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出会いと崩れたきっかけ

ー/ー



三年前の春。シニアの練習初日。この日は新入生の実力を試すということで、小学校時代のポジションで実力テストを受けていた真っ最中だった。

 投球テストを終えマウンドから下りてきた大地に、一人の女の子のような子が寄ってきた。

「君凄いね! 体は僕よりもひょろくてもやしみたいだけど、凄く速い球投げるんだね!」

 宝石のように輝いた目をしながら、可愛らしい女の子の声でその子は言った。それが伸哉と大地の最初の出会いだった。

 全員が緊張している中、伸哉だけが四六時中ずっとニコニコしていた。

 そんな伸哉を見ていると、緊張していた大地もニコニコして緊張がほぐれ始めてきたのだった。

 テスト終了後、大地と伸哉は投手として合格し、何故だか二人で抱き合って喜び合っていた――余談だが、伸哉が男だということに気づくのはだいぶ後の話である――。

 その後、二人は練習の前後に一緒に行動し、次第に距離を縮めていった。多少の下心があったものの、それ以上に気の合う同士だったからだ。

 夏頃には下の名前で呼び合い、休日には二人で遊ぶ程仲良くなっていた。それと共に友達も増え、同級生で捕手の古池(ふるいけ)がその輪に加わり、次の年には一つ年下の(りゅう)行橋(ゆくはし)が加わっていった。

 二年の夏に全国大会に出た時、この五人は既にチームの中心的存在になり、九州の全チームから恐れられる程の存在となった。

 そして、五人の仲も最高潮に達していた。

 だが、三年が引退し新チームが始動し始めての大会となった秋の新人戦決勝。ここから五人の仲が、特に伸哉と大地の関係が狂いだした。

 その当時チーム状態は最高であると同時に、注目度も高かった。

 伸哉、大地、龍、行橋の四人で形成された“浜川(はまかわ)カルテット”と呼ばれる投手陣。それに加えて古池など全国大会準優勝時のスタメン選手を多く擁することから、優勝候補の大本命として注目を集めた。

 迎えた大会。ベスト八までの全試合で、圧倒的強さを見せつけ、どの試合も八点差以上のコールド勝ちと、順調に勝ち進んでいった。

 大地もこの時は非常に調子が良く、伸哉と同様に無失点ピッチングを続けていた。

 ピッチングの好調は打撃にも繋がり、打率四割超えに本塁打四本と、四番として素晴らしい成績を収めていた。
 
そんな大地の身に不幸は容赦なく襲いかかってきた。

 その日の夕方。試合前日の練習が終わり家に帰ると、いつもは笑顔で迎えてくれるはずの母親がその日はいなかった。

 きっと買い物にでも出かけているのだろうと、その時の大地は気にもかけていなかった。

 だが、二時間経っても帰って来ない。時刻は七時を過ぎている。こんな時間になるなら電話の一本くらい入ってくるはずだ。それが大地の母親の性格である。

 しかし、それすらない。

 何か嫌な予感がする。慌てて台所に行くと、置手紙が置いてあった。置手紙にはこう書いてあった。




“ごめんね大地。ママはパパ意外に好きな人が出来ちゃった。だからもうあなたの母親じゃなくなったの。借金まで残しちゃったけど、お父さんと仲良く暮らしてね。それじゃあ、さようなら”




 読み終えた大地は手紙を持った両手を震わせながら力なく崩れ落ちた。マザコンとまではいかなくとも母親が大好きだった大地には、あまりにも辛く、受け入れがたい現実だった。

「そんな。き、昨日まで、昨日まで、俺や父さんと、あんなに、笑顔で話してたじゃないか……。嘘だ…………、こんなの嘘だ! 嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 大地は滝のように涙を流しながら叫んだ。その一時間後。

 帰ってきた父親から、母親は愛人と父親名義で莫大な借金を作って、そのまま逃げたということを知らされた。

 いくら中学生とは言え辛すぎる現実である。大地は一晩中涙を流し、眠ることなく朝日を迎えた。

 そして迎えた翌日。

 このことは誰にも言わず、というより言えずに試合に臨んだ。顔色が悪いと心配はされたが、平気だ、心配するなと返した。

 チームのことを考えれば、出ないというのが最善の選択肢だったはずだが、そんなことを考えられる頭ではなかった。

 まず準決勝戦。寝不足の影響でボールが霞んで見え、身体は鉛のように重くなっていた。

 そんな状態で野球が出来るわけがない。バッティングは四打席四三振と大ブレーキ。守備では重要な場面でエラーを連発し、それが失点にことごとく繋がってしまった。

 結果二対一で一戦目を落とした。そして後が無くなった三位決定戦。ここで勝てば全国大会出場、負ければ敗退という大事な試合。先発のマウンドには大地が上がった。

 チームメイトから全国への最期の望みを受け、マウンドに登った大地だったが、一戦目の不出来と前日のことで大地の心はそれどころではなかった。




「ボールフォアッ!」

 押し出しでまた一点が入り初回だけで六失点。

 ボールには球速もキレも迫力もなく、制球は全く安定しない。古池はこの回だけで早くも二回目のタイムを取りマウンドに駆け寄る。

「おーい、大地。おーい」

 古池が声を掛けていることにも、大地は気付かない。この時点で大地のメンタルはもうズタボロだった。

「おい! どうしたんだ大地!」

 古池が強く呼びかけようやく気が付いた。

「どうしたんだよ今日は。全然じゃねえか。とりあえず真ん中めがけて、思いっきり腕振って投げろ。それで抑えられるんだから。とりあえず、この回終わったら話し合おう」

 ああ、と返事をするも魂の抜かれたような声と表情だった。

 その後も状態はよくなるどころかますます悪化し、一回途中十二失点でベンチに下げられた。

 当然、監督からはベンチで長時間説教されたが、大地の頭の中には何も入ってこなかった。

 その一方で、あとを受けた伸哉は圧倒的なピッチングを見せつけ、打ちに打ってた相手打線を完全に沈黙させた。

 伸哉の好投で味方打線が活性化し、効率よく追加点を奪っていき、ついには一点差にまで追い上げたがあと一本が出ず負けてしまった。

「僕の……せいだ……」

 大地は魂が抜けたような表情で何度もそう呟きながら、バスへと乗り込んでいった。


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三年前の春。シニアの練習初日。この日は新入生の実力を試すということで、小学校時代のポジションで実力テストを受けていた真っ最中だった。
 投球テストを終えマウンドから下りてきた大地に、一人の女の子のような子が寄ってきた。
「君凄いね! 体は僕よりもひょろくてもやしみたいだけど、凄く速い球投げるんだね!」
 宝石のように輝いた目をしながら、可愛らしい女の子の声でその子は言った。それが伸哉と大地の最初の出会いだった。
 全員が緊張している中、伸哉だけが四六時中ずっとニコニコしていた。
 そんな伸哉を見ていると、緊張していた大地もニコニコして緊張がほぐれ始めてきたのだった。
 テスト終了後、大地と伸哉は投手として合格し、何故だか二人で抱き合って喜び合っていた――余談だが、伸哉が男だということに気づくのはだいぶ後の話である――。
 その後、二人は練習の前後に一緒に行動し、次第に距離を縮めていった。多少の下心があったものの、それ以上に気の合う同士だったからだ。
 夏頃には下の名前で呼び合い、休日には二人で遊ぶ程仲良くなっていた。それと共に友達も増え、同級生で捕手の|古池《ふるいけ》がその輪に加わり、次の年には一つ年下の|龍《りゅう》と|行橋《ゆくはし》が加わっていった。
 二年の夏に全国大会に出た時、この五人は既にチームの中心的存在になり、九州の全チームから恐れられる程の存在となった。
 そして、五人の仲も最高潮に達していた。
 だが、三年が引退し新チームが始動し始めての大会となった秋の新人戦決勝。ここから五人の仲が、特に伸哉と大地の関係が狂いだした。
 その当時チーム状態は最高であると同時に、注目度も高かった。
 伸哉、大地、龍、行橋の四人で形成された“|浜川《はまかわ》カルテット”と呼ばれる投手陣。それに加えて古池など全国大会準優勝時のスタメン選手を多く擁することから、優勝候補の大本命として注目を集めた。
 迎えた大会。ベスト八までの全試合で、圧倒的強さを見せつけ、どの試合も八点差以上のコールド勝ちと、順調に勝ち進んでいった。
 大地もこの時は非常に調子が良く、伸哉と同様に無失点ピッチングを続けていた。
 ピッチングの好調は打撃にも繋がり、打率四割超えに本塁打四本と、四番として素晴らしい成績を収めていた。
そんな大地の身に不幸は容赦なく襲いかかってきた。
 その日の夕方。試合前日の練習が終わり家に帰ると、いつもは笑顔で迎えてくれるはずの母親がその日はいなかった。
 きっと買い物にでも出かけているのだろうと、その時の大地は気にもかけていなかった。
 だが、二時間経っても帰って来ない。時刻は七時を過ぎている。こんな時間になるなら電話の一本くらい入ってくるはずだ。それが大地の母親の性格である。
 しかし、それすらない。
 何か嫌な予感がする。慌てて台所に行くと、置手紙が置いてあった。置手紙にはこう書いてあった。
“ごめんね大地。ママはパパ意外に好きな人が出来ちゃった。だからもうあなたの母親じゃなくなったの。借金まで残しちゃったけど、お父さんと仲良く暮らしてね。それじゃあ、さようなら”
 読み終えた大地は手紙を持った両手を震わせながら力なく崩れ落ちた。マザコンとまではいかなくとも母親が大好きだった大地には、あまりにも辛く、受け入れがたい現実だった。
「そんな。き、昨日まで、昨日まで、俺や父さんと、あんなに、笑顔で話してたじゃないか……。嘘だ…………、こんなの嘘だ! 嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 大地は滝のように涙を流しながら叫んだ。その一時間後。
 帰ってきた父親から、母親は愛人と父親名義で莫大な借金を作って、そのまま逃げたということを知らされた。
 いくら中学生とは言え辛すぎる現実である。大地は一晩中涙を流し、眠ることなく朝日を迎えた。
 そして迎えた翌日。
 このことは誰にも言わず、というより言えずに試合に臨んだ。顔色が悪いと心配はされたが、平気だ、心配するなと返した。
 チームのことを考えれば、出ないというのが最善の選択肢だったはずだが、そんなことを考えられる頭ではなかった。
 まず準決勝戦。寝不足の影響でボールが霞んで見え、身体は鉛のように重くなっていた。
 そんな状態で野球が出来るわけがない。バッティングは四打席四三振と大ブレーキ。守備では重要な場面でエラーを連発し、それが失点にことごとく繋がってしまった。
 結果二対一で一戦目を落とした。そして後が無くなった三位決定戦。ここで勝てば全国大会出場、負ければ敗退という大事な試合。先発のマウンドには大地が上がった。
 チームメイトから全国への最期の望みを受け、マウンドに登った大地だったが、一戦目の不出来と前日のことで大地の心はそれどころではなかった。
「ボールフォアッ!」
 押し出しでまた一点が入り初回だけで六失点。
 ボールには球速もキレも迫力もなく、制球は全く安定しない。古池はこの回だけで早くも二回目のタイムを取りマウンドに駆け寄る。
「おーい、大地。おーい」
 古池が声を掛けていることにも、大地は気付かない。この時点で大地のメンタルはもうズタボロだった。
「おい! どうしたんだ大地!」
 古池が強く呼びかけようやく気が付いた。
「どうしたんだよ今日は。全然じゃねえか。とりあえず真ん中めがけて、思いっきり腕振って投げろ。それで抑えられるんだから。とりあえず、この回終わったら話し合おう」
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 その後も状態はよくなるどころかますます悪化し、一回途中十二失点でベンチに下げられた。
 当然、監督からはベンチで長時間説教されたが、大地の頭の中には何も入ってこなかった。
 その一方で、あとを受けた伸哉は圧倒的なピッチングを見せつけ、打ちに打ってた相手打線を完全に沈黙させた。
 伸哉の好投で味方打線が活性化し、効率よく追加点を奪っていき、ついには一点差にまで追い上げたがあと一本が出ず負けてしまった。
「僕の……せいだ……」
 大地は魂が抜けたような表情で何度もそう呟きながら、バスへと乗り込んでいった。