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六話 そろそろ飲み放題終了のお時間です。

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「私、イツローに聞いてみたいことがあるんだ」  もう何杯アイスティーハイを重ねただろうか。コースはすでに完食し、追加で頼んだローストビーフとピクルスもお皿を残すのみになった頃、上気した頬と少し座った瞳のすみれは、我慢していたものを吐き出すように話し始めた。 「イツローは私のことをどう思ってるのかなぁって」  これはちゃんと答えないといけないヤツだ。すみれほどではないにしてもそれなりに飲み、酔いを自覚し始めている逸郎でも、その問いかけの重さはわかった。 「呼べば必ず来てくれる。同じもの見て同じように楽しそうに笑ってくれるし、手を差し出せばちゃんと気づいて繋いでくれる。私がこうして欲しいなって思うことの大概は、言わなくてもやってくれる」  そこで目を伏せたすみれは、でも、と紡いだ。 「一番待ってることは、全然してくれない。なんで? なんで?! もしかして私、勘違いしてる?」  逸郎の口が開くのを遮るように、すみれは言葉を重ねてきた。 「もしかして、もしかしてだけど、イツローは私のこと、なんかすごく仲のいい姉弟きょうだいみたいに思ってるのかもって」  そこまで言って、すみれは顔を伏せた。 「カゲトラオートの菊池さんに彼女さんって言われたり、ここでカップルシート案内されたりすると嬉しくなって安心するの。ああ、周りからはちゃんとそう見えるんだな。そういう距離感って思ってていいんだなって」  目を合わせることなく、すみれは続ける。 「前に河原で、私のこともっと知りたいって言われたとき、最上級に嬉しかったんだよ。あのとき私が言いたくて口に出せてなかったことを、イツローは同じときに言ってくれた。あの瞬間からイツローが私のステディになったの。同じ気持ちで通じてる。そう思ったんだよ」  なのに、と顔を上げたすみれの視線が逸郎を射抜く。 「なんで、何もしてくれないの?」  見たことないくらい真剣な顔で逸郎を見つめるすみれ。沈黙の中、逸郎は静かに息を吸い込んだ。答えを返すために。  そのとき、すみれの背後から、声が掛けられた。 「そろそろ飲み放題終了のお時間ですが…」  定型のセリフは、しかし、その先に続かなかった。部屋を満たしている剣呑な雰囲気を店員が察知したのだろう。  空気を緩めるように、お会計をお願いします、と逸郎が言った。 「少し、散歩しない?」  逸郎が、店の前で下を向いたまま佇んでいるすみれに声を掛ける。首だけ振って何も言わずに差し出された手を逸郎は取って、そのまま、帰り道とは逆方向に歩き始めた。  城址公園は街中よりも涼しく、そして静かだった。アルコールで火照った頬に夜風があたって心地よい。逸郎はすみれを引いて、繁華街を見下ろすベンチに並んで腰掛ける。ふたりとも、店を出てからひと言も口を開いていない。でも手はずっと繋がっている。  遠くに見えるお山を遮らないように、この街の建物は条例で高さや広告ネオンに制限がされている、と聞く。街灯もまばらな公園で、逸郎は夜空を見上げて呟いた。 「俺たちの故郷と違って、この街の夜空は星が沢山見えるね。でも見え過ぎちゃって、どれがベガとアルタイルなのかわかんないや」  言葉に引かれ、すみれも顔を上げた。瞳が潤んでるようにも思えたが、まだ溢れてはいなかった。それを見て、逸郎は良かったと思った。 「昔話をしても、いいかな」



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前のエピソード 五話 ライダーはみんな、これを見とくべきだね。

六話 そろそろ飲み放題終了のお時間です。

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「私、イツローに聞いてみたいことがあるんだ」  もう何杯アイスティーハイを重ねただろうか。コースはすでに完食し、追加で頼んだローストビーフとピクルスもお皿を残すのみになった頃、上気した頬と少し座った瞳のすみれは、我慢していたものを吐き出すように話し始めた。 「イツローは私のことをどう思ってるのかなぁって」  これはちゃんと答えないといけないヤツだ。すみれほどではないにしてもそれなりに飲み、酔いを自覚し始めている逸郎でも、その問いかけの重さはわかった。 「呼べば必ず来てくれる。同じもの見て同じように楽しそうに笑ってくれるし、手を差し出せばちゃんと気づいて繋いでくれる。私がこうして欲しいなって思うことの大概は、言わなくてもやってくれる」  そこで目を伏せたすみれは、でも、と紡いだ。 「一番待ってることは、全然してくれない。なんで? なんで?! もしかして私、勘違いしてる?」  逸郎の口が開くのを遮るように、すみれは言葉を重ねてきた。 「もしかして、もしかしてだけど、イツローは私のこと、なんかすごく仲のいい姉弟きょうだいみたいに思ってるのかもって」  そこまで言って、すみれは顔を伏せた。 「カゲトラオートの菊池さんに彼女さんって言われたり、ここでカップルシート案内されたりすると嬉しくなって安心するの。ああ、周りからはちゃんとそう見えるんだな。そういう距離感って思ってていいんだなって」  目を合わせることなく、すみれは続ける。 「前に河原で、私のこともっと知りたいって言われたとき、最上級に嬉しかったんだよ。あのとき私が言いたくて口に出せてなかったことを、イツローは同じときに言ってくれた。あの瞬間からイツローが私のステディになったの。同じ気持ちで通じてる。そう思ったんだよ」  なのに、と顔を上げたすみれの視線が逸郎を射抜く。 「なんで、何もしてくれないの?」  見たことないくらい真剣な顔で逸郎を見つめるすみれ。沈黙の中、逸郎は静かに息を吸い込んだ。答えを返すために。  そのとき、すみれの背後から、声が掛けられた。 「そろそろ飲み放題終了のお時間ですが…」  定型のセリフは、しかし、その先に続かなかった。部屋を満たしている剣呑な雰囲気を店員が察知したのだろう。  空気を緩めるように、お会計をお願いします、と逸郎が言った。 「少し、散歩しない?」  逸郎が、店の前で下を向いたまま佇んでいるすみれに声を掛ける。首だけ振って何も言わずに差し出された手を逸郎は取って、そのまま、帰り道とは逆方向に歩き始めた。  城址公園は街中よりも涼しく、そして静かだった。アルコールで火照った頬に夜風があたって心地よい。逸郎はすみれを引いて、繁華街を見下ろすベンチに並んで腰掛ける。ふたりとも、店を出てからひと言も口を開いていない。でも手はずっと繋がっている。  遠くに見えるお山を遮らないように、この街の建物は条例で高さや広告ネオンに制限がされている、と聞く。街灯もまばらな公園で、逸郎は夜空を見上げて呟いた。 「俺たちの故郷と違って、この街の夜空は星が沢山見えるね。でも見え過ぎちゃって、どれがベガとアルタイルなのかわかんないや」  言葉に引かれ、すみれも顔を上げた。瞳が潤んでるようにも思えたが、まだ溢れてはいなかった。それを見て、逸郎は良かったと思った。 「昔話をしても、いいかな」



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