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試合終了とその後

71/75





伸哉が目を覚ますと球場の医務室のベットの上だった。 「あれっ? ここは⁈」 「脱水症状よ」  右隣の椅子に座っていた梨沙がそう言った。 「母さん……」 「お母さん感動しちゃった。打たれちゃったけど、しんちゃんの頑張ってるのカッコよかった。けど、無理するのはダメよ。しんちゃんまだ先があるんだから」  伸哉は黙って頷くしかなかった。 「それで、試合は?!」 「………あのあと大島君がマウンドに上がったんだけど、一点とられちゃって。けど、その裏になんとか二点取って追いついたわ。でも、延長戦でまたあの町田くんにスリーラン打たれて、残念だけど、十対七で…」 「分かった。ありがとう」  そう答えると、伸哉は虚ろな目で天井を見上げた。  伸哉が球場の病室にいるその頃。明林高校野球部はちょうど、試合後の反省会を終わらせ、明林高校へと帰ってきていた。 「ねえアッキー」 「なんだ幸長」 「僕達は、何が足りなかったんだろうね」  唐突な質問だった。彰久はたじろぎながら答えを探した。答えになりそうなものはなんとなく出てきたがあまりにも抽象的過ぎて、どう答えればいいのかわからなかった。  彰久が答えられないでいると、幸長が口を開いた。 「僕が思っている一つは、二番手以降のピッチャーだと思う」  幸長の口から出たのは珍しく、自分自身を批判する言葉だった。 「二番手以降のピッチャーって、今日は仕方ねえだろ。相手が相手だったんだし……」 「そう言って、逃げるの?」 「いや逃げたりなんか-」 「甲子園に行く、いや、優勝するとなるとあのくらいの選手はたくさん出てくる。そして今日のようなことが起こるかもしれない。その時はどうするの?」  彰久はこの問いかけにも答えられなかった。 「僕は今日の試合で分かった。野手としてなら、このままでも十二分に全国でも通用するってね。けど、同時にピッチャーとしてはまだまだだってね……」 「幸長……」 「アッキー。僕は、真剣に甲子園を優勝したい。アッキー。君に、その覚悟は出来てるかい?」  甲子園優勝という今の自分たちには縁遠く似合わない言葉に一瞬気圧されたが、彰久は決意を固めた。 「あたりめーだ!」 「そう。ありがとう。じゃあ、今日の僕のピッチングに関して悪かったところを教えてくれ」  幸長に言われ、彰久は今日の幸長のピッチングに関して感じたことを正直に述べ、そして今後の課題とその解決策を考え出していった。 「今日で引退か…」  夕焼けに染まるグラウンドを、三年生三人組は少々まぶしそうに見つめていた。 「ほんと、最後の試合で打席に立てて、おまけにヒットまで打ってホーム踏めたのは良かった。勝ってりゃもっと良かったんだけどな」  馬場は自分の両の手を見ながら、ヒットを打った感触を思うだしていた。 「あん時のお前は輝いてたぜ」 「俺も立ちたかったぜー」 「なんか俺だけ試合に出て済まんな」  そう言うと馬場は益川と加曽谷から羽交い締めにされ、思いっきりもみくちゃにされていた。 「痛いっつーの。つーかお前ら進路どうすんの? 俺は専門行って野球は趣味程度にしとくけどさ」  馬場の質問に、先に益川が答えた。 「俺は高校の先生目指すよ。教師になって野球部教えて、甲子園に行く。昔からそう決めてたんだ」 「いいなー。益川地味に成績良かったからそーゆうとこ行けて」  加曽谷はおちょくるように言ってきた。 「なんやその言い方は。つーかお前の方が良かっただろ。それよりかお前はどうすんのさ?」  そう言われると、加曽谷はうーんと唸り始めた。 「うーん……。わかんねえや」 「お前三年だぞ。そんなんでいいわけねえやろ。はよ決めろよ。お前程の頭あっても無駄になるぞ」 「そう言われてもなあ……。あ、ただ、いつか、どんな形でもいいから野球に恩返しがしたい。それだけは確かだ」 「だったらお前も先生でいいんじゃね?」  さりげなく馬場が呟いた。 「じゃあそうしよ。んじゃあ、今日からライバルだな。益川」 「おう!」  こうして、将来の道を決めた三人だった。 「ウィリアム、君の言いたかったことがなんとなく分かったよ」  部室の外壁に背中を少しもたれかかりながら、薗部は茜空を眺めていた。  勝利至上主義思考の薗部からすれば、普通は今日の結果に満足することはないはずだ。だが、薗部は不満足ながらも喜びや楽しさと言ったものを感じていた。  それは間違いなく、八回表の逸樹と伸哉の真剣勝負があったからこそだ。あの勝負には男のロマンや勝負の面白さ、そして何よりも青春そのものを表していた。 「僕はいつしか大切なものをなくしてたようですね。けど良かった……。このことに早く気がつけて」  自販機で買った微糖の缶コーヒーを開け、口の中に流し込んだ。  午後六時。伸哉は自室に篭り、貯めていた狩猟系のゲームを夢中でやり込んでいた。 「いけっ! もうちょい右っ! よしきた! あとちょっとだ」  モンスターの体力が減ってきたと見て、武器である双剣を剣舞のように振り回し、一気に詰めかける。  だが、たまたまモンスターが繰り出した尻尾での攻撃が綺麗にヒットした。そこからはあっという間だった。モンスターに怒涛のラッシュをくらい、とうとうやられてしまった。それと同時に制限時間が来てしまい、クリアすることは出来なかった。 「クソぉ。あとちょっとだったのに……」  悔しそうに伸哉は、無様な姿で倒れている主人公を見ていた。 「試合も、あと少しだったなぁ」  ゲームのスクリーンを見ながらふと、今日の試合のことを振り返り始めた。  あの一球のコースがど真ん中でなく、少しでもアウトコースに、もしくはインコースに来ていれば、勝負にも試合にも勝っていたのかもしれなかった。 「あれが今の実力だ。今更悔やんだってどうしようも無い」  忘れようと考えないようにするが、あのシーンの残像も、あと少しという後悔も頭から消えない。  ドンッ。  無意識だったのかもしれないが、伸哉は床を左拳で思いっきり殴った。顔には溢れ出る涙が、液晶画面にポツリポツリと落ちていた。  それから一時間後。梨沙が夕食が出来たことを伝えに伸哉の部屋の前に来たが、中からは何も聞こえてこない。 「寝てるのかしら?」  そう思い、そーっと音を立てないようにドアを開けた。開けてみると、ベットの上で布団にくるまっている伸哉がいた。 「しんちゃん……」  起こそうと思い布団をめくろうとしたが、梨沙は手を止めた。 「やっぱり、しんちゃんはお父さんの子供なのね」  梨沙は何十年も前になる、高校一年生の夏の二回戦の日のことを思い出した。  当時、一年生ながらにしてチームの中心であった隆也だったが、相手は県内でも有名な強豪校だった。  強豪校相手に隆也はなんとか粘っていたが、終盤の七回に力尽き、終わってみれば十六対零のコールド負けだった。  試合後はけろっとしていた隆也だったが家を訪れると、伸哉と同じように布団にくるまり、ひっそりと悔し涙を流していた。 (しんちゃんも、きっとお父さんのように、強い持つわよ。だから、今日は思う存分泣きなさい)  優しく梨沙は背中を揺すった。



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伸哉が目を覚ますと球場の医務室のベットの上だった。 「あれっ? ここは⁈」 「脱水症状よ」  右隣の椅子に座っていた梨沙がそう言った。 「母さん……」 「お母さん感動しちゃった。打たれちゃったけど、しんちゃんの頑張ってるのカッコよかった。けど、無理するのはダメよ。しんちゃんまだ先があるんだから」  伸哉は黙って頷くしかなかった。 「それで、試合は?!」 「………あのあと大島君がマウンドに上がったんだけど、一点とられちゃって。けど、その裏になんとか二点取って追いついたわ。でも、延長戦でまたあの町田くんにスリーラン打たれて、残念だけど、十対七で…」 「分かった。ありがとう」  そう答えると、伸哉は虚ろな目で天井を見上げた。  伸哉が球場の病室にいるその頃。明林高校野球部はちょうど、試合後の反省会を終わらせ、明林高校へと帰ってきていた。 「ねえアッキー」 「なんだ幸長」 「僕達は、何が足りなかったんだろうね」  唐突な質問だった。彰久はたじろぎながら答えを探した。答えになりそうなものはなんとなく出てきたがあまりにも抽象的過ぎて、どう答えればいいのかわからなかった。  彰久が答えられないでいると、幸長が口を開いた。 「僕が思っている一つは、二番手以降のピッチャーだと思う」  幸長の口から出たのは珍しく、自分自身を批判する言葉だった。 「二番手以降のピッチャーって、今日は仕方ねえだろ。相手が相手だったんだし……」 「そう言って、逃げるの?」 「いや逃げたりなんか-」 「甲子園に行く、いや、優勝するとなるとあのくらいの選手はたくさん出てくる。そして今日のようなことが起こるかもしれない。その時はどうするの?」  彰久はこの問いかけにも答えられなかった。 「僕は今日の試合で分かった。野手としてなら、このままでも十二分に全国でも通用するってね。けど、同時にピッチャーとしてはまだまだだってね……」 「幸長……」 「アッキー。僕は、真剣に甲子園を優勝したい。アッキー。君に、その覚悟は出来てるかい?」  甲子園優勝という今の自分たちには縁遠く似合わない言葉に一瞬気圧されたが、彰久は決意を固めた。 「あたりめーだ!」 「そう。ありがとう。じゃあ、今日の僕のピッチングに関して悪かったところを教えてくれ」  幸長に言われ、彰久は今日の幸長のピッチングに関して感じたことを正直に述べ、そして今後の課題とその解決策を考え出していった。 「今日で引退か…」  夕焼けに染まるグラウンドを、三年生三人組は少々まぶしそうに見つめていた。 「ほんと、最後の試合で打席に立てて、おまけにヒットまで打ってホーム踏めたのは良かった。勝ってりゃもっと良かったんだけどな」  馬場は自分の両の手を見ながら、ヒットを打った感触を思うだしていた。 「あん時のお前は輝いてたぜ」 「俺も立ちたかったぜー」 「なんか俺だけ試合に出て済まんな」  そう言うと馬場は益川と加曽谷から羽交い締めにされ、思いっきりもみくちゃにされていた。 「痛いっつーの。つーかお前ら進路どうすんの? 俺は専門行って野球は趣味程度にしとくけどさ」  馬場の質問に、先に益川が答えた。 「俺は高校の先生目指すよ。教師になって野球部教えて、甲子園に行く。昔からそう決めてたんだ」 「いいなー。益川地味に成績良かったからそーゆうとこ行けて」  加曽谷はおちょくるように言ってきた。 「なんやその言い方は。つーかお前の方が良かっただろ。それよりかお前はどうすんのさ?」  そう言われると、加曽谷はうーんと唸り始めた。 「うーん……。わかんねえや」 「お前三年だぞ。そんなんでいいわけねえやろ。はよ決めろよ。お前程の頭あっても無駄になるぞ」 「そう言われてもなあ……。あ、ただ、いつか、どんな形でもいいから野球に恩返しがしたい。それだけは確かだ」 「だったらお前も先生でいいんじゃね?」  さりげなく馬場が呟いた。 「じゃあそうしよ。んじゃあ、今日からライバルだな。益川」 「おう!」  こうして、将来の道を決めた三人だった。 「ウィリアム、君の言いたかったことがなんとなく分かったよ」  部室の外壁に背中を少しもたれかかりながら、薗部は茜空を眺めていた。  勝利至上主義思考の薗部からすれば、普通は今日の結果に満足することはないはずだ。だが、薗部は不満足ながらも喜びや楽しさと言ったものを感じていた。  それは間違いなく、八回表の逸樹と伸哉の真剣勝負があったからこそだ。あの勝負には男のロマンや勝負の面白さ、そして何よりも青春そのものを表していた。 「僕はいつしか大切なものをなくしてたようですね。けど良かった……。このことに早く気がつけて」  自販機で買った微糖の缶コーヒーを開け、口の中に流し込んだ。  午後六時。伸哉は自室に篭り、貯めていた狩猟系のゲームを夢中でやり込んでいた。 「いけっ! もうちょい右っ! よしきた! あとちょっとだ」  モンスターの体力が減ってきたと見て、武器である双剣を剣舞のように振り回し、一気に詰めかける。  だが、たまたまモンスターが繰り出した尻尾での攻撃が綺麗にヒットした。そこからはあっという間だった。モンスターに怒涛のラッシュをくらい、とうとうやられてしまった。それと同時に制限時間が来てしまい、クリアすることは出来なかった。 「クソぉ。あとちょっとだったのに……」  悔しそうに伸哉は、無様な姿で倒れている主人公を見ていた。 「試合も、あと少しだったなぁ」  ゲームのスクリーンを見ながらふと、今日の試合のことを振り返り始めた。  あの一球のコースがど真ん中でなく、少しでもアウトコースに、もしくはインコースに来ていれば、勝負にも試合にも勝っていたのかもしれなかった。 「あれが今の実力だ。今更悔やんだってどうしようも無い」  忘れようと考えないようにするが、あのシーンの残像も、あと少しという後悔も頭から消えない。  ドンッ。  無意識だったのかもしれないが、伸哉は床を左拳で思いっきり殴った。顔には溢れ出る涙が、液晶画面にポツリポツリと落ちていた。  それから一時間後。梨沙が夕食が出来たことを伝えに伸哉の部屋の前に来たが、中からは何も聞こえてこない。 「寝てるのかしら?」  そう思い、そーっと音を立てないようにドアを開けた。開けてみると、ベットの上で布団にくるまっている伸哉がいた。 「しんちゃん……」  起こそうと思い布団をめくろうとしたが、梨沙は手を止めた。 「やっぱり、しんちゃんはお父さんの子供なのね」  梨沙は何十年も前になる、高校一年生の夏の二回戦の日のことを思い出した。  当時、一年生ながらにしてチームの中心であった隆也だったが、相手は県内でも有名な強豪校だった。  強豪校相手に隆也はなんとか粘っていたが、終盤の七回に力尽き、終わってみれば十六対零のコールド負けだった。  試合後はけろっとしていた隆也だったが家を訪れると、伸哉と同じように布団にくるまり、ひっそりと悔し涙を流していた。 (しんちゃんも、きっとお父さんのように、強い持つわよ。だから、今日は思う存分泣きなさい)  優しく梨沙は背中を揺すった。



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