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憎い相手と旧知の仲

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その後迎えたテストでは誰一人として平均点で六十点を下回ることなく、全員で夏の予選を戦えることが決まった。  そして迎えた予選の組み合わせ抽選会が終わり幸長と薗部は会場の外にいた。 「監督。バカは風邪引かぬって嘘だったんですね」  幸長は毒を吐くように言った。  というのも、抽選日当日の朝に彰久から連絡が来たのだ。 “風邪引いた……、代わりに抽選会行ってくれ“  という文章だった。副キャプテンでもない自分に頼むのはいかがなものかと思いながらも、幸長は薗部に事情を説明し、抽選会へと向かったのだ。 「まあまあ。とはいえ、こうして突然連絡来たのに対応してくれる幸長くんも、随分とお人好しじゃないですか?」 「それは否定できないですね。なんてたって、器の大きい人間ですからこのくらいは大丈夫ですよ」  髪をかき上げながら幸長はキザに言った。薗部はハイハイと軽くあしらった。  それから抽選会が終わり薗部と駅に向かっている最中だった。一回戦の対戦相手である早浦さうら高校のキャプテンと思われる人物とすれ違った。  折角なので挨拶をしようとしたその時、 「あ、もしもし? 一回戦の相手雑魚明林に決まったぜ」 とても聞き捨てならない一言が聞こえてきた。幸長は拳を握り締めながら、飛びかかろうとするのを堪えた。 「だろ? 俺のクジ運サイコーだろっ! それでさ、折角なら5回コールドで勝とうぜ。雑魚の明林なら十点差くらい余裕だからな。いや、流石に二十点差はねえだろ。まあでもそんくらい狙ってみっか! それじゃまたあとで」  男は鼻歌交じりに電話を切ると、バス乗り場へと軽やかに向かって行った。まさに屈辱的なワンシーンだった。 「監督。一回戦は勝つんじゃなくて、ボールを見るだけでも気絶するようになるまで叩きのめしてあげようよ」  口調こそ穏やかではあったものの、幸長は完全にキレているようだ。 「もちろんです。舐めてかかったことを後悔させてあげましょう」  薗部も笑顔ではあるものの、ドス黒いオーラを漂わせていた。  それから帰り道々薗部は自分の学生時代の思い出話をし始めた。  印象に残った試合やおもしろかった練習法など、どの話も二人には興味深いものだった。そうやって薗部が歩きながら思い出を語っているうちに、幸長ふと疑問に思っていたことを尋ねてみた。 「監督。監督が福岡県出身なのは分かったんですけど、そもそもどこの高校出身でどこまで勝ち進んですか?」 「うーん、秘密」  躍起になって幸長は何度も聞き返すが、薗部は笑顔ではぐらかし答えを言わない。すると、隣から幸長ではない別の男の声が聞こえてきた。 「圭太さんは菊洋きくよう学園出身ですよね!」 「そうそう。僕は三回戦で対戦するかもしれない菊洋学園出身で一年の夏から四番を打っていた。ポジションはセンターとライトと三年の時はピッチャーも兼任していたかな。それで戦績は二、三年の夏の県予選準優勝が最高戦績かな」  幸長は驚嘆の声を上げた。 「監督も僕と同じジーニアスだったんですね! ところで、僕の隣にいるこの人は誰です?」  えっ、と薗部は後ろを振り返る。  薗部はてっきり幸長が話しかけていると思っていたが、そこにいたのは昔からの顔見知りである菊洋学園の制服を着た背の高い少年だった。 「い、逸樹いつき君?! どうしてここにっ!!」  薗部が驚いていると、今度は肩を杖でコンコンと軽く叩かれた。 「久しぶりじゃな。圭太」  にこりと男は微笑んだ。



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その後迎えたテストでは誰一人として平均点で六十点を下回ることなく、全員で夏の予選を戦えることが決まった。  そして迎えた予選の組み合わせ抽選会が終わり幸長と薗部は会場の外にいた。 「監督。バカは風邪引かぬって嘘だったんですね」  幸長は毒を吐くように言った。  というのも、抽選日当日の朝に彰久から連絡が来たのだ。 “風邪引いた……、代わりに抽選会行ってくれ“  という文章だった。副キャプテンでもない自分に頼むのはいかがなものかと思いながらも、幸長は薗部に事情を説明し、抽選会へと向かったのだ。 「まあまあ。とはいえ、こうして突然連絡来たのに対応してくれる幸長くんも、随分とお人好しじゃないですか?」 「それは否定できないですね。なんてたって、器の大きい人間ですからこのくらいは大丈夫ですよ」  髪をかき上げながら幸長はキザに言った。薗部はハイハイと軽くあしらった。  それから抽選会が終わり薗部と駅に向かっている最中だった。一回戦の対戦相手である早浦さうら高校のキャプテンと思われる人物とすれ違った。  折角なので挨拶をしようとしたその時、 「あ、もしもし? 一回戦の相手雑魚明林に決まったぜ」 とても聞き捨てならない一言が聞こえてきた。幸長は拳を握り締めながら、飛びかかろうとするのを堪えた。 「だろ? 俺のクジ運サイコーだろっ! それでさ、折角なら5回コールドで勝とうぜ。雑魚の明林なら十点差くらい余裕だからな。いや、流石に二十点差はねえだろ。まあでもそんくらい狙ってみっか! それじゃまたあとで」  男は鼻歌交じりに電話を切ると、バス乗り場へと軽やかに向かって行った。まさに屈辱的なワンシーンだった。 「監督。一回戦は勝つんじゃなくて、ボールを見るだけでも気絶するようになるまで叩きのめしてあげようよ」  口調こそ穏やかではあったものの、幸長は完全にキレているようだ。 「もちろんです。舐めてかかったことを後悔させてあげましょう」  薗部も笑顔ではあるものの、ドス黒いオーラを漂わせていた。  それから帰り道々薗部は自分の学生時代の思い出話をし始めた。  印象に残った試合やおもしろかった練習法など、どの話も二人には興味深いものだった。そうやって薗部が歩きながら思い出を語っているうちに、幸長ふと疑問に思っていたことを尋ねてみた。 「監督。監督が福岡県出身なのは分かったんですけど、そもそもどこの高校出身でどこまで勝ち進んですか?」 「うーん、秘密」  躍起になって幸長は何度も聞き返すが、薗部は笑顔ではぐらかし答えを言わない。すると、隣から幸長ではない別の男の声が聞こえてきた。 「圭太さんは菊洋きくよう学園出身ですよね!」 「そうそう。僕は三回戦で対戦するかもしれない菊洋学園出身で一年の夏から四番を打っていた。ポジションはセンターとライトと三年の時はピッチャーも兼任していたかな。それで戦績は二、三年の夏の県予選準優勝が最高戦績かな」  幸長は驚嘆の声を上げた。 「監督も僕と同じジーニアスだったんですね! ところで、僕の隣にいるこの人は誰です?」  えっ、と薗部は後ろを振り返る。  薗部はてっきり幸長が話しかけていると思っていたが、そこにいたのは昔からの顔見知りである菊洋学園の制服を着た背の高い少年だった。 「い、逸樹いつき君?! どうしてここにっ!!」  薗部が驚いていると、今度は肩を杖でコンコンと軽く叩かれた。 「久しぶりじゃな。圭太」  にこりと男は微笑んだ。



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