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反響と二回戦

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「明林は勝ったのか」  パソコンの画面を見つめながら、逸樹は呟いた。 「さて、三回戦楽しみにしてますよ、先生」  青白い光に照らされた顔から、不気味な笑みがこぼれた。  一回戦勝利の翌朝の学校。伸哉は普段、目立つことなく、校舎へと入っているが、今日ばかりは違った。 「おおっ! 伸哉だ‼︎」 「あれが噂の添木くんですか……」 「あんな顔して野球部のエースなんだろ?信じらんねーよな!」  校門に着くなり、伸哉に大勢の生徒の目線が集まっていた。確かに、昔から野球で活躍することは多々あった。それはあくまで外部活動での活躍なので、学校で注目を浴びるということはあまり無かった。  スポットを当てられることに慣れていない伸哉は、顔を赤らめながら、急ぎ足で校舎へと入っていった。 「はあー。恥ずかしい……」  伸哉は教室の自分の席に着くなり、溜息をついた。  視線を集めたのは、五月のあの日も合わせ二回目だが、その時以上の人数ということもあり、それ以上に恥ずかしかった。 「もう嫌だー。家に帰りたい」  机に伏して、うなだれていると、 「おはよー、伸哉くん‼︎」 と言って、咲香が背中を強く叩いた。伸哉と咲香が初めて話して以来、毎朝話をしている。  最も、どこかを叩いてから話すのは、今日が初めてである。 「痛っ。何するのさ!」 「どう、元気でた?」  無邪気な笑顔を見せる咲香。女子との会話が苦手な伸哉でも、異性という事を意識せずに友達のように話す事ができる。  そして、咲香のこの笑顔に癒されている。ひょっとすると伸哉は咲香の事を意識しているのかもしれない。 「元気でたって……。どう頑張っても出ないよ」 「あ、そうなの。それで、今朝のこの新聞見て!これ!」  咲香が指を指す。その先を見るとなんと、高校野球の県予選のページに、 『怪物一年生エース誕生!!』 という見出しの記事と共に、自分の投げている写真が堂々と乗っていた。 「伸哉くん凄いね! 私も学校無ければ見に行きたかったなー」  咲香は少しだけ、悔しそうな表情を浮かべていた。 「次は明後日だけど、三回戦だったら日曜日だし、試合する球場も近いから、部活ないなら見にこれるかもよ」  そう言うと咲香の表情が一変して、輝きに満ちた目に変わっていた。 「え、本当?! じゃあ、私観にくる!!」 「え?まだ、勝ってないから決まってな……」 「え、伸哉くんなら勝てるよ!だから、私、日曜日は予定開けて置くから。じゃあね!」  上機嫌に小走りで、咲香は自分の教室に帰っていった。 「今さっきの話は本当か?」  話を聞いていたらしい涼紀が、伸哉に息を荒げながら、話しかけてきた。 「日曜日の試合に、咲香が来るって本当か?」 「そりゃあ、来るかもだけど……」 「マジか! ありがとう‼︎ よっしゃああっ。燃えてきたぜっ‼︎」  うおおおおおおおお、と廊下を叫びながら走っていった。 「いや、勝たなきゃ日曜日に試合ないんだけどなあ」  伸哉はボソリと呟いた。  その日の放課後。  試合の翌日ということもあり、いつもよりも一時間早く終わったが、薗部は、伸哉と幸長を野球部の部室の裏に呼び出した。 「伸哉君と幸長君に、前持って話しをしておきたいことがあるんだ」  薗部の表情は、いつものような、穏やかな表情だった。 「えっと、なんでしょうか?」  幸長が尋ねる。すると薗部は大きくポンと、幸長の左肩を叩いた。 「二回戦の先発を幸長君。君に任せる」  その言葉を信じられなかったのか、伸哉の目はもぬけの殻のようになっていた。 「もちろん、ある程度接戦になった場合は、伸哉君をリリーフとして、登板させるけど、基本的には幸長君に完投してもらうつもりだよ」  薗部の言葉をようやく飲み込めたのか幸長が、一ついいですか、と言って手を挙げた。 「どうしたのですか?」 「監督。お言葉ですが、我がチームには、伸哉君という、パーフェクトなエース投手がいます。確実に勝つのなら、正直、僕より、伸哉君をスターターとして、起用すべきだと思います。ですが、なぜあえて僕を起用するのでしょうか?」  幸長の言ったことは当然のことだった。ピッチングという観点で見れば、幸長よりも、伸哉が数段上というのは、素人目に見ても分かる。  そしてこの大会はトーナメント方式。一つの負けも許されぬ厳しい大会だ。  それを考えると中二日にはなるが、まだ五イニングしか投げてない伸哉を起用するのが、当然なのだ。 「そうですね…。高野倫幸たかのとしゆきという投手を知っているでしょうか?」  薗部が口にしたのは、どこのチームかも分からない選手だった。当然幸長も伸哉も首を横に振る。 「彼は、僕が二年生の時の夏の大会の、決勝戦の相手のエース投手で、当時の高校野球ナンバーワン投手だと言われていました。でも、彼は、プロに行くことは叶いませんでした」 「あ、」  伸哉は何かを思い出したようだ。 「そういえば、その高野さん。試合中に肩を壊したんですよね。次の日にそれを知って、ぞっとしたのを、憶えています…」  伸哉の顔は、心無しか青ざめているようにも見えた。その状況と同じことを経験した幸長は、伸哉の話を聞きながら肩を震わせていた。 「そうです。目の前であんな場面を見たからこそ、僕はピッチャーに連投をさせたくない。それに目標は三回戦ですが、それ以上に勝ち進むにはここで連投は避けたい。分かりましたかね」  二人は首を縦に振った。  そして迎えた二回戦。  先発は、予定通り幸長だった。もっとも、前日に発表した時には疑問の声も上がったが、連投の恐ろしさ、これから以降の戦い方を薗部から聞くと全員が納得した。  試合は二回までノーヒットに抑えられるが、三回に涼紀がホームランを打つ。これに触発されたのか、打線に徐々に勢いが戻り七回までに十点を取る。  バッティングは少し不調だった幸長だったが、この日はピッチングが冴えに冴え、六回まで無失点に抑える。  そして七回。ワンアウト後、突然コントロールを乱し一死一、二塁のピンチに陥る。 「幸長先輩! 僕がいるんで心配ないですよ!」  マウンド上で肩で息をする幸長に、セカンドの守備に就いている伸哉が声を掛けた。 「分かってるよ。じゃあそっちに行くように投げるからね」  幸長が投じた五球目。ストライクを取りにいった球が打たれ、大きな弧を描きながら、右中間の真ん中方向に飛んでいく。  打球の感覚、飛んでいるコースからして、誰もが、一点を覚悟していた。だが、 「うおおおおおおおおっ!!」  幸長の代わりにセンターの守備に入った涼紀が定位置からダッシュし、勢いよくボールの落下地点に頭から飛びつく。  ボールは涼紀のグラブに収まった。審判がアウトのコールをすると涼紀は素早く立ち上がり、帰塁しきれていない二塁走者を見て、二塁に送球する。  涼紀からノーバウンドで投げられた送球は走者が帰塁する前にセカンドの伸哉が取り、ダブルプレー。  結果十対ゼロで勝利。  二年間勝利のなかった明林高校が、ついに目標の三回戦へと駒を進めた。



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「明林は勝ったのか」  パソコンの画面を見つめながら、逸樹は呟いた。 「さて、三回戦楽しみにしてますよ、先生」  青白い光に照らされた顔から、不気味な笑みがこぼれた。  一回戦勝利の翌朝の学校。伸哉は普段、目立つことなく、校舎へと入っているが、今日ばかりは違った。 「おおっ! 伸哉だ‼︎」 「あれが噂の添木くんですか……」 「あんな顔して野球部のエースなんだろ?信じらんねーよな!」  校門に着くなり、伸哉に大勢の生徒の目線が集まっていた。確かに、昔から野球で活躍することは多々あった。それはあくまで外部活動での活躍なので、学校で注目を浴びるということはあまり無かった。  スポットを当てられることに慣れていない伸哉は、顔を赤らめながら、急ぎ足で校舎へと入っていった。 「はあー。恥ずかしい……」  伸哉は教室の自分の席に着くなり、溜息をついた。  視線を集めたのは、五月のあの日も合わせ二回目だが、その時以上の人数ということもあり、それ以上に恥ずかしかった。 「もう嫌だー。家に帰りたい」  机に伏して、うなだれていると、 「おはよー、伸哉くん‼︎」 と言って、咲香が背中を強く叩いた。伸哉と咲香が初めて話して以来、毎朝話をしている。  最も、どこかを叩いてから話すのは、今日が初めてである。 「痛っ。何するのさ!」 「どう、元気でた?」  無邪気な笑顔を見せる咲香。女子との会話が苦手な伸哉でも、異性という事を意識せずに友達のように話す事ができる。  そして、咲香のこの笑顔に癒されている。ひょっとすると伸哉は咲香の事を意識しているのかもしれない。 「元気でたって……。どう頑張っても出ないよ」 「あ、そうなの。それで、今朝のこの新聞見て!これ!」  咲香が指を指す。その先を見るとなんと、高校野球の県予選のページに、 『怪物一年生エース誕生!!』 という見出しの記事と共に、自分の投げている写真が堂々と乗っていた。 「伸哉くん凄いね! 私も学校無ければ見に行きたかったなー」  咲香は少しだけ、悔しそうな表情を浮かべていた。 「次は明後日だけど、三回戦だったら日曜日だし、試合する球場も近いから、部活ないなら見にこれるかもよ」  そう言うと咲香の表情が一変して、輝きに満ちた目に変わっていた。 「え、本当?! じゃあ、私観にくる!!」 「え?まだ、勝ってないから決まってな……」 「え、伸哉くんなら勝てるよ!だから、私、日曜日は予定開けて置くから。じゃあね!」  上機嫌に小走りで、咲香は自分の教室に帰っていった。 「今さっきの話は本当か?」  話を聞いていたらしい涼紀が、伸哉に息を荒げながら、話しかけてきた。 「日曜日の試合に、咲香が来るって本当か?」 「そりゃあ、来るかもだけど……」 「マジか! ありがとう‼︎ よっしゃああっ。燃えてきたぜっ‼︎」  うおおおおおおおお、と廊下を叫びながら走っていった。 「いや、勝たなきゃ日曜日に試合ないんだけどなあ」  伸哉はボソリと呟いた。  その日の放課後。  試合の翌日ということもあり、いつもよりも一時間早く終わったが、薗部は、伸哉と幸長を野球部の部室の裏に呼び出した。 「伸哉君と幸長君に、前持って話しをしておきたいことがあるんだ」  薗部の表情は、いつものような、穏やかな表情だった。 「えっと、なんでしょうか?」  幸長が尋ねる。すると薗部は大きくポンと、幸長の左肩を叩いた。 「二回戦の先発を幸長君。君に任せる」  その言葉を信じられなかったのか、伸哉の目はもぬけの殻のようになっていた。 「もちろん、ある程度接戦になった場合は、伸哉君をリリーフとして、登板させるけど、基本的には幸長君に完投してもらうつもりだよ」  薗部の言葉をようやく飲み込めたのか幸長が、一ついいですか、と言って手を挙げた。 「どうしたのですか?」 「監督。お言葉ですが、我がチームには、伸哉君という、パーフェクトなエース投手がいます。確実に勝つのなら、正直、僕より、伸哉君をスターターとして、起用すべきだと思います。ですが、なぜあえて僕を起用するのでしょうか?」  幸長の言ったことは当然のことだった。ピッチングという観点で見れば、幸長よりも、伸哉が数段上というのは、素人目に見ても分かる。  そしてこの大会はトーナメント方式。一つの負けも許されぬ厳しい大会だ。  それを考えると中二日にはなるが、まだ五イニングしか投げてない伸哉を起用するのが、当然なのだ。 「そうですね…。高野倫幸たかのとしゆきという投手を知っているでしょうか?」  薗部が口にしたのは、どこのチームかも分からない選手だった。当然幸長も伸哉も首を横に振る。 「彼は、僕が二年生の時の夏の大会の、決勝戦の相手のエース投手で、当時の高校野球ナンバーワン投手だと言われていました。でも、彼は、プロに行くことは叶いませんでした」 「あ、」  伸哉は何かを思い出したようだ。 「そういえば、その高野さん。試合中に肩を壊したんですよね。次の日にそれを知って、ぞっとしたのを、憶えています…」  伸哉の顔は、心無しか青ざめているようにも見えた。その状況と同じことを経験した幸長は、伸哉の話を聞きながら肩を震わせていた。 「そうです。目の前であんな場面を見たからこそ、僕はピッチャーに連投をさせたくない。それに目標は三回戦ですが、それ以上に勝ち進むにはここで連投は避けたい。分かりましたかね」  二人は首を縦に振った。  そして迎えた二回戦。  先発は、予定通り幸長だった。もっとも、前日に発表した時には疑問の声も上がったが、連投の恐ろしさ、これから以降の戦い方を薗部から聞くと全員が納得した。  試合は二回までノーヒットに抑えられるが、三回に涼紀がホームランを打つ。これに触発されたのか、打線に徐々に勢いが戻り七回までに十点を取る。  バッティングは少し不調だった幸長だったが、この日はピッチングが冴えに冴え、六回まで無失点に抑える。  そして七回。ワンアウト後、突然コントロールを乱し一死一、二塁のピンチに陥る。 「幸長先輩! 僕がいるんで心配ないですよ!」  マウンド上で肩で息をする幸長に、セカンドの守備に就いている伸哉が声を掛けた。 「分かってるよ。じゃあそっちに行くように投げるからね」  幸長が投じた五球目。ストライクを取りにいった球が打たれ、大きな弧を描きながら、右中間の真ん中方向に飛んでいく。  打球の感覚、飛んでいるコースからして、誰もが、一点を覚悟していた。だが、 「うおおおおおおおおっ!!」  幸長の代わりにセンターの守備に入った涼紀が定位置からダッシュし、勢いよくボールの落下地点に頭から飛びつく。  ボールは涼紀のグラブに収まった。審判がアウトのコールをすると涼紀は素早く立ち上がり、帰塁しきれていない二塁走者を見て、二塁に送球する。  涼紀からノーバウンドで投げられた送球は走者が帰塁する前にセカンドの伸哉が取り、ダブルプレー。  結果十対ゼロで勝利。  二年間勝利のなかった明林高校が、ついに目標の三回戦へと駒を進めた。



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