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現状と救世主?

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二十球目までミットはいい音を立てていた。だが、そこをピークとし一球一球投げる毎に音が悪くなりはじめた。  それにつられるように、コントロールとキレも目に見えて落ちてきた。  どうやら、いつものようにやる気が無くなってきたようだった。四十球目を超えると幸長はついに投げるのを止めた。 「アッキー。もうやめてしまわないかい?」  幸長はいつものように悠長に練習の中止を訴えてきた。  幸長は中学時代からずっとセンターを守っていた。幸長自身そのポジションを守ることに誇りすら持っている男だ。  しかし、去年の夏休みに前任の監督から無理矢理投手にコンバートさせられていた。  途中でやる気をなくす原因がこれである。 「バカっ! まだ全然投げてない……」 「勘違いしないでくれるかな? 僕は元々ピッチャーではない。ピッチャーとしての適性もやる気も無い。そんな奴にやらせても、時間の無駄だしチームの士気も下がるだけじゃないのかい? 違う?」  幸長の言った事に、彰久は何も言い返せなかった。 「け、けどよぉ。お前以外誰が出来んだよ」  幸長に何を言っても無意味だと分かっていながら、彰久は言ってみた。 「ピッチャーなら、中学時代にやっていた子にでもさせればいいじゃないか。僕よりもずっとよろこんでやってくれると思うよ。それにアッキー。僕は無意味な時間を過ごしたくないんだ」  幸長は語尾を曇らせながら言った。  顔にこそ出していなかったが、その雰囲気からはやり場のない想いがひしひしと感じ取れた。 「わ、わかったよ。じゃあ今からクールダウンすっぞ。けど、ピッチャーか……。欲しいなあ」  彰久はこのチームにある程度試合を作れそうな投手を探すが見つからない。  それどころか、幸長の代わりになりそうな選手すら見当たらない。その位いい投手を見つけるのは難しいことだ。  そんなことは彰久は重々承知している。しかし、どうしてもいい投手を見つけることを諦めきれない。  彰久が投手を諦めらきれないのは”強いチーム程いい投手がいる”という持論があるからだった。  甲子園の歴代優勝チームを見てみると、殆どの場合その中心にいるのは投手だ。  絶対に打たせないという身体中から滲み出るオーラだけで、相手打線をねじ伏せる。  味方のエラーでランナー出しても、焦ったり、イライラして制球を乱したりする事は一切なく、常に落ち着いたピッチングを見せる。  そうすることで味方に安心感とリズムを生み出す。  それこそがチームを勝利に、甲子園に導ける凄いピッチャーだと彰久は思っている。  彰久からすれば幸長の球自体は平凡なものではない。むしろ、強豪校のエースが投げるそれにも引けを取らない。  ただ、経験のなさからか、ランナーを出すとすぐに焦ってしてしまう。焦るだけならまだいいが、イライラし始め制球が乱れ始め、フォアボールを連発する。  そうやって大量に貯めたランナーを、長打と不味い守備で返され序盤から大量失点。  当然、味方が萎えてしまい打線も湿り、結果は5回もしくは7回コールド負け。これがいつものパターンだった。 「はあ、うちにもいいピッチャーが来て欲しいなー。ボールもメンタルもいいピッチャーが」  クールダウンのキャッチボールをしながら、彰久はそこにいない誰かに言うように愚痴った。 「ないものねだったところで、しょうがないでしょ彰久君」  彰久の背後から見ず知らずの男の爽やかな声が聞こえた。 「えっと、あなたは?」 「おっと、そうだったね。まだ顔を見せていなかったね。僕が新しい野球部の顧問兼監督の薗部圭太そのべけいただ。よろしく」  見た目はスラリとした体に、爽やか系の甘いマスクをした男性だ。しかし、そこからは途轍もない修羅場を幾度もくぐり抜けてきた侍のような、独特の雰囲気を身に纏っていた。 「よ、よろしくお願いします……って、どうして今日まで来なかったのはどうしてですか?! 大変だったんですよ! 練習メニューを考えたり指示だししたりと本当にもう」  彰久はここ数日間の苦労や不満を薗部ぶつけた。 「いやー、ごめんごね。資料作成や入学式の手配に追われていてね。それはそうと大島君、ちょっと来てもらっていい?」  薗部は突然幸長を呼んだ。呼ばれた幸長はマウンドから急いで向かって来た。 「なんですか?」 「今日から大島君は投手やらなくてもいいよ」  それは突然の一言だった。 「本当、ですか?」  幸長は一瞬信じられ無かったのか薗部に尋ねた。 「うん。君は間違いなく不世出の大天才だ。大天才だからこそ、投手もできるのだろう。けど、中学時代からのプレイをDVDで見たから言える。大島君は間違いなくセンターの方が、その天才ぶりを遺憾なく発揮できる。だからこそ、是非センターとして、このチームを支えてくれないかな?」 「フフフ。もちろん。では早速、練習に参加してきましょう」  褒め言葉に弱い幸長は言われるがままに、急いで外野守備の練習へと向った。  たとえそれが褒め言葉でなく、お前みたいなピッチャーいらない、というような罵倒でも、よかったのだろうが薗部はあえて褒め言葉を使った。 「か、監督! まともなピッチャーは大島しかいないんですよこのチームには!!」  幸長は喜んでいても、彰久はチームで唯一使い物になるピッチャーがいなくなると思うと、全く喜べなかった。  しかし、薗部はそれがどうしたと言わんばかりの顔だった。 「確かに彼の投手としての能力もそれなりに高いけど、それはあまりにも凄すぎる才能によるものであって、体つきや球筋を見れば基本的には野手向きだ」 「うっ、」  薗部の言った事は当たっていた。そして薗部は幸長についてとどまることなく語りだした。 「それに彼の足の速さ、守備範囲の広さ、捕球技術、送球技術は高校生トップレベルどころか、今からプロになっても充分通用するほどの実力を持っている。バッティングと走塁に関しても同様、高校生相手なら無双出来る実力を備えている。唯一の弱点は肩だけで、強くないから、捕殺はかなり少ないという点のみだった。こういった点全てを考慮すれば、大島君をセンターに回しても、お釣りがくるんじゃないかな」  あまりの説得力に、彰久はただ黙って頷くしかなかった。 「そして、彼はピッチャーをする事自体を、嫌がっていたからね。そう考えるとピッチャーさせなくても良さそうなんだけど。でも前の監督はセンス云々じゃなくて、もっと多面的に見た成長を期待して、ピッチャーをやらせたんだと思うんだけどね」  薗部はスラスラと幸長に関する情報を喋り出した。  聞いていた彰久には雷が落ちたような、そんな驚きしかなかった。 「そういうことで、ピッチャーはとりあえず経験者を短いイニングで繋ぐ、格好良く言うならマシンガン継投で行く。あ、そういえば一つ思い出した」 「なんですか?」 「ピッチャーの事です」 「マジっすか?!」  嬉しさのあまりか思わず彰久は飛び上がった。 「まあまあ。まだ決まって無いんだけど……。僕が担任のクラスなんですが、確か資料によると中学二年生の時に、リトルシニアの全国大会で準優勝していた経歴を持つ子なんですよね」  もしや、と彰久の直感が感づき始める。 「えーっと、もしかすると、名前は添木そえき伸哉君ですか?」 「おや?よく分かりましたね」  彰久にしてみれば知っていて当然の事だった。 「ああ、そういえば小学校の時同じチームだったんでしたね。まあそれは置いといて、実はその伸哉君に深刻な問題があるんですよ」 「問題?」  彰久はイマイチピンとこなかった。  三年生の時は全国大会に出てなかったので見ることは出来なかった。ただ、二年生の時に全国大会で準優勝の実績を持つ投手なら何の問題も無いはず。  しかし、そう言われると少し恐ろしい予感がしてきた。  まさか、グレた? いやいや! 優等生を地で行くような性格のあいつがグレるわけないし……。だとしたら肩をやったのか?   でも、あれだけ自己管理徹底していた伸哉がそんなわけはない!  彰久は想定できることを考えたが、どれも伸哉に当てはまりそうにないことだった。しかし、薗部の言ったことは、まったく考えすらできなかったことだった。 「伸哉君はですね、中学二年の冬からチームを辞めて一度も試合に出ていません。野球部の監督として彼を勧誘してみたのですが、残念ながら野球部には入らないとのことでした」 「嘘だろ……、あの伸哉が」  彰久の頭は一瞬で真っ白になった。



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二十球目までミットはいい音を立てていた。だが、そこをピークとし一球一球投げる毎に音が悪くなりはじめた。  それにつられるように、コントロールとキレも目に見えて落ちてきた。  どうやら、いつものようにやる気が無くなってきたようだった。四十球目を超えると幸長はついに投げるのを止めた。 「アッキー。もうやめてしまわないかい?」  幸長はいつものように悠長に練習の中止を訴えてきた。  幸長は中学時代からずっとセンターを守っていた。幸長自身そのポジションを守ることに誇りすら持っている男だ。  しかし、去年の夏休みに前任の監督から無理矢理投手にコンバートさせられていた。  途中でやる気をなくす原因がこれである。 「バカっ! まだ全然投げてない……」 「勘違いしないでくれるかな? 僕は元々ピッチャーではない。ピッチャーとしての適性もやる気も無い。そんな奴にやらせても、時間の無駄だしチームの士気も下がるだけじゃないのかい? 違う?」  幸長の言った事に、彰久は何も言い返せなかった。 「け、けどよぉ。お前以外誰が出来んだよ」  幸長に何を言っても無意味だと分かっていながら、彰久は言ってみた。 「ピッチャーなら、中学時代にやっていた子にでもさせればいいじゃないか。僕よりもずっとよろこんでやってくれると思うよ。それにアッキー。僕は無意味な時間を過ごしたくないんだ」  幸長は語尾を曇らせながら言った。  顔にこそ出していなかったが、その雰囲気からはやり場のない想いがひしひしと感じ取れた。 「わ、わかったよ。じゃあ今からクールダウンすっぞ。けど、ピッチャーか……。欲しいなあ」  彰久はこのチームにある程度試合を作れそうな投手を探すが見つからない。  それどころか、幸長の代わりになりそうな選手すら見当たらない。その位いい投手を見つけるのは難しいことだ。  そんなことは彰久は重々承知している。しかし、どうしてもいい投手を見つけることを諦めきれない。  彰久が投手を諦めらきれないのは”強いチーム程いい投手がいる”という持論があるからだった。  甲子園の歴代優勝チームを見てみると、殆どの場合その中心にいるのは投手だ。  絶対に打たせないという身体中から滲み出るオーラだけで、相手打線をねじ伏せる。  味方のエラーでランナー出しても、焦ったり、イライラして制球を乱したりする事は一切なく、常に落ち着いたピッチングを見せる。  そうすることで味方に安心感とリズムを生み出す。  それこそがチームを勝利に、甲子園に導ける凄いピッチャーだと彰久は思っている。  彰久からすれば幸長の球自体は平凡なものではない。むしろ、強豪校のエースが投げるそれにも引けを取らない。  ただ、経験のなさからか、ランナーを出すとすぐに焦ってしてしまう。焦るだけならまだいいが、イライラし始め制球が乱れ始め、フォアボールを連発する。  そうやって大量に貯めたランナーを、長打と不味い守備で返され序盤から大量失点。  当然、味方が萎えてしまい打線も湿り、結果は5回もしくは7回コールド負け。これがいつものパターンだった。 「はあ、うちにもいいピッチャーが来て欲しいなー。ボールもメンタルもいいピッチャーが」  クールダウンのキャッチボールをしながら、彰久はそこにいない誰かに言うように愚痴った。 「ないものねだったところで、しょうがないでしょ彰久君」  彰久の背後から見ず知らずの男の爽やかな声が聞こえた。 「えっと、あなたは?」 「おっと、そうだったね。まだ顔を見せていなかったね。僕が新しい野球部の顧問兼監督の薗部圭太そのべけいただ。よろしく」  見た目はスラリとした体に、爽やか系の甘いマスクをした男性だ。しかし、そこからは途轍もない修羅場を幾度もくぐり抜けてきた侍のような、独特の雰囲気を身に纏っていた。 「よ、よろしくお願いします……って、どうして今日まで来なかったのはどうしてですか?! 大変だったんですよ! 練習メニューを考えたり指示だししたりと本当にもう」  彰久はここ数日間の苦労や不満を薗部ぶつけた。 「いやー、ごめんごね。資料作成や入学式の手配に追われていてね。それはそうと大島君、ちょっと来てもらっていい?」  薗部は突然幸長を呼んだ。呼ばれた幸長はマウンドから急いで向かって来た。 「なんですか?」 「今日から大島君は投手やらなくてもいいよ」  それは突然の一言だった。 「本当、ですか?」  幸長は一瞬信じられ無かったのか薗部に尋ねた。 「うん。君は間違いなく不世出の大天才だ。大天才だからこそ、投手もできるのだろう。けど、中学時代からのプレイをDVDで見たから言える。大島君は間違いなくセンターの方が、その天才ぶりを遺憾なく発揮できる。だからこそ、是非センターとして、このチームを支えてくれないかな?」 「フフフ。もちろん。では早速、練習に参加してきましょう」  褒め言葉に弱い幸長は言われるがままに、急いで外野守備の練習へと向った。  たとえそれが褒め言葉でなく、お前みたいなピッチャーいらない、というような罵倒でも、よかったのだろうが薗部はあえて褒め言葉を使った。 「か、監督! まともなピッチャーは大島しかいないんですよこのチームには!!」  幸長は喜んでいても、彰久はチームで唯一使い物になるピッチャーがいなくなると思うと、全く喜べなかった。  しかし、薗部はそれがどうしたと言わんばかりの顔だった。 「確かに彼の投手としての能力もそれなりに高いけど、それはあまりにも凄すぎる才能によるものであって、体つきや球筋を見れば基本的には野手向きだ」 「うっ、」  薗部の言った事は当たっていた。そして薗部は幸長についてとどまることなく語りだした。 「それに彼の足の速さ、守備範囲の広さ、捕球技術、送球技術は高校生トップレベルどころか、今からプロになっても充分通用するほどの実力を持っている。バッティングと走塁に関しても同様、高校生相手なら無双出来る実力を備えている。唯一の弱点は肩だけで、強くないから、捕殺はかなり少ないという点のみだった。こういった点全てを考慮すれば、大島君をセンターに回しても、お釣りがくるんじゃないかな」  あまりの説得力に、彰久はただ黙って頷くしかなかった。 「そして、彼はピッチャーをする事自体を、嫌がっていたからね。そう考えるとピッチャーさせなくても良さそうなんだけど。でも前の監督はセンス云々じゃなくて、もっと多面的に見た成長を期待して、ピッチャーをやらせたんだと思うんだけどね」  薗部はスラスラと幸長に関する情報を喋り出した。  聞いていた彰久には雷が落ちたような、そんな驚きしかなかった。 「そういうことで、ピッチャーはとりあえず経験者を短いイニングで繋ぐ、格好良く言うならマシンガン継投で行く。あ、そういえば一つ思い出した」 「なんですか?」 「ピッチャーの事です」 「マジっすか?!」  嬉しさのあまりか思わず彰久は飛び上がった。 「まあまあ。まだ決まって無いんだけど……。僕が担任のクラスなんですが、確か資料によると中学二年生の時に、リトルシニアの全国大会で準優勝していた経歴を持つ子なんですよね」  もしや、と彰久の直感が感づき始める。 「えーっと、もしかすると、名前は添木そえき伸哉君ですか?」 「おや?よく分かりましたね」  彰久にしてみれば知っていて当然の事だった。 「ああ、そういえば小学校の時同じチームだったんでしたね。まあそれは置いといて、実はその伸哉君に深刻な問題があるんですよ」 「問題?」  彰久はイマイチピンとこなかった。  三年生の時は全国大会に出てなかったので見ることは出来なかった。ただ、二年生の時に全国大会で準優勝の実績を持つ投手なら何の問題も無いはず。  しかし、そう言われると少し恐ろしい予感がしてきた。  まさか、グレた? いやいや! 優等生を地で行くような性格のあいつがグレるわけないし……。だとしたら肩をやったのか?   でも、あれだけ自己管理徹底していた伸哉がそんなわけはない!  彰久は想定できることを考えたが、どれも伸哉に当てはまりそうにないことだった。しかし、薗部の言ったことは、まったく考えすらできなかったことだった。 「伸哉君はですね、中学二年の冬からチームを辞めて一度も試合に出ていません。野球部の監督として彼を勧誘してみたのですが、残念ながら野球部には入らないとのことでした」 「嘘だろ……、あの伸哉が」  彰久の頭は一瞬で真っ白になった。



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