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歓喜の一打

27/75





マスクを被った古賀は、明林ベンチを見るが薗部はサインを出さない。スクイズである場合は基本何かしらサインが出る。なのでここはスクイズではないと古賀は腹を括った。  大地がサインに頷き古賀が構える。間を少し外して足を上げた瞬間、伸哉がスタートを切った。突然のスチールに大地は驚いたのかボールがすっぽ抜け、ホームベース手前でワンバウンド。  古賀は何とかボールを抑えるも、三塁の幸長を気にして二塁には投げられず、伸哉は楽々セーフ。これでノーアウトランナー二、三塁とチャンスが一気に広がった。  動揺しているのか次の二球目も失投。ど真ん中に打ちごろのストレートが来た。普通なら確実にヒットにされそうなボールだったが、タイミングが狂っていたのかバックネット裏へのファール。  ファウルになったことで大地は落ち着いてきたのか、三球目はインコースにキレのあるストレートを投げたが、二球目とは違い今度はジャストミート。  一瞬古賀はヒヤッとしたが、惜しくもファール右に切れてファール。ワンボール、ツーストライクと追い込んだところで、薗部が動いた。 「サインはこれでーす。バントですよ。バ・ン・ト」  薗部はわかりやすくベンチの前でバントの構えをした。塁上の幸長と伸哉、そして彰久はそれを見てヘルメットのツバを握る。さらに、幸長と伸哉はリードを少し大きく取りはじめる。 わかりやすすぎるサインに古賀は、嘘だろと目を丸くした。  もしもこのサイン通りであれば、間違いなくスクイズである。ただ、いくらなんでも怪しすぎる。  ならばここは低めへのチェンジアップを指示しよう。古賀はそう考えた。低めの変化球はバントが比較的難しい。それに先程のようにもしもバスターの場合でも空振りを取りやすい球種でもある。  古賀は勝利を確信してサインを出す。大地がそれに頷き四球目を投じる。コースは内角少し低め。三球目までとは打って変わって遅く、少しずつ落ちていく球。紛れもなくチェンジアップだった。 「ははははッ! ここで緩くて落ちるチェンジアップにはどうしようもねえだろう!」  古賀は勝ちを確信した次の瞬間だった。  膝を畳みボール掬い上げるようなスイング。タイミングは完璧だった。  バットに当たったボールは強烈な音を残し、高々と美しい放物線を描きながら舞い上がる。  最高点まで打球が達するとスゥーっと、ボールがフェンスの奥へと吸い込まれていった。 「ホームラーン!!」  手を高く振り回しながら一塁塁審がコールした。 「しゃぁああああああああああああああああああっ!!」  雄叫びをあげながら、彰久は天高く拳を突き出した。 「や、やられた……」  小代羅はショックのあまり放心状態に陥っていた。 「ま、まさかあんなにいいやつが、あんなところにいるなんて。うちのような強豪校が明林如きに初回から三失点なんて。ゆ、夢だ。これは夢なんだ」  ぶつぶつと頭を抱えながらつぶやく小代羅に、西浦はイライラした顔で近づいた。 「小代羅コーチ。ここで流れを切らないと持っていかれますよ。そんなリアクション取る前に、指示出ししてください。あなたがそんなんじゃ、ほんとに好き勝手にやられますよ」 「あ、ああ……」  そういわれてようやく、小代羅は守備のタイムを取るよう指示を出した。 「本当に作戦通りですよ。どうし三球目にコレが来るって予測が出来たんですか」  ホームランを打ったからか、目を異常なまでに輝かせながら、彰久は薗部に尋ねた。 「相手が古賀君だったのと、そういう風におびき寄せたからです」 「は、はあ」  彰久の頭には大量のはてなが浮かんでいる。どうやらわかっていないようだ。すると、薗部はあはは、と少し笑いながら話を続けた。 「古賀君はトラッシュ・トークをかまして来たり、インコース攻めや酷いときにはビーンボール――打者の打ち気をそらすためにわざと頭部を狙うボール――を投げさせたりしますが、基本的なリードはそんなに複雑なものではなく、投手を中心に考えているものです。木場君の場合はストレートが最大の武器だから、それを見せ球や決め球にと最大限に活用してくる」 「そうか!」  頭に電球が浮かんだ。今度は薗部の言いたいことがわかったようだ。 「分かってもらえましたか。それでいてなおかつ彰久君がストレートにタイミングが有ってないなら、その球をとことんまで活かそうとしたくなる。それにボール自体も悪くはなかった」 「となると、ストレートで抑えにくる」 「その通り。古賀君は三球目のストレートで決めようとしていたわけですが、今度は合っていた。さらに私がスクイズをベンチから堂々と指示した。そこで古賀君はスクイズも警戒しなければならなくなった。その時点で比較的バントを決めやすいスライダーは投げにくい」 「あ?! もしかして伸哉にバスターさせたのも」 「そういうことです」  そう言った薗部の表情は不気味そうな笑い顔だった。 「そのせいで、古賀君はバスターも警戒せざるを得なくなった。となると、さっきまでタイミングの合っていたストレートはなおさら投げにくくなる。となると、投げられる球種はカーブ、もしくはチェンジアップ。この時点で二択」 「そこからどうやって、チェンジアップを導きだしたんですか?」 「それは、木場君のカーブがパワーカーブ――球速の速いカーブ――に近いからです。古賀君は緩急も非常に重視するようなリードなので、そこからこの状況で投げてくるのはチェンジアップだと断定したわけです」  凄い。まさかここまで考えてるなんて彰久は、まるで雷にうたれたような感覚を覚えた。それが伝わってきたのか、薗部は可笑しそうに笑った。 「別に凄く無いですよ? これはデータがあれば誰だって出来ますが、実を言うと伸哉君がヒット、そして彰久君がホームランを打って二点が入るってのを予想していたんだ」 「え?」  これは二点以上取れる作戦じゃなかったのか、と彰久は疑問に思った。 「幸長君は正直そこまで期待していなかった。けれど、彼はヒットを打った。無論、二人ともさっきのあれを応用して球種を教えていたけど、伸哉君にはそれに加えて打ちやすい設定を作ってのヒットですから。あえて価値をつけるなら、大島君のヒットの方が上かもしれません」 「打ちやすいと言うと?」 「バスターですね。バスターはバントの状態からバットだけを引いてスイングするので、普通に打つよりは当てやすいのです。伸哉君のバッティングがいいとは言っても、相手が相手だからバスターを指示しました。一方の大島君はそれをさせてなかった。おまけに、今日はストレート以上にカーブのキレがよかったのですが、アドバイスやバスターなしでカーブをヒットにした。三点が取れたのは彼の天性のバッティングセンスのおかげですね」  彰久が固まっているすぐそばで、幸長は少し呑気そうにベンチでくつろいでいた。 「ふぅー、疲れた。どうだい? 僕の華麗なバッティングに酔いしれたかい?」  呑気にボトルの水を飲んみながら自慢をしてくる幸長が、彰久にはとても遠い存在に思えた。



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