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幸長の妹、再び

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いよいよ、三回戦の行われる日曜日の午前九時。明林高校の野球部員の乗ったバスは予定より少し早く、試合の行われる久良目市民球場に到着した。  試合開始予定時刻は十二時三十分ではあるが、試合前のアップをする時間などを考えると、この位が丁度良かったりする。  制服姿の部員は、それぞれユニフォームに着替え、各自ストレッチや軽目のランニングを行っていた。伸哉は到着後直ぐに着替え、幸長と一緒にストレッチを始めていた。 「伸哉君は、ずいぶん柔らかい体をしているんだね」 「ポジションに関わらず筋肉は柔らかくしていないと。怪我しやすくなりますしね。ピッチャーだったら、なおのことですけど」  伸哉はギュッと腕を大きく前に突き出して、腕と広背筋を伸ばした。 「そういえば、今日は日曜日でしたね。先輩は、誰か家族が見にくるんですか?」 「うん。シスターが来るかな」  自信満々に幸長は答えた。 「へー。どんな人なんですか?」 「とてもプリティーな子だよ。」  幸長がそう言うと伸哉は目をキラキラと輝かせた。 「先輩がそう言うならかわいいんですよね。先輩の妹さん、見てみたいですね!」 「うん。見れるといいーー」 「お兄ちゃん!」  言ったそばから、幸長の妹、優梨華の声が聞こえてきた。 「あ、あの青っぽい髪の女の子ですね」  優梨華は無邪気に、恋人の元に駆け寄るように、目を輝かせながら、近づいてきた。 「やあ優梨華。よく来てくれたね」  幸長がそう声を掛けると、優梨華は嬉しそうに頷いた。 「うん! だってお兄ちゃんの試合が久しぶりに見れるんだもん! 観にこないわけにはいかないよ!」  まるでご主人様を見つけた子犬のように、優梨華は嬉しそうな雰囲気を漂わせていた。 「それは嬉しいよ。なら僕もパーフェクトな活躍をしないとね」 「わーい、優梨華嬉しいな! それじゃあスタンドで応援してるからね!」  そう言い残して優梨華はスタンドの方面へと走っていった。 「確かにめちゃくちゃかわいいですね」 「だろう? 僕のシスターだもの。世界一可愛くて当然さ」  幸長はドヤ顔で語った。この人筋金入りのシスコンなんだなあ。伸哉は心の中で呟いた。 「あれだけかわいいんだから彼氏とかいそうですよね」 「いや、彼氏はいないよ。優梨華には一生できないよ」  幸長は意味深に呟いた。伸哉は気にはなったものの、何故だか聞かない方がいいと思いこれ以上話を広げなかった。  その後ストレッチを終え走ろうしとしていると、ちょうど走っていた涼紀と合流し一緒に走っていた。 「へえ、あの妹さん来てたんですね……」  三人の列の、真ん中にいる涼紀の体が、一瞬ぶるっと震える。おそらく、あの日のことを思い出して、背筋が寒くなったからであろう。  当事者でない伸哉は、何があったのか、想像すらつかなかった。 「そんな怯える事ないじゃないか! 全く失礼な奴だ」  幸長は少し怒っているようだった。自分が愛してやまない妹を腫れ物扱いされたのだから無理もない。 「そ、それより俺の妹もきてたんすよ」 「そうなんだ。ちなみに、何年生かな?」 「えっと……。十四歳だから、中二っすね」  中二という年齢に、思わず幸長が反応する。 「そうでしたね。先輩の妹さんと同年代でしたよね」 「そういえば、涼紀君と幸長先輩は、学区が同じ筈ですよね?」  あっ、と二人は反応した。 「そういえばそうだね」 「つまり、学校も同じ。あ、でも部活は違うはず。うちの涼花りょうかーー涼紀の妹ーーは、バスケ部ですが」 「奇遇だね。僕のマイシスターもバスケ部なんだ」  意外な共通点に二人は驚き、思わず足が止まってしまっていた。 「ということは、確実にお互いの名前を知っているはず。意外と友達だったりして」  涼紀はそう思ったが、幸長は、それはない、と左指を振った。 「マイシスターは、学校では性格を変えていているらしいんだ。本来は凄く人懐こいけど、けっこう冷たい性格にチェンジさせるらしくてね」 「そ、そうなんですか…」  人懐こい優梨華を見たことない涼紀からすれば、一体どこがが人懐こいのか、あまり理解できなかった。 「でも、それって素が出やすいですよね。真逆ならなおさら」  伸哉は言った。伸哉の言った事はあながち間違いではない。本性を隠すのは、気に緩みが許されない分、難しいかったりする。  偽りの性格が、本性と真逆なものなら、生まれ持った雰囲気自体を変えるため、より難しくなる。 「本人曰く、『お兄ちゃんが好きな事を、絶対にバラさせないためよ』ってね。普段、マイハウスでも一応、性格を学校のようにしているから、意外とスイッチにオンオフはイージーらしいよ」 「あれ?家でも隠すんですか?」 「家族にも、暴露たくないらしくて。でも、本人は気づいてないだけで実はもう、暴露ているんだけどね」  えっ、と涼紀と伸哉は声をあげた。 「それじゃ、意味なし……」 「もちろん、本人の為に気づかないフリをしてあげてるっているよ。暴露ているってわかったら、多分本性どころか、僕への愛も隠せなくなるからだろうけどね」 「演技する側も、気づかないフリする側も大変なんっすね……」  涼紀は、幸長の家族のおそろしい構図に、同情した。 「ただ、あくまで家族に暴露ているだけだし、余程親密な関係じゃないと、おそらく気づかないって、マザーも言っていたからね」 「なら大丈夫ですね」 「だから、学校では友達いないって言っていたから、多分友人ではないと思うよ」 「そうなんっすか。じゃ、家に帰って聞いてみよ。多分、チームメイト程度の関係だろけどな」  二人の関係を知らない涼紀は、呑気に言った。  一方、三塁側の観客席では丁度優梨華と涼花が火花を散らしていたのだが、話が終わり少しペースをあげて走るこの三人には、そんな事など、知る由もなかった。



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いよいよ、三回戦の行われる日曜日の午前九時。明林高校の野球部員の乗ったバスは予定より少し早く、試合の行われる久良目市民球場に到着した。  試合開始予定時刻は十二時三十分ではあるが、試合前のアップをする時間などを考えると、この位が丁度良かったりする。  制服姿の部員は、それぞれユニフォームに着替え、各自ストレッチや軽目のランニングを行っていた。伸哉は到着後直ぐに着替え、幸長と一緒にストレッチを始めていた。 「伸哉君は、ずいぶん柔らかい体をしているんだね」 「ポジションに関わらず筋肉は柔らかくしていないと。怪我しやすくなりますしね。ピッチャーだったら、なおのことですけど」  伸哉はギュッと腕を大きく前に突き出して、腕と広背筋を伸ばした。 「そういえば、今日は日曜日でしたね。先輩は、誰か家族が見にくるんですか?」 「うん。シスターが来るかな」  自信満々に幸長は答えた。 「へー。どんな人なんですか?」 「とてもプリティーな子だよ。」  幸長がそう言うと伸哉は目をキラキラと輝かせた。 「先輩がそう言うならかわいいんですよね。先輩の妹さん、見てみたいですね!」 「うん。見れるといいーー」 「お兄ちゃん!」  言ったそばから、幸長の妹、優梨華の声が聞こえてきた。 「あ、あの青っぽい髪の女の子ですね」  優梨華は無邪気に、恋人の元に駆け寄るように、目を輝かせながら、近づいてきた。 「やあ優梨華。よく来てくれたね」  幸長がそう声を掛けると、優梨華は嬉しそうに頷いた。 「うん! だってお兄ちゃんの試合が久しぶりに見れるんだもん! 観にこないわけにはいかないよ!」  まるでご主人様を見つけた子犬のように、優梨華は嬉しそうな雰囲気を漂わせていた。 「それは嬉しいよ。なら僕もパーフェクトな活躍をしないとね」 「わーい、優梨華嬉しいな! それじゃあスタンドで応援してるからね!」  そう言い残して優梨華はスタンドの方面へと走っていった。 「確かにめちゃくちゃかわいいですね」 「だろう? 僕のシスターだもの。世界一可愛くて当然さ」  幸長はドヤ顔で語った。この人筋金入りのシスコンなんだなあ。伸哉は心の中で呟いた。 「あれだけかわいいんだから彼氏とかいそうですよね」 「いや、彼氏はいないよ。優梨華には一生できないよ」  幸長は意味深に呟いた。伸哉は気にはなったものの、何故だか聞かない方がいいと思いこれ以上話を広げなかった。  その後ストレッチを終え走ろうしとしていると、ちょうど走っていた涼紀と合流し一緒に走っていた。 「へえ、あの妹さん来てたんですね……」  三人の列の、真ん中にいる涼紀の体が、一瞬ぶるっと震える。おそらく、あの日のことを思い出して、背筋が寒くなったからであろう。  当事者でない伸哉は、何があったのか、想像すらつかなかった。 「そんな怯える事ないじゃないか! 全く失礼な奴だ」  幸長は少し怒っているようだった。自分が愛してやまない妹を腫れ物扱いされたのだから無理もない。 「そ、それより俺の妹もきてたんすよ」 「そうなんだ。ちなみに、何年生かな?」 「えっと……。十四歳だから、中二っすね」  中二という年齢に、思わず幸長が反応する。 「そうでしたね。先輩の妹さんと同年代でしたよね」 「そういえば、涼紀君と幸長先輩は、学区が同じ筈ですよね?」  あっ、と二人は反応した。 「そういえばそうだね」 「つまり、学校も同じ。あ、でも部活は違うはず。うちの涼花りょうかーー涼紀の妹ーーは、バスケ部ですが」 「奇遇だね。僕のマイシスターもバスケ部なんだ」  意外な共通点に二人は驚き、思わず足が止まってしまっていた。 「ということは、確実にお互いの名前を知っているはず。意外と友達だったりして」  涼紀はそう思ったが、幸長は、それはない、と左指を振った。 「マイシスターは、学校では性格を変えていているらしいんだ。本来は凄く人懐こいけど、けっこう冷たい性格にチェンジさせるらしくてね」 「そ、そうなんですか…」  人懐こい優梨華を見たことない涼紀からすれば、一体どこがが人懐こいのか、あまり理解できなかった。 「でも、それって素が出やすいですよね。真逆ならなおさら」  伸哉は言った。伸哉の言った事はあながち間違いではない。本性を隠すのは、気に緩みが許されない分、難しいかったりする。  偽りの性格が、本性と真逆なものなら、生まれ持った雰囲気自体を変えるため、より難しくなる。 「本人曰く、『お兄ちゃんが好きな事を、絶対にバラさせないためよ』ってね。普段、マイハウスでも一応、性格を学校のようにしているから、意外とスイッチにオンオフはイージーらしいよ」 「あれ?家でも隠すんですか?」 「家族にも、暴露たくないらしくて。でも、本人は気づいてないだけで実はもう、暴露ているんだけどね」  えっ、と涼紀と伸哉は声をあげた。 「それじゃ、意味なし……」 「もちろん、本人の為に気づかないフリをしてあげてるっているよ。暴露ているってわかったら、多分本性どころか、僕への愛も隠せなくなるからだろうけどね」 「演技する側も、気づかないフリする側も大変なんっすね……」  涼紀は、幸長の家族のおそろしい構図に、同情した。 「ただ、あくまで家族に暴露ているだけだし、余程親密な関係じゃないと、おそらく気づかないって、マザーも言っていたからね」 「なら大丈夫ですね」 「だから、学校では友達いないって言っていたから、多分友人ではないと思うよ」 「そうなんっすか。じゃ、家に帰って聞いてみよ。多分、チームメイト程度の関係だろけどな」  二人の関係を知らない涼紀は、呑気に言った。  一方、三塁側の観客席では丁度優梨華と涼花が火花を散らしていたのだが、話が終わり少しペースをあげて走るこの三人には、そんな事など、知る由もなかった。



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