伸哉の追放
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それからというもの、大地は病気になったかのように、ボールを投げることも、バットを振ることも出来なくなり、気が付くとベンチ外にまで追いやられていた。 これまで絶賛していた父兄やOBも、手の平を返したかのように大地を酷評し始めた。 大地がベンチに下がる度にワザと聞こえるようにあれじゃあダメだなと言われ、練習後にはOBを名乗る人物が説教をされる。 もちろん、その当時の監督はそう言った行為を厳しく注意をしていた。しかしそれでも治らなかった。 大地の居場所がどんどんなくなりかけていった。その一方で、伸哉や龍など他の四人への評判は次第に高まっていった。大地は野球をするのが日に日に嫌になってきた。 五人の仲もそれと比例するように悪くなっていった。中でも伸哉と大地の仲は特にひどいものになっていた。 「大地くん、肘また下がってる。それに捻りもないよ」 「うっせーな! 分かってるよ! それが出来れば苦労しねえつうの!」 投球練習後に近寄ってきた伸哉に、大地は大声で怒鳴り散らす。 「ねえ。どうして、折角気づいたから言ってるのに、こういう態度なの? 調子戻したくないの? ねえ」 「黙れ。もうこっちに来んなよ。ほっといてくれよ」 大地が怒鳴りながら突き放すと寂しげに伸哉は去っていった。 これがほぼ毎日のように起こり、ここから伸哉が気にしている、女の子のような見た目と声の悪口を言って、口喧嘩にまで発展することもしばしばあった。 また、家に帰ると借金取りから毎日のように脅迫交じりの取り立てを受け、父親が深夜に帰ってくるまで、電気やガス、水道をろくに使えない暗い家の中、一人寂しく過ごすという日々を送っていた。 当然ながら、大地のストレスは尋常じゃないほど溜まっていった。最初は我慢していたが、その次第に、伸哉への嫌がらせでストレスを吐き出し始めた。 最初の頃はちょっとした嫌がらせをするだけですんでいた。だが日増しにそれは酷くなっていった。 それが悪いことだと大地はわかっていた。だが、それを止められない。止めてしまうと不安に襲われる。そんな自分に大地は苛立っていた。 そして、ある日。ふと、伸哉いなくなればいいんだ、という考えが思い立ってしまった。その考えに支配された大地は伸哉を追い出すための策を立て始めた。 大地は伸哉を部から追い出すための策を練りに練った。心理や罠、果てには兵法などに関する情報など、とにかく使えそうだと感じたものを次々と採用していった。 そして、ついに大地は完璧な策を思いついた。そこからの行動は陰湿かつ、恐ろしく冷酷なものだった。 手始めに伸哉を孤立させるために根も葉もない悪い噂を流した。チームメイトや監督批判から、暴力沙汰など、伸哉の性格からすればあり得ない話である。 だが、心理学を活かした話術を駆使することで、古池や龍などの一部を除き殆どの部員達にその嘘を信じ込ませることに成功した。伸哉に話しかける相手は古池、龍、行橋の三人しかおらず、伸哉の顔からは笑顔が完全に消え失せてしまっていた。 そんな二月の末。大地は伸哉と部室で二人きりになるという、絶好の機会訪れた。大地はこれを逃すまいと考えていた。 部室は静寂に包まれる。 秋の大会前であれば二人はたわいもない会話を交わし、笑いあっていただろう。だが、今は二人の間には目に見えることのない“氷の壁”に遮られているようだった。 「ねえ、大地くん。聞きたいことあるんだけど、いいかな?」 この沈黙を破ってきたのは予想外にも伸哉の方だった。 なんだ、と大地がおざなりな返事をすると伸哉が怖い顔をして突然大地の眼前に迫ってきた。 「な、なんだよ。いきなりそんな顔して」 「大地くんだよね。でたらめな噂を吹聴してるの」 伸哉は左で大地の胸倉を掴んだ。伸哉は大地が裏でやってきたことが分かっていたようだった。ここで動揺してはいけない、と大地は当然のようにしらを切った。 だが、伸哉の様子は変わらない。怖い顔のまま、胸倉を掴んだままだ。 「知ってるんだよ。僕は見てたんだ。大地くんが他のチームメイトたちに嘘を吹き込んでるところ。でも、なんでそこでとめなかったかわかる?」 「しってこっちゃねえよ」 「いつかやめてくれるだろう、いつか悪いことしてるって気づくと思ってたからだよ。けど、全然やめてくれない。そしてこうやって問い詰めても白を切る。ねえ、どうしてそんなことしたの? 失った友達とか信頼をどうしてくれるの? ねえ、ねえ!」 伸哉が掴んだ胸倉を大きく揺らす。大地の頭が前後に大きく動く。 友達に軽いちょっかいや暴力の一つもしたことがない伸哉が、怒り狂った顔で大地の胸倉を掴み、揺さぶっている。 だが、それでも大地は一切動じていない。それどころかクククク、と不気味な声で笑い出した。 「そうかいそうかい。そんなにお前を追いつめることが出来てたのか。そりゃよかった」 伸哉の手が止まる。大地は目を少し大きく開き伸哉の瞳をさげすむような眼で見上げる。 「おいどうした? 手を止めて。早くなんかしてみろよ」 大地は伸哉を煽り出す。伸哉の手は震え、息も荒くなってくる。それを好機とみた大地は詰めにかかる。 「なんだ。やっぱなんもできねえんだな。マウンドの外では見た目通りの女の子だったんだな。ハハハ」 その時だった。 バシィン‼︎ 伸哉の右手が大地の頬をぶった。 それは普通の人間のビンタの数十倍と言ってもおかしくない痛みだった。大地が頬を抑える。ぶった伸哉は息を切らしたまま。右手を大きく震わせる。 ここで誰も通りかからなければ、これだけで終わっていたのかもしれない。 丁度大地がぶたれた時に、他の二人のチームメイトが部室に入ってきていたのだ。二人は頬を抑える大地に駆け寄る。 「伸哉が俺をぶった。いきなり俺の胸ぐら掴んでぶってきやがった」 大地の嘘を信じ込んでしまった二人は伸哉を睨む。 「ちょっ、待って! 違う! いきなりぶってなんか」 「やっぱりあいつ」 「ああ。噂は本当だったらしいな」 「ち、違うんだ。違うんだって。信じてよ。僕を信じてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」 これがきっかけとなり、伸哉は監督から謹慎処分を言い渡された。そして処分を言い渡されたその日のうちに、伸哉はチームを去った。
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