第2章〜Everything Everyone All At Once〜②
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「雄司、起きて! はやく、起きなさい!」 ぼんやりとした意識のなかで、聞きなじみのある声がする。 続いて、掛け布団をゆするような感触を覚えた直後、 「どういうことか説明してくれるんだよね?」 と言って、三葉は、腕を組みながら仁王立ちの姿勢で、コチラを見下ろしている。 寝覚めの良くない夢を見たせいか、寝ぼけた頭のまま、枕元のスマホを確認すると、待受画面には、AM 7:40という文字列が表示されていた。 そろそろ、布団から出ないと始業時間には間に合わないのだが……。 頭に霧がかかったように、モヤモヤした気分が晴れないこともあって、いつものように、 「う〜ん……三葉……あと、5分……」 と、羽毛布団と毛布という完全な耐寒装備にくるまりながら返事をすると、彼女は、 「色ボケだけじゃ足りなくて、まだ寝ボケてるなんて良い度胸じゃない?」 と応じたあと、 「いい加減、起きろ〜〜〜!!」 と、我が愛しの防寒具を乱暴に剥ぎ取った。 「うお〜〜〜〜寒い〜〜〜〜」 絶叫するオレに向かって、幼なじみにて交際相手である女子生徒は、左側のこめかみを引きつらせながら、オレを問い詰めるように聞いてきた。 「ようやくお目覚め? 毎朝、可愛い彼女に起こしてもらいながら、後輩の女子を自宅に連れ込むなんて、さぞ、さわやかな気分でしょうね?」 (後輩の女子を連れ込む……? ナニを言ってるんだ三葉は?) いまだ冴えない頭で目をこすりながら、彼女の声がした方に目を向けると、その少し後方に、これまた見慣れた姿の女子が立っている。 部屋着として普段から着ているルームパンツとTシャツ姿のまま、不安そうな表情で立っているのは、部活の後輩にして、別のセカイでは、同居人という側面も持っている浅倉桃だ。 「お兄ちゃん……どうして、このヒトが、朝から自宅に居るの?」 桃にとっては上級生である三葉を指さしながら、オレにたずねてくるが、耳ざとい幼なじみは、下級生の言葉を聞き逃さなかった。 「ハァ……? 『お兄ちゃん』? いま、変な単語が聞こえた気がするんだけど……? 雄司、いつから、妹ができたの? わたし、一言も、そんな話し聞いてないんだけど?」 表情には、さらに怒りの色が増し、また、彼女は苛立ちぶりを示すかのように、組んだままの腕では、人差し指が小刻みに動いている。 三葉が混乱し、苛立ちを覚えるのも無理は、なにせ、彼女とオレが交際しているセカイでは、桃が同居しているなんていう事実は無いわけだから……。 「ふ、ふたりとも落ち着いてくれ……オレも、この状況を整理しようとしているところだ」 自分でも混乱しながらも、室内のピリピリしたムードを落ち着けようと、目の前の女子二名に声をかけるが、後輩女子には、こちらの意図が伝わらなかったようだ。 「いや、この状況で落ち着けってのは無理があるでしょ? どうして、ただの幼なじみが、彼女ヅラして、朝から、ワタシたちの家に上がり込んできてんの? って、話しじゃん?」 桃のトゲを含んだ言い方に、今度は、右側のこめかみを引きつらせた三葉が、鋭い目つきで、言葉をたたみ掛ける。 「彼女ヅラしている幼なじみがいるなんて、わたしも初耳だな〜? わたしは、放課後の教室で雄司から熱烈な愛の告白を受けたんだもの……その現実を受け入れられないなんて、可哀想な一年生ね。でも、それじゃ、ショックのあまり、自分のことを雄司の妹と思い込んで、相手の家に勝手に上がり込んで来ても仕方ないか……」 幼なじみの一言に、後輩女子は露骨に嫌悪感を示しながらも、強烈なカウンター・パンチを繰り出す。 「可哀想なのは、どっちなんでしょうね? ワタシが、お兄ちゃんと同居している事実を受け入れられずに、告白されたなんて、有りもしない記憶にすがるなんて……」 「なんですってぇぇぇぇぇ?」 桃の言葉に、ヒステリックな声を上げる三葉。 目の前で繰り広げられる争いに危機感を覚えたオレは、提案する。 「と、とりあえず、朝メシを食って、学校に行く準備をしないか?」 正直なところ、この混乱の原因の当事者かも知れない自分に、状況を収めるようなことを口にする資格があるのかとも思ったが、意外にも、ふたりは、すぐに納得して臨戦態勢を解いてくれた。 着替えを終え、朝食を取りながら、リビングのテレビで朝の情報番組を観ていると、自分たちの周りだけでなく、世界的な規模で大きな混乱が発生しているという。 海外の株式市場では、ニューヨーク・ダウの取引において、株価が一秒単位に極端な乱高下を繰り返しているため、システムが緊急停止したそうだ。 また、さまざまな国で、我が家の自室で起こった諍いのように、「我こそは国家元首である」と主張する政治家が複数あらわれて、政治体制が機能しなくなっているという。 スポーツ・ニュースでは、前日の大相撲の勝敗結果や決まり手に複数の見解が記録されるという混乱が生じたため、相撲協会が調査に乗り出すということが報じられていた。 (いったい、ナニが起きてるんだよ……) なんとか、この状況を理解しようと、情報の整理に頭を悩ませていると、玄関先から、 ピンポ〜ン と、チャイムの鳴る音がした。 勝手知ったる我が家、といった感じで、桃 が「は〜い」とインターホンに応答すると、スピーカーからは、 「あの……玄野くんのクラスメートの河野です。一緒に登校しようと思って迎えに来ました」 というクラス委員の声が聞こえてくる。 その瞬間、さっきまで自室で言い争っていたふたりの冷たい視線が、オレに注がれるのを感じた。 彼女たちの無言の抗議に、気まずさを感じ、いつもの癖で、つい後頭部をかいてしまう。 すると、おなじみの巨大な惑星が目の前にあらわれたのだが――――――。 その惑星は、普段なら美しく青く見える部分が、すべて、ドス黒さを含んだ赤色に染まっている。 そして、目の前のスクリーンには、いつもとは異なり、右上に✕印がなく、赤く染まる球体の画面を閉じて、いくつもの惑星が並ぶサムネイル画像を呼び出すことができなくなっていた。
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