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先制攻撃

25/75





迎える一回の裏。幸長が左バッターボックスに入る。 「よお、元天才さん」  久良目のキャッチャー古賀が、嫌みたらしく話しかけるが、幸長は一切気に掛けていない 「お前って、あの大島だろ? 三園みぞのボーイズでセンターやってた」 「だったらなんです? サインなら、試合後に十枚でも百枚でも書いてあげますが」  マウンドを見て幸長は答えているが、その顔がドヤ顔であろうことを、容易に想像させるような雰囲気と声だった。 「お前みたいな落ちこぼれのサインなんて誰がもらうかよ。大人しく他のとこいっときゃ、こんなにならずに済んだのにな」  古賀は喧嘩を売る様な口調と雰囲気で言った。  もちろん、これはわざとだ。  トークで相手の気を散らしたり、怒らせたりして集中を乱し、それに乗じて抑える。それが古賀の得意とするトラッシュ・トークだ。  プライドの高い大島のことだ。これに怒って集中力を乱してくれるはず、と心の中でにやけながら幸長を見ていた。  だが、幸長からは怒ったような雰囲気が一切見られない。それどころか、優雅に高笑いをし出した。 「そうかもしれませんね。けど、僕は本物でなおかつ人類史上最高のジーニアス。どこにうもれてようと、フェニックスのように、舞い戻ってやりますよ。そう、明林ここからでもね」  どうやら、古賀のトラッシュ・トークは不発に終わったようだ。だが、まだ作戦は残してある。  ちょいとビビらせたらぁ。古賀は息を巻く。サインに頷いた大地が投じた初球。 「っ?!」  頭部をめがけ、大地の剛速球が襲い掛かる。  幸長が上体を上手く反らせ、なんとか難を逃れたがこの一球に明林ベンチは騒然とし、バッテリーに野次が飛び始めた。 「おっとすまんな。木場! 緊張してるのは分かるけど落ち着こうぜ!! 練習試合で怪我人出しちゃシャレになんねえからな」  古賀は幸長の目をちらっと除くと、幸長の目は笑っていた。 「ふぅー危ない危ない。僕じゃなきゃ、頭に直撃でしたよ。狙うんなら、もっと上手く狙わないと、僕は簡単に避けちゃいますよ」  その目からは怯えた感情が微塵も見られなかった。どうせ口だけだ。内心はビビってるはずだ普通に勝負だ。古賀はそう決めてかかる。  次の二球目はインローへのストレートを見逃しストライク。三球目はインコースギリギリの球をまたも見逃し、ワンボールツーストライクと追い込められた。  やっぱり、あの言葉はハッタリだ。内心すげえビビってるはずだ。古賀は確信めいた感情を抱いていた。  古賀はアウトローへのカーブを要求した。大地がサインに頷き投じた四球目。バットは出てこない。この球でまずはワンアウト、と思っていたその時だった。  視界にスッ、とバットが伸びてきた。 「え?!」  カキィン、という鋭い金属音とともに打球はライナー性のあたりで飛んでいき、勢いよくセンターの前に落ちる。これで、ノーアウトランナー一塁。 「ちっ、打たれちまった。けど所詮は明林。たとえ大島が一人いようと、それ以外は大したことは」  古賀が、ネクストバッターサークルの伸哉を見て一瞬言葉を失った。打席に立つ伸哉は打者としても十分名の知れた存在であるからだ。  慌て始めた古賀とは対象的に、伸哉は何食わぬ顔で右打席に入った。打者としての伸哉はパンチ力こそ乏しいものの、確実性のある打撃に機動力もあり、盗塁も上手い。塁に出すと厄介なことこの上ない存在である。  ここはまたトラッシュ・トークで乱しにいこう。古賀は打席に入った伸哉に早速話しかけた。 「おお、これはあの添木さんではありませんか。初回はお見事でしたなあ。そんなかわいい顔して、うちの一年生中心の打線をいとも簡単に抑えるとは、流石というべきかなあ」  以前大地から聞いていた気にしているポイントを、古賀は褒め殺しのようなトークとともにさりげなく混ぜてみた。  伸哉はそれに反応してしまったのか、ピクリと体が動いた。 「いやー。体のサイズも小さいし、遠くから見たら女の子にしか見えんのに、あんなえげつない球投げるんだもん。俺今日初めて見たけどびっくりしたよ」  これはチャンスと見た古賀は、さらに話を広げる。伸哉の体がまたピクリと動き出す。  これは乱れてる。よし、今がチャンスだ。勢いよくサインを出そうとしたその時だった。 「そう言えば古賀さん、アニメとか見ます?」  伸哉から思いもよらぬ言葉が飛んできた。 「僕は最近『偏愛ラバーズ』っていう作品を見てるんですが、これがまたいい作品で。最初は王道を往く恋愛ものかと思ってたんですけど、一期の最期で主人公の精神がぶっ壊れて、二期で百合――女性の同性愛、またはそれを題材とした作品――に目覚めて、三期でヤンデレ化した上に、三角関係になってすっごくドロドロした展開になるんですよねえ。さらに、最初は臆病で泣き虫だった主人公が、三期では好きな子のために自分の血液を」 「すいません、タイムお願いします」  想像すらできぬ伸哉の話に、古賀の方が思わず間を取ってしまった。乱しに行くつもりが逆に乱されてしまった。  間を取り終えた後、これ以上話しを展開させないよう、何も話しかけずにサインを出そうとすると、今度は伸哉がバントの構えをしてきた。  古賀はバントを警戒してか、一球一塁に牽制を入れさせた。ベンチの薗部はそれを見てサインを出すが、構えは変わらずバント。  ならばと、古賀はインコース高めにストレートを要求する。  セットポジションから大地が投じた一球。高めのストレートをバントしようとするも、バックネット方向へのファール。  続く二球目は低めのカーブを今度はあっさりと空振り。簡単にツーストライクと追い込んだ。  いくら凄いとは言え所詮中学生レベル。超高校級の木場とは格が違う。古賀はこの二球でそう判断した。  三球目は目線をズラす意味を込めて、再びインコース高めへのストレートのサインを出す。だが古賀は何か嫌な予感がしていた。  いくらなんでも上手くいきすぎである。バントをさせない為の配球ではあるものの、ここまで上手く決まることの方が珍しい。  薗部の方を見るが、初球と全く同じサインだった。  考えすぎているだけかもしれない。古賀は三球目はインコース高めのストレートを要求した。  古賀は内野陣へバントシフトの指示を出した後、大地にサインを出す。大地がそれに頷き、三球目を投じた瞬間、ファーストとサードが一気に前に詰めてくる。  それと同時に幸長が走り出し、伸哉も素早くバットを引く。 「ま、まさかっ、バスターエンドラン!?」  伸哉は高めに浮いた球を上手く引きつけ、一気に振り抜く。  古賀が自分の失策に気づいた時には既に打球は、鋭い当たりでがら空きになった一、二塁間をてんてんと抜けていた。  スタートを切っていた幸長は一気に三塁へ向かう。それを見て動揺したライトの選手が捕球にもたつき、幸長はスライディングをするまでもなく、悠々と三塁を陥れた。  これで、ノーアウトランナー一、三塁。初回から早速明林高校は名門校を相手にチャンスを掴んだ。 「すまない大地。俺が悪かった」 「いいっすよ先輩。点をやらなければ、結果としては全然問題ないので」  ピンチではあるが、大地の顔に焦りというものは露ほどにもなかった。 むしろその顔からは自信が溢れ出ていた。その自信通り、続く三番の二蔵を簡単に三球三振に仕留め、アウトカウントを一つ増やし、四番の彰久を迎えた。



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迎える一回の裏。幸長が左バッターボックスに入る。 「よお、元天才さん」  久良目のキャッチャー古賀が、嫌みたらしく話しかけるが、幸長は一切気に掛けていない 「お前って、あの大島だろ? 三園みぞのボーイズでセンターやってた」 「だったらなんです? サインなら、試合後に十枚でも百枚でも書いてあげますが」  マウンドを見て幸長は答えているが、その顔がドヤ顔であろうことを、容易に想像させるような雰囲気と声だった。 「お前みたいな落ちこぼれのサインなんて誰がもらうかよ。大人しく他のとこいっときゃ、こんなにならずに済んだのにな」  古賀は喧嘩を売る様な口調と雰囲気で言った。  もちろん、これはわざとだ。  トークで相手の気を散らしたり、怒らせたりして集中を乱し、それに乗じて抑える。それが古賀の得意とするトラッシュ・トークだ。  プライドの高い大島のことだ。これに怒って集中力を乱してくれるはず、と心の中でにやけながら幸長を見ていた。  だが、幸長からは怒ったような雰囲気が一切見られない。それどころか、優雅に高笑いをし出した。 「そうかもしれませんね。けど、僕は本物でなおかつ人類史上最高のジーニアス。どこにうもれてようと、フェニックスのように、舞い戻ってやりますよ。そう、明林ここからでもね」  どうやら、古賀のトラッシュ・トークは不発に終わったようだ。だが、まだ作戦は残してある。  ちょいとビビらせたらぁ。古賀は息を巻く。サインに頷いた大地が投じた初球。 「っ?!」  頭部をめがけ、大地の剛速球が襲い掛かる。  幸長が上体を上手く反らせ、なんとか難を逃れたがこの一球に明林ベンチは騒然とし、バッテリーに野次が飛び始めた。 「おっとすまんな。木場! 緊張してるのは分かるけど落ち着こうぜ!! 練習試合で怪我人出しちゃシャレになんねえからな」  古賀は幸長の目をちらっと除くと、幸長の目は笑っていた。 「ふぅー危ない危ない。僕じゃなきゃ、頭に直撃でしたよ。狙うんなら、もっと上手く狙わないと、僕は簡単に避けちゃいますよ」  その目からは怯えた感情が微塵も見られなかった。どうせ口だけだ。内心はビビってるはずだ普通に勝負だ。古賀はそう決めてかかる。  次の二球目はインローへのストレートを見逃しストライク。三球目はインコースギリギリの球をまたも見逃し、ワンボールツーストライクと追い込められた。  やっぱり、あの言葉はハッタリだ。内心すげえビビってるはずだ。古賀は確信めいた感情を抱いていた。  古賀はアウトローへのカーブを要求した。大地がサインに頷き投じた四球目。バットは出てこない。この球でまずはワンアウト、と思っていたその時だった。  視界にスッ、とバットが伸びてきた。 「え?!」  カキィン、という鋭い金属音とともに打球はライナー性のあたりで飛んでいき、勢いよくセンターの前に落ちる。これで、ノーアウトランナー一塁。 「ちっ、打たれちまった。けど所詮は明林。たとえ大島が一人いようと、それ以外は大したことは」  古賀が、ネクストバッターサークルの伸哉を見て一瞬言葉を失った。打席に立つ伸哉は打者としても十分名の知れた存在であるからだ。  慌て始めた古賀とは対象的に、伸哉は何食わぬ顔で右打席に入った。打者としての伸哉はパンチ力こそ乏しいものの、確実性のある打撃に機動力もあり、盗塁も上手い。塁に出すと厄介なことこの上ない存在である。  ここはまたトラッシュ・トークで乱しにいこう。古賀は打席に入った伸哉に早速話しかけた。 「おお、これはあの添木さんではありませんか。初回はお見事でしたなあ。そんなかわいい顔して、うちの一年生中心の打線をいとも簡単に抑えるとは、流石というべきかなあ」  以前大地から聞いていた気にしているポイントを、古賀は褒め殺しのようなトークとともにさりげなく混ぜてみた。  伸哉はそれに反応してしまったのか、ピクリと体が動いた。 「いやー。体のサイズも小さいし、遠くから見たら女の子にしか見えんのに、あんなえげつない球投げるんだもん。俺今日初めて見たけどびっくりしたよ」  これはチャンスと見た古賀は、さらに話を広げる。伸哉の体がまたピクリと動き出す。  これは乱れてる。よし、今がチャンスだ。勢いよくサインを出そうとしたその時だった。 「そう言えば古賀さん、アニメとか見ます?」  伸哉から思いもよらぬ言葉が飛んできた。 「僕は最近『偏愛ラバーズ』っていう作品を見てるんですが、これがまたいい作品で。最初は王道を往く恋愛ものかと思ってたんですけど、一期の最期で主人公の精神がぶっ壊れて、二期で百合――女性の同性愛、またはそれを題材とした作品――に目覚めて、三期でヤンデレ化した上に、三角関係になってすっごくドロドロした展開になるんですよねえ。さらに、最初は臆病で泣き虫だった主人公が、三期では好きな子のために自分の血液を」 「すいません、タイムお願いします」  想像すらできぬ伸哉の話に、古賀の方が思わず間を取ってしまった。乱しに行くつもりが逆に乱されてしまった。  間を取り終えた後、これ以上話しを展開させないよう、何も話しかけずにサインを出そうとすると、今度は伸哉がバントの構えをしてきた。  古賀はバントを警戒してか、一球一塁に牽制を入れさせた。ベンチの薗部はそれを見てサインを出すが、構えは変わらずバント。  ならばと、古賀はインコース高めにストレートを要求する。  セットポジションから大地が投じた一球。高めのストレートをバントしようとするも、バックネット方向へのファール。  続く二球目は低めのカーブを今度はあっさりと空振り。簡単にツーストライクと追い込んだ。  いくら凄いとは言え所詮中学生レベル。超高校級の木場とは格が違う。古賀はこの二球でそう判断した。  三球目は目線をズラす意味を込めて、再びインコース高めへのストレートのサインを出す。だが古賀は何か嫌な予感がしていた。  いくらなんでも上手くいきすぎである。バントをさせない為の配球ではあるものの、ここまで上手く決まることの方が珍しい。  薗部の方を見るが、初球と全く同じサインだった。  考えすぎているだけかもしれない。古賀は三球目はインコース高めのストレートを要求した。  古賀は内野陣へバントシフトの指示を出した後、大地にサインを出す。大地がそれに頷き、三球目を投じた瞬間、ファーストとサードが一気に前に詰めてくる。  それと同時に幸長が走り出し、伸哉も素早くバットを引く。 「ま、まさかっ、バスターエンドラン!?」  伸哉は高めに浮いた球を上手く引きつけ、一気に振り抜く。  古賀が自分の失策に気づいた時には既に打球は、鋭い当たりでがら空きになった一、二塁間をてんてんと抜けていた。  スタートを切っていた幸長は一気に三塁へ向かう。それを見て動揺したライトの選手が捕球にもたつき、幸長はスライディングをするまでもなく、悠々と三塁を陥れた。  これで、ノーアウトランナー一、三塁。初回から早速明林高校は名門校を相手にチャンスを掴んだ。 「すまない大地。俺が悪かった」 「いいっすよ先輩。点をやらなければ、結果としては全然問題ないので」  ピンチではあるが、大地の顔に焦りというものは露ほどにもなかった。 むしろその顔からは自信が溢れ出ていた。その自信通り、続く三番の二蔵を簡単に三球三振に仕留め、アウトカウントを一つ増やし、四番の彰久を迎えた。



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