう行くしかないよね。ちょうど時間のある時期だったから。まぁそうじゃなくても行っちゃったんだろうけど、とにかく寝食忘れて探し回ったんだ。で、探し始めてからひと月くらい、たしか四月の半ばくらいだったかな、やっとエレクトサウルスまでのルートを見つけたの。そこからは、ひたすらメンバー集め」  ファインの語りが乗ってきた。お嬢様ゲーマーの面目躍如だ。 「海外のSNSをいくつか巡って、ようやく募った仲間と一緒に攻略の旅に出た。そのときのメンバーで唯一の経験者が教えてくれたことは、前の攻略のときには温泉への道は出てこなかった、って。その人もあとで調べたらしく、どうやら四人中ひとりだけ女性アバターがいるパーティーでないと道は現れないって聞いたんだって。ほら、私のアバターJillでしょ。それでその人、私の誘いには手を上げない選択肢が無かったんだ、って、道すがら話してくれたの。あのクラスのステージまで潜ってる女性アバターは希少なんだよ」  なんだろう。少しだけ主題テーマに近くなってきた予感がする。それにしてもよく語るな。涼子って、こんなに自分のこと話す奴だったのか。  逸郎の中で急速に、ファインについてのイメージ変換が行われていた。 「エレクトサウルス、最初のときは苦労したわ。単体恐竜としてなら、たぶん最強。それでもなんとか退治して、みんなで戦利品分配して市場に送るターンまで済ませたの」  話を一旦中断し、目をつぶって軽く息を吸うファイン。 「急に、ほんとに急に現れたのよ、温泉への道。噂どおりに、ね。やたら目立つ極彩色の蔦が絡まる入口に Hot Spring → ってネオン管がぴかぴかしてて。踏み込んでみたら意外になんでもない普通の獣道。でも四人とも大喜びよ。チャットで大騒ぎしながら進んでいったよ。そうしたら、不思議な広場に突き当たった」  涼子の奴、話すのが上手いな。サークル内ではたぶん俺が一番会ってるはずだけど、こんなふうにふたりきりで長く話するのははじめてかも。大抵はナイル先輩やシンスケたちがいて、ほとんど彼らがくっちゃべってるから。  なんだろう、今日のこの感じは。俺を元気づけてくれてるってことかな。  逸郎は少し胸が温まった気がした。 「広場の入り口にはね、『XX Paradise』って書いてある西部劇の村の入り口とか高校の学園祭正門みたいなゲートがあって、その横に板でできた広場の地図の立て看板が指してあったの。地図には広場にある施設の配置が案内されてたんだけど、そのラインナップがなんか不自然なのよね。児童公園、捨てられた車、電車の車両、水辺の岩場、公衆トイレ、街角の袋小路、体育用具倉庫、等々。なぜかオフィスの一室なんかもあったりして。そうやって統一性のない施設がランダムに配置された広場の奥まった隅っこに、明らかに場にそぐわない小さな東家が一軒。そしてその奥に、『EXTREAM HOTSPRING』のサインが。紛うことない目的地に、私たちは到達したのよ!」  ファインの満足げな表情を見て、逸郎は自分も伴に旅してきた仲間のひとりになっている気がしていた。 「とりあえず東家を目指しつつ沿道の施設、というかミニステージを探索しながら、四人で歩いていったの。それぞれの施設は本当に見事につくりこまれていて、でも隠しアイテムや罠みたいなものは無いようで、精緻だけど不愛想って印象。変だなとも思ったけど、そこは超レアステージ。グラフィックに気合入ってるだけかな、なんて、歩きながら話し合ってた」 「そうやってひと通り巡って東家に到着したの。少し大ぶりな和風の建物。中に入ると、いきなりの壁一面に、とても目立つ注意書きがあった」  *********************************************  温泉には女性おひとりしか入場できません。  お三方の男性はこちらの東家でおくつろぎください。  ********************************************* 「あ、もちろん英語だよ。ほら私って英語できるでしょ。読むのも話すのも。チャットとかのやり取りも全部英語だったし」  いきなり自慢かよ!  不意を突かれた逸郎は、今日はじめて頬を緩めた。それだけ話に引き込まれていたのだ。 「男の人たちは凄く憤慨してたんだけど、実際にどんなに頑張っても男性アバターでは中に入ることができなくて、結局私ひとりで入場することになったの。仕様だからしょうがないよね。せっかくここまで一緒に探検してきた仲間だからせめてチャットで実況くらいしてあげなきゃって思ったのに、入口の引き戸が締まった途端にパーティーとのリンクまでシャットダウンして。あわてて引き戸を開こうにも、鍵が掛かって戻れなくなってるし」  ファインは指を絡めて繋いでいた両手をぱぁっと離し、リンクダウンの表現をしている。普段から身振り大きい系ではあるが、今日はいつもの十倍以上だ。 「一瞬は狼狽えたけど、気を取り直して進んでいくことにしたの。ずんずんとね。こういうこともたまにはあるよね。人生は切り替えが肝心だし」  ちょっ、ここで人生語るか? 「建物の中は日本の温泉と同じ感じ。最初の脱衣所で服を脱ぐよう指示される。もちろん英語ね。で、装備やアイテムまでは外せたんだけど、ここで異常が。その先の選択窓が出てこないのよ。早く脱げって字幕は出てくるのに、そのコマンドがいつまで経っても現れない。脱衣所動き回ってボタンとか探してみたんだけどどこにもない。戻ろうと思ったら、それもできない。脱衣所は完全に行き止まりの密室。自分で何とかしなきゃ先進めないの。でも気づいたの。あのね、ちゃんと脱げるんだよ、服が。それも上から順番に一枚一枚、下着まで全部だよ。それこそ実際に脱ぐみたいに。Wow! Incredible! 今までそんな機能見たこともないよね! いっくんは聞いたことある?」  逸郎はぶんぶんと頭を振った。もちろん、無い。ダイハンでも他のゲームでも。R指定ゲームにしたって衣服を剥がすときはいきなり消えるだけだし。第一そんなとこやってたら、演算にサーバリソース取られ過ぎちゃうよ。  逸郎は聞かれてもいないことまで答えていた。もちろん、声は出さずに頭の中で。 「もうね、完全にオールヌードが再現されちゃってるんだ。胸もお尻も、大事なあそこも。脱衣所には大きな姿見があったから、座り込んで調べちゃった。ヘアだけじゃなくてヴァギナもちゃんと表現されてたんだから。まさかと思いながらも試してみたら、指だって入っちゃったし! もうびっくりだよ。Jillは欧米女性ベースだから全体に大柄だし、アンダーヘアの処理なんかも日本のトレンドとはぜんぜん違うけど、そんなカスタム設定してないしね。まぁとにかく驚いちゃった」  思わず周囲を見回す逸郎。美少女がカフェの席でオールヌードだのあそこだのヘアだの、果てはヴァギナに指を入れてみたなどと高説してるのだ。注目されて当然だろう。  だが幸いなことに店内はさほど混みあってはおらず、こちらに向けられた視線もとくには無かった。みんな自分たちの話に集中してる、ようだ。知らんけど。  逸郎は視線を戻した。ファインの話は続いている。 「お風呂は露天が基本で、それはもう絶景」 「高台にあるから谷底に流れる川や回りに広がる色とりどりの森が遠くまで続いてて、遥か先の河口にはうっすらと海だか湖だかも見えるのよ」 「温泉自体もすごく綺麗で。霊験あらたかって言うのかな? とにかく力も漲るし。反応速度ゲージをチェックしたら、確かに三倍になってた。もうね、私ひとりで入るのなんてとんでもなくもったいなくって。どんだけ手間暇かけて、ただでさえ希少ないUG級女性ユーザーのためにこの空間を作ったの!? 本気で思ったよ。制作の皆さん、ちょっとおかしいんじゃないのって」  ゲーム内とは思えない稀有な入浴体験を反芻しているのだろう。こころもち体温の上がった、そう、風呂上がりのような顔になっている。これはウルトラレアファインだ。 「ずっと入ってたかったけどいい加減仲間を待たせるのも悪いかなって思って、お風呂あがって服着ようとしたら、外した装備と衣服が無くなってたの。代わりに置いてあるのはバスタオルが一枚だけ。そしてここにも但し書き」  *********************************************  『EXTREAM HOTSPRING』をお帰りの際は、備え付けのバスタオルをお纏いください。        <警告>  外の広場では、あなたの仲間だった男たちがあなたをレイプしようと待ち構えています。  『XX Paradise』から脱出する方法は以下の二通りだけです。  1)WIN:あなたが男たち全員を戦闘不能にする  2)LOSE:あなたが戦闘不能にされて男たちが飽きるまでレイプし尽くされる  なお、あなたと男たちのいずれも一切の武器・アイテム・呪文等は使用できません。  また、脱出後は全員がお持ちになっていた全ての装備、アイテム、衣服が返還されます。  ********************************************* 「なにそれ……」  こわばったファインの貌。さっきまでのぽかぽかだった体温が一気に五度くらい下がったかのように。



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前のエピソード 二話 ダイハンにはEXTREAM HOTSPRINGっていうステージがあるの。

三話 ちゃんと脱げるんです、服が。それも一枚一枚、下着まで全部。

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「そんな噂聞いちゃったら、もう行くしかないよね。ちょうど時間のある時期だったから。まぁそうじゃなくても行っちゃったんだろうけど、とにかく寝食忘れて探し回ったんだ。で、探し始めてからひと月くらい、たしか四月の半ばくらいだったかな、やっとエレクトサウルスまでのルートを見つけたの。そこからは、ひたすらメンバー集め」  ファインの語りが乗ってきた。お嬢様ゲーマーの面目躍如だ。 「海外のSNSをいくつか巡って、ようやく募った仲間と一緒に攻略の旅に出た。そのときのメンバーで唯一の経験者が教えてくれたことは、前の攻略のときには温泉への道は出てこなかった、って。その人もあとで調べたらしく、どうやら四人中ひとりだけ女性アバターがいるパーティーでないと道は現れないって聞いたんだって。ほら、私のアバターJillでしょ。それでその人、私の誘いには手を上げない選択肢が無かったんだ、って、道すがら話してくれたの。あのクラスのステージまで潜ってる女性アバターは希少なんだよ」  なんだろう。少しだけ主題テーマに近くなってきた予感がする。それにしてもよく語るな。涼子って、こんなに自分のこと話す奴だったのか。  逸郎の中で急速に、ファインについてのイメージ変換が行われていた。 「エレクトサウルス、最初のときは苦労したわ。単体恐竜としてなら、たぶん最強。それでもなんとか退治して、みんなで戦利品分配して市場に送るターンまで済ませたの」  話を一旦中断し、目をつぶって軽く息を吸うファイン。 「急に、ほんとに急に現れたのよ、温泉への道。噂どおりに、ね。やたら目立つ極彩色の蔦が絡まる入口に Hot Spring → ってネオン管がぴかぴかしてて。踏み込んでみたら意外になんでもない普通の獣道。でも四人とも大喜びよ。チャットで大騒ぎしながら進んでいったよ。そうしたら、不思議な広場に突き当たった」  涼子の奴、話すのが上手いな。サークル内ではたぶん俺が一番会ってるはずだけど、こんなふうにふたりきりで長く話するのははじめてかも。大抵はナイル先輩やシンスケたちがいて、ほとんど彼らがくっちゃべってるから。  なんだろう、今日のこの感じは。俺を元気づけてくれてるってことかな。  逸郎は少し胸が温まった気がした。 「広場の入り口にはね、『XX Paradise』って書いてある西部劇の村の入り口とか高校の学園祭正門みたいなゲートがあって、その横に板でできた広場の地図の立て看板が指してあったの。地図には広場にある施設の配置が案内されてたんだけど、そのラインナップがなんか不自然なのよね。児童公園、捨てられた車、電車の車両、水辺の岩場、公衆トイレ、街角の袋小路、体育用具倉庫、等々。なぜかオフィスの一室なんかもあったりして。そうやって統一性のない施設がランダムに配置された広場の奥まった隅っこに、明らかに場にそぐわない小さな東家が一軒。そしてその奥に、『EXTREAM HOTSPRING』のサインが。紛うことない目的地に、私たちは到達したのよ!」  ファインの満足げな表情を見て、逸郎は自分も伴に旅してきた仲間のひとりになっている気がしていた。 「とりあえず東家を目指しつつ沿道の施設、というかミニステージを探索しながら、四人で歩いていったの。それぞれの施設は本当に見事につくりこまれていて、でも隠しアイテムや罠みたいなものは無いようで、精緻だけど不愛想って印象。変だなとも思ったけど、そこは超レアステージ。グラフィックに気合入ってるだけかな、なんて、歩きながら話し合ってた」 「そうやってひと通り巡って東家に到着したの。少し大ぶりな和風の建物。中に入ると、いきなりの壁一面に、とても目立つ注意書きがあった」  *********************************************  温泉には女性おひとりしか入場できません。  お三方の男性はこちらの東家でおくつろぎください。  ********************************************* 「あ、もちろん英語だよ。ほら私って英語できるでしょ。読むのも話すのも。チャットとかのやり取りも全部英語だったし」  いきなり自慢かよ!  不意を突かれた逸郎は、今日はじめて頬を緩めた。それだけ話に引き込まれていたのだ。 「男の人たちは凄く憤慨してたんだけど、実際にどんなに頑張っても男性アバターでは中に入ることができなくて、結局私ひとりで入場することになったの。仕様だからしょうがないよね。せっかくここまで一緒に探検してきた仲間だからせめてチャットで実況くらいしてあげなきゃって思ったのに、入口の引き戸が締まった途端にパーティーとのリンクまでシャットダウンして。あわてて引き戸を開こうにも、鍵が掛かって戻れなくなってるし」  ファインは指を絡めて繋いでいた両手をぱぁっと離し、リンクダウンの表現をしている。普段から身振り大きい系ではあるが、今日はいつもの十倍以上だ。 「一瞬は狼狽えたけど、気を取り直して進んでいくことにしたの。ずんずんとね。こういうこともたまにはあるよね。人生は切り替えが肝心だし」  ちょっ、ここで人生語るか? 「建物の中は日本の温泉と同じ感じ。最初の脱衣所で服を脱ぐよう指示される。もちろん英語ね。で、装備やアイテムまでは外せたんだけど、ここで異常が。その先の選択窓が出てこないのよ。早く脱げって字幕は出てくるのに、そのコマンドがいつまで経っても現れない。脱衣所動き回ってボタンとか探してみたんだけどどこにもない。戻ろうと思ったら、それもできない。脱衣所は完全に行き止まりの密室。自分で何とかしなきゃ先進めないの。でも気づいたの。あのね、ちゃんと脱げるんだよ、服が。それも上から順番に一枚一枚、下着まで全部だよ。それこそ実際に脱ぐみたいに。Wow! Incredible! 今までそんな機能見たこともないよね! いっくんは聞いたことある?」  逸郎はぶんぶんと頭を振った。もちろん、無い。ダイハンでも他のゲームでも。R指定ゲームにしたって衣服を剥がすときはいきなり消えるだけだし。第一そんなとこやってたら、演算にサーバリソース取られ過ぎちゃうよ。  逸郎は聞かれてもいないことまで答えていた。もちろん、声は出さずに頭の中で。 「もうね、完全にオールヌードが再現されちゃってるんだ。胸もお尻も、大事なあそこも。脱衣所には大きな姿見があったから、座り込んで調べちゃった。ヘアだけじゃなくてヴァギナもちゃんと表現されてたんだから。まさかと思いながらも試してみたら、指だって入っちゃったし! もうびっくりだよ。Jillは欧米女性ベースだから全体に大柄だし、アンダーヘアの処理なんかも日本のトレンドとはぜんぜん違うけど、そんなカスタム設定してないしね。まぁとにかく驚いちゃった」  思わず周囲を見回す逸郎。美少女がカフェの席でオールヌードだのあそこだのヘアだの、果てはヴァギナに指を入れてみたなどと高説してるのだ。注目されて当然だろう。  だが幸いなことに店内はさほど混みあってはおらず、こちらに向けられた視線もとくには無かった。みんな自分たちの話に集中してる、ようだ。知らんけど。  逸郎は視線を戻した。ファインの話は続いている。 「お風呂は露天が基本で、それはもう絶景」 「高台にあるから谷底に流れる川や回りに広がる色とりどりの森が遠くまで続いてて、遥か先の河口にはうっすらと海だか湖だかも見えるのよ」 「温泉自体もすごく綺麗で。霊験あらたかって言うのかな? とにかく力も漲るし。反応速度ゲージをチェックしたら、確かに三倍になってた。もうね、私ひとりで入るのなんてとんでもなくもったいなくって。どんだけ手間暇かけて、ただでさえ希少ないUG級女性ユーザーのためにこの空間を作ったの!? 本気で思ったよ。制作の皆さん、ちょっとおかしいんじゃないのって」  ゲーム内とは思えない稀有な入浴体験を反芻しているのだろう。こころもち体温の上がった、そう、風呂上がりのような顔になっている。これはウルトラレアファインだ。 「ずっと入ってたかったけどいい加減仲間を待たせるのも悪いかなって思って、お風呂あがって服着ようとしたら、外した装備と衣服が無くなってたの。代わりに置いてあるのはバスタオルが一枚だけ。そしてここにも但し書き」  *********************************************  『EXTREAM HOTSPRING』をお帰りの際は、備え付けのバスタオルをお纏いください。        <警告>  外の広場では、あなたの仲間だった男たちがあなたをレイプしようと待ち構えています。  『XX Paradise』から脱出する方法は以下の二通りだけです。  1)WIN:あなたが男たち全員を戦闘不能にする  2)LOSE:あなたが戦闘不能にされて男たちが飽きるまでレイプし尽くされる  なお、あなたと男たちのいずれも一切の武器・アイテム・呪文等は使用できません。  また、脱出後は全員がお持ちになっていた全ての装備、アイテム、衣服が返還されます。  ********************************************* 「なにそれ……」  こわばったファインの貌。さっきまでのぽかぽかだった体温が一気に五度くらい下がったかのように。



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