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幼女と母

ー/ー



それからしばらくして、三人は大小様々な――ただこの住宅街での小さいは、普通の一軒家の倍ほどの大きさである――大きさの家々が建ち並ぶ住宅街に入った。

 そのちょうど中心の地区に伸哉の自宅であった。

「けっこうでかいっすね。先輩」

「だよなあ。いいよなあ。こういう広い家」

 二人は羨ましそうに言った。

 広々とした和風の家に、美しい日本庭園。家に庭の無い涼紀と彰久には充分すぎるほど大きく見えたようだ。

「庭があるって凄くないっすか」

 涼紀がそう言うと、彰久も首を縦に振る。ただ、幸長は少し微妙そうな表情をしていた。

「ノーマルな家庭なら確かにそうだね。ただ、ちょっと失礼な言い方で申し訳ないけどマイハウスの方が数倍は広いかな。庭の方もね。あと地下室もあるからね」

 この話が本当なら、幸長の家はとてつもないレベルの金持ちのようだ。

「なんか凄いっすね。幸長先輩の家。いつか遊びに行ってもいいですか?」

「うん。いつでもいいよ。その時は色々もてなすからさ」

「ありがとうございます。あ、先輩。池があるっすよ! あとマウンドも!」

 おそらく伸哉がいつも練習をしているであろうマウンドへと近づいた時、幸長がマウンド上で眠っている小さな女の子を見つけた。

 首に少しかかるくらいの黒髪に、細い体つき。幼くもかわいい寝顔をしながらも手は軟球をしっかりと握りしめていた。

「女の子か。かわいいね。そういえば伸哉クンに妹がいるなんて話していたかな?」

 うーん、と軽く唸りながら彰久は思い返してみるが思い出せない。そんな話を聞いたことは一度もなかったようでないな、と答えた。

「それじゃ、この子は?」

「親戚だろうな。いずれにしてもこのままじゃ風邪を引くから、見舞いのついでに連れていこうぜ」

 彰久が言うと、幸長は女の子を背中に負ぶったその時、

「あら? 誰かしら?」

 少し丸みを帯びた水色の長方形の眼鏡をかけた美人な女性が、玄関からゆっくりと出て来た。

「す、凄い綺麗な人だ」

 涼紀は思わず声に出した。風に当たればなびくような美しい黒髪に大きな瞳。若々しくもあり、おしとやかさをも感じさせる雰囲気と声。

 涼紀と幸長はおそらく、この人は伸哉の親戚の姉でこの子の親だと思った。少女の親らしき人が三人を見ると、

「あら(あや)ちゃん。そこにいたのね!」

にこやかな笑顔を振りまきながら幸長の方へ向かい、幸長から女の子を受け取った。すると、タイミングが良かったのか郁と呼ばれる女の子は目を覚ました。

「見つけてくれてありがとうね。私、心配してたのよ。このままじゃお姉さんに叱られちゃうってね」

「ごねんなさい」

 女の子は降りて、伸哉の親戚の姉と思われる女性の手を握った。すると突然、彰久が何かを思い出したのか女性の前で深々とお辞儀をしだした。

「あっ。伸哉のお母さんっ。お久しぶりです」

「「えっ、ええー!!」」

 二人は声を揃えて驚いた。どういうことなのか事情が飲み込めなかった。

「あ、アッキー。今なんと?」

「だからこの人は伸哉のお母さんだよ」

 彰久が言うと、ウフっと微かに笑声を出した。

「はじめまして。伸哉の母の添木梨沙(りさ)です」




「へえ。それでマウンドで寝ていたわけだね」

 幸長が優しく問いかけると、郁はソファーの背もたれによりかかりながら、眠たそうにコクリと頷いた。

 どうやらまだまだ眠り足りなかったようだ。

「初対面の人には無口なのといい、試合で打たれたのが悔しくて練習してたらマウンドで寝てたなんてほんとに伸哉みたいだ。そしてこの人形みたいなかわいい顔に細い体つきといい、実年齢よりも幼く見えるのも。親戚だとは言えけっこう似るものなんっすね」

 彰久は無邪気に眠っている郁に、昔の伸哉を重ねて懐かしんでいるように見えた。

「そうですよね。あいつは意外とすっげえ負けず嫌いっすよね。あと黙ってても黙っていなくても女の子に見間違われるのは、もはや定番っすよね。最近聞いたんっすけど入学式の前にクラスメイトから『なんで学ラン着てるの?』って言われまくったらしいっすからね」

 彰久に続くように涼紀も言う。それを聞いた梨沙は、口元に手を当て嬉しそうに微笑んでいた。

「確かにそうね。伸哉も女の子みたいなかわいい顔してるけど、お父さんや私に似て物凄く負けず嫌いなのよね。それでこういう話をしてると、あの日のことを思い出しちゃうのよね」

 梨沙は懐かしむように窓の外を眺めていた。

「あの日、と言いますと?」

「そうね。あれは伸哉が今の郁ちゃんと同じ小学校四年生の時だったかしらね。伸哉が初めて試合で投げたって言ってた日なんだけどね」

「あー! あの日か。思い出しましたよ。たしか、四月末にあった試合ですよね? でもあの日の試合はたしかゼロ対一で負けましたけど、伸哉はそんな落ち込んでたり泣いてたりはしてませんでしたよ」

 彰久はハッと思い出した。しかし、そんなに結びつきのありそうな話しには思えないようだった。

「まあそうね。試合終わった直後は泣くどころか開き直ったように笑ってたわ。家に帰るまではね。家に帰ったらいきなり走って来るって言ってそれから三時間後だったかしら。お父さんの友達のひろクンと一緒に来たのは」

 その時のことがよほど面白かったのか、梨沙は口元を抑えて笑いをこらえようとしていた。

「そんなに面白かったんですか?」

「そうよ。その時の伸哉の顔って言ったらね。この話をするといつも怒りだすんだけど今はいないし、せっかく来てもらったんだから話すわね。ひろクンから聞いたその時の話を」


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それからしばらくして、三人は大小様々な――ただこの住宅街での小さいは、普通の一軒家の倍ほどの大きさである――大きさの家々が建ち並ぶ住宅街に入った。
 そのちょうど中心の地区に伸哉の自宅であった。
「けっこうでかいっすね。先輩」
「だよなあ。いいよなあ。こういう広い家」
 二人は羨ましそうに言った。
 広々とした和風の家に、美しい日本庭園。家に庭の無い涼紀と彰久には充分すぎるほど大きく見えたようだ。
「庭があるって凄くないっすか」
 涼紀がそう言うと、彰久も首を縦に振る。ただ、幸長は少し微妙そうな表情をしていた。
「ノーマルな家庭なら確かにそうだね。ただ、ちょっと失礼な言い方で申し訳ないけどマイハウスの方が数倍は広いかな。庭の方もね。あと地下室もあるからね」
 この話が本当なら、幸長の家はとてつもないレベルの金持ちのようだ。
「なんか凄いっすね。幸長先輩の家。いつか遊びに行ってもいいですか?」
「うん。いつでもいいよ。その時は色々もてなすからさ」
「ありがとうございます。あ、先輩。池があるっすよ! あとマウンドも!」
 おそらく伸哉がいつも練習をしているであろうマウンドへと近づいた時、幸長がマウンド上で眠っている小さな女の子を見つけた。
 首に少しかかるくらいの黒髪に、細い体つき。幼くもかわいい寝顔をしながらも手は軟球をしっかりと握りしめていた。
「女の子か。かわいいね。そういえば伸哉クンに妹がいるなんて話していたかな?」
 うーん、と軽く唸りながら彰久は思い返してみるが思い出せない。そんな話を聞いたことは一度もなかったようでないな、と答えた。
「それじゃ、この子は?」
「親戚だろうな。いずれにしてもこのままじゃ風邪を引くから、見舞いのついでに連れていこうぜ」
 彰久が言うと、幸長は女の子を背中に負ぶったその時、
「あら? 誰かしら?」
 少し丸みを帯びた水色の長方形の眼鏡をかけた美人な女性が、玄関からゆっくりと出て来た。
「す、凄い綺麗な人だ」
 涼紀は思わず声に出した。風に当たればなびくような美しい黒髪に大きな瞳。若々しくもあり、おしとやかさをも感じさせる雰囲気と声。
 涼紀と幸長はおそらく、この人は伸哉の親戚の姉でこの子の親だと思った。少女の親らしき人が三人を見ると、
「あら|郁《あや》ちゃん。そこにいたのね!」
にこやかな笑顔を振りまきながら幸長の方へ向かい、幸長から女の子を受け取った。すると、タイミングが良かったのか郁と呼ばれる女の子は目を覚ました。
「見つけてくれてありがとうね。私、心配してたのよ。このままじゃお姉さんに叱られちゃうってね」
「ごねんなさい」
 女の子は降りて、伸哉の親戚の姉と思われる女性の手を握った。すると突然、彰久が何かを思い出したのか女性の前で深々とお辞儀をしだした。
「あっ。伸哉のお母さんっ。お久しぶりです」
「「えっ、ええー!!」」
 二人は声を揃えて驚いた。どういうことなのか事情が飲み込めなかった。
「あ、アッキー。今なんと?」
「だからこの人は伸哉のお母さんだよ」
 彰久が言うと、ウフっと微かに笑声を出した。
「はじめまして。伸哉の母の添木|梨沙《りさ》です」
「へえ。それでマウンドで寝ていたわけだね」
 幸長が優しく問いかけると、郁はソファーの背もたれによりかかりながら、眠たそうにコクリと頷いた。
 どうやらまだまだ眠り足りなかったようだ。
「初対面の人には無口なのといい、試合で打たれたのが悔しくて練習してたらマウンドで寝てたなんてほんとに伸哉みたいだ。そしてこの人形みたいなかわいい顔に細い体つきといい、実年齢よりも幼く見えるのも。親戚だとは言えけっこう似るものなんっすね」
 彰久は無邪気に眠っている郁に、昔の伸哉を重ねて懐かしんでいるように見えた。
「そうですよね。あいつは意外とすっげえ負けず嫌いっすよね。あと黙ってても黙っていなくても女の子に見間違われるのは、もはや定番っすよね。最近聞いたんっすけど入学式の前にクラスメイトから『なんで学ラン着てるの?』って言われまくったらしいっすからね」
 彰久に続くように涼紀も言う。それを聞いた梨沙は、口元に手を当て嬉しそうに微笑んでいた。
「確かにそうね。伸哉も女の子みたいなかわいい顔してるけど、お父さんや私に似て物凄く負けず嫌いなのよね。それでこういう話をしてると、あの日のことを思い出しちゃうのよね」
 梨沙は懐かしむように窓の外を眺めていた。
「あの日、と言いますと?」
「そうね。あれは伸哉が今の郁ちゃんと同じ小学校四年生の時だったかしらね。伸哉が初めて試合で投げたって言ってた日なんだけどね」
「あー! あの日か。思い出しましたよ。たしか、四月末にあった試合ですよね? でもあの日の試合はたしかゼロ対一で負けましたけど、伸哉はそんな落ち込んでたり泣いてたりはしてませんでしたよ」
 彰久はハッと思い出した。しかし、そんなに結びつきのありそうな話しには思えないようだった。
「まあそうね。試合終わった直後は泣くどころか開き直ったように笑ってたわ。家に帰るまではね。家に帰ったらいきなり走って来るって言ってそれから三時間後だったかしら。お父さんの友達のひろクンと一緒に来たのは」
 その時のことがよほど面白かったのか、梨沙は口元を抑えて笑いをこらえようとしていた。
「そんなに面白かったんですか?」
「そうよ。その時の伸哉の顔って言ったらね。この話をするといつも怒りだすんだけど今はいないし、せっかく来てもらったんだから話すわね。ひろクンから聞いたその時の話を」