常識破りな先制点
ー/ー
「そういえば久良商とやった時も、これに似たシチュエーションで回ってきよな…」
彰久は満塁というプレッシャーを感じながら、右打席に向かおうとした時だった。ベンチの薗部から突然呼び寄せられた。
「なんですか? 秘策でもあるんですか?」
「えっとですね。この打席はーー」
薗部は、ニコニコしながら、作戦を伝える。
「はあっ⁈」
それを聞いた彰久は、驚く以外の、何もなかった。
「正気ですか⁈ 野球の常識を打ち砕くようなことですよ⁈」
「彰久君。常識に囚われていては、攻略できる相手もできませんよ。既成概念を打ち壊すことも、時には重要なんです」
そう言って肩を軽く叩いて、打席へ行かせた。
菊洋は早くも内野陣を集め、一回目の守りのタイムを取る。
「とにかくこの場面は一点は仕方が無い。避けるべきは大量失点だ。内野は取ったら即バックホームだ。それから、次のバッターは、おそらく右打席に立つだろうから、三遊間は引っ張り警戒な」
「OK! じゃあ、しっかり抑えるぞ!」
『おぉっ!』
ベンチの意思が確認できたところで、内野陣は、全員、自分のポジションに戻った。
俺が招いたピンチなんだ。ここは、しっかり抑えないとな。翔規は、ボールの縫い目を見つめていた。
打席に入る彰久はスイッチヒッター、つまり両打の選手である。通常両打の選手は右打席に入る事が多い。翔規もそのつもりでいた。
だが、翔規はバッターボックスの彰久を見て、驚かさせられた。なんと彰久は、左打席に入っていたのだ。
まず、一般的に左打者は左投手を苦手とする傾向が強い。理由は様々あるが利き目の関係や変化球、特に、スライダーが外へ逃げることなどが、主な要因としてあげられる。
この傾向はプロ野球でも多く見られるため、先発投手が左だった場合、スタメンの多くに右打者を入れるチームも、そう珍しくはない。
しかし、今の彰久はあえて打ちにくいと思われる左打席に入っている。
屈辱的とも取れる行為に、翔規は怒りに手が震え目が大きく見開く。
ふざけやがって、アイツを許さねえ。とギュッとボールを力強く握り占めた。この対決を見ている大勢の観衆は、翔規の勝ちを予想していた。しかし、そうはならなかった。
「翔規! 落ち着け‼︎ とりあえず、ストライク一球入れろ‼︎」
小嵐の激しい檄が飛ぶ。それもそのはず。翔規の投げた三球は、空振りを奪うどころか、一目見ただけで、ボールとわかるような球ばかりだった。
「監督。どうして、あんなにあのピッチャー制球乱してるんですか?」
涼紀は薗部に尋ねた。
「それは彼が、左打者が苦手だからですよ」
薗部から返ってきた言葉は、意外なものだった。
「えっ? 普通左投手は、左打者に強いですよね? そして、あのピッチャーにはキレるスライダーがあるのに?」
「たまにいるんですよ。一流のプロの左投手でも、スライダーが得意なのに、左が苦手な人って。翔規君は、小学生の頃に逸樹君の練習に付き合っているうちに、無意識に、左打者に手加減するようになったんでしょうね」
「なるほど…」
「小さい頃の癖っていうのは、なかなか変わらないんですよね。ついでに、逸樹君の送球も。おかげで、うちが、有利に試合を進められますからね。重要な打順の選手は、全員左ですからね」
ふふふ、とこみ上げた笑いを抑えられずに、薗部は笑い始めた。
バッターボックスの彰久は、不思議な感覚に襲われていた。
いくら薗部の言うこととは言え、ここまで上手くいくとは思ってもいなかったからだ。
さて、次の四球目。彰久はキャッチャーとしての経験から、ど真ん中に的を絞る。
翔規の投じた四球目。コースは読み通りど真ん中。そしてキレもない完全に甘い球。ストライクをただ取りに来た球だった。
「もらったああああっ!」
ここぞと言わんばかりに、バットを全力で振り抜く。打球は大きく、右中間方向に飛ぶ。ランナーは打球を見ながら、ゆっくりとハーフウェイまで進む。
「抜けろおおっ‼︎」
彰久は必死に叫んだ。
センターとライトの逸樹が必死に追いかけ飛びつく。だが、打球はその間を抜けていく。
それを見て、ランナーは一斉にスタートを切る。その間打球は転々とフェンスまで転がり、逸樹がボールを取る頃には、幸長と伸哉はホームに生還していた。
一塁ランナーの二蔵は三塁で一旦止まろうとしたが、逸樹がボールを取ったのを見て、三塁ベースを回わる。
「くそっ!」
逸樹は全力でホームに送球する。逸樹の送球は大きな弧を描き、中継に入ったセカンドの頭上を越すが勢いがない。結果、内野グラウンドで失速し、本塁遥か手前で止まりかけた。
当然二蔵は悠々生還し、三点が入り彰久はその間に二塁まで進んだ。
その後五番に入った涼紀は三振に倒れるも、六番の日田のライト前ヒットで一点を追加し四対零。送球の間に、日田は二塁を狙ったが、小嵐の好送球の前にアウト。その後の後続は打ち取られたが初回だけで四点を入れ、攻撃を終えた。
二回の表が始まる前に薗部はナインをベンチの前に集めた。
「初回の攻撃はお見事でした。素晴らしかった。だが、日田くんの時のように、強豪というのは、隙を逃したりはしません。そのことも肝に命じながら、このリードを守って行きましょう」
『はいっ‼︎』
鼓舞されたナインは、意気揚々と、それぞれ自分のポジションへと、向かった。
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彰久は満塁というプレッシャーを感じながら、右打席に向かおうとした時だった。ベンチの薗部から突然呼び寄せられた。
「なんですか? 秘策でもあるんですか?」
「えっとですね。この打席はーー」
薗部は、ニコニコしながら、作戦を伝える。
「はあっ⁈」
それを聞いた彰久は、驚く以外の、何もなかった。
「正気ですか⁈ 野球の常識を打ち砕くようなことですよ⁈」
「彰久君。常識に囚われていては、攻略できる相手もできませんよ。既成概念を打ち壊すことも、時には重要なんです」
そう言って肩を軽く叩いて、打席へ行かせた。
菊洋は早くも内野陣を集め、一回目の守りのタイムを取る。
「とにかくこの場面は一点は仕方が無い。避けるべきは大量失点だ。内野は取ったら即バックホームだ。それから、次のバッターは、おそらく右打席に立つだろうから、三遊間は引っ張り警戒な」
「OK! じゃあ、しっかり抑えるぞ!」
『おぉっ!』
ベンチの意思が確認できたところで、内野陣は、全員、自分のポジションに戻った。
俺が招いたピンチなんだ。ここは、しっかり抑えないとな。翔規は、ボールの縫い目を見つめていた。
打席に入る彰久はスイッチヒッター、つまり両打の選手である。通常両打の選手は右打席に入る事が多い。翔規もそのつもりでいた。
だが、翔規はバッターボックスの彰久を見て、驚かさせられた。なんと彰久は、左打席に入っていたのだ。
まず、一般的に左打者は左投手を苦手とする傾向が強い。理由は様々あるが利き目の関係や変化球、特に、スライダーが外へ逃げることなどが、主な要因としてあげられる。
この傾向はプロ野球でも多く見られるため、先発投手が左だった場合、スタメンの多くに右打者を入れるチームも、そう珍しくはない。
しかし、今の彰久はあえて打ちにくいと思われる左打席に入っている。
屈辱的とも取れる行為に、翔規は怒りに手が震え目が大きく見開く。
ふざけやがって、アイツを許さねえ。とギュッとボールを力強く握り占めた。この対決を見ている大勢の観衆は、翔規の勝ちを予想していた。しかし、そうはならなかった。
「翔規! 落ち着け‼︎ とりあえず、ストライク一球入れろ‼︎」
小嵐の激しい檄が飛ぶ。それもそのはず。翔規の投げた三球は、空振りを奪うどころか、一目見ただけで、ボールとわかるような球ばかりだった。
「監督。どうして、あんなにあのピッチャー制球乱してるんですか?」
涼紀は薗部に尋ねた。
「それは彼が、左打者が苦手だからですよ」
薗部から返ってきた言葉は、意外なものだった。
「えっ? 普通左投手は、左打者に強いですよね? そして、あのピッチャーにはキレるスライダーがあるのに?」
「たまにいるんですよ。一流のプロの左投手でも、スライダーが得意なのに、左が苦手な人って。翔規君は、小学生の頃に逸樹君の練習に付き合っているうちに、無意識に、左打者に手加減するようになったんでしょうね」
「なるほど…」
「小さい頃の癖っていうのは、なかなか変わらないんですよね。ついでに、逸樹君の送球も。おかげで、うちが、有利に試合を進められますからね。重要な打順の選手は、全員左ですからね」
ふふふ、とこみ上げた笑いを抑えられずに、薗部は笑い始めた。
バッターボックスの彰久は、不思議な感覚に襲われていた。
いくら薗部の言うこととは言え、ここまで上手くいくとは思ってもいなかったからだ。
さて、次の四球目。彰久はキャッチャーとしての経験から、ど真ん中に的を絞る。
翔規の投じた四球目。コースは読み通りど真ん中。そしてキレもない完全に甘い球。ストライクをただ取りに来た球だった。
「もらったああああっ!」
ここぞと言わんばかりに、バットを全力で振り抜く。打球は大きく、右中間方向に飛ぶ。ランナーは打球を見ながら、ゆっくりとハーフウェイまで進む。
「抜けろおおっ‼︎」
彰久は必死に叫んだ。
センターとライトの逸樹が必死に追いかけ飛びつく。だが、打球はその間を抜けていく。
それを見て、ランナーは一斉にスタートを切る。その間打球は転々とフェンスまで転がり、逸樹がボールを取る頃には、幸長と伸哉はホームに生還していた。
一塁ランナーの二蔵は三塁で一旦止まろうとしたが、逸樹がボールを取ったのを見て、三塁ベースを回わる。
「くそっ!」
逸樹は全力でホームに送球する。逸樹の送球は大きな弧を描き、中継に入ったセカンドの頭上を越すが勢いがない。結果、内野グラウンドで失速し、本塁遥か手前で止まりかけた。
当然二蔵は悠々生還し、三点が入り彰久はその間に二塁まで進んだ。
その後五番に入った涼紀は三振に倒れるも、六番の日田のライト前ヒットで一点を追加し四対零。送球の間に、日田は二塁を狙ったが、小嵐の好送球の前にアウト。その後の後続は打ち取られたが初回だけで四点を入れ、攻撃を終えた。
二回の表が始まる前に薗部はナインをベンチの前に集めた。
「初回の攻撃はお見事でした。素晴らしかった。だが、日田くんの時のように、強豪というのは、隙を逃したりはしません。そのことも肝に命じながら、このリードを守って行きましょう」
『はいっ‼︎』
鼓舞されたナインは、意気揚々と、それぞれ自分のポジションへと、向かった。