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インターミッション〜世界の片隅で愛を叫べなかったケモノ〜②

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 三葉みつばが歌い終わると、母親はステージに駆け寄り、感激したように彼女を抱擁する。 「白井しろいさん……ううん、三葉みつばちゃんだったわね? スゴいじゃない! さすが、ミュージカル女優の娘ね!」  我が家の母の情熱的な振る舞いに戸惑いながらも、はにかんだように微笑んでいた三葉みつばは、たったふたりのギャラリーの反応に好感触を得たようだ。  その後は、三葉みつばが母親のリクエストに応じては次々に楽曲を歌い上げる独壇場のステージとなった。  マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、アヴリル・ラヴィーン、サラ・ブライトマンなどなど……。  母の要求に応じて、当時のオレが、まったく知らない洋楽女性アーティストの楽曲を歌う彼女の姿は、クラスで大人しくしている普段の白井三葉しろいみつばとは、まったく異なるものだった。  聞けば、彼女はこちらに引っ越してくる直前まで、小学生向けのボーカル教室に通っていたらしい。  ランチを取りながらたっぷりの時間を取って、多くの楽曲を歌い終え、帰宅の準備をしていたとき、三葉みつばが申し訳なさそうに声をかけてきた。 「玄野くろのクン、ゴメンね……わたしばっかり、歌っちゃって……」   「気にすんなよ。母ちゃんも喜んでたし、オレも白井の歌は、スゲ〜って思ったから」  実際、彼女の歌唱力を見せつけられては、その目の前で、自分からマイクを握って歌ってみようなんて気持ちは、少しも湧いて来なかった。 「それより、白井しろいさ……そんなに歌が上手いなら、学校の行事でも歌ってみないか? あいらんど小学校の『こどもフェスティバル』っていう行事で、毎年、ピアノやダンスをお披露目するヤツがいるんだけど、白井しろいの歌なら、みんな注目すると思うぞ?」  オレたちが通っていた小学校では、一学期にクラスで出店でみせものを行う文化祭のような行事があるのだが、そのイベントでは、体育館のステージで、児童が色々な特技を披露する時間が設けられていた。 「そんなイベントがあるんだ……自信はないけど、もし、玄野くろのクンが推薦してくれるなら、出てみようかな……」  相変わらず、自信なさげに返答する彼女に、 「白井しろいなら大丈夫だよ! 白井しろいの歌のファンになったオレが言うんだから間違いないよ!」 と、言葉を返すと、三葉みつばは目を丸くして言った。 「玄野くろのクン、わたしの歌のファンになってくれるの?」 「あぁ、オレだけじゃなくて、母ちゃんも、白井しろいのファンになってると思うぞ?」 「嬉しい! じゃあ、玄野くろのクンは、わたしのファン1号だね?」  これまでクラスでは見たことのなかった、屈託なく笑う彼女の表情を目にして、オレはなぜか鼓動が早くなるのを感じた。  思えば、それがオレの初恋だったんだろうと思う。  五年生になって、ふたたび、三葉みつばと同じクラスになると、彼女と話す機会は格段に増えた。  春休み中に、カラオケに連れて行ってくれた御礼と言うことで、彼女の母親が手土産を持って我が家を訪問してくれてから、母親同士が仲良くなったということもあるが、家が近所という気安さもあって、三葉みつばとはクラスでもフランクな感じで接することができたからだ。  そして、春休みのカラオケのあとに、オレが提案したように、一学期の終わりにある学校行事『こどもフェスティバル』で、彼女は、マイクを片手に舞台に立つことになった。  5月末の立候補を募る段階では、まだ、しり込みする素振りを見せていた三葉みつばだが、オレの 「三葉みつばの歌で、全校を驚かせてやろうぜ!」 という一言で、彼女も腹をくくったようだ。  (ちなみに、この頃には、オレは彼女のことをファースト・ネームで呼ぶようになっていた)。  迎えた『こどもフェスティバル』の本番のステージで、三葉みつばは全校児童の前で、彼女のお気に入りの一曲であるという西野カナの『もしも運命の人がいるのなら』を披露して、オレの予想どおり大喝采を浴びた。 「ありがとう、雄司ゆうじ……わたしが、この舞台に立てたのは、雄司ゆうじのおかげだよ」  舞台から降りたあと、そんな風に声をかけてきた三葉みつばの言葉に、照れながら、 「オレは、なにもしてねぇよ……全部、三葉みつばの実力だろ」 と答えたことを覚えているが、彼女自身から感謝の言葉をかけてもらえたことに、オレの気持ちはたかぶった。  白井三葉しろいみつばが、目に見えて活発に自己表現をしはじめたのは、この『こどもフェスティバル』の舞台のあとからだ。  その頃には、マスメディアが、彼女の両親のことを報道することも無くなっていたし、学校内でも、『こどもフェスティバル』での活躍ぶりから、児童会役員に推薦され、六年生になってからは、三葉みつばはオレと一緒に、その役員を務めるまでになった。  彼女が、自分の歌声をショート動画に編集して配信するようになったのは、小学校を卒業する間際のことだ。  それらの動画は、あっという間にユーザーの目に止まるようになった。    そして、そのまま進級した、あいらんど中学に入学する頃には、活発にSNSでの情報発信もするようになっていた彼女は、すっかり有名人になっていて、小学生までとは違い、オレ自身との立場は徐々に離れていくようになっていった。



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 三葉みつばが歌い終わると、母親はステージに駆け寄り、感激したように彼女を抱擁する。 「白井しろいさん……ううん、三葉みつばちゃんだったわね? スゴいじゃない! さすが、ミュージカル女優の娘ね!」  我が家の母の情熱的な振る舞いに戸惑いながらも、はにかんだように微笑んでいた三葉みつばは、たったふたりのギャラリーの反応に好感触を得たようだ。  その後は、三葉みつばが母親のリクエストに応じては次々に楽曲を歌い上げる独壇場のステージとなった。  マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、アヴリル・ラヴィーン、サラ・ブライトマンなどなど……。  母の要求に応じて、当時のオレが、まったく知らない洋楽女性アーティストの楽曲を歌う彼女の姿は、クラスで大人しくしている普段の白井三葉しろいみつばとは、まったく異なるものだった。  聞けば、彼女はこちらに引っ越してくる直前まで、小学生向けのボーカル教室に通っていたらしい。  ランチを取りながらたっぷりの時間を取って、多くの楽曲を歌い終え、帰宅の準備をしていたとき、三葉みつばが申し訳なさそうに声をかけてきた。 「玄野くろのクン、ゴメンね……わたしばっかり、歌っちゃって……」   「気にすんなよ。母ちゃんも喜んでたし、オレも白井の歌は、スゲ〜って思ったから」  実際、彼女の歌唱力を見せつけられては、その目の前で、自分からマイクを握って歌ってみようなんて気持ちは、少しも湧いて来なかった。 「それより、白井しろいさ……そんなに歌が上手いなら、学校の行事でも歌ってみないか? あいらんど小学校の『こどもフェスティバル』っていう行事で、毎年、ピアノやダンスをお披露目するヤツがいるんだけど、白井しろいの歌なら、みんな注目すると思うぞ?」  オレたちが通っていた小学校では、一学期にクラスで出店でみせものを行う文化祭のような行事があるのだが、そのイベントでは、体育館のステージで、児童が色々な特技を披露する時間が設けられていた。 「そんなイベントがあるんだ……自信はないけど、もし、玄野くろのクンが推薦してくれるなら、出てみようかな……」  相変わらず、自信なさげに返答する彼女に、 「白井しろいなら大丈夫だよ! 白井しろいの歌のファンになったオレが言うんだから間違いないよ!」 と、言葉を返すと、三葉みつばは目を丸くして言った。 「玄野くろのクン、わたしの歌のファンになってくれるの?」 「あぁ、オレだけじゃなくて、母ちゃんも、白井しろいのファンになってると思うぞ?」 「嬉しい! じゃあ、玄野くろのクンは、わたしのファン1号だね?」  これまでクラスでは見たことのなかった、屈託なく笑う彼女の表情を目にして、オレはなぜか鼓動が早くなるのを感じた。  思えば、それがオレの初恋だったんだろうと思う。  五年生になって、ふたたび、三葉みつばと同じクラスになると、彼女と話す機会は格段に増えた。  春休み中に、カラオケに連れて行ってくれた御礼と言うことで、彼女の母親が手土産を持って我が家を訪問してくれてから、母親同士が仲良くなったということもあるが、家が近所という気安さもあって、三葉みつばとはクラスでもフランクな感じで接することができたからだ。  そして、春休みのカラオケのあとに、オレが提案したように、一学期の終わりにある学校行事『こどもフェスティバル』で、彼女は、マイクを片手に舞台に立つことになった。  5月末の立候補を募る段階では、まだ、しり込みする素振りを見せていた三葉みつばだが、オレの 「三葉みつばの歌で、全校を驚かせてやろうぜ!」 という一言で、彼女も腹をくくったようだ。  (ちなみに、この頃には、オレは彼女のことをファースト・ネームで呼ぶようになっていた)。  迎えた『こどもフェスティバル』の本番のステージで、三葉みつばは全校児童の前で、彼女のお気に入りの一曲であるという西野カナの『もしも運命の人がいるのなら』を披露して、オレの予想どおり大喝采を浴びた。 「ありがとう、雄司ゆうじ……わたしが、この舞台に立てたのは、雄司ゆうじのおかげだよ」  舞台から降りたあと、そんな風に声をかけてきた三葉みつばの言葉に、照れながら、 「オレは、なにもしてねぇよ……全部、三葉みつばの実力だろ」 と答えたことを覚えているが、彼女自身から感謝の言葉をかけてもらえたことに、オレの気持ちはたかぶった。  白井三葉しろいみつばが、目に見えて活発に自己表現をしはじめたのは、この『こどもフェスティバル』の舞台のあとからだ。  その頃には、マスメディアが、彼女の両親のことを報道することも無くなっていたし、学校内でも、『こどもフェスティバル』での活躍ぶりから、児童会役員に推薦され、六年生になってからは、三葉みつばはオレと一緒に、その役員を務めるまでになった。  彼女が、自分の歌声をショート動画に編集して配信するようになったのは、小学校を卒業する間際のことだ。  それらの動画は、あっという間にユーザーの目に止まるようになった。    そして、そのまま進級した、あいらんど中学に入学する頃には、活発にSNSでの情報発信もするようになっていた彼女は、すっかり有名人になっていて、小学生までとは違い、オレ自身との立場は徐々に離れていくようになっていった。



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